戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第93話

とあるファミレスのテーブルで、響と、先日コンビニで遭遇した男…響の父親、立花洸が向かい合って座っていた。響は険しい表情で僅かに俯き、決して穏やかな雰囲気では無いのに対して、洸は注文したサンドイッチをムシャムシャ食べながら、足を組んで椅子の背に体を預けており、随分と緊張感のない様子だった。

 

響が逃げ出したあの後、洸は響と話がしたいと未来に言ってきたため、未来は悩んだ末に響に対して洸の要望を伝えていた。そして響も、あの時は突然の再会に気が動転してしまった自覚はあったため、落ち着いたタイミングで未来に伝えられたその要望を聞き…一度、父親と話をすることにした。

 

『少しずつ重さを抜いていって、最後には『あの時は大変だったなぁ』ってお前が思い出して笑えるようになることを目指して欲しい』

 

ナナシの言葉を思い出し、過去の辛い想い出も、いつか笑い飛ばせる未来を迎えたい…そんな想いから、父親から逃げずに向き合う決心をしたのだ。

 

「…前に、月が落ちる落ちないと騒いだ事件があっただろ?」

 

「っ!」

 

洸の言葉に、自分が深く関わった事件のことを思い出した響が一瞬ピクリと反応する。洸はそんな響の様子には気が付かないまま話を進めた。

 

「あの時のニュース映像に映っていた女の子が、お前によく似ててな?以来お前の事が気になって、もう一度やり直せないかと考えてたんだ」

 

「…やり直す」

 

「勝手なのは分かってる。でもあの環境でやっていくなんて、俺には耐えられなかったんだ。なぁ?また皆で一緒に…母さんに俺のこと伝えてもらえないか?」

 

「…無理だよ」

 

響は、洸の言葉に並々ならぬ怒りを感じていた。響にとっても、家族がまた元通りになってほしいという気持ちはある。だが、今の父親の態度と主張は、本当に自分勝手なものだ。一方的に家族を捨て、これまで一度として自分から連絡の一つも寄越さなかったばかりか、偶々再会した響に対して、家を出て行ったことに対する謝罪も、今の家族の状況を聞くことさえせずに、娘を縋って自ら家族に想いを伝えようともしない父親を、どうしても許せなかった。

 

「一番一緒に居て欲しい時に居なくなったのは、お父さんじゃない」

 

響は手を握りしめながら、自身の想いを洸に伝える。拒絶の言葉が、自分の父親を傷つけることになったとしても、この胸の想いを抑え込むことは出来なかった。そんな響の言葉に対して、洸は…

 

「…やっぱ無理か~。何とかなると思ったんだけどなぁ。いい加減時間も経ってるし」

 

…まるで、どうでもいいことのように、笑みさえも浮かべてみせて…響の説得を、諦めた。

 

父親の態度と言葉に、響の胸の内に名状しがたい激情が渦巻く。今、その感情に身を任せてしまえば、何もかもを壊してしまいそうな予感を覚え、響は手を握りしめる力を更に強めて、自身の感情を押し殺そうとして…

 

 

『想いを伝えることは大切だ。例え今の関係が壊れてしまうかもしれなくても、それを恐れて激情を押し殺すなら壊れるのが『周り』から『自分』になるだけだ。歌を、感情を力に変えて戦うのがシンフォギア装者だろ?胸の歌を信じろよ』

 

 

…不意に、自分の兄弟子の言葉を思い出した。

 

響は、握りしめていた拳をそっと開き、静かに立ち上がると、飲み物を手に未だに笑いながら喋る洸にゆっくりと近づいていく。そして…

 

「覚えてるか、響?どうしようもないことをどうにかやり過ごす魔法の言葉。小さいころ、お父さんが教えただ…」

 

バチィィィン!!

