詠渡しの碧   作:稗田之蛙

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The true nature of silence

 

 牧場にUMAが来て、少しだけ日数が経った。

「ハロー、栗毛さん!」

 朝が来て、厩務員が厩舎へ集う度に、タイキシャトルは意気揚々とUMA――もとい、栗毛の寝床である房を訪れる。

 栗毛は、タイキシャトルにだけは心を開きかけているようで。顔を合わせる度に小さく「ふひん」と、鼻から息を漏らすように一鳴きする。その態度に気をよくしたらしいタイキシャトルは、ハグするようにその体を大袈裟に撫でていた。

 

「……うーん、シャトじいじを世話していた私もあぁだったんでしょうか」

 と、タイキシャトルと栗毛の間柄に微妙なジェラシーを感じながら牛の世話をしているドトウ。

 とはいえ、彼が常時怯え続けているような状態にならずに済んで、一安心しているのも事実である。

 

 ドトウは、シャトじいじと過ごしていた日々の事を思い返した。

 既にもう二年前の冬の出来事。ドトウは、他人にとってまだその仕事ぶりはいささかぎこちなく見えただろう。

 そんな最中だったからだろうか。厩舎に暖を取りに来ていた野良猫が、大吹雪の日に厩舎に来なかった事が心配になって、探しに行った事がある。

 タイキシャトルと一緒に雪まみれになりながら――そして、猫を背に乗せた(あるいは、暖をとられていた)シャトじいじに出会った。

「……ほふぅ」

 ドトウは嬉しそうにため息をつく。正直なところ「もっと一緒に居たかった」といえばそうなのだが、彼が無事に元の生活に戻れたのならばそれが一番だ。

 ――きっと、元の世界では『メイショウドトウ』と一緒に過ごしているはずですよね。

 そう思いながら。シャトじいじが最初からドトウへ気を許してくれていた理由をなんとなく、考えた。

 

 たぶん、シャトじいじはドトウに何かしら親しみを感じていたのは確かだろう。その要因が何たるか、までは分からないが。

 それでも彼は、気を許して接してくれたのだ。その日々はドトウもハッキリと覚えている。

 

 その事からただ一つ思うのは、「タイキシャトル」と「メイショウドトウ」という存在は……少なからず繋がりがあったのは確かだ。

 ならば、アオはこの栗毛と何らかの関係性があるのではないかという推測である。

 

「は、ハロー栗毛さん! あたしにも抱かせてよ!」

 そんな声が聞こえてきた。アオの声だ。ドトウはふと、彼女達の方を見やる。

 

「なんだよ! あたしだって、アンタみたいな生き物と仲良くなりたいんだよ!」

 微妙に距離を取る栗毛に対して懇願するアオ。仲良くなる事に焦っているように思えた。……どうにも、ドトウの時とは具合が違うように思える。

「アオ。こういう事は、焦ってはイケマセン」

 栗毛を撫でながら、そういう風に諭すタイキ。ドトウは栗毛の出自を考えつつも、黙って二人を見守る事にした。

 

 

 

「ずるいよ。あたしが連れてきたのに。タイキさんの方がもう仲良くなってる」

 作業の合間。そういって、ちょっとだけスネるアオ。彼女は本気で拗ねている訳ではなく、駄々をこねているような印象だ。

「タイキさんはフレンドリーですからねぇ。学園でも色んな人と仲良かったんですよ~」

 タイキシャトルの肩を抱きながら、にこやかにそう話すドトウ。それに対して、タイキシャトルは少しぎこちない笑みを浮かべていた。珍しく。

 アオは、ドトウの言い分に「そりゃそうだろうけどさ」と呟いて、牛達の餌桶を洗っている。

「まぁ、あの仔がひとまず落ち着いてくれたみたいだから、いいんだけど……」

 栗毛の動物は、初日はひどく部屋の中をうろうろしていた記憶がある。けれど、タイキシャトルと一緒に散歩に行くようになって、それは少し落ち着いた。

 アオはジェラシーを感じつつも、それはタイキシャトルの功績だと素直に関心するしかなかった。

 

