夢である、という自覚はある。
しかし近頃では眠る度に意識だけが、山林の世界の中を彷徨っている事が増えた。
冴えざえとした月明りが針葉樹の姿を際立たせている。
そして、様々な生き物がアオと同じように彷徨っていて。時折聞こえる雪を踏みしめる足音が、その存在を明確にしている。
アオは、眠っている内に自分がこの世界にまた取り込まれてしまうのではないかと、内心では少しだけビクビクしながらこの景色の中を進んでいる。
「……大丈夫。もし取り込まれたとしても、ドットさんや、タイキさん、それにお父さんやお母さんが絶対に連れ戻してくれる……」
自分にそう言い聞かせながら、体が目覚めるまで月明かりの下で歩みを進めていく。
いつの間にか、今まで見た事もない動物も自分と歩みを共にしていようだった。
アオが渡り歩く山林の世界は、『現世と常世』の繋ぎ目。
そして想い合う者同士ならば、現世と常世を別け隔てても一時だけは引き合わせてくれる童話のような優しい空間。
二年前の出来事で、アオはこの現象をそう結論づけた。
だから恐れる事はないのだと、彼女はその不確かな生き物を安心させるように口元に弧を描いて静かに微笑む。
水彩絵の具で色を塗り広げたような白い世界の中、雪のように真っ白な被毛を持つ野生動物達とともに歩みを進める。
そしてしばらく先導をしている内に、動物たちではない、『同族』と巡り会う。
第一印象としては『美人』という形容が最も適切だったのだろう。オーバーオールを着込んだ同族の齢は……おおよそ20歳くらいだろうか。
アオと同じ髪の色。澄んだグリーンアイの双眸を細めるその姿に、アオは「綺麗だ」と思った。
どことなく、寂しさを感じさせる立ち姿。彼女は果たして何処へ向かうのだろうという想いがふと心の中に生まれる。
「あなた、行き先は分かる? 道に迷ってたりしない?」
なぜか不思議と惹きつけられる雰囲気があり、気づけば、口を開いていた。
アオ自身、元から人懐っこい気質のウマ娘であった。同族ともなれば、気に掛けるのが当たり前なのである。
それ故に……彼女に手を伸ばしてみせるのだが、彼女は意味ありげに静かに笑うと、アオの横を通り過ぎて離れて行ってしまう。
それは、まるでもう。自分が次に行くべき場所が既に分かりきっているように。
ならば、アオの心配はその同族にとってお節介なのだろう。例に倣えば、某が彼の者の名を想い、呼んでいるのかもしれない。
アオはそんな事を自分に言い聞かせ、苦笑しながら見送る事にした。
「……私はアオ。あなたのお名前は?」
自分の名前を名乗るついでに、アオは訊ねていた。
それを聞いた彼女の目に、そして口元に優しげな笑みが浮かんだのが見える。
……目が覚めると、アオはその者の名を忘れていた。