戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第57話

ナナシ達がリディアンのホールに入って席に座ると、ちょうど何かのコスプレをした板場達がステージに上がるところだった。

 

『さて!次なるは一年生トリオの挑戦者達!優勝すれば、生徒会権限の範疇で一つだけ望みが叶えられるのですが、彼女達は果たして何を望むのか!?』

 

司会者の言葉に、板場が自信満々で答える。

 

『もちろん、アニソン同好会の設立です!私の野望も伝説も、全てはここから始まります!』

 

「ナイスですわ。これっぽっちもブレていませんもの」

 

「あーもう、どうにでもなれ…」

 

そうして、機械からテレビアニメ『電光刑事バン』の主題歌が流れ出す。板場は熱心に、寺島はノリノリで、安藤は半ばヤケクソ気味に歌っていたのだが…

 

カーン…

 

…途中で終了の鐘を鳴らされてしまった。

 

『えええっ!?ま、まだフルコーラス歌ってない…二番の歌詞が泣けるのに~なんでぇ~!?』

 

そう抗議の声を上げる板場…と、もう一人。

 

「おい審査員どういうことだ!?何故途中で止めやがった!!?あんなに弓美達が楽しそうに歌っているのにあんまりだろう!?」

 

「おいバカ騒ぐな!!」

 

「兄弟子落ち着いてください!!」

 

会場が笑いで包まれる中、一人だけ騒ぐナナシを奏と響が宥める。幸いナナシが自身に施している“認識阻害”のお陰でそこまで目立ってはいなかった。

 

板場達が退場するのを見届けたナナシは、観客席で項垂れてしまった。

 

「……」

 

「こ、今度カラオケに板場さん達を誘って歌ってもらうように頼んでみますから、元気を出してください、ナナシさん」

 

「…ありがとう、未来。でもな…カラオケで歌うのと、こういう大人数の前で歌うのでは、感情の籠め方が全然違ってくるんだ…」

 

「そ、そうですか…」

 

「そもそも、何故アニソン同好会が許可されない?ここは音楽を学ぶための場所だろう?弦十郎達に掛け合うか?」

 

「ただでさえクソ忙しいダンナ達に余計な仕事を増やそうとするんじゃない」

 

「全く、こんなことで騒ぐなんて、本当にお気楽な男ね」

 

未来達に慰められているナナシを、マリア達は呆れた様子で見ていた。

 

その後も、続々と挑戦者がステージで歌っては、時折途中で退場させられる挑戦者が出る度にナナシは不機嫌になり、そろそろ”念話”で審査員に呪詛でも送ってやろうかとナナシが不穏なことを考えていると…

 

『さて、次なる挑戦者の登場です!』

 

司会者の宣言から少しして、押し出されるようにステージに出てきた人物を見て、ナナシ達は目を大きく見開いて驚いた。

 

「おい、あそこにいるの…」

 

「マジか!?」

 

「響、あれって!」

 

「うっそぉ~!?」

 

「雪音だ。私立リディアン音楽院、二回生の雪音クリスだ」

 

いつの間にか近づいてきた翼が、ナナシ達の近くの席に座る。その時、翼はマリア達がいることに気が付いた。

 

「…来ていたのだな?」

 

「…ええ」

 

それだけ言って翼は、再びステージに視線を向ける。そこでは、顔を赤く染めたクリスが、スポットライトに照らされながらステージ中央に立っていた。やがて伴奏が流れ出し、クリスは大勢の人々の前で…歌い出した。

 

誰かに 手を差し伸べて貰って 傷みとは違った 傷みを知る…

 

緊張と恥ずかしさからだろうか、出だしは声が小さく、表情も硬かった。

 

モノクロームの 未来予想図 絵具を探して…

 

だがそれは最初だけ。時が経つ程クリスの歌声には力が籠り、その顔には笑顔が浮かんでいた。かつて歌が嫌いだと言っていたクリスの面影は、もうどこにも見当たらない。とても楽しそうに歌い続けるクリスに、ホールにいる全ての人々は魅了されていた。

 

響と未来は楽しそうに歌うクリスを見て喜び、翼と奏は微笑みながらクリスを見守っていた。マリア達もステージで歌うクリスの姿に、頬を赤く染めて見惚れていた。

 

こんな こんな 暖かいんだ… あたしの帰る場所 あたしの帰る場所

 

やがて曲が終わり、クリスが観客に向けてお辞儀をする。終始笑みを浮かべてクリスの歌に聴き入っていたナナシが、ポツリと呟いた。

 

