戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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ご都合主義な主人公のせいで、作者がシンフォギアで好きな場面トップ3くらいには入りそうなシャトル救助の話は泣く泣くカットです。いや、やったとしても装者達が操縦士を助けた後に主人公がシャトルを”収納”して終わりなんですけどね…


第75話

フロンティア事変から、しばらく月日が流れた初夏の季節。

 

「あったかい物どうぞ」

 

デスクで作業していたオペレーターの藤尭に、同僚の友里がコーヒーのカップを差し出した。

 

「あったかい物どうも。珍しいね」

 

「一言余計よ」

 

そんな軽口を交わしつつ、二人が作業中のモニターに視線を向ける。そこには、海外の様々な場所で救護活動をしている装者達の姿が映っていた。

 

「あの大事件から、半年以上経つのか。あの時は大変だった…」

 

「ソロモンの杖の強奪、F.I.S.のテロ活動に、月の落下…フロンティア事変が終わった後も、色々あったものね…」

 

フロンティア事変の後、特異災害対策機動部二課は、国連直轄の超常災害対策機動タスクフォース『Squad of Nexus Guardians』、通称『S.O.N.G.』へと再編成された。それによって、安保理の定めた規約の範囲内で国外活動が認められ、現在は世界各国の災害救助を主だった活動にしていた。

 

今、藤尭達が居る場所は、以前から二課の仮設本部として使用され、迅速に海外の活動現場に移動できるという理由から、正式にS.O.N.G.の本部として使用されることが決定した潜水艦の指令室である。そこで二人はコーヒーを片手に小休憩を取りながら、これまでのことを思い出していた。

 

「それでも、二課がS.O.N.G.に再編成されてから、大きな事件は一度も起こっていない。フロンティア事変以降、ノイズの出現報告は世界中で一度も出ていないし…元々、ノイズが出現することなんて滅多に無いことだったけど…本当に、全部消し飛んだのかな?」

 

「了子さんの見立てが確かなら、そうなんでしょうね」

 

そう、あの事件以降、ノイズの出現は確認されていない。バビロニアの宝物庫に放り込まれたネフィリムが、臨界に達して大爆発した結果だと考えられ、真偽を確かめるために了子がノイズの召喚を試みて、失敗。ナナシもコッソリと“収納”から取り出したソロモンの杖を使おうとしたが、何の反応も示さなかったことから、宝物庫内のノイズが根絶されたと判断されていた。

 

「元F.I.S.の装者三人の拘束期間も明けて、ナナシの頑張りでマリアさんも、テロ組織から世界を守った国連のエージェントが、今後もより迅速に活動できるようにS.O.N.G.に転属したってことで落ち着いたし、ナスターシャ教授の体調も安定して、今では了子さんと一緒に聖遺物の研究に加わってくれている。主だった問題がほとんど解決できて良かったよ…全く問題が無い訳じゃないけど」

 

「…ナナシ君のことね」

 

 

 

二課が国連直轄のS.O.N.G.に再編成されるにあたって、ナナシの立場に問題が出てきた。

 

ナナシがあのライブ会場に現れて約三年の月日が経つが、相変わらずその正体は謎に包まれたままである。今までは、『詳細不明の聖遺物に適合したシンフォギア装者』という肩書を使っていたが、国連の管理下に入るにあたり、聖遺物の詳細が不明な点と、他のシンフォギア装者と差異がある点が疑問視されることが考えられた。

 

そこで考案されたのが、『過去、日本の遺跡から出土した解析中の聖遺物に偶然ナナシが接触した際に、適合と同時にその体に聖遺物が完全に融合してしまった』という設定である。

 

フィーネとネフシュタンの鎧、そして響とガングニールのように、生体と聖遺物が融合した症例の一つとして扱うことで、他のシンフォギア装者との差異を誤魔化し、肉体と完全に融合してしまったために聖遺物の特定も不可能ということにした。少々強引な説明ではあるが、幸いナナシの体の構成は通常の人間と差異が無いため、細胞や血液の提供を要求されてもバレる心配は無い。肉体の再生や血液の操作など、目立つ能力に関しても、検証の上で発覚した聖遺物の力と言って押し通すことにした。

 