 

…視線を下に向け、響が動いたことにも気づかず喋り続ける洸の頬に、響の平手打ちが入った。

 

「……え?…ひび、き…?」

 

何が起こったのか分からず、呆然と痛む頬に手で触れ、ようやく洸が響の顔へと視線を向ける。洸のその目に映るのは…瞳に涙を溜めならが、憤怒に顔を歪める娘の顔。

 

「…お父さんにとって、あの時わたし達の前からいなくなったことは、ちょっと話せば許してもらえるような軽い選択だったの?」

 

「っ!?」

 

「…お父さんにとって、わたしや、お母さんや、おばあちゃん…家族のことは、そんな簡単に諦められるくらい小さなことなの?」

 

「ち、違う!そんなことは…」

 

「何が違うの!!?」

 

「っ!!?」

 

否定の言葉を口にする洸だが、響の怒鳴り声に畏縮して言葉が出せなくなる。そんな洸の胸倉を掴んで、響は更に言葉を投げかける。

 

「違うなら教えてよ!!今のお父さんの態度からは、わたし達家族のことは、ご飯を食べながら笑って、ちょっと自分の子供とお話しして、子供に伝言を頼めば問題ない!!断られたら、しょうがないかで終わらせられるようなことだってことしか分からないよ!!違うって言うなら説明してよ!!!今!!わたしが!!必死になって理由を見つけようとしている!!お父さんの今の言動についての別の答えを!!!教えてよ!!!」

 

「……」

 

堪え切れずに流れ出る涙を拭うこともせずに、響は洸に怒鳴りつけるように質問を叩きつける。そんな響の質問に、洸は何も答えることが出来ずに、娘の顔から必死に顔を逸らすことしかしなかった。

 

そんな父親の様子を見た響は、ゆっくりと掴みかかっていた手の力を抜いて、洸から手を離す。そして、自分の荷物を手に持つと、呆然のする洸に対して、先程とは打って変わって、静かな声で言葉をかけた。

 

「わたしは、今のお父さんを…お父さんだなんて、思えない」

 

「っ!!?」

 

響の言葉に、ビクリと震えて咄嗟に声を掛けようとする洸だが、響は早々に駆け出してファミレスを後にしてしまった。

 

「…あ、あはは…そう、だよな…俺が、悪いんだから…響に、あんなこと言われても、仕方がない、よな」

 

少しして、痛む頬を押さえながら、自分に言い聞かせるように独り言を口にする洸が、ふと、テーブルにあるレシートに目を向ける。

 

「し、しまったな~…今、持ち合わせが心もとないのに…もっと必死に響を呼び止めるべきだったな~…もっと…必死に…」

 

何かを誤魔化すようにそう言って、洸が金額を確認すべく震える手をレシートに伸ばして…

 

 

 

「ご安心ください。こちらは私の方で支払わせて頂きますから!」

 

 

 

…突然、そんな言葉と共に伸びてきた手が机のレシートを取り上げたため、レシートに伸ばした洸の手が空を切る。

 

「え!!?」

 

洸が驚いて顔を上げると、そこにはいつの間にか男が立っていた。男はニコニコと笑顔を浮かべて、椅子に座る洸を見下ろしていた。

 

「え、えっと、君は…?」

 

「ああ、驚かせて申し訳ありません。私は、とあるグループで響さんやその友人達と共に活動をしている者です。響さんにはいつもお世話になっております」

 

「は、はあ…」

 

響の知り合いであるということ以外に情報の無い、非常に曖昧な説明に、洸はそう答えることしか出来なかった。

 

「実は、響さんとあなたがこの店に入っていくのを偶然目撃しまして、いつも明るい笑顔でいる印象の強い彼女が、珍しく暗い顔で見知らぬ男性と一緒に居るのを見て…大変失礼ですが、何かあなたが響さんに良からぬ事をしているのではないかと勝手に“妄想”してしまい、コッソリ会話を盗み聞きしてしまいました」

 

「っ!!?」

 

「大変申し訳ありませんでした!まさか響さんの血縁者(・・・)の方だとは露知らず、非常に失礼な疑いをかけてしまいました!」

 

男はそう言って、洸に対して深々と頭を下げる。

 

「い、いやいや、響のことを心配してくれたんだろう?頭を上げてくれ!」

 

先程の会話の内容から、何か自分に思うところがあるのではないかと警戒していた洸だが、男の気まずそうな表情や、自分に対してしっかりと頭を下げて謝罪する様子が決して嘘には見えず、洸は男に頭を上げる様に促す。

 