「あれだ」

 

「…あれ?」

 

それを聞いたマリアが、ナナシに聞き返した。

 

「俺が戦う理由。クリスに、翼達に、ああやって心から楽しく歌い続けて欲しい。ずっと傍でその歌声を聴いていたい。そのためなら、俺はどんなことだって成し遂げてみせる…結局は、自分のためだ。俺のような“紛い物”には、お前らみたいに他者を思いやる感情なんて、持てないんだろうな」

 

笑顔を崩さないままそう告げるナナシ。だが、マリアはそんなナナシの笑みに、どこか寂しそうな印象を受けた。

 

『勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生!さあ、次なる挑戦者は!?飛び入りも大歓迎ですよ!』

 

気が付くと、クリスが新チャンピオンとして選ばれていた。司会者が会場に向けて呼びかけると…ナナシ達の近くから、立候補の声が上がった。

 

「やるデス!」

 

声を出した人物がライトに照らされる。そこにいたのは…

 

「切歌!?」

 

「調ちゃん!?」

 

…切歌と調が、挑発的な笑みを浮かべながら立っていた。

 

「チャンピオンに…」

 

「挑戦デス!!」

 

 

 

 

 

ステージに向かう切歌達に、マリアが“念話”で声を掛けた。

 

(二人共!これは一体どういうつもり!?)

 

それに対して、切歌達が返答する。

 

(聞けば、このステージを勝ち抜けると、望みをひとつ叶えてくれるとか。なら、このチャンスを使って…)

 

(…私達のギアペンダントを返してもらう)

 

(そんなこと、無理に決まっているでしょう!?早く戻って来なさい!!)

 

マリアが必死になって二人に呼びかけるが、そこに…

 

(確約はできないが、掛け合ってやってもいいぞ)

 

(なっ!!?)

 

…ナナシが“念話”でそう伝えてきた。

 

(あなた、どういうつもり!?)

 

(流石に自由にしろと言われたら無理だけど、LiNKERを持っていないお前達にペンダントを返すだけなら何とかできるかもな。ただし、さっきも言った通り確約はできない。それでも良いか?)

 

(充分デス!感謝するデスよ!)

 

(…ありがとう、先生)

 

ナナシの言葉に、切歌と調は満足して歩みを進める。それでもなお、二人を止めようとするマリアに、今度は切歌達から“念話”が届いた。

 

(それに、やられっぱなしは性に合わないデス)

 

(この人達には、負けたくない)

 

(二人共…)

 

二人の想いを聞いたマリアは、それ以上二人を引き留めることができなかった。

 

 

 

 

 

ナナシが奏達にも先程のやり取りを説明すると、翼がジト目でナナシの方を見つめてきた。

 

「…ナナシ、お前はあの二人の歌を聴きたかっただけだろう?」

 

「Exactly!!」

 

「全く、そんな安請け合いをして大丈夫なのか?」

 

「俺ができるのは交渉だけだからな。後は弦十郎次第だ」

 

「よく言うよ。あんたが交渉するなんて、ほとんど確約してやるのと同じじゃないか?」

 

「弦十郎だって本気で駄目なら駄目だと言うさ。ただ、アイドル大統領だって壊れていることを理由にアガートラームを返したんだ。何とかなるだろ。後のことは結果次第だ」

 

そう言って期待に目を輝かせるナナシに、全員が呆れたような視線を向けていた。そうしている間に、切歌達がステージにたどり着く。

 

「お前ら…!」

 

「べぇ~」

 

切歌達を睨むクリスに、切歌は舌を出して挑発する。二人がステージに向かっている間に、クリスにはナナシが“念話”で事情を伝えていた。クリスは二人に挑発的な笑みを浮かべて声を上げる。

 

「ハッ!あたし様に挑んでくるとは良い度胸だ!せいぜい赤っ恥をかかねえことだな!」

 

「そっちこそ、今に見ているデス!スッゴイ美人だからって、歌では負けないデス!それに、可愛さなら調だって負けてないデス!!」

 

「歌っている時とっても素敵な笑顔だったけど、切ちゃんの笑顔だって負けてない!」

 

「はあっ!!?お、お前らいきなり何言い出してんだ!!?」

 

二人の思わぬ返しに、クリスは顔を真っ赤にして怒鳴る。その様子を眺めていたナナシは、観客席で大笑いしていた。

 

「あっはははは!あの二人最高だ!あれ本気で言っているぞ!」

 