ナナシの出自に関しても、聖遺物と異なり装者個人の情報は今でも秘匿されている。例え各国がナナシの出自を独自に調べたとしても、その矛盾点を大っぴらに指摘することはできないので、一応はナナシの能力の説明についてはそれで問題が無いように思われた。

 

問題となったのは、ナナシが作り出した“血晶”の存在である。

 

ナナシが文字通り心血を注いで作り出した“血晶”は、その存在が公になれば各国が黙っていない代物であった。隠密行動に役立つ“認識阻害”、記録を残すことなく遠距離の相手と意思疎通ができる“念話”、そして、ノイズの接近さえ妨害し、不意打ちによる暗殺防止も期待できる“障壁”。これらの能力を所有するだけで自在に行使でき、ナナシの血液(正確には肉体の一部)があれば量産が可能なことを加味すれば、ナナシ自身の『価値』は、シンフォギアどころか、完全聖遺物でさえ凌駕する可能性があった。

 

そのことに気が付いた弦十郎の指示で、全ての“血晶”が回収された後に箝口令が敷かれ、その使用には細心の注意が払われることになった。

 

基本的にはナナシと共に行動するシンフォギア装者かS.O.N.G.のエージェントのみが所持することを許可され、それ以外では万が一の通信手段として弦十郎と、生存がバレないようにするために了子が常備することになった。

 

 

 

「全面的に使用を禁止する話もあったけど、ナナシ君が猛反対したものね…」

 

「ああ、危うく久しぶりにナナシと司令達で本気の喧嘩に発展するところだった」

 

「久しぶり?司令とナナシ君はよく喧嘩というか、訓練をしているわよね?」

 

「いや、そういう感じじゃなくて、本当の本気で喧嘩したことが過去に一回あったらしい。ナナシが俺達のところに来てから一年目くらいの頃にそんな噂を聞いた。何でも司令だけじゃなくて緒川さんも巻き込んで盛大にやり合ったとか」

 

「…ナナシ君、一体何をやったの?」

 

「さあ?俺も噂を聞いただけだから原因までは知らない。悪戯の加減を間違えたとかかな?まあ、ナナシのことは今後俺達でフォローすればいいだろ。もうノイズが現れないなら、このまま大きな事件も無く、定年まで給料貰えたら万々歳なんだけど…」

 

藤尭がそう口にした瞬間、指令室の中に警報が鳴り響いた。すぐさま二人がモニターを見て状況を確認する。

 

「横浜港付近に未確認の反応を検知!」

 

友里がそう言い終わるのとほぼ同時に、謎の反応が途絶えて警報が鳴り止んだ。

 

「消失!?…急ぎ、司令に連絡を!!」

 

「了解!…こういうのが、ナナシ君の言う所のフラグって奴じゃないの?」

 

「俺のせいみたいに言わないでくれ!?」

 

そんなことを言いながらも、二人は目の前の端末を操作し、先程の現象について調査を開始した。

 

 

 

 

 

横浜港近辺

 

「はあ、はあ、はあ…!」

 

真夜中の暗い道を、黒いローブを纏った、体格から子供だと思われる人物が息を切らせながら走っていた。

その足元に、視認ができない程の勢いで何かが飛来して、金属音と共にアスファルトに傷を作る。

その子供はすぐさま近くに会った公衆電話の影に身を隠し、息を整えながらその腕に抱えた箱を見る。

 

(ドウェルグ=ダインの遺産…全てが手遅れになる前に、この遺産を届けることが、ボクの償い…!)

 

その決意と共に、黒ローブの子供は再び夜道を駆け出した。

その様子を、すぐ近くの建物の屋根から見下ろす人影があった。

 

「私に地味は似合わない…だから次は、派手にやる」

 

 

 

 

 

S.O.N.G.が謎の反応を調査する一方で、リディアンに通うシンフォギア装者達は平穏な日常を送っていた。

 

翼がリディアンを卒業し、クリスが三年生、響と未来が二年生へと進級、そして、調と切歌が新入生としてリディアンに通うようになった。始めは色々と気を張っていた調達だが、響達の楽しそうなやり取りを見ている内にすっかり緊張が解れ、今の生活に馴染み始めていた。

 

ノイズが現れず、シンフォギアを纏って戦うこともない、普通の学生として過ごす日々…だが、そんな何気ない日常の中でも、装者達と、とある“紛い物”の青年にとって、その日は特別に思える出来事があった。