「せめてものお詫びに、こちらの代金は私の方で支払わせて頂きます。他にも何か追加されるならばご遠慮なくどうぞ!」

 

「え?あ、あはは、それは助かるな~…ほ、本当に良いの?」

 

「どうぞどうぞ!ご遠慮なく!響さんには普段からお世話になっていますので!」

 

男がそう言って、万札を一枚机の上に出したのを見て、洸は嬉しそうに近くの店員にステーキセットを注文する。男もアイスコーヒーを注文して、先程まで響が座っていた席に座った。

 

「おー、サンドイッチの次にステーキセットですか。響さんもいつもたくさん食べていますけど、あなたに似たのですかね?」

 

「う~ん、どうだろう?俺も普段はここまでがっつり食べたりしないけど…その、今月はちょっと厳しくて…」

 

「あははは!それは大変ですね!ご飯はしっかり食べないと力が出ませんよ?響さんを見ているとよく分かります。私も周囲の人間も、よくお腹を空かせてぐったりしている響さんにおやつをあげていますから。お菓子一つで凄く明るい笑顔を見せてくれるので、ついつい渡してしまうんですよね」

 

男と洸は注文の品を飲み食いしながら、響の事を話し合う。二人は短い時間ですっかり意気投合しているようだった。

 

「あははは!あの子は昔から食べるのが好きだったからな!今でもそんなに食べるのかい?」

 

「ええ、それはもう!あ、写真ありますよ。こんな感じです」

 

男はそう言って机の上に何枚かの写真を取り出す。そこには響と未来、他にも洸の知らない友人達と食事をしたり、遊んで笑っている響の姿が写っていた。

 

「ああ…そうか…響はこんなに楽しそうに…ああ、そういえば、響は君達とどんなことをしているんだ?それと、そろそろ君の名前を教えて欲しいんだけど?」

 

洸が安心したような笑みを浮かべながら、目の前の男にそう質問した。すると…

 

「申し訳ありません。少々守秘義務が絡むことが多く、私のこともグループのことも部外者(・・・)に軽々しくお話できないんですよ」

 

男は申し訳なさそうに、洸の質問への回答を拒否する。その口調はこれまでの会話と特別変わらない様子だったが…洸には、『部外者』という言葉が妙に引っかかった。

 

「あ、あはは、部外者なんて酷いな~。俺は響の父親なんだよ?ちょっとくらい教えてくれても良いじゃないか?」

 

洸は笑いながら、男に対してそう言って…

 

 

 

「あっはははは!面白い冗談ですね!?あなたが響さんの父親?そんな訳無いじゃないですか!あなたはもう、響さんと血が繋がっただけの赤の他人でしょう?」

 

 

 

…ピシリと、その笑みを凍らせた。

 

「あれ?本気で驚いています?だって先程、響さんが明確に否定して、あなたも反論できなかったじゃないですか?一体何を根拠に、あなたは響さんの父親を名乗っているのですか?凄く気になるので是非教えてください!」

 

「なっ…あっ…」

 

男は固まる洸に対して、笑いながら、一切悪意を感じさせない明るい笑顔で洸に質問をする。洸は驚愕と混乱で思考が纏まらず、口から意味のない声が漏れるばかりで身動き一つ取れなかった。

 

「ねえねえ、教えてくださいよ!法律上の家族関係ですか?でも、何年も家を出て生活費も入れてないんですよね?なら、婚姻関係がまだ解消されていなくても、響さんの母親がやろうと思えば簡単に破棄できますよね?やっぱり血縁関係ですか?確かに離婚が成立しても親子関係は原則消えませんが、限りなくゼロに近づけることは出来ます。それに、法的な繋がりしか主張できない時点で、あなたが求める親子関係と、響さんの求める親子関係に致命的な隔たりがあるのでやめてくださいね?正直興味が無いので。まさかと思いますが、親子の絆とか主張するつもりではないでしょう?『響が生まれてから十年以上一緒に過ごした絆が俺にはある!』とか、『一緒には居られなかったけど、心は繋がっていた!』なんてゴミみたいなセリフ、言いませんよね?自分から全部切り捨てて逃げ出したあなたが?」

 

