戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
父親の残した命題を、自分の願望のために歪めている。ナナシが語った“妄想”を聞いたキャロルは…
「フン、下らないな」
…嘲笑と共に、ナナシの“妄想”をそう評価した。
「確かに貴様の話は筋が通っているように聞こえる…だがな、『アンノウン』。それは『そうとも考えられる』と言う、正に貴様の“妄想”に過ぎない。仮説の証明と言うものは、誰もが認めるような明確な根拠を掲示することで初めて立証される。人の心情などという曖昧なものを幾ら貴様がそれらしく語ったところで、オレ自身が『違う』と否定してしまえばどれだけ貴様が言葉を重ねようが、その仮説は完全に無意味なものになる…オレは、知識の探求の果てに『万象黙示録』という答えにたどり着いたのだ。断じて、父の命題を歪めてなどいない!!」
ハッキリとそう言い切るキャロルに、ナナシは困ったような顔をした。
「なるほど、お前の心情に対する明確な根拠、ね…それは確かに、“紛い物”の俺には荷が重い証明だな。人間ではなく、血の繋がった家族が存在したかも分からない“紛い物”には、その根拠を用意することができない。完全論破だな」
ナナシの敗北を受け入れるような言葉に、キャロルが勝ち誇ったような笑みを浮かべて…
「…と、普段ならそう言う所だけど、今回に限っては証明が可能だ。何故なら、今回の俺の“妄想”は、俺が一から構成したものじゃない。お前が言う所の『明確な根拠』が存在したから、それを元に後から構築した考えだからな」
…直後に、その笑みが凍り付いた。
「なん…だと…?オレの心情に対して、明確な根拠…?そんなもの、一体何処に!!?」
「ずっと俺とお前の目の前に『在る』じゃないか?」
そう言って、ナナシは視線を隣に…エルフナインに向けた。
「…え?…ボクが、根拠…?」
「その廃棄躯体風情が…?」
エルフナインが困惑し、キャロルは訳が分からないといった風に疑問を口にする。
「『廃棄躯体風情』、ね…じゃあ、何故お前はその廃棄躯体風情に、お前の大切な父親の想い出まで転写したんだ?」
「…フン、そんなもの、貴様らを欺くための工作の一つに過ぎん。オレにだって客観的に物事を判断することはできる。世界の分解などという方法が、倫理的に間違っている事ぐらい知っているさ。それを邪魔しようとする可能性が高いお前達に、できるだけ不自然ではない形で毒を仕込むために、貴様らがソレを保護した後、信用しやすい人格を形成させるためにオレの記憶の一部を利用しただけだ。良い具合にソレに正義感が芽生えてくれたお陰で、楽に計画を進めることができた」
「っ!?」
キャロルの言葉に、エルフナインが唇を噛んで俯く。そして、ナナシは…
「…えぇ…?」
…ドン引きしたような表情でキャロルを見ていた。
「ッ!?何だ!?その腹立たしい表情は!!?」
「いや…だって…えぇ…?よりによってそこを認めるの?こっちは仮にも数百年生きてきた錬金術師相手に、これから鎌をかけて口を滑らせるよう色々話を持っていくつもりだったのに…何か、クイズ番組の最終問題で、司会者に『解答者は正解のAを選ぶことができるのか!?』って失言をされた気分だ…」
「なっ!?貴様は、何をほざいて…!?」
「自分の記憶に、客観もクソもあるかボケ!!その考えは紛れもない、キャロル・マールス・ディーンハイムから生じた心情の一つに決まってんだろうが!!」
「ッ!!?」
ナナシの言葉に動揺するキャロルに対して、ナナシは間髪入れずに畳みかける。
「てめえは自分の行いが間違っていると理解していた!そして、どれだけ理由を重ねようが、てめえが大切な父親の想い出を簡単に他人に渡す訳無いだろう!?ああ、確かに計画を確実に進めるためだという理由は、お前の本心だろうさ!!でも、てめえは自分自身でも理解していないもう一つの思惑によって、自分の記憶を、自分と同じ見た目をしたエルフナインに分け与えたんだ!!」
「オレ自身の知らない、思惑だと…!?」
「お前、止めて欲しかったんだろう?同じ父親の記憶を持つ、
「「!!?」」
ナナシの言葉に、キャロルとエルフナインが驚愕する。
「俺が大好きなこの国の漫画にも、似た様な話があったな。神様になるために、自分の悪の心を切り離すことで、完全な善性を獲得するって話だ…てめえはその逆で、自分の行いが間違っているという痛みから逃れるために、自分の善性を、自分を止めようとする想いを
「ち、が…そんな、こと…!!」
ナナシの言葉を、キャロルは否定しようとするが、上手く口が動かない。
「どうした?さっき俺の“妄想”を否定した時みたいに、理論立ててしっかり答えてみせろよ。俺はお前が、バレたら困る隠し事をした上に、ご丁寧にバレた後の言い訳まで用意しているクソガキだって言っているんだ」
「…う、るさい…煩い…煩い!!貴様が…人ですらない“紛い物”の貴様ごときが、オレを理解したような言葉を口にするな!!」
上手く否定の言葉を紡げないキャロルは、何かを誤魔化すようにナナシにそう絶叫してみせた。それに対して、ナナシは…
「あっははははははははははははははははははははははははは!!!」
…大爆笑という形で返した。
「な、何が可笑しい!?」
「可笑しいとも!!可笑しくて可笑しくて仕方がない!!あっはははははは!他人を、死んだ父親の想いを必死に理解しようと藻掻き続けるお前が、他人に自分を理解されることを拒むと言うのか!?錬金術師!!前は悪かったよ!没個性なんて言って!てめえは立派な『クソガキ』だよ!自分がやるのは良いけど他人にされると嫌だなんて、数百歳生きた人間とは思えない、どこまでも幼稚で、生意気で、自分の行動にさえ理解が追い付いていない子供の考え方だ!!」
「貴様…!!」
何処までも楽しそうにキャロルを貶める言葉を口にするナナシに、キャロルは掴みかかろうと椅子から立ち上がろうとして…
「しょうがない、認めてやるよ。お前は父親の命題を歪めてなんかいない。全てはお前が純粋に父親の命題に答えようとした結果なんだよな?」
…直前に、ナナシがこれまでの発言を白紙に戻したため、キャロルは訳が分からずに動きを止めた。
「なっ!?貴様、一体何を言って…!?」
困惑するキャロルに、ナナシは相変わらず笑顔で…心底邪悪な笑顔で、言葉を紡ぐ。
「お前の言葉を認めてやるって言ってんだ。お前の行いは、純粋に父親の命題に答えるためのもので、その最適解が『万象黙示録』だった…つまり、お前の父親はこんな人間だったんだよな?」
ナナシが言葉と共に手を振るうと、三人の周囲に大勢のイザークが…輪郭が歪に歪み、どこか狂気的な印象の笑みを浮かべるイザーク達が現れて、次々と言葉を発する。
『キャロル、ありがとう!パパのためにたくさんの人をぶち殺してくれて!』
『そうだよキャロル!全てを犠牲にしてでも真理を解き明かすんだ!それが僕達、錬金術師の成すべきことだ!』
『キャロル…生きて、もっと世界を識るんだ…お前以外の全てを、その糧にしてでも!!』
「ひっ!?パ、パパが…」
余りにも醜悪なイザークの言葉に、エルフナインが小さく悲鳴を上げる。
「貴様ぁああああああああ!!!!」
そしてキャロルは、椅子とテーブルを薙ぎ払いながらナナシに掴みかかる。
「ふざけるな!!ふざけるな!!!パパのことを知っているのは私だけだ!!パパのことを何一つ知らない貴様が、パパの在り方を好き勝手に歪めるなぁああああああ!!!」
絶叫し、怒りのままにキャロルはナナシに拳を振りかざそうとして…
「ふざけるな」
…静かな、しかしキャロル以上に怒気を感じさせる言葉を発することで、ナナシはキャロルの動きを止めてみせた。
「ふざけるなってのは、こっちのセリフなんだよ、クソガキ…何も知らない奴が、父親の在り方を歪めるな?てめえの言葉を肯定するってことは、お前の父親はこういう奴だったって言うことだろうが!!」
「っ!!?」
「何時の時代でも生者の主義主張によって、死者の在り方は決められる!てめえの行動理由が父親にあるって言うなら!!俺みたいに何一つお前の父親を知らない存在にとって、お前の行動全てがお前の父親の在り方を決める根拠になるに決まってんだろうが!!!」
「う…あ……」
ナナシの言葉に、そこに籠められた感情に、キャロルは身動きが取れず、言葉を発することさえできない。
「てめえの行動の責任まで、全部他人に押し付けてんじゃねえよ、クソガキが!!てめえの父親の在り方を決めているのは、他でもないお前自身なんだよ!!自分の思考も、生きる意味も、やったことの責任も全部死んだ人間に押し付けて逃げてばかりのお前が、偉そうなこと抜かしてんじゃねえ!!!」
「っ!!?煩い!!煩い!!!煩い!!!!黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れぇええええええええ!!!!」
ナナシの言葉に、遂にキャロルは耐えられなくなり、何かを誤魔化すように感情のままに叫び出す。
「お前が勝手に私のことを語るな!パパのことを悪く言うな!!私とパパの想い出を見るな!!!私のやることに口出しをするなぁああああ!!!!」
その様子は、数百年を生きた錬金術師とは程遠く、見た目相応の子供が、癇癪を起して泣き喚いているようにしか見えない。キャロルが力の限り叫んでいると、周囲の空間に罅が入っていく。
「私の中から消えろ!!お前も、そこの廃棄躯体も、全部全部、私の目の前から消えてしまええええぇえええぇぇえええ!!!」
空間の罅は徐々に広がり、ナナシが出したイザーク達も、周囲に映し出されるキャロルの想い出も全てが掻き消え、そして…
ぱちりっ、とエルフナインの目が見開いて、その瞳に、エルフナインの顔を覗き込んでいるナナシの顔が映った。
「ナナシ、さん…」
「あー、流石にお前達の父親を悪者にするのはやり過ぎたか。お前の方が先に限界が来ちゃったな、エルフナイン」
ナナシの“明晰夢”は、相手の精神に一定を超える負荷がかかると目が覚めてしまう。想い出のインストール作業中のキャロルが目覚めることはないが、本来の能力の対象者であったエルフナインが目覚めてしまい、あの不可思議な空間から二人は追い出されてしまった。
エルフナインが周囲に視線を向けると、そこはナナシがエルフナインを訪ねてきた部屋で、エルフナインはナナシに膝枕をされて今まで眠っていたようだった。
「ボクは、キャロルの計画のために仕組まれた、皆さんを監視するための毒…」
「まあ、それは事実だろうな。お前を通してあのクソガキは、S.O.N.G.の状況や俺の能力について知ったんだろう」
ナナシは誤魔化すことなく、エルフナインの言葉を肯定する。エルフナインはゆっくりとナナシの膝から頭を上げて起き上がると、今にも泣きそうな顔でナナシに話しかけた。
「お願いします!ボクを拘束してください!誰も接触できないよう、独房にでも閉じ込めて…いえ、キャロルの企みを知らしめるというボクの目的は既に果たされています…だから、いっそボクを…!」
エルフナインが涙を流しながら、震える声でそう懇願する。そんなエルフナインを前に、ナナシは…黙って何かを考え込んでいた。
「ナナシ、さん…?」
「エルフナイン、お前はあのクソガキが、今どんな状態か分かるか?」
「えっ?…あ、はい!恐らく、キャロルは今、自身が死ぬ直前までの記憶を予備躯体にインストールすることで、再誕を果たそうとしているんだと思われます」
「なるほど…その記憶のインストールには、具体的にどれくらいの時間がかかるか分かるか?」
「…本来なら、キャロルの持つ膨大な記憶をインストールするには、それ相応の長い時間がかかります。しかし、肉体への負荷を考慮しない高速インストールを実行していたならば…ひと月…いえ、ひょっとしたら、半月程で終わらせてしまうかもしれません」
「つまり、あいつがどんなに無茶をしていても十日は確実に眠り続けている訳か…」
「はい。そのため、その間にキャロルの居場所を突き止めてしまえば、キャロルの野望を完全に阻止することができるはずです!…ですが、位相空間に干渉する技術を己がものにしたキャロルの拠点をその限られた時間で見つけ出すことは、難しいかと…」
エルフナインは、ナナシが自分に何らかの沙汰を下す前に、可能な限り情報を聞き出そうとしているのだと思って、できるだけ詳細な情報を伝えようとしていた。
「…最低でも十日間…それまでは無防備で…ずっと目覚めない…なら…」
そんなエルフナインの言葉を聞きながら、ナナシはしばらくブツブツ呟きながら考え続けたかと思うと、突如として…
ニヤリと、とても邪悪な笑みを浮かべた。
「っ!!?」
その笑みを見て、エルフナインが思わずビクリと震える。そんなエルフナインに、ナナシが笑ったまま語り掛けた。
「なあ、エルフナイン。ちょっと協力してくれないか?」
「きょ、協力…?え、ええ、ボクにできることなら…」
「そうか!じゃあ、まず一つお願いなんだか…今日のことは、しばらく俺とお前、二人だけの秘密にしてくれ。お前があのクソガキに利用されていることも皆に秘密にして、俺達の情報があいつに伝わらないように、お前が目と耳を塞いで引き籠る必要もない」
「え!!?」
まさかのナナシの発言に、エルフナインが驚愕する。そんなエルフナインに、ナナシが笑みを深めて更に囁きかける。
「見返りは、この騒動が終結後のお前とあのクソガキの身の安全。そして…お前達の父親が出した命題の答えを導くための全面協力だ」
「っ!!?そ、それは…そんな、ことが…!?」
世界を解剖しようとするキャロルと、その道具として利用され、情報を漏洩させている自分の安全を確保してくれる。そして、父親の…エルフナインにとっても、大好きな父親の命題を解き明かすための手助け。自分の安全はともかく、他の見返りは、エルフナインには無視できない事柄だった。
「ああ、俺の考えた『悪巧み』が上手くいけば、その全てが手に入る」
第一条件が、周囲を欺くという裏切り行為。ナナシ自身が『悪巧み』と明言していること。そして何より、ナナシの顔に浮かぶ邪悪な笑みが、これから語るナナシの企みが禄でもないことだと雄弁に物語っていた。
…だが、何故だろう?
「なあ、エルフナイン…」
エルフナインは、邪悪な笑みを浮かべるナナシの瞳の奥に…
「あのクソガキに…キャロルに、世界を見せてやろう?」
…優しい父親の面影を見た気がした。