 

 

 

その日の夜、とある家に大勢が集まり、テレビの前にある机には色とりどりのお菓子が並べられていた。

 

「…で?どうしてあたしん家なんだ?」

 

眉間に皺を寄せてそう訊ねるのは、家主であるクリス。

 

「すみません、こんな時間に大人数で押しかけてしまいました」

 

「ロンドンとの時差は約八時間!」

 

「チャリティドッグフェスの中継を皆で楽しむためには、こうするしかない訳でして…」

 

クリスの問いにそう答える安藤、寺島、板場の三人以外に、クリスの家には響、未来、調、切歌の姿もあった。

 

「ま、頼れる先輩ってことで!」

 

そう言って、響は笑顔でクリスに近づき、その手に持ったコップを積んだトレーを受け取る。

 

「それに、やっと夢を追いかけられるようになった翼さん達のステージだよ!」

 

「…皆で応援、しない訳にはいかないよな」

 

響の言葉に、クリスもようやく難しい顔をやめて笑みを浮かべた。

 

「そしてもう一人…」

 

「マリア」

 

「歌姫のコラボユニット、復活デス!」

 

切歌がそう言った直後、テレビ画面の映像に動きがあった。立っていた響とクリスは、素早くテレビ前に設置した椅子とソファーに座り、その場に居る全員がテレビ画面に集中し始めた。

 

 

 

 

 

真っ暗な会場を、観客達が手にしたサイリウムの輝きだけが照らしていた。

万を超える人間が同じ空間に存在するというのに、会場内は驚くほどの静寂を保っていた。だが、その静寂とは裏腹に、人々の胸の内にある興奮と期待の感情は刻一刻と高まり、会場全体が熱気に包まれているようだった。

 

そんな押さえ込まれた激情は、突如鳴り響いた前奏と、会場の中央にある大型ライトの点灯を切っ掛けに、歓声となって一気に溢れ出した。

 

その直後、ステージ衣装を纏った三人の歌姫達…風鳴翼と天羽奏、世界進出を決めたツヴァイウィングの二人と、世界の歌姫としてその名を轟かせる、マリア・カデンツァヴナ・イヴが、歌声を響かせながらステージの中央に現れた。

 

轟雷のような歓声に負けない、力の籠った美しい歌声が響いた直後、観客達の歓声が治まる。一瞬にして三人の歌声はその場を支配し、観客達の心を魅了したのだ。

 

スモークで隠された足元を素足で進み、三人は舞いながら歌を奏でる。少しして、会場のドームが徐々に開き、ロンドン橋と沈みゆく太陽が現れた。同時に、会場のスモークが晴れてステージ上に現れる…水面。そう、この会場はステージ中央が海面と一体となった水上ステージ。水飛沫と共に水の上を滑るように舞い踊る三人の姿は、夕日の光に照らされることでより幻想的な光景へと変貌する。

 

そして曲がサビに入るのと同時に、太陽は完全に沈み、今度は夜空の星々が会場を照らす。ステージの水面が夜空を映し出すことで、歌姫達はまるで星空を自在に飛び回っているように見えた。

 

歌姫達とタイミングを合わせ、観客達も共に歌う。次々と姿を変貌させるステージの光景も相まって、まるで歌によって世界が形作られるような、神秘的な光景が作り出されていた。

 

歌の力で、世界が変わる。その光景はまるで、歌によって世界が一つになったあの奇跡の一日を彷彿とさせた。そう、今この時、この瞬間は、歌姫達と人類が掴み取った、まさに、奇跡…

 

 

 

 

 

「キャー!!こんな人達と一緒に友達が世界を救ったなんて、まるでアニメだね!!!」

 

曲が終わり、会場の観客達に手を振って応える三人の姿を見ながら、板場が大興奮のまま喝采の声を上げる。

 

「う、うん、ホントだよ…」

 

そのハイテンションな様子に、響は苦笑しながらそう答えるのだった。

 

ライブは誰の目から見ても大成功で終わり、三人の演奏中は終始笑顔だった調と切歌だが、曲が終わり落ち着きを取り戻すと、急にその顔に影を落とした。

 