 ――夢の中のウマ娘、誰だったんだろう。

 

 栗毛の動物がタイキシャトルのおかげでひとまずの落ち着きを得たのをきっかけに、アオは自然とその事に意識が向いた。

 茶髪の長い髪。緑の目。20代くらいの美人なウマ娘。情報はそれくらい。

 タイキシャトルの方へ目を向ける。

「ドウシタデスカ、アオ?」

「そんなのいくらでもいるよなぁ~、って」

「ほわい?」

 タイキシャトルも茶髪で後ろに纏めた長い髪で、緑の目で、20代くらいの美人なウマ娘。

 髪の毛も目の色も。ウマ娘にとってはそこまで珍しい身体特徴ではない。ハッキリと分かる事は、あの人物はタイキシャトルは別人である事だ。

 

 やっぱり夢の話だし、とその思いに区切りをつけたかったのだが。ただそうこうしているうちにも、モヤモヤはおさまらない。

 ひょっとしたら何かのきっかけ誰なんだか気付く事が出来るかもしれない。

「何か悩み事があるなら、私に相談してみてください~っ!」

 ドトウはタイキから一旦離れると、そう胸を張ってアオに話してくる。猫口で「ふんす」と得意げにしているのも愛嬌。

 ただアオもなんとなく彼女に頼りたい気持ちはあったので、どう伝えようかと悩んでから相談した。

「ドットさんが龍か麒麟か出てくる夢をよく見てて、それでその仔の名前をどうしても忘れちゃう。っていう話してくれたじゃない。あたしも似たような夢見て」

「アオさんも夢の中にその仔が出てきたんですか?」

 アオはそういうわけじゃないと首を振ってから、相談を続けた。

「長めの茶髪で緑目のウマ娘。その夢の中で出てきた人がさ、名乗ってくれたんだけど。思い出せないから妙に気になって」

 ドトウも、アオの口から出てきた人物像を聞いてタイキの方を一旦見た。

「タイキさんとは違うかたですか~?」

「ううん、タイキさんとは違ってお胸ぺったんこだったよ」

 ドトウの自信ありげな顔に、変な笑いが浮かんだ。アオの悪気がない顔からなおさらだ。

「うーん、茶髪緑目ですか~……当てはまるウマ娘さんはたくさんいそうですね~……」

 厩舎の仕事が一旦終わって宿舎の方に戻ると、ドトウは携帯を取り出した。

「この、マルゼンスキーさんってかたは~?」

「ぜんぜん。この人お胸大きいし。目はタレ目じゃなくてツリ目」

 マルゼンスキーのレース映像をアオに見せる。

 

「……この人こんな速いのにクラシックG1出てないの!?」

「あ、あははは……」

 マルゼンスキーのレース映像を見せてる内に、そう驚かれた。

 アオはウマ娘のレース鑑賞が大好きだが、大規模なレースばかり見ているから案外知識に穴がある。

 それに長期間、行方不明だったのだ。G1に勝利した事のある有名なウマ娘でさえ、まだまだ知らぬ顔ぶれなのかもしれない。

「じゃあー……このミスターシービーさんはどうですか?」

 過去に活躍したウマ娘のデータベース一覧やレース場面を一緒に鑑賞しながら、アオに訊ねていく。

「ツリ目。緑目。黒寄りの茶髪……うん、どれもあってるけど、この人じゃない。それにしても、この人もすっごい速いや……」

 アオは「はぁ」とため息をついた。感激の嘆息であり、少し残念そうにも見えた。

「リアルタイムで見たかったなァ~~!!」

 悔しそうにそう言うのだから、ドトウもタイキもくすくすと笑ってしまう。本当に、速いウマ娘に対する思い入れと尊敬を感じ取れるのだから微