「…………」
牧場の跡継ぎとして生まれた宿命か。午前五時頃に自然と目が覚める。
幼い頃から刷り込まれた習慣を、行方不明から舞い戻った現在は取り戻しつつある。
アオは、それが悲しい性分だとは思わない。両親やドトウ達と一緒に動物たちを世話するのは楽しい日々だから。
それはともかくとして、アオは夢の内容を思い返す。
「……名前、思い出せない」
夢の中で緑色の目のウマ娘の名前、ちゃんと聞いたはずなのに。
ドトウは「私もよく夢で会う子の名前を忘れていたんですよ~」とは言っていたが、アオの場合は明晰夢というのもあって今の今までそういう事はほとんどなかった。
しかし、あのウマ娘の名は記憶の砂の中から消えてしまっていた。
あれは誰なんだろう、そんな事をぼんやり考えながら身を起こし、窓を開けてみると一面に広がる銀世界が目に入る。
その眩い景色は冬らしさを感じ、また少しだけアオに眠気を誘ったが頭をぶんぶんと振って霧散させる。
「あぁ……毎日が楽しいけど、寒いのだけはなぁ……」
布団に包まりたい気持ちを殺しつつ、着替えを終えて身だしなみを整えると、一早く畜舎の方へ向かった。
「おはよう、タイキさん」
おそるおそる。タイキシャトルが例のUMAに踏まれていないか、不安を感じながら入り口の扉を開ける。
……UMAの寝床を覗き込んでみるが、タイキシャトルの姿はない。それどころか、UMAの姿さえない。
「……まさか連れ去られたって事は……」
アオは、顔を青ざめさせた。UMAがタイキシャトルの襟首を咥えて、そのまま雪景色に消えたんじゃないだろうか……と。
頭をぶんぶんと振って不吉な考えを追い払いながらも、急いでドトウや両親達に事態を伝えようと宿舎へ全速力で飛び出た。
「OH!!!」
そして、アオは勢いよくタイキシャトルの体にぶつかり……受け止められる。12歳の成長真っ盛りのウマ娘の突撃を受けても、不動を保つとは見事な体幹であった。
「ちょ、なんで外いるのタイキさん!?」
いきなり抱き留められて、驚いたやら恥ずかしいやらでわちゃわちゃと身じろぎすると、タイキシャトルの後ろに手綱を引かれているUMAと尻尾を振っている牧羊犬のウィルの姿が見えた。
「お外、行きたい様子デシタので、ウィルと一緒に散歩にイッテマシタ!」
そう言うと自慢するようにVサインを突き出すタイキシャトル。
「I’m glad!! お散歩する仲間としては信頼してモラエタヨウデス!」
暴れ回ったり逃げ出してない様子を見るに、それは間違いない様子なのだが……。
「……なんか意気消沈してない?」
UMAは散歩が出来て嬉しい限りといった様子ではなく。むしろ、何かを心配しているかのように項垂れ、俯いたまま耳を絞っている。
「この子にとっては、見知ってる人が一人も居ない、見知らぬ土地デスカラ」
タイキシャトルはそう言いながら、優しくその背中を撫でる。
UMAはそれに合わせてぴく、と耳だけ震わせると雪を踏みしめてから、素直に宿舎に入ってくれた……。
おそらく外に行きたがった理由は、見知った飼い主か同族の仲間を探していたというところだろうか。
それは考えてみなくとも当然の話。一時的に保護した動物たちは、得てしてそういうものである。
「ウィルもねー。病院の検査で預けた時に、ずーっと大泣きしてたって話だよ」
アオはウィルを抱きかかえて、からかうようにニッと笑顔を見せる。ウィルの方も、へけっと笑うように口を開いて息を繰り返している。
「オウ、それはそれだけ牧場主さん達を信頼しているというコトデスネ」
微笑ましい話に「フフフ」と微笑みを浮かべるタイキである。彼女は、二年前に現れたUMA――『タイキシャトル』と同じように、ニンジンを与えてみる。
「Do you like this too?(あなたもこれが好きですか?)」
