戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
本部のメディカルルームで治療を受けていた響が目を覚まし、ベッドで横になる響と、響の様子を見に来た未来と奏にエルフナインが検査結果を伝えに来た。
「検査の結果、大きな怪我は見られませんでした。でも、安静は必要です」
「良かった…」
「うん…」
「全く、心配させやがって」
響がゆっくりとベッドから起き上がり、未来が大事無いことに安堵する。奏は少しだけ乱暴な口調だが、優しい笑みを浮かべて響の頭を撫でていた。
「調が悪いんデス!」
突然、部屋の中に切歌の怒鳴り声が響いた。全員がそちらに視線を向けると、切歌と調が視線を合わせないようにそっぽを向いて椅子に座っていた。二人に外傷は無いが、調はミカの攻撃を防いでいた際に熱射病に近い症状が出ていたため、おでこや首などに熱冷ましの湿布が貼られている。
「切ちゃんが無茶するからでしょ!」
「調が後先考えずに飛び出すからデス!」
「切ちゃんが、私を足手纏いに思ってるからでしょ!」
二人は売り言葉に買い言葉といったように、お互いの顔を見ないままに不満をぶつけあって喧嘩をしていた。
「二人が喧嘩するなんて…」
「普段は見てるこっちが恥ずかしくなるくらいベッタリなのにな…」
未来達は、そんな二人の様子に驚いていた。
「二人共、やめてください!そんな精神状態では、イグナイトモジュールを制御できませんよ!?」
険悪な二人の様子に、エルフナインが慌てて仲裁に入るが…
「こらこら、エルフナイン。今良い所なんだから止めるなんてもったいないことするんじゃない」
…そう言って、これまで壁際で話を聞いていたナナシが、何故かエルフナインのことを注意してきた。
「えっ!?ナ、ナナシさんは二人が喧嘩をしていても良いんですか!!?」
「Exactly!!罵倒も殴り合いも大いに結構!ほら二人共、口が止まっているぞ?どんどんやれー!!」
ナナシは二人の喧嘩を止めるどころか煽るようなことまで言い始め、流石の二人も困惑して言葉を止めてしまった。
「どうした?お互い相手に不満があるんだろ?ちゃんと伝えてやれよ?ああ、喧嘩慣れしてない二人は罵倒する言葉をあまり知らないか!じゃあちょっと変わってやろう!調、切歌は「適合係数が最下位の雑魚がアタシの前にしゃしゃり出て邪魔するんじゃないデス!」って言いたいみたいだぞ?」
「ッ!!?」
「なっ!!?ち、違うデス!!ア、アタシはそんなこと…」
「切歌、調は「お気楽者のバカが考えなしに突っ込んだ挙句にフォローした私に偉そうに文句言うな!!」だってさ?」
「ッ!!?」
「ち、違う!!そんな酷いこと思ってない!!」
ナナシが二人の声真似までして語る言葉に、二人はショックを受けながらナナシの言葉を否定する。
「そうなのか?やっぱり人間の感情は難しいな~…でも、おかしいな?二人の思惑はともかく、俺は切歌の言葉を聞いた調と、調の言葉を聞いた切歌の感情を感じ取って“妄想”した想いを口にしたんだけど?二人も俺のセリフを聞いて少なからず『やっぱりそうなのか』って思わなかったか?」
「「ッ!!?」」
ナナシの言葉に、二人が黙り込む。それは図星だったからだ。二人は互いの言葉に、ナナシの発した言葉ほどではないが、それに近しい印象を受けていた。
ナナシはニコニコ笑顔を浮かべたまま、二人の肩にポンと手を置いて話しかける。
「さっき言った通り、喧嘩をしたいならドンドンすれば良い。時と場所も気にする必要はないし、人の目を避ける必要もない。そんな些末事気にせずに、想いの丈をぶつけ合えば良い。ただ…」
そこでフッと笑みを消したナナシが、二人の頭を掴んで無理やり二人を向き合わせる。互いの困惑する顔を見ながら、二人はナナシの言葉の続きを耳にした。
「喧嘩するなら、ちゃんと相手の目を見てものを言え。自分の言葉が、想いが、相手にどう伝わったのか、どれだけ相手が傷ついたのか、自分の言葉を伝えた結果から、目を背けてんじゃねえよ、ガキ共」
「「ッ!!?」」