「ナ、ナナシさんが元気になったようで良かったです」

 

「今日ここに来るのも躊躇ってたはずなのに、すっかり満喫してるじゃないか?」

 

「来てよかった!!」

 

「全くこの男は…」

 

ナナシ達が話している間に準備が完了し、司会者が話し出した。

 

『それでは歌っていただきましょう!え~っと…』

 

『月読調と』

 

『暁切歌デス!』

 

「おいあの二人堂々と本名名乗ったぞ!?」

 

「兄弟子、二人に“認識阻害”って…」

 

「施していないな。アイドル大統領は騒ぎになるから仕方がないけど、あの二人は世間に知られていない。それに二人が学祭を楽しんでいる姿をナスターシャ教授達が知ればこちらに接触してくる可能性も出てくる。そう、これは作戦なんだ!あくまでも!!」

 

「今更そのような誤魔化しが通じるものか!」

 

「何をやっているのよ、二人共…」

 

マリアが頭を抱えて俯いてしまった。

 

『OK!二人が歌う、『ORBITAL BEAT』!もちろんツヴァイウィングのナンバーだ!』

 

司会者の言葉と、聴こえてきた伴奏に響達が驚く。

 

「この歌!?」

 

「翼さんと奏さんの!?」

 

「何のつもりのあてこすり!?挑発のつもりか!?」

 

「あははは!クリスだけでなく、あたし達にも負けないってことか!」

 

「流石は世界に喧嘩を売ったアイドル大統領の妹達だ。肝が据わっている」

 

「まるで私に原因があるみたいに言わないでくれる!?あなたみたいな男と関わったから二人に悪影響が出たんでしょう!?金輪際あの子達に近づかないで!!」

 

「まあ落ち着けよ、シスコン大統領」

 

「誰がシスコンよ!?」

 

二人の歌声が響き渡る。先程のクリスの歌と比べても遜色の無い歌唱力に、会場の人々は聴き入っていた。二人の表情は真剣そのもの。だが、ナナシは歌に籠められた感情から二人の心境を正確に読み取っていた。

 

「素晴らしいな、あの二人は。歌声も、籠める感情の強さも良いが何よりも…楽しんでいる」

 

「楽しむ?」

 

「ああ、多分勝負のことなんて半分くらい忘れて、純粋に大勢の前で歌うことを楽しんでいる。『過程を楽しむ』、SAKIMORIもアイドル大統領も、この点に関しては二人を見習った方が良い」

 

「…耳が痛いな。だが、お前が言うならそうなのだろう。私も、あの二人の歌は素晴らしいと思う」

 

「……」

 

そして、二人の歌は終わり、会場に拍手が響き渡った。

 

『チャンピオンとてうかうかしていられない、素晴らしい歌声でした!これは、得点が気になるところです!!』

 

そして採点結果を待っていると、奏が急に立ち上がった。

 

「奏?」

 

「翼、あたし達も歌うよ!」

 

「えっ!?」

 

「ここまで正面切って挑発してくれたんだ。このまま黙ってはいられないだろう?大丈夫、ナナシの“認識阻害”があれば問題ない!」

 

「ちょ、ちょっと待って奏!私は…」

 

翼は今日、一人の学生としてこの秋桜祭に参加していた。他の生徒と協力する場合もあり、度々“認識阻害”の対象を設定するのは手間がかかるために、今は“認識阻害”を施していなかった。その結果どうなるかと言うと…

 

「あれ?あそこにいるのって、風鳴翼じゃない?」

「えっ!?本当!!?」

「翼さん、奏さんの名前呼ばなかった?」

「ツヴァイウィングの二人が揃ってるの!?」

「どこ!?どこにいるの!!?」

 

…奏と翼のやり取りを聞いてしまった一部の人間が騒ぎ出す。翼の存在に気が付いた人々は、そこからツヴァイウィングを連想し、『天羽奏』の存在を意識して周囲を探し回った結果…

 

「あ!翼さんの隣に、奏さんがいる!」

 

…“認識阻害”を突破する人が続々と現れだした。このままでは、二人に人が殺到してパニックになる。翼達がそう考えた直後…

 

(おい!!ホールの天井に何か変なものが張り付いているぞ!!)