そんな洸に対して、男は変わらぬ笑みを浮かべながら、洸が根拠にしそうな理由を一つ一つ潰していく。そんな男に、洸はようやく混乱から復帰して怒りの感情を向ける。

 

「ぶ、部外者の君に何でそんなことを言われなきゃならないんだ!?俺と響のことを、話でしか知らないくせに!お、親と子の関係がたった数年でそう簡単に消える訳ないだろう!?き、君だって、親に育ててもらったならそれぐらい分かるはず…」

 

「ああ、それは無理です。俺、三年前に保護される以前のことを何も覚えてないから、家族が存在したのかどうかさえ分からないので」

 

「っ!!?」

 

男の言葉に、洸が話の途中で声を詰まらせる。

 

「別に不幸自慢をする気なんてサラサラありませんよ?俺は自分が不幸だなんて思ったことありませんし、何なら世界で一番幸運だと思っています。俺にとって世界よりも大切な存在に出会えて、その傍に居続けられるのですから。正直、俺にとって自分の家族の有無なんて、心底興味が無いんですよ。ただね…」

 

男はジッと洸の顔を見る。まるで値踏みをするかのような、はたまた本当に洸を見ているのか怪しいほど空虚を感じさせるような、そんな不気味な視線に、洸がビクリと身を震わせる。

 

他人(ひと)の家族関係に対しては、興味が尽きないんですよ。俺の周りにも、家族のために全力で頑張る人間が沢山いますからね。嫁自慢や子供自慢が好きな奴らからは、俺は嫌がらず何度も話を聞いてくれるからって結構気に入られています。他にも、血の繋がりなんて無くてもお互いを家族だと思い、家族のために命を懸けて逆境に抗う親と子の関係も知っていますし、逆に碌に会話が出来ないような関係も知っている。果ては、死んだ父親のために、何もかもめちゃくちゃにしようとしている娘と、それを全力で阻止しようとする娘なんて、同じ父親のために正反対な主張をする人達までいます。本当に、人間というのは不思議なものですね?」

 

そこで男はスッと笑みを消して、洸に更に語り掛ける。

 

「部外者の癖に?何をまだ自分は響と繋がりがあるように言ってんだ?てめえと響の関係はてめえが捨てた時点で一度完全に切れてんだよ。繋ぎ直そうとして拒否されてんだからいい加減自覚しろ。たった数年では関係が消えない?人間なんて、積み重ねを糧に切っ掛けさえあれば数日で劇的に変化する生き物だろうが。響にとって最も辛い過去を共有せずに、黙って親が消えるなんて最悪の経験をさせておいて、何馬鹿なことをほざいてんだ、てめえ?あいつが今笑って過ごせるのは、あいつを大切に想う奴らが諦めず傍で支え続けたからだろうが。そんなにてめえと響が家族じゃない証拠が欲しけりゃ見せてやろうか?」

 

そう言って、男は新たに写真を取り出して、響が友達と笑う写真の前に置く。そこには、偶然コンビニで洸と再会した時の、驚愕と恐怖を感じているような響の姿。何かに耐える様に顔を伏せて、笑う父親と対峙する響の姿。そして…怒りに顔を歪め、涙を流しながら父親を睨む響の姿が映し出されていた。

 

「なっ!!?い、いつの間に…?」

 

ほんの少し前の出来事、そしてつい今し方の出来事が映し出された写真に、洸が驚愕する。

 

「なあ、お前と響にまだ繋がりがあると言うなら教えてくれ。何故響は数年ぶりに再会した父親に対してこんな顔を見せるんだ?何故お前は碌に娘の顔を見ようとせずにこの表情に気づかないんだ?ひょっとしてお前が家を出る前からこうなのか?お前を見る響はいつもこんな顔で、昔からお前は娘の顔を碌に見ようとしないから、まだ自分達は家族で居られているなんて“妄想”を信じることができるのか?」

 

「き、貴様ぁ!!」

 

淡々と紡がれる男の問いに、遂に洸が激昂して男に掴みかかる。男に近づいた洸が、男の胸倉に手を掛けた…その瞬間、逆に男が洸の胸倉を右手で掴み、そのまま…片手で洸を持ち上げた(・・・・・)

 