目の前のUMAに対して語りかけつつニンジンを手のひらに乗せて与える。……一応食べてはくれた。
初対面で怯えていただけに、警戒して絶食しないかと心配していたが。タイキシャトルに任せていればそうはならないらしい。
「あたしも与えていい?」
「yes.Try it」
ニンジンを無造作に手で掴んで、UMAに与えようとして――。
「STOP」
タイキシャトルに腕を掴まれ、即座に止められた。
「え?」
何故だろう? 戸惑うアオの目を真剣に見つめながら、タイキシャトルは述べる。
「アオ、その与え方だと、指を噛みちぎられマス」
じっと、ニンジンとUMAを交互に見るアオ。こうやって直接餌付けする機会は、犬猫など自分より小さな動物に対してだけで。大柄の牛達に対しては餌箱を経由して飼料を与えていた。
ゆえに、まかり間違えて指を噛まれた経験があらぬ。……もっとも、あったらあったで指の一つや二つなくなっていてもおかしくはない。それくらいに、アオがやってる事は危ない。
「そ、そっか。えぇっと……じゃあ」
先のタイキのやり方を真似て、手のひらに載せたニンジンを与える。
目の前のUMAは、また一つ食事を口に入れてくれた。
「イエス! お互いにデンジャーは乗り越えましたネ!」
タイキシャトルにそう言われ、思わず口元が緩んでしまうアオ。
「……うん、あたしの事も、一応は認めてくれたみたい」
一歩一歩。ここの環境に慣れてくれればそれでいい。この仔が戻るにせよ、ここに居続けるにせよ。
そんな事を考えながら、アオは穏やかな眼差しでUMAを見つめて微笑んだ。
UMAに食事を与える事を終えて、ちょうど相談しようと思っていた夢の内容を思い出す。
「そうだ。あたし、ドットさんみたいに不思議な夢見たよ」
タイキにあまり心配はかけたくないので、幽体離脱じみた事になっているのではないかという危惧を省いて話す。
「Wonder?」
「うん、ワンダー。こー、ね。ブレーメンの音楽隊の隊長みたいに、動物達を引き連れて。笛は吹いていないんだけども」
夢の中では、アオは道先案内人のようなマネゴトをしていると話す。
もっとも、アオ自身が「彼ら動物がはたして何処にいけばいいか」などと明確に理解しているわけではなく、「彼ら自身が何処に向かえばいいか各々が自覚出来るように、状況を説明したり、慰めている」というのが主な様態だが……。
「だけど今日は動物さんじゃない人と出会った」
それを聞いて、タイキシャトルの耳がぴこーんと反応した。
「オウ! This Manデスカ?」
「……ディスマン?」
ディスマンが何の事かは分からないが、とりあえずアオは話を続けた。
「ううん、そうじゃなくて。あたしやタイキさんみたいに栗毛のウマ娘の人。道案内しようかと思ったけど……何処行けばいいかあたしより詳しそうだったんだ」
――その上、まるであの人は自分の事を知っているかのような様子だった。
アオはそういう印象を抱いたが、それはさすがに奇妙を通り越していたために言葉は伏せておく。
その話を聞いてタイキはにこやかに告げる。
「もしかしたら、それは未来のアオの姿なのかもしれマセン!」
「えー、目色からして違ったんだけど……」
とはいえ、あぁいうスレンダーな美人に将来なれるとしたら、そういう想像でアオは顔がニヤけてくる。
ニヤけている顔を心配そうにUMAが見つめてきたので、気恥ずかしくなってアオは言い返した。
「お前さんも。女か男か分からないくらい美人さんなんだけどねぇ」
そうアオが言いのけると、目の前のUMAは不可思議そうに首を傾げたように思えた。
探求
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