 

…ナナシがホールの人間全員に“念話”でそう伝えた。多くの人間が天井に注目し二人から人々の意識が離れた瞬間を狙って、ナナシは翼と奏を連れて急いでホールを脱出するのだった。

 

 

 

 

 

「か~な~で~!!」

 

「あだだだだっ!!悪かった!悪かったって!!」

 

ナナシに拳でこめかみをグリグリと押さえられ、奏が悲鳴を上げながら謝罪する。

あの後、ホール内で起こった騒ぎは大事にはならず無事収まったが、混乱のため勝ち抜き戦は中断され、外に出たナナシから“念話”で指示を受けた響と未来、それとクリスがマリア達を連れてホールを脱出して指定された場所まで向かうと、そこでは奏がナナシに折檻を受けていた。

 

「ナナシ、立花達も合流した。その辺で勘弁してやってくれ。不用意に奏の名を口に出した私にも責任がある」

 

「…分かったよ。全く、奏は迂闊過ぎる。初めて“血晶”を渡した時といい、無暗に俺の能力を過信するんじゃない。俺の能力は基本何か欠点があるんだ。こんなので神様を自称するなんて、昔の自分を殴りたい」

 

ナナシから解放された奏は、涙目でこめかみを押さえてその場にしゃがみこんだ。奏が回復している間に、ナナシが響達に話しかける。

 

「お前達は大丈夫だったか?怪我は無いか?」

 

「はい、大丈夫です。ホールの人達にも怪我人は出なかったみたいです。ただ、切歌ちゃん達の得点が出る前にイベントが中断されちゃったので…」

 

「む~」

 

「納得いかないデス!」

 

未来が困った表情で視線を向けた先には、すっかりむくれてしまった調と切歌がいた。

 

「ハッ、どうせあたしの勝ちに決まってたんだ。恥かかなくて良かったじゃねえか?」

 

「そんなこと言いつつ内心ホッとしているくせに。お前、二人の歌を聴いて勝てる自信がなくなっただろ?」

 

「うぐっ!?」

 

強がるクリスに、ナナシの言葉が突き刺さる。クリスは恨みがましくナナシの方を見つめて…

 

「…新入りに負けられねえと思って悪いかよ。まあ、普段からそこの人気者二人の歌聴いてるてめえからしたら、あたしの歌はお遊戯みてえなものだろうがな…」

 

先程とは打って変わり、力の無い言葉でそう呟いた。

 

「そんな訳あるか!!息をするのも忘れるくらい素晴らしい歌だったぞ、クリス!特に今回は選曲とのシナジーが凄かった!!まるでお前のために用意されたような曲だ!感情移入したからこの曲を選んだだろ?感情の籠め方が凄まじかったものな!自信の無い歌い出しにお前が感じていた今の生活に馴染めないで悩んでいた想いが伝わったし、そこから徐々に声と表情に力が籠っていく様子なんてむぐっ」

 

「もういい、分かった。分かったからちょっと黙ってろこの音楽狂いが!!」

 

怒涛の勢いでクリスの歌について感想を述べるナナシの口を、顔を真っ赤にしたクリスが無理やり手で塞ぐ。だが、その程度でナナシは止まらない。

 

(お前が今の生活に感じている不安、違和感を乗り越えて、少しずつ周りの人間の温もりを感じ取って、自分の居場所はここだと、ここに居て良いんだと、ここに居たいんだという想いが溢れて伝わってきた!恥ずかしがり屋のお前が、少しでも周りに感謝を伝えたくてあのステージに立った勇気!そして歌うことが楽しくて楽しくて仕方が無いといった想いと笑顔!!あんな歌を卑下するなんて絶対に許されて良いはずが無い!!)

 

「だあああああああっ!!?こんなことに能力なんて使ってんじゃねえ!!お前は黙れ!!あたしは静寂を求めている!!だから黙れ!!ひと時でいいからあたしに静寂(しじま)を寄越しやがれ!!」

 

“念話”まで使って無理やり感想を伝えてくるナナシの胸倉を掴みながら、クリスは怒鳴り声を上げた。

 

「クリスちゃん…!そんな風に思ってくれていたんだ…!!」

 

「そうだな…私も雪音の歌には、並々ならぬ強い想いを感じた。歌にこの上ない情熱を持つナナシが言うのだから、間違いは無いのだろう」

 

「そこのバカ共は納得してるんじゃねえ!こんなのはご都合主義お得意の妄想だ!真に受けるな!」

 

「お、落ち着いて、クリス」

 

しれっと全員にナナシは“念話”を繋げていたため、胸の内を暴かれたクリスの矛先が響達に向かい、未来がクリスを宥める。その隙に、ナナシは未だむくれる調達に近づいた。

 

「お前達の歌も素晴らしかった。勝ちたい。負けたくない。強い想いの籠ったとても良い歌だった。楽しめたか?」

 

「…楽しかった、デス」

 

「…それなりに」

 

「なら良かった。今回の件は仲間の不手際が原因だから、本来なら埋め合わせでお前達のお願いを聞くべきなんだろうけど、俺は歌に関わることについては妥協したくない。あの場で結果が出なかった以上、今回の勝負は無効にさせて欲しい。素晴らしい歌を聴かせてくれたお礼は、何か別の形でするから許して貰えないか?」

 

そう言って、ナナシは二人の頭を優しく撫でる。くすぐったそうに為すがままにされる二人は、やがてむくれるのをやめてこくりと頷いた。

 

「ありがとう」

 

「なら、一つ聞かせて欲しいことがあります」

 

「うん?何が聞きたい?」

 

 

 

「先生は、そこのクリスさんと私達の歌、どちらが良かったと思いますか?」

 

 

 

調の質問に、ナナシは一瞬固まった後、笑顔を崩すことなく答える。

 

「俺が審判役をやったら不公平になるだろう?」

 

「いえ、勝負は関係なくあくまで先生個人の判断を聞きたいです」

 

「勝負を無効にした以上、どちらを選んだとしても禍根が残るだろう?」

 

ナナシは笑みを崩さないが…内心、凄く焦っていた。

 

基本的に、ナナシは歌に優劣を付けることは無い。子供がお遊戯で歌った歌も、路上で御捻りを貰おうと必死な売れないミュージシャンの歌も、想いさえ籠っていれば心から楽しんで聴いていられる。

 

今回の勝ち抜き戦のように、競うことでより歌が昇華される場合があるため、このような催しを否定することは無いが、自身が審査するとなると「どちらも素晴らしい」としか言えない。板場達の審査に異議を唱えたのもそのためである。

 

だから、何とか調の質問を回避しようとするが…復活した奏から声が掛かった。

 

「おいおい、お前が歌に関わることで不正なんかするわけないだろ?正直に答えてやりなよ?」

 

先程の報復もあるのか、ナナシが選べないのを分かっていて回答を要求している。

 

「そうだ。貴様も戦士であるなら迷うことなく決断してみせろ!」

 

「このまま白紙なんてちょせえこと言ってねえで、どっちが上かハッキリさせちまおうぜ?」

 

そして、珍しく動揺するナナシに普段被害にあっている二人が追撃を加える。

 

「元々あなたが二人を煽ったのが悪いんだから、責任を取るのは当たり前じゃないかしら?」

 

そして、これまでからかわれっぱなしのマリアも、この機会を逃すことなく笑顔でナナシを追い詰める。

 

「ジーーーーーー」

 

調は、響と手を握らせようとした仕返しに…という黒い感情はなく、純粋にナナシに決めて貰えれば文句は無いと言う心境なのがナナシには分かった。ナナシにはむしろそれが一番辛い。

 

四人の黒い笑顔と一人の真剣な視線に晒されて、ナナシは顔に笑みを張り付けたまま冷や汗を流し続ける。響、未来、切歌はどうしていいか分からずにその様子をオロオロと眺めていた。すると…

 

Prrrr…Prrrr…

 

ナナシと装者達の通信機が、一斉に鳴り出す。一瞬で思考を切り替えたナナシ達は、すぐに通信機を手に取り本部と連絡を取る。

 

「弦十郎、何があった?」

 

『ノイズの出現パターンを検知した。数は十体』

 

「十体?少ないですね」

 

『ああ、場所は学校から遠い、人の少ない山奥だ。だが捨て置くわけにいかない』

 

「おいおっさん、こいつらの出現は偶然か?それとも、誘ってやがるのか?」

 

『…今の段階では判断できない。だが、罠だとするならあからさま過ぎる』

 

「いずれにせよ、我々は急いで現場に…」

 

「弦十郎、俺が見て来るから護衛対象の監視を翼達に引き継がせるぞ」

 

「兄弟子!?ダメですよ!皆で行きましょう!?」

 

「てめえ、また無茶やらかすつもりじゃあ…」

 

「お前らの歌に誓ってやる。考えがあっての発言だ」

 

「…どういうことだ?」

 

「まず一つ。せっかくの学祭だ。お前達には心置きなく満喫して欲しい」

 

「ふざけているのか!?」

 

「二つ。これが罠なら、現地に何か仕掛けられているか、俺達の分断を狙っているからだ。どちらの場合でも俺が適任だ。生存能力は折り紙付き、場所的にも今の俺なら一人で向かった方が早い。帰りも同じだ」

 

「だけどよ!?」

 

「三つ。何かあって通信が妨害されても、俺なら素早く“念話”で弦十郎かお前達に連絡が取れる。これだけ理由があるんだ。早いとこ判断してくれよ、お師匠様?」

 

『…ナナシ君の案を採用する。他の装者達は護衛対象と一緒にリディアンで待機してくれ』

 

「師匠!?」

 

「それじゃあ行ってくる。アイドル大統領、預けるぞ」

 

「えっ!?」

 

そう言ってナナシは、切歌達が買ったものが詰まった袋と、財布をマリアに投げ渡した。

 

「財布の金は好きに使っていいからな。お前も少しは学祭を楽しめ」

 

「……あー!!ナナシ、さてはさっきの質問の答えを誤魔化す気だな!?」

 

「やっべ!?それじゃあ行ってくる!!」

 

奏の言葉に、ナナシは慌てて“障壁”を足場に空を駆けていった。

 

「おい、ナナシ!!」

 

「てめえ、ケツをまくんのか!?」

 

翼達が文句を言い終わる前に、ナナシの姿は見えなくなってしまった。

 

「…司令、こうなっては我々と護衛対象は本部に戻るべきでは?」

 

『今、そちらに二課の人間を向かわせる。もし追加でノイズが出現するようなら、その時は彼らに護衛対象を預けろ…甘い考えなのは分かっているが、ナナシ君の気持ちを最大限汲んでやれ』

 

「…了解しました」

 

そう言って、翼達は通信を切る。ナナシは学祭を満喫しろと言ったが、とてもそのような空気にはならなかった。すると…

 

「よっと」

 

「きゃっ!?」

 

…奏が翼の背後から抱き着いてきた。

 

「相変わらず固いぞ、翼。ナナシなら大丈夫だろ?」

 

「奏…いくら何でも…」

 

「それより…クッ、クククッ、さっきのナナシの慌て方、傑作だったな?あそこまであいつが狼狽えたことなんて今まであったか?」

 

「!……フフッ、確かに。珍しくあの笑顔が引きつっていたな」

 

「ようやくあのご都合主義の弱点を見つけられたな!こうなったらトコトン追い詰めてやる!」

 

「え~、それは兄弟子が可哀そうだよ?」

 

「程々にしないと、またからかわれるよ?クリス」

 

「上等だ!返り討ちにしてやるぜ!!」

 

そう言って、翼達は笑い合った。奏の気遣いには皆が気づいているが、翼達は敢えてそれを追究するような真似はしなかった。やがて五人が笑い終わると、意を決してクリスが未だ暗い表情の調達に話しかけた。

 

「おい」

 

「!?」

 

「な、何デスか!?」

 

「…お前らのお陰で、あのご都合主義の奴に一矢報いることができた。ありがとな…その…お前達の歌、良かったよ」

 

「!……フフッ、あなたのステージ、とっても素敵だった」

 

「キレイな声で、キレイな笑顔で、とってもキラキラしていたデス!」

 

「だから!何で歌以外のことを褒めるんだよ!?ツラは関係ねえだろうが!!クソッ、新入り共!今度はちゃんと決着つけるからな!今日はあのご都合主義の金でトコトン食うぞ!よくよく考えりゃ今回の勝負、あたしには何のメリットもなかったんだ。これくらいは問題ねえはずだ!!」

 

(構わないぞ~)

 

「なっ!?てめえいつから聞いてやがった!?」

 

(お前がちびっこ二人に声を掛けたらしいところから、妹弟子が“念話”で現状を伝えてくれている)

 

「このバカ何してくれてんだ!?」

 

「あははは!ごめんね、クリスちゃん。つい…イタッ!?イタタタタッ!?やめてとめてやめてとめてイヤー!!」

 

顔を赤くして怒ったクリスが響のこめかみに拳をグリグリと押し付ける。響は痛みから悲鳴を上げ、それを見た奏達が再び笑い出す。そこには、先程暗い顔をしていた調と切歌も加わっていた。

 

クリスが彼女達を『新入り』と呼び、調達もそれを否定しないことに、本人達は気が付いていない。彼女達との関係性は、ゆっくりと変化しつつあった。

 

 

 

 

そんな光景を、マリアだけが暗い表情で眺めていた。

 

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