二人は、無理やり見せられる互いの表情から、悲しみや憤りといった感情が少なからずあることを感じ取り、それが自身の言葉に起因することを自覚して…俯いて黙り込んでしまった。大人しくなった二人の頭から手を離し、距離を取るナナシに奏が声をかけた。
「相変わらず、情け容赦ないね?あんたは…」
「喧嘩だって立派な想いを伝える手段だ。ただでさえ、神様の呪いで満足に想いが伝えきれないんだから、やるなら徹底的にやった方が良い。ただ、口にした言葉の責任はしっかり取るべきだ。でないと、相手から背けた目をもう一度相手に向けるために苦労する羽目になる」
「あはははは!翼が入院した時、お見舞い行くのに尻込みしていたあんたが言うと説得力があるね!!」
「そうだろ!!了子に殺す殺す言いまくった挙句に一生目を逸らす覚悟をしていた奏には分かってもらえると思ったよ!!」
「え、えっと…?」
「ああ、エルフナインちゃん、大丈夫。あれは喧嘩じゃなくてじゃれ合ってるだけだから」
ナナシと奏が引き攣った笑顔のまま互いに言葉で牽制し合う光景に困惑するエルフナインに、未来がそう言って落ち着かせていると、響が調と切歌の二人に歩み寄っていた。
「ごめん、二人共…最初にペースを乱したのは、わたしだ…」
響はそう言って二人の手を取り、重ね合わせる様に自分の両手で包んだ。
「さっきはどうしたデスか?」
「うん…」
「…あれからまた、お父さんに会ったんだ…ずっと昔の記憶だと、優しくてかっこよかったのにね。凄く嫌な姿を見ちゃったんだ…」
「嫌な、姿…?」
響は二人に背を向けて、顔を隠すように俯きながら、ポツリポツリと呟くように言葉を紡ぐ。
「自分のしたことが分かってないお父さん…無責任でかっこ悪かった…見たくなかった…こんな想いをするなら…二度と会いたくなかった…それに…」
響は瞳から涙を流して、ジッと震える自分の右手を見つめる。
「わたし…お父さんのこと…叩いたんだ…酷いことも言った…まるで全部、お父さんが悪いみたいに…家族が壊したのは、きっとわたしも…同じなのに…」
握りしめた右手を顔に押し付け、響が声を押し殺すように涙を流す。そんな響に、未来が泣きながら駆け寄った。
「私が悪いの…私が…」
「違うよ、未来は悪く無い…悪いのは…」
そこで言葉を区切った響は、涙を拭って未来に笑いかける。
「へいき、へっちゃら。だから泣かないで、未来」
「うん…」
無理やり笑顔を作る響に、未来はそう答えることしか出来なくて…
「そうそう!響も未来も泣く必要なんて全然ないじゃないか!!寧ろここは全力で笑うべきところだろ!?クソ親父をぶん殴れてスカッとしただろ?おめでとう、響!あははははははは!!」
…そんな二人を、ナナシが全力で嘲笑った。
「おめでとう、って…そんな…そんなの、全然めでたくないですよ!!」
心底楽しそうに笑うナナシに、響が堪え切れずに怒鳴ってしまった。
「わたしは、この手で!誰かを傷つける手じゃない、誰かを救う手だって、未来が言ってくれたこの手で!!お父さんの事を傷つけたんですよ!?それを良かったなんて本気で言ってるんですか!!?」
「Exactly!!当たり前だろうが!!寧ろ響、何でそこまで言って分かんねえんだよ、てめえは!!」
「っ!!?」
響の言葉に一切動じることなく、寧ろ言い返されたことが理不尽だとでも言うように、ナナシは響に怒鳴り返した。
「本気で分かんねえのか、響!!お前が!自分を殺そうとした相手に拳を振るうことさえ恐れて、歌えなくなるほど悩んだお前が!!手を上げたんだぞ!!?父親に自分の想いを伝えようと足掻いて、藻掻いて、全力を出した故の偉業だと、何故理解できない!!?」
「っ!?で、でも…それでも!!」
ナナシの言葉に、それでも響は異を唱えようとする。他人と繋ぐためにあるこの手で、自分勝手に相手を傷つけたことを正当化なんて出来ないと…そんな響に、ナナシは呆れたような顔を向ける。
「納得できねえか…なら、納得できるように、こっちも本腰入れさせてもらう。響、子供が物を壊したり、誰かを傷つけた時に親が子供に拳骨落として説教するのは何故だと思う?」