「…月の落下とフロンティアの浮上に関連する事件を収束させるため、マリアは生贄とされてしまったデス」

 

「最後に選択したのは、マリア自身。だけど、大人達の体裁を守るためにアイドルを、文字通り偶像を強いられるなんて…」

 

「そうじゃないよ」

 

そんな二人に、未来が優しく声を掛けた。

 

「マリアさんが守っているのはきっと、誰もが笑っていられる、日常なんだと思う」

 

未来の言葉に、調達は頷き、再び笑顔を取り戻した。

 

「そうデスよね!」

 

「だからこそ、私達がマリアを応援しないと!」

 

そう言って笑顔で頷き合う二人に、響も明るい声で話しかけてきた。

 

「そうだよ。あんまり暗い顔していると、兄弟子にからかわれちゃう…そうだ!兄弟子から皆で食べるためのお菓子を預かってたんだ!クリスちゃんに渡してくれって」

 

「はあ?あたしにか?」

 

クリスが疑問の声を出している間に、響が部屋の奥からプレートを持ってくる。そこにはクッキーやチョコレート等の様々なお菓子の他に、中央にあんぱんがいくつも積まれており、一番上のあんぱんには、『お家に沢山の友達が来てくれて本当はとっても幸せなクリス様へ』と書かれたメッセージカードが付いていた。

 

「あんの大馬鹿ご都合主義め!!」

 

クリスが真っ赤な顔でメッセージカードを引き剥がし、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てると、勢いそのままにあんぱんを手に取り頬張る。咀嚼して数秒後、しかめっ面だったクリスの顔が綻んだが、周囲の視線に気が付いて慌てて取り繕う。それでもあんぱんを頬張ることを止めないクリスの姿に、全員が声を出して笑い出した。

 

「フフフフ…あれ?そういえばナナシさんは今日お誘いしませんでしたの?」

 

「確かに、あの人なら絶対にリアルタイムでライブ中継を見ると思ったのに」

 

「分かった!周りに女の子しかいない空間に畏縮しちゃったんだ!」

 

板場達三人が口々にそう言うと、響達が顔を見合わせて苦笑し、ほっぺにあんこを付けたクリスが静かに三人の問いに答えた。

 

「…あの音楽バカも、ちゃんと先輩達の歌を聴いてたはずだ。それも、特等席でな」

 

 

 

 

 

「いやー、盛り上がったな!やっぱり大勢のファンと一緒に歌うステージは最高だ!あたしも翼も、これまでに無いくらい歌に没頭できた。あんたもそうだろ、マリア?」

 

ステージを降りて、様々な衣装が飾られた関係者専用の通路を奏とマリアが進んでいた。翼は緒川と仕事の話をしており、少し遅れて合流することになっている。

 

ライブの興奮が治まらない様子で奏がマリアにそう問いかけるが、マリアは何処か影のある表情をして沈黙していた。その様子を見た奏は、苦笑を浮かべながら再度マリアに声を掛けた。

 

「全く、まだ気にしているのか?」

 

「…あなたは、何とも思っていないの?私達のせいで…」

 

「別に、あんた達が原因じゃないだろう?ナナシのことは」

 

 

 

今回のイギリスのライブ、そして今後のツヴァイウィングの海外活動に、ナナシは同行していない。

 

ナナシ本人から日本に残ると聞いた時は、奏も翼も少なからず驚いたが、理由を聞いてみれば納得することも多かった。

 

現在、国連関係でナナシは微妙な立場にあり、ナナシの能力や“血晶”のことを考えると、日本を出て行動するのはリスクが大きい。また、“血晶”の距離制限のことを考えると、本部に留まって活動する方が能力の有効活用ができるとのことだった。

 

 

 

「ナナシの“血晶”が無いと、了子さんの生活も一気に制限が多くなるからね。自業自得といえばそうだけど…まあ、そんな訳だから、ナナシが日本に残るのは、あいつ自身が決めたことだ。国連の連中と揉めているのは、別にあんたの司法取引が原因って訳じゃあ…」

 

「誤魔化さないで」

 

マリアはそう言って奏の言葉を遮ると、俯いていた顔を上げ、奏のことを真っ直ぐに見た。

 

「分かっているはずよ。あの男が日本に残ることを決めた一番の理由は、私達のせいだってこと」

 

