戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
フロンティアのブリッジで、マリアは全力で歌っていた。世界の命運が自分に掛かっていることを理解し、全てを掛けて歌声を響かせた。やがて曲が終わりを迎え、歌い切ったマリアが息を切らして体をふらつかせる。
『月の遺跡は、依然沈黙…』
だが、ナスターシャ教授から告げられたのは、作戦の失敗を意味する言葉だった。マリアは地面に手と膝をつき、その瞳から涙を流す。
「私の歌は、誰の命も救えないの?セレナ…」
妹の名を口にしながら、マリアは蹲って嗚咽を漏らし続けた。
「シンフォギア装者は、これから僕が統治する未来には不要…ひ、ひぃぃぃぃ!!?」
クリスと翼の技の衝突によってできた穴から、ウェル博士が地下に降りている途中で足を滑らせ、情けない悲鳴を上げながら地面を滑っていく。大した高さもなかったため、特に問題なく起き上がったウェル博士は、周囲を見回しながら独り言を呟き続ける。
「…そのためにぶつけ合わせたのですが、こうも奏功するとは、チョロすぎるぅ~…ん!?はあぁ!!?」
自身の企みが成功したことに笑みを浮かべていたウェル博士だったが、その視界に入った光景に思わず声を出して固まる。
ウェル博士の視線の先には、ギアが解除され、傷つき地面に倒れている翼と…その傍で、傷を負ってボロボロになりながらも佇むクリスの姿があった。クリスは振り返ってウェル博士の方を見る。
「約束通り、二課所属の装者は片づけた。だから、ソロモンの杖をあたしに…」
そう言って、クリスはウェル博士に手を伸ばす。初めこそ取り乱したウェル博士だが、次第に落ち着きを取り戻して嫌らしい笑みを浮かべる。
「こんな飯事みたいな取引に、どこまで応じる必要があるんですかねぇ」
そう言って、ウェル博士が右手に取り出したボタンを押す…だが、何も起こらない。
「はぁ!!?何で爆発しない!!?」
焦って何度もボタンを押すウェル博士の前で、クリスが首のチョーカーに指を掛けてそのまま壊して外してしまった。
「壊れてんだよ。約束の反故とは悪党のやりそうなことだ」
「ひぃ!?」
ウェル博士は恐怖と焦りから尻餅をつきながら胸元を探って、慌てて取り出したソロモンの杖を使って周囲にノイズを召喚した。
「今更ノイズ…があっ!!?」
クリスがアームドギアを展開しようとした瞬間、突然激痛に襲われて動きを止めてしまう。
「Anti_LiNKERは忘れたころにやってくるぅ。フハハハハハ!!」
気が付けば、地面に何か円筒状のものが転がっており、そこから赤い霧が噴出されていた。
「なら、ぶっ飛べ!!アーマーパージだ!!」
「ひぃぃぃ!!?」
クリスの叫び声と共に、身に纏ったイチイバルの装甲が弾けて周囲に飛んで行く。クリスの周りに居たノイズは直撃を受けて塵に変わり、ウェル博士は悲鳴を上げながら岩陰に隠れて回避した。静かになったタイミングでウェル博士が岩陰から周囲を確認していると、土煙の中から裸のクリスがウェル博士に飛び掛かり、その手に持つソロモンの杖を奪おうとして弾き飛ばしてしまった。
「杖を!?」
「ひ、ひぃぃぃ!!?」
クリス達の周囲にはノイズがまだ数多く残っており、杖を手放したことで制御を失ったノイズはクリスだけでなくウェル博士も標的として接近し始める。
ギアの復元が始まらないクリスに為す術は無く、徐々にノイズが迫ってくる中で、クリスは目を閉じて叫んだ。
「…先輩!!」
その瞬間、無数の剣がノイズに向かって飛来し、周囲のノイズ達が切り裂かれて消滅していった。剣が飛んできた方向には、シンフォギアを纏った翼が立っていた。
翼のギアの形状は、適合係数の上昇によって徐々に出力が増して変化していたが、現在翼が纏っているギアは、ルナアタックが起こる以前の形状に戻っていた。
「そのギアは…!?馬鹿な!?Anti_LiNKERの負荷を抑えるため、あえてフォニックゲインを高めず、出力の低いギアを纏うだと!!?そんなことができるのか!!?」
「できんだよ。そういう先輩だ!」
翼は歌声を響かせながら、周囲のノイズを次々と殲滅していく。例え出力が低いギアでも、防人として仲間を守るために振るわれるその剣筋は素早く、力強く、意思無きノイズの群れをいとも簡単に葬って行った。
(一緒に積み上げてきたコンビネーションだからこそ、目を瞑っていても分かる…だから躱せる、躱してくれる…ご都合主義の“念話”が無くても、ただの一言で通じ合えるから…あたしのバカに、付き合ってもらえる!)
翼とクリスが対峙したあの時、ただ一言で翼とクリスは互いの行動を察し、技のぶつかり合いで発生した爆炎で二人の姿が隠れた一瞬を狙って翼がクリスのチョーカーを破壊した。一歩間違えば両者共に命を失いかねない危険な賭けだったが、二人は何の躊躇も無く相手に自身の命を預けたのだ。互いの強い絆を信じたからこそ、二人は望んだ未来を掴み取った。
「付き合えるか!!」
ウェル博士は、翼がノイズの数を減らした隙をついて逃亡を図る。翼はそれに気が付くが、まだクリスの周囲にノイズが残っているのを確認して、ノイズの殲滅を優先する。剣に炎を纏わせた翼は、一振りで残ったノイズを焼き尽くして全滅させた。そのタイミングで、クリスの服が再構成され、その手の中にはイチイバルのギアペンダントが握られた。
翼はギアを解除して、地面に落ちたソロモンの杖を拾い上げてクリスに手渡す。
「回収完了。これで一安心だな」
そう言って微笑む翼を見て、クリスは頬を赤く染めて呟くように言葉を発した。
「…一人で飛び出して、ごめんなさい」
「気に病むな。私も一人では何もできないことを思い出せた。何より、こんな殊勝な雪音を知る事ができたのは僥倖だ」
翼の言葉に、更に顔を赤くしたクリスが、照れを誤魔化すようにそっぽを向いて尋ね事をする。
「…それにしたってよ…何で、あたしの言葉を信じてくれたんだ?」
「雪音が先輩と呼んでくれたのだ。続く言葉を斜めに聞き流すわけにはいかぬだろう?」
「それだけか?」
「それだけだ…まあ、欠片も雪音を疑わないナナシの言動に後押しされた、という理由も少しはあるかもしれないが…」
「!?…全く、あのお人好しが…」
「飼い猫が迷子になっただけだ、と言っていた」
「また猫扱いかよ!?クッソ、あの男は!!」
「雪音はまだ良い方だぞ?私など、主の在宅に気づかず帰りを待ち続ける間抜けな忠犬扱いだ」
「ッ!?…プッ…アッハハハハハ!!」
「なっ!?雪音まで笑うことは無いだろう!?」
「だ、だって…クフフフッ…間抜けな忠犬って…クククッ…やべえ、腹痛い!アハハハハハ!」
笑い過ぎて涙を流すクリスを、少しむくれた顔で見つめた翼は、少しして苦笑を浮かべながらクリスの頭を撫でる。
「ッ!?」
「まあ、例え間抜けな忠犬でも、道に迷ったお前を家まで連れ戻すくらいはできるつもりだ。最悪でも、一緒に道に迷ってやることはできる」
「…迷ってねえよ。少し寄り道しただけだ…あたしは、ちゃんと帰る場所を分かってる」
「そうか。ならば良い…さあ、立花に合流するぞ」
クリスの頭から手を離して、翼が出口に向かって歩みを進める。クリスは翼を見つめて、肩の力を抜くようにフッと微笑むと、翼の後に続いて歩き始めた。
(まったくどうかしていやがる。だからこいつらの傍は、どうしようもなく…あたしの帰る場所なんだな)
「くっそぉ!!ソロモンの杖を手放すとは…!」
翼達から逃げ出したウェル博士は、フロンティアのエレベーターの中で拳を握りしめて悔しがる。
「こうなったらマリアをぶつけてやる!!」
フロンティアのブリッジでは、未だに月遺跡の再起動に失敗したマリアが泣き崩れていた。そんなマリアに、ブリッジの端末から通信の声が届く。
『たかが一回失敗しただけで何を泣き崩れているんだ、アイドル大統領?もう一回だ!!』
「無理よ!結果は出たでしょう!?私の歌で世界を救うなんて…これでもまだ、あなたは私を信じると言うの!?」
『Exactly!!』
「ッ!?」
マリア自身の心が砕け、失意の中で泣き崩れていると言うのに、ナナシは未だにマリアが成し遂げられると信じて疑わなかった。
『お前が本当に無理だと諦めたのなら、俺も何か他の方法を考えるさ!ご都合主義の力で何とかしてやる!だけどマリア、お前は本当に無理だと諦めたのか?お前の覚悟はその程度のものだったのか!?』
「それは…」
『お前は言ったな?家族を守るため、死んだ妹のために自分は行動していると。その想いは、たった一回の失敗で崩れるほど脆いものだったのか?違う!!お前が歌に籠めていた想いの強さは本物だった!マリア・カデンツァヴナ・イヴ、他人を欺き、世界を欺いてきたお前は、今度は自分の心まで欺く気なのか!?』
「……でも、私は…」
『お前が諦めないなら何千回、何万回失敗しようが信じてやる!煩わしいことなんか全部忘れてしまえ!お前は、お前が成し遂げたいことだけを考えろ!…お前ならできるよ、マリア』
「ッ!!」
『マリア、もう一度月遺跡の再起動を…』
通信からナスターシャ教授の声が聞こえてきたところで、ブリッジにウェル博士が入ってきた。
「あああああ!!!?」
「ぐあっ!?」
マリアが何かしているのを見たウェル博士は、怒りで叫びながらマリアに近づきネフィリムの左手でマリアの頬を殴りつけた。
「月が落ちなきゃ、好き勝手できないだろうが!!」
『マリア!』
「あぁん!?やっぱりおばはんか!」
通信に気が付いたウェル博士は、ネフィリムの腕を使ってフロンティアを操作し始める。
『お聞きなさい、ドクターウェル!!フロンティアの機能を使って、収束したフォニックゲインを月へと照射し、バラルの呪詛を司る遺跡を再起動できれば、月を元の軌道に戻せるのです!!』
「そんなに遺跡を動かしたいのなら、あんたが月に行ってくればいいだろ!!!」
ウェル博士が怒気を含んだ声で叫び、フロンティアに出した命令を実行する。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
ウェル博士がフロンティアに命令を下した直後、ナスターシャ教授達がいる制御室が大きく揺れ始めた。
「これは!?」
「何が起こった!?」
「マズい!ナナシちゃん!ナスターシャ教授を…」
了子がナナシに何か言い終わる前に、振動で制御室の天井の一部が三人の頭上に崩れ落ちてきた。
ナスターシャ教授達が居た制御室のある建物は、フロンティアから切り離され、煙を上げながら月へと射出されていった。
「マム!!了子!!…ナナシ!!!」
「有史以来、数多の英雄が人類支配を成し得なかったのは、人の数がその手に余るからだ!!だったら支配可能なまでに減らせばいい!!!僕だからこそ気づいた必勝法!!!英雄に憧れる僕が英雄を超えて見せる!!!フハハハハ!!アッハハハハ!!!」
「はあっ…はあっ…あと、少し…」
響がきつい傾斜を登り切り、遂にマリア達がいると思われる建物の入口へと到達する。
「あとは、ここを進んでいけば…」
乱れた息を整えて、響が一気に道を駆け出そうとした、その時…
ボロッ…
「…え?」
…響の手に付いていた”血晶”が、突然塵となって消滅した。
「な、何で…ひょっとして、兄弟子に何か!?」
突然のことに戸惑う響だったが、すぐに頭を振って思考を切り替える。
「兄弟子なら、きっと大丈夫!!だから…わたしは、わたしにできることを!!」
そう言って、響は今度こそ全力で駆け出した。
狂ったように笑い続けるウェル博士を、マリアが立ちあがって睨みつける。
「よくもマムを!!!」
マリアの思考が怒りに飲み込まれ、ガングニールの槍を展開させる。
「手にかけるのか?この僕を殺すことは、全人類を殺すことだぞ!!」
「殺す!!!」
「ええええええええっ!!?!?」
完全に想定外のマリアの答えに、ウェル博士は悲鳴を上げながら後ずさる。槍を手にしたマリアがウェル博士に迫ろうとした。その時、ブリッジに到着した響が、ウェル博士の前に飛び出してマリアの前に立ちはだかった。それを見たマリアは思わず動きを止めて響に叫ぶ。
「そこをどけ!!融合症例第一号!!」
「違う!!私は立花響十六歳!!融合症例なんかじゃない!!ただの立花響が、マリアさんとお話ししたくてここに来てる!!」
「お前と話す必要はない!!マムがこの男に殺されたのだ!!ならば私もこいつを殺す!!世界が守れないのなら、私も生きる意味はない!!!」
マリアが響の背後で腰を抜かすウェル博士に向かって槍を突き出す。だが、響は素手で槍を掴んで受け止める。響の手から流れる血を見て、マリアは動きを止めた。
「お前…!?」
「意味なんて、後から探せばいいじゃないですか」
手の痛みに耐え、笑みを浮かべながら響はマリアに呼びかける。
「だから…生きるのを諦めないで!!」
そう言って、響は紡ぐ…ガングニールの聖詠を。
「Balwisyall nescell gungnir troooooonnn!!!」
響の胸には、もうガングニールは存在しない。だが、マリアと手を繋ぐことを諦めない響の強い想いに、マリアの身に纏うガングニールが応えた。マリアのガングニールは光の粒子へと姿を変えて、二人の周囲を取り巻きながら輝きを増していく。
ガングニールが放つ輝きは、フロンティアの外にも漏れ出していた。
「あれは…」
「マリアを助けるデス!!」
それを見た調と切歌は、光を目印に移動を開始する。
「あのバカの仕業だな」
「ああ…だけど、立花らしい」
別の場所で、光を目撃したクリスと翼も、笑みを浮かべて響の元へと進んで行った。
フロンティアに居る人間だけではなく、中継を通して全世界の人間が、その光景を目の当たりにしていた。
「何が起きているの?こんなことってありえない…!!融合者は適合者ではないはず!?これは、あなたの歌…胸の歌がしてみせたこと!?あなたの歌って何!!?何なの!!?」
目の前の現象に、マリアが困惑して叫ぶ。そうしている間に、光の粒子は響に収束していく。
二課の潜水艦でその光景を目撃していた未来は、画面に映る響に向かって叫んだ。
「行っちゃえ響!!ハートの全部で!!」
響は、ガングニールのシンフォギアをその身に纏い…全力で叫ぶ!!
「撃槍!!ガングニールだあああああああああああ!!!」