「え?…そ、それは、子供が間違った大人に育たないようにするための、愛情からの行為で…」
急な話題の切り替わりに、響が困惑しながらもそう答える。だが…
「違う。それは親が子供に自分の思い通りの人間になって欲しいだけの、ただの自分勝手な想いの押し付けだ」
「っ!!?」
…ナナシは、響の答えをそうバッサリと切って捨てた。
「子供に正しく育って欲しい、優しく育って欲しい、頭が良くなって欲しい、運動が出来る様になって欲しい、優秀であって欲しい、お金を稼いで養ってほしい、親の役に立つ子になって欲しい、良いも悪いもひっくるめて、その本質は親の勝手な想いの押し付けだ。『子供のため』なんて言葉は、都合良く自分を騙したいだけの言い訳でしかない。俺はこの数年、子供を持った大人達の愚痴や相談を聞いた結果、そう判断した」
ナナシの言葉に困惑する響に対して、ナナシは更に言葉を投げかける。
「親と子供は違う存在だ。親が持つ感情は親だけのものだし、子供が持つ感情はその子供だけのものだ。親が子供に愛情をかけようが、無関心でいようが、それは変わらない。親がどれだけ心血を注いで、自分の体験に当てはめて、子供の幸せを願っていても、そんなもん子供の知ったことではない。違う存在の枠組みに無理やり嵌め込もうとしたらはみ出るし隙間が空くのは当たり前。それでも枠組み通りに子供の在り方を嵌め込むことを諦めないなら、それは子供の在り方を歪める親の勝手な想いの押し付けでしかない。子供の在り方を歪める手段の一部が、さっき言った拳骨や説教だ」
「そ、そんな…それじゃあ、子供は親の想いのままに、自分の形を失うしかないんですか!?お父さんの在り方を、娘のわたしは受け入れろと!?」
ナナシの主張に、響がそう反論する。だが、ナナシは響の言葉を否定するように首を振って口を開いた。
「そんなわけあるか。別に在り方を歪められるのは親だけじゃない。子供だって親に想いを押し付けて親の在り方を変えられるんだよ」
「えっ…?」
「積み重ねた時間が長い分、親の方が想いが強かったり深かったりすることが多いのは確かだ。だけど、同時にしがらみや弱点を抱えていることが多いから、どストレートな子供の想いに凹まされることも多いぞ?「お父さん太っててかっこ悪い!」って娘に言われて泣きながらダイエットしてた奴もいるし、授業参観の知らせを隠して「お仕事、頑張って…」って言う息子のために死ぬ気で休みをもぎ取った奴もいた。お互いの想いでその在り方を、枠組みを千差万別に変えながら同じ時間を共有する…それが、人間の『家族』という在り方だと俺は学んだ」
「想いで在り方を変えるのが、家族…」
ナナシの話を聞いていたエルフナインが、何かを考え込むようにそう呟いた。
「『親子喧嘩』っていうのは、そういった想いの押し付け合いの究極系みたいなものだ。真っ向から相手の気に入らない部分に想いを叩きつけて、歪ませて、心身共にボコボコにしながら自分と相手の在り方を変えていく…場合によっては、家族の在り方さえ保てなくなってしまう諸刃の剣でもあり、家族の在り方を守るための命綱でもある」
「命綱…」
考え込む響の頭に手を置いて、ナナシは響の目を真っすぐに見つめる。
「響、一つだけはっきり言っておくぞ。もし、お前がまだ父親を迎え入れて家族を昔のままに元通りにしたいと考えているなら、それは絶対に不可能だ」
「っ!!?」
ナナシの言葉に、響の顔が悲し気に歪む。
「お前の父親が家族を捨てた時点で、お前達の家族の在り方は完全に変わってしまったんだ。お前と残された家族は『家族』という枠組みを守るために、お前の父親が居なくなった隙間を、自分達の在り方を変えて埋めてしまった。そして、お前の父親の在り方もお前達に合わせることから逃げ出したせいで歪に変わってしまった。そんなもんを無理やり元々あった家族の枠組みに詰め込もうとしてピッタリ嵌る訳ないだろ?最悪全てが粉々に砕け散る」
「…なら…やっぱり、諦めるしかないんですね…お父さんも…わたしも…」
響がそう言って俯き、自嘲気味な笑みを浮かべて…
「何でだよ!!」
ビシッ!!
「あいたっ!!?」
…ナナシが響の額にデコピンを入れて、俯く顔を無理やり上げさせる。何故か、それを見たエルフナインがビクリと震えて自分の額を押さえたため、奏達は不思議そうな顔をした。
「言っただろう?『親子喧嘩』は命綱なんだ。響、お前は自分勝手に父親に暴力を振るったんじゃない。自分の在り方を自ら歪めてまで、父親に全力で想いを叩きつけたんだ…もう一度、父親を家族の枠組みに迎え入れるために」
「っ!!?」
ナナシの言葉に、響が驚きで目を見開く。
「そうでないなら、お前がそんなに苦しんでまで自分の在り方を変える訳ないだろう?それに、本質は変わっていない。お前のその手は、誰かと繋ぐための優しい手だ。今回は、相手が手を伸ばしてくれそうもなかったから、ちょっと手の形と触れる場所と勢いと接触時間が違った超絶変則的握手になっただけだろ?」
「超絶変則的握手!!?」
「「「ブフッ!!?」」」
とんでもないパワーワードに響が驚愕し、奏と切歌達が思わず噴き出してしまう。未来とエルフナインなど、口を開いてポカンと呆けてしまっていた。
「というか、何でそこまで響が罪悪感を抱え込む必要がある?家族を捨てた父親がいけしゃあしゃあと娘の前に現れたら、そりゃあ顔の形が変わるまで手をグーにした超絶変則的握手を繰り返されても仕方ないだろ?」
「そこまでしてませんよ!!?思わず、頬に平手打ちしちゃっただけで…」
「それだけ!!?えっ!!?本当にたったそれ『だけ』であんなに顔と感情を暗くしてたのか!!?そこは最低でも半殺しくらいまでやっておけよ!!?それでもまだ足りないくらいだ!安心しろ!俺と弦十郎達の力を駆使して、トドメさえ刺さなければ四分の三殺しまでなら法的な問題はどうにかしてやる!」
「ほとんど死んでるじゃないですか!!?」
ツッコミを入れる響の顔を、ナナシは心底楽しそうな笑みで見つめる。張り詰めていたはずの部屋の空気がどうしようもなく弛緩してしまい、響と未来の涙は本人達が自覚しないうちに完全に引いていた。
「お前はお前の全力で、父親に想いを伝えたんだよ。そのためにお前は大きく在り方を変える必要があったから、苦しんで泣き叫んで暴れまわることになった。どうせしばらく安静にしなきゃならないんだし、その間じっくり考えてみろ。今の在り方を守るために父親を家族の枠組みに嵌め込むことを諦めるのか、自分の在り方を変えてでも父親の在り方をボコボコにして家族の枠組みに嵌るように抗うのか…抗うならマジで四分の三くらいを削り取って隅っこに詰め込んでやれ。どうせお前の家族からも叩かれて圧縮されるんだから、庭に犬小屋くらいのスペース用意しておけば問題ないだろ?」
「ペット扱い!!?」
「ペットだって立派な家族だろ?それでもお前の父親には過分なくらいだ。文句があるなら、後は自分で自由にできる領域を増やす努力をすれば良い。まあ、頑張れば庭を駆け回るくらいは許してやれるだろ?」
「頑張っても家には入れないんですね!!?」
「それが許せるかは、お前とお前の家族次第だ」
そう言って、ナナシは部屋の出口の方へ歩みを進める。
「何か今日、ずっと喋ってた気がする…今日はもう帰ってアニメでも見て過ごそうかな?響、しっかり休めよ。切歌、調、喧嘩するなら超絶変則的握手を使うのは控えめにな?」
「気に入ったのか、そのフレーズ…」
ナナシが扉を開けて部屋を出て行った。それを見送り、奏が悪態をつく。
「全く、一方的に自分の言いたいことだけ言いやがって…」
「ナナシさんは、いつもあんな風に…?」
キャロルとの夢での邂逅で、ナナシの会話の仕方を知っていたエルフナインではあるが、仲間にまで辛辣な言葉を口にするナナシの事を見て困惑していた。
「まあ、な…あれがあいつの、他人に想いを伝えるやり方だ」
「ナナシさんには、家族の記憶が無いんですよね?なのに何故、人の家族の在り方について、あそこまで自信満々に…」
「別に確信があって言ってるわけじゃないんだよ。あれは全部、ナナシの“妄想”だ」
「…とてもそうは思えません。確信もなく、あそこまで自分の主義主張を明確に表す言葉を紡げるものなのでしょうか?」
「…むしろ、だからこそあそこまでハッキリ言えるんだと思う。あいつにとって、自分の主張の真偽なんてのは二の次で、そう信じさせたら勝ち、みたいなところがあるからな。他人が笑ってくれるなら、細かいことは気にしない…人間の事は分からないって言いながら、ありとあらゆる手で歩み寄って来やがる。ほんと、お人好しめ…」
「歩み寄る…」
エルフナインは奏の言葉を聞きながら、響の方へ視線を向ける。響は胸の前に拳を握りしめ、何かを思い悩んでいた。未来に向けていたような笑みは消えてしまったが、それでも、その瞳には先程までは無かった意思の力が感じられた。
(種は蒔いた…後は、響とあの男の想い次第…)
一人、本部の通路を歩みながらナナシは思考する。
(家族、か…やっぱり、分からないなぁ…)
先程語ったナナシの“妄想”は、確かにナナシがこれまで見てきた人間の家族の在り方を元に構築したものだが…所詮は“妄想”でしかない。どれだけ想いを寄せて考えたところで、完全に理解することなど出来ないのだ。
(あの男も、分類としては被害者なのだろう…それでも、やっぱり理解できない。納得できない。同情もできない…俺はあの男がどうでもいい)
それは直接語り合っても変わらなかった。洸が未だに響と繋がりを持っていると思える理由が理解できないし、響が未だに洸の事を切り捨てきれない理由もまた、理解できない。
(…それでも、今の響の在り方を形作った要素の一つに、あの男の存在があるのは確かだ)
でなければ、響が感情を動かす理由が無い。在り方を変える理由が無い。繋がりを断ち切らない理由が無い。
(可愛い妹弟子が望むなら、あいつがより幸せになれるなら、その感情を歌に籠められるのなら…まあ、やれることはやっておこう)
自分の大切な歌姫達のためならば、ナナシは何一つ厭わない。
そして、ナナシが蒔いた種は、一つではない。
(もし…あの男が、娘より自分の利益を優先したなら…)
娘が、あからさまに普通ではない人間の傍で生活している。その現状を、金銭目当てに放置するならば…
本当に二度と響の前に現れないのなら、まだ良い。だが、一度でも金銭を受け取った上で、響の前に現れたのなら…
万が一にも、その理由が更なる金銭の増額を求めたものだったなら…
(…四分の三では、済まさない)