「……」

 

 

 

ナスターシャ教授の体調は安定しているが、病が完治した訳ではなかった。

 

現在、症状が落ち着いているのは本部内にある最新鋭の医療設備を利用できることもあるが、最も大きな要因はナナシの“解析”の能力であった。

 

肉体に一切の負担をかけることなく、その時必要な処置が一瞬で分かるナナシの“解析”によって、ナスターシャ教授の体はある程度まで回復することができた。

 

だがそれは、裏を返せば、ナナシがナスターシャ教授の傍にいなければ、また症状が悪化してしまうということだった。短期間ならば本部の施設で問題はない。だが、長期に渡ってナナシが本部を離れ、その間にナスターシャ教授が発作を起こしてしまえば、今度こそ命を落としてしまうかもしれない。

 

ナナシは、あくまでも自分の都合で日本に残ると主張しており、周囲の人間もそれ以上追究しなかったが、マリアも、そしてナスターシャ教授も分かっていた。だからこそ、ナスターシャ教授は動けるようになると、反対の声を聞かずに研究者として働くことに決めたのだ。感謝と、償いのために。

 

 

 

「あなた達と、あの男にはこれ以上ないくらい恩義があるというのに、あなた達は一緒に居られなくなった。私達の、せいで…それでも、私は、その優しさを拒むことが、できない。だって、それは、マムの命を、諦めるという意味だから…本当に、酷い女よね、私は…」

 

言葉を詰まらせ、瞳に涙を溜めながら、絞り出すように言葉を出すマリア。それでも、決して涙を流すことはしない。自分の無力を嘆き、ただ涙を流すだけの、弱い自分には戻りたくないから。

 

「…ああ、確かに、ナナシが日本に残ったのは、あんたの母親のこともあるだろう。だけどね、マリア。一つだけ、間違えないで欲しいことがある」

 

そんなマリアに、奏は諭すように言葉を掛けた。

 

「ナナシが日本に残ったのは、あんた達の『せい』、じゃない。あんた達の『ために』、だ。そこだけは、間違えないでやってくれ」

 

「!!」

 

「あいつは、何時だって自分の好きなように行動しているだけだ。その責任を、他の誰かに押し付けるような真似はしない。できれば、あいつの行動に負い目を感じるんじゃなくて、感謝を伝えてやってくれ。あんたは、あいつが一番喜ぶ感謝の伝え方を知っているだろ?」

 

「…歌」

 

「Exactly!!」

 

奏がナナシを真似て、茶化すように笑いながら肯定した。

 

「あいつなら、そのうちあんたの母親の病気だって何とかしてくれるさ!それまでは、今日みたいに最高の歌であいつを労ってやってくれ。今日のライブなんか、すっかり任務を忘れてお楽しみだっただろ?」

 

「なっ!?」

 

「あははは!ナナシでなくても見ていて丸分かりだったよ!それで終わった途端に気が緩んで抱え込んでた想いが出てきたんだろ?難しいこと考えてないで、あんたはもっと堂々としてれば良いんだよ。あんたはアイドル大統領なんだからさ!」

 

「ちょっ!?あなたまで私をその名で呼ぶのはやめなさい!!」

 

「えー?どうしようかなぁ?」

 

「ちょっと!?」

 

マリアをからかい、笑いながら歩みを進める奏を、マリアは抗議の声を上げながら追いかけた。

 

(…全く、敵わないわね。あなた達には)

 

先程のやり取りだけで、胸の内にある重荷がずっと軽くなったことを感じたマリアは、苦笑を浮かべながら奏に感謝の言葉を掛けようとしていると…

 

ヒュー…

 

窓の無い通路に、風が舞い込んできた。

 

「風?…誰かいるの!?」

 

感じ取った僅かな違和感に、戦場を生きてきた二人はすぐさま警戒態勢に入る。そんな二人の耳に、何処からか響いた女の声が聞こえてきた。

 

『司法取引と情報操作によって仕立て上げられた『フロンティア事変』の汚れた英雄、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。そして、かつての実験によって数多の命と共に、手にした撃槍を砕かれたガラクタの片翼、天羽奏』

 

「何者だ!?」

 

女の声に、マリアが怒気の含んだ声で問いかける。自分のことよりも、奏を侮辱するような言葉に対して、怒りを感じずにはいられなかった。

 

奏とマリアが、背中合わせで周囲を警戒していると…周囲にある衣装を着たマネキンの一つ、その中に紛れていた、緑色の衣装を纏った長髪の女が、一瞬にして奏の傍まで接近してきた。

 

「っ!!?」

 

奏が気づいた時には、既に女の手が奏の後頭部と顎にかけられており、人間離れした怪力で奏の顔が女の顔へと向けられる。

 

そして…

 

女の顔が、奏の顔へと近づいていき…

 

その唇が…

 

奏の唇へと、重ねられる…

 

 

 

「人の女に、何してんだてめえ!!」

 

 

 

ドグシャッ!!

 

…寸前で、女の横顔に拳の一撃が突き刺さり、女はマネキンを数体巻き込みながら壁際に吹き飛んでいった。奏とマリアが、拳の一撃を放った人物の方へ視線を向けると、そこには…

 

「「ナナシ!?」」

 

日本に残っているはずのナナシが、そこに立っていた。

 

「ナナシ、あなたどうしてこんなところに!?」

 

「大人達が皆、後のことは全部任せてライブ見て来いって喧しくてな!挙句の果てに、ナスターシャ教授が「あなたが行かないのなら、今後一切野菜を食べません」って子供みたいな駄々をこね始めたから、日本から“障壁”を使って走ってきた(・・・・・)!本当はお前達の歌を聴いたらすぐに戻るつもりだったが、あまりにも素晴らしい歌に賞賛の言葉を伝えることを我慢できずに不法侵入…じゃなくて、近くに来たついでに慎次と情報交換しようと思って探していたら迷った!」

 

「全然誤魔化せていないわよ!?この大馬鹿者!」

 

そんな会話をしながらも、マネキンの山に姿を消した女を警戒するナナシに、奏が真っ赤な顔で声をかけた。

 

「ナ、ナナシ…さっきのセリフ、あれは、どういう意味だ…?」

 

そんな場合じゃないことは、奏にも分かっている。だけど、聞かずにはいられなかった。人の女、ということは、つまり…

 

「決まっているだろ?お前の片翼である翼を差し置いて、お前に手を出そうとする女がいたんだ。怒鳴りつけて殴り飛ばすのも当然だろ?」

 

「………そうか」

 

ナナシの言葉に、奏はスッと真顔になってそう答えた。

 

「だ、だとしても、やり過ぎだ!人を相手に!」

 

「一応、顎は砕けても、首は折れない程度に加減はした…だけど、その必要は無かったみたいだ」

 

マリアの問いに、ナナシがそう答えるのと同時に、マネキンの山を吹き飛ばしながら、無傷の女が立ち上がった。その手には、いつの間にか大剣のようなものが握られている。

 

「なっ!?」

 

「無傷!?」

 

何事もなかったかのように立ち上がった女に対して、奏とマリアが驚愕する。

 

「女性の顔に躊躇なく打撃を加えるなんて、随分と過激なナイト様ですわね?」

 

「そちらこそ、刃物を所持して歌姫達に近づき、その唇を奪おうとするなんて、随分と熱狂的なファンの方ですね?こちらの二人が非常に魅力的なのは分かりますが、歌姫達に手出しは厳禁。今すぐお帰り頂きましょうか?」

 

ナナシが相手の口調に合わせて、慇懃無礼な言葉で返すと、女は笑いながら大剣の切っ先を向けてきた。

 

「フフフ、そうは参りませんわ。私の本命はもう一人の片翼、剣ちゃんですもの。彼女の歌を聴くまでは、こちらも引き下がる訳にはいきません」

 

「おや、翼推しで?なるほど…どうやら、説得は無駄なようですね。彼女の歌を諦めさせる言葉を、私は持ち合わせておりませんので…力ずくで、排除させて頂きます!」

 

「あらあら、それは恐ろしい」

 

その言葉を最後に、両者は互いに構えを取り、女と“紛い物”の歌姫を巡る戦いが開始された。

 




本人のいないところで勝手に巡られるSAKIMORIさんw
遂に始まってしまいましたGX編、実は話のストックが徐々に減っててちょっと焦ってます。何とかクオリティーを落とさず投稿を続けられるよう頑張ります。
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