「なっ!!ひっ!!?」

 

成人男性を、片手で軽々持ち上げてみせる男の怪力に、洸が恐怖で声を漏らす。

 

「だ、誰か!助け…っ!?」

 

洸が周囲に助けを求めようとして…洸はようやく、周囲の異常に気が付いた。

そう、おかしいのだ。響が洸を叩いて怒鳴りつけた時は、洸も気が動転して意識しなかったが、客がいるファミレスの中でこれだけ騒いでいれば注目されるはずだ。それこそ、店員から注意があっても良いくらいだ。それなのに、誰一人として洸と、洸を片手で持ち上げる男に注目しない。まるで、誰も二人のことを認識していないような…そんな異様な状態に、洸は不気味さを感じて背筋を震わせた。

 

「勘違いして欲しくないんだけど、俺は別に怒ってないんだよ」

 

そんな洸に対して、男は洸を持ち上げたまま語り掛ける。

 

「俺はただ、完全に切れているとしか思えないお前と響の繋がりが、まだ続いているとお前が言う根拠に興味があっただけで、それ以外はどうでも良いんだよ。お前の在り方や思惑なんてものは…路傍の石ほどの興味もない」

 

「っ!?」

 

「お前の主張が、独り善がりの“妄想”だってことは良く分かった。話を聞かせてくれたお礼に、赤の他人の、部外者である俺がはっきり断言しておいてやる…今のお前は、響の父親じゃないんだよ。家族面してんじゃねえ」

 

「っ!!?ゲホッ、ゴホッ!?」

 

そう言って、男はポイッと洸を手放し、咳き込む洸を無視してアイスコーヒーを飲み干す。

 

「まあ、とは言っても、お前は家族面を止める訳にはいかないよな?ファミレスの支払い一つ満足に出来ないお前が、せっかくの金づるを見逃すわけにはいかないし?」

 

「っ!!?」

 

暗に、娘に近づいたのは金銭目的だろうと言う男に、洸は怒りを再燃させるが、男が一睨みするだけで身が竦み動けなくなる。

 

「そこで提案なんだが…」

 

そう言って、男は洸に差し出していた万札の上に、更に追加で札束を置いた。その厚みから、確実に十枚は超えている。

 

「えっ!?」

 

「お前がもう響の前に現れないと約束してくれるなら、定期的に資金援助をしてもいいぞ?」

 

「はあ!?な、なんで…?」

 

困惑する洸に、男はニヤニヤと語り掛ける。

 

「響に世話になっているのは本当だからな?この程度の出費であいつの笑顔を守れるなら安い物だろ?」

 

そう言って、男はレシートを持って立ち上がり、洸に一礼して返事も聞かずに立ち去ろうとする。

 

「それでは、約束ですよ?あなたが響さんに接触しなければ、月一くらいで適当にあなたの口座に今机に置いたのと同じくらいの金額を振り込みますので、どうかよろしくお願いします!…ただでさえ、最近一週間近く昏睡状態だった響さんに、これ以上無駄に心労を掛けないでくださいよ、まったく…」

 

「なっ!!?響が、昏睡状態!!?一体どういうことだ!!?」

 

去り際に、男が呟くように言ったセリフを聞き流すことが出来ずに、洸が男に食って掛かる。だが…

 

今の(・・)あなたには、何の関係もないことですよね?」

 

…男は洸の問いを、そう切り捨てた。

 

「ふざけるな!!響は、俺の…っ!!?」

 

洸が言葉を言い終わる前に、男が振り返り洸を見つめる。その瞬間、洸は言いようのない圧迫感を感じて、言葉を詰まらせた。

 

「あなたは、響さんの…何ですか?」

 

「っ!!?」

 

男の問い掛けに、洸は言葉を発することが出来ずに黙り込む。そうしている内に男の携帯が鳴りだし、誰かと通話した男は洸を一瞥すらせずにサッサと店から出て行ってしまった。

 

洸は、これまで無反応だった店員が奇異の目を向けていることにも気づかずに、しばらく呆然としていた。その瞳には、男が残した札束と、自分に負の感情を向ける響の写真、そして…自分には、決して向けられなかった、響の笑顔の写真だけが映っていた。

 

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