戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
コンコンコン
「どうぞー」
中から入室を許可する声が聞こえ、それを聞いた翼達が扉を開けて部屋に入る。
そこは二課の管理する医療施設の一室。中には先日負傷して治療を受けた奏がベッドの上で身を起こしていた。その体には至る所に包帯が巻かれ、腕には点滴の針が刺さっている。そんな痛々しい様子の彼女だが、翼達の姿を確認するとその顔には笑みを浮かべた。
「奏!!」
翼は小走りで奏の傍に近づく。そして奏の手を握り、その目に涙を浮かべた。
「全く、翼は泣き虫だな…」
「…奏が無茶するから」
「はいはい、悪かったよ」
そう言って奏は優しく翼に微笑んだ後、その視線を男…ナナシに向ける。
「ようやく落ち着いて話が出来そうだな。じゃあ、改めて自己紹介でもしようか。あたしは奏。天羽奏だ」
「…ナナシ」
「ナナシって名前なのか?よろしくな、ナナシ!」
そう言って奏は笑う。その顔は体の痛々しさを感じさせない活気に満ちた表情をしていた。
「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。あんたのお陰であたしも翼も、あの女の子もノイズに殺されずに済んだ」
「その女の子についてなんだけど、一命を取り留めたそうよ?」
ナナシの背後から了子が前に出てきて奏に話しかける。
「本当か!?」
「ええ、手術は無事成功。リハビリは必要でしょうけど、それが済めば普通の生活を送れるはずよ。情報漏洩の観点から直接会うわけにはいかないけどね」
「そうか…よかった」
奏はそう言って安心した表情を浮かべた。
「さて、奏ちゃんから聞きたい話もあるし、奏ちゃんも気になっているだろうから、ナナシちゃんについての情報共有をしましょうか」
そう言って、了子は奏にナナシについて分かっている情報を説明していった。
「…何ていうか、だいぶ変わった奴なんだな。あんた」
(そう?)
奏の言葉に、ナナシが“念話”で返す。実際に経験してもらうために弦十郎がナナシに頼んで”念話”を使ってもらったのだ。
「『変わっている』で済ませてしまうんですね。奏さんは…」
そう言って緒川は苦笑を浮かべる。
「こいつが何だったとしても、あたし達の恩人には変わりないからな」
「…それで奏ちゃん、翼ちゃんが言っていたけど、ナナシちゃんの腕が一度炭化したっていうのは本当なの?」
了子が険しい顔で奏に問いかけた。
「ああ、確かにナナシがあたしの目の前で最初にノイズを攻撃したとき、一度腕が炭化して崩れた。その後ナナシの姿が一瞬ブレたように見えて、気が付いたら腕が元に戻ってた」
「そう…ナナシちゃんはその時何かしたの?」
(…してない。気づいたら戻っていた)
「じゃあ、それからどうやってノイズの炭化を防いでいたの?」
(…さあ?)
「…へ?何か対策をしたから攻撃を再開したんじゃないの!?」
(…戻るから、別にいいかなって)
ナナシの考えに、了子達は呆れたような表情をし、奏は笑い声を上げる。
「あははは!あんた滅茶苦茶だね!痛っ!?」
笑ったせいで傷に響いたのか、奏が痛みに顔を歪める。
「…奏、体の調子はどうなの?」
「正直、しばらくはまともに動けそうにない。これはしばらく人前で歌うことは出来ないな…でも、絶対に元通りに治すから、また一緒にライブで歌おうぜ、翼。そしてまたシンフォギアでノイズを…」
「残念だけど、それは無理ね」
奏の言葉を遮り、了子が奏に断言する。
「…それはどういう意味だ?了子さん」
奏は了子に問い質す。その声は静かだが、僅かに怒気が含まれていた。
了子はポケットからあるもの取り出す。それは奏の、ガングニールのギアペンダント…その所々には、罅が入っていた。
「先日の戦いで奏ちゃんのガングニールは大きく破損、コンバーターが損傷しちゃったから、もうガングニールを展開させることは出来ないわ」
「っ!?でも、了子さんなら直せるだろ!!?」
「…そうね。確かに修復は可能よ。でも私は、これを修復するつもりはないわ」
「なんでだよ!!?」
「…長年にわたるLiNKERの過剰投与による薬害、そして今回のLiNKER未使用でのギア展開による肉体へのダメージ…もしその怪我が治ったとしても、次にLiNKERを使用してギアを展開した場合、奏ちゃんは確実に命を落とすわ。それも10分も持たずに」
「「「「っ!!?」」」」
「もうあなたはシンフォギア装者ではいられないの…」
「ふざけるな!!あたしはまだ戦わなくちゃいけないんだ!!ノイズを、私の家族を奪ったあいつらを皆殺しにしなきゃいけないんだ!!!」
「奏!?落ち着いて!!」
「死ぬ気ですか!?」
暴れる奏を翼と緒川が抑える。奏の動きは徐々に小さくなり、やがて両手で頭を押さえて蹲った。
「クソっ…なんでだ…あたしが手に入れた…ヤツらを殺せる力が…あたしは、あいつらを殺すために生きてきたのに…」
「…奏」
もはや、先程までの笑顔は見る影もない。シンフォギアという拠り所を失った奏は、あまりにも弱弱しかった。
その様子を見ていたナナシは、やがて弦十郎の所に近づき、その口を開く。
「弦十郎」
「…ナナシ君、どうかしたか?」
「戦う」
ナナシの言葉に、ピクリと奏が反応する。
「ノイズと戦う」
「…それは、君が奏君の『代わりに』戦うという意味か?」
「………」
その問いにナナシはすぐに返答をせず、何かを思案しているようだった。
「…なあ、ナナシ。ちょっとこっちに来てくれ」
奏に呼ばれ、ナナシが奏のベッドの近くまで移動すると…その胸倉を奏に掴まれて引き寄せられた。
「同情のつもりか?それであたしが喜ぶと思ったか?なあ、あんた神様ならあたしの体を今すぐ治せよ!ノイズを殺す力を寄越せよ!!あたしの家族を生き返らせろよ!!!あたしの復讐は、あたしがやらなきゃ意味がないんだよ!!!!人の形をした“紛い物”が、思い付きみたいな軽い気持ちであたしの『代わり』になるなんて言葉を口に出すな!!!!!」
奏が感情のままに言葉をナナシに叩きつける。それを周りの人間が止める前に、ナナシが不思議そうな顔で奏に言葉を返した。
「俺は、奏じゃないよ?」
その言葉に、奏はふざけているのかとまた怒鳴り散らそうとする。だが、それよりも前にナナシが言葉を続けた。
「奏の『代わりに』じゃなくて、奏の『ために』だよ?」
ナナシのその言葉に、奏は口にしかけた言葉が詰まる。そして、代わりに別の疑問を口にした。
「な、んで、あんたが、あたしのために、戦おうとするんだ?そもそも、あんたはなんで、あの時、あたし達を助けた?」
その疑問を聞いたナナシは、しばらく頭を悩ませるようにした後…
「“「聞こえますか…?」激情奏でるムジーク 天に と・き・は・な・て!”」
「「「「「っ!?」」」」」
ナナシの口から、奏と翼の声が響いた。それはあのライブの完全再現。ただの声真似とも違い、まるでマイクを通したような歌声が、録音を再生するようにナナシの口から出ていた。
「…『これ』は、何?」
「…『これ』?…『歌』のことか?」
「…『歌』」
奏の返答に、ナナシは少し黙った後、再び口を開く。
「“生きるのを諦めるな!!”」
「っ!?」
今度は、奏が傷ついた少女にかけた言葉がナナシの口から紡がれた。
「“この子を死なせたくないんだ!!!”」
「…違う。それは『言葉』だ」
「…違うの?」
「…ナナシ、あんたはさっきから何を…」
(…“全てを殺せ、全てを喰らえ、命を一つに、世界を一つに、そして大いなる一つの神に”…俺の中にあったのは、ずっと『これ』だけだった…)
ナナシは、少しでも正確に自分の考えを伝えようとして、会話を“念話”に切り替えた。
(…ずっと『これ』だけで、何もなかった。何もしなかった。何も考えなかった。『これ』は俺を動かさなかった)
(…気が付いたらいたあの場所で、奏と翼の『歌』を聞いた。二人の『嬉しい』、『楽しい』、他にもたくさんの『何か』が、俺の中に入ってきて、胸の奥が震えて、熱くなった)
(…奏が出した『言葉』には、弦十郎が言っていた『守りたい』みたいな『何か』がいっぱい詰まっていた。『歌』と同じくらい大切な『何か』が、また俺の中に入ってきた)
(…奏が動けなくなって、ノイズが奏に迫って、奏がノイズに消されることを考えた。奏の『歌』が、『言葉』が消えることを考えたから、初めて俺は動き出した。奏と翼の『歌』がなかったら、俺は何もせずにそのままノイズに消されていた)
そこまで伝えたナナシは、“念話”を切って口を開く。理由は分からない。ただ、そちらの方が良いと考えた。
「人の命も、笑顔も、世界も、よく分からない。よく分からないモノのために、動けない」
「…でも、奏と翼の『歌』のためなら、戦いたい」
ナナシの言葉はたどたどしく、不明瞭なところが多く、それでも懸命に、真っ直ぐに奏に想いを伝えていた。
奏は、初めはただノイズを殺すためだけに歌っていた。でも、翼と一緒になって戦って、歌って、助かった人達から、『ありがとう』と言われて、殺すための歌に、自分の生きる意味に別の目的を見出し始めていた。
自分達の歌で、人に、世界に、一つでも多く希望を届けていきたいと。
奏の、そして翼の歌は、ナナシに届いた。ナナシに歌で想いが伝わったから、ナナシは動き出した。そして、ナナシが動いたから自分達は、名も知らぬ少女は助かった。
自分達の歌は、人の命を救うことが出来た…
奏は、ナナシの言葉で、そのことを理解すると、体から力を抜いて
「そう、か…」
そう、呟いた。
奏がナナシから手を離し、少し落ち着くのを待って、ナナシは弦十郎に声をかける。
「理由が弦十郎達と同じじゃないけど、戦っていい?」
「…ああ、もちろんだ。ありがとう。それに、違わないさ。俺達が戦う理由には、二人の歌を守ることだってちゃんと含まれている。これからよろしく頼む」
そう言って弦十郎がナナシに手を差し出すが、ナナシはどうしていいか分からず頭に疑問符を浮かべる。
「ああ、済まない。これは『握手』と言ってな。こういう時は互いに手を握り合うんだ」
「…握りつぶしちゃ駄目ですよ?」
「緒川が茶化すなんて珍しいな?」
「いえ、残念ながら大真面目です…」
ナナシは恐る恐る弦十郎の手を握る。その手を弦十郎が握り返す。
こうしてナナシは、正式に二課の仲間になった。
「…ナナシ」
奏が再びナナシに声をかける。その顔はどうにもバツが悪そうだった。
「…悪かった」
「?」
「無茶を言って、酷いことを言って悪かったよ」
「酷いこと?」
「その、 “紛い物”だの、軽い気持ちでだの、色々…」
「…?よく分からないから、別にいいよ?」
「あたしが良くないんだよ…」
「じゃあ、ナナシちゃんはこれからお勉強していきましょうね♪」
そう言って二人の会話に了子が介入する。
「これからいっぱい色んなことを覚えなきゃね?今の時点で女の子の口説き方は良くできているから、成長したナナシちゃん相手だと二人も危なそうね♪」
「さ、櫻井女史。一体何の話を…?」
「世界よりも女の子二人のために戦いたいなんて情熱的なセリフを面と向かって言いきっちゃうのよ?これからの成長に期待が高まるわ~」
「りょ、了子さん、ナナシはそういう意味で言ったわけじゃ…」
「…世界より、大切だよ?二人とも」
「「っ!!?」」
恐らくよく分かっていないままに告げられたナナシの言葉に、翼と奏が顔を赤くする。
「これは、本当に大変かもね…さて、奏ちゃんの怪我に響いても悪いし、今日の所はお暇しましょうか?私達もまだまだ忙しいし、ナナシちゃんもお勉強しないとね?」
「ああ、そうしよう」
「翼さんはどうします?」
「…もう少しだけ奏と話してから帰ります」
「それじゃあ、奏ちゃんはしっかり体を休めるのよ。バッハハーイ♪」
了子が翼以外の面々を引き連れて病室を出ていく。一気に静かになった部屋の中で、翼が奏に問いかける。
「…奏、大丈夫?」
「…正直、よく分からない。戦えないのは辛い。だけど、今は体を治すことに専念する。今回のナナシへの借りは、あいつが世界より大事って言ったあたし達の歌で返す。付き合ってもらうぜ、翼!」
「…ええ!だから奏、早く元気になってね」
「おう!」
こうして両翼は再び空へ舞うためにしばしの休息を取る。またいつかその歌声を世界へと響かせるために。
本作では奏の怪我は治りますけど、LiNKERの薬害でシンフォギアは纏えません。
理由が少し曖昧ですけど、もう少しだけ詳しい説明を今執筆中のG編で描写予定なのでそれまではそういうものだとご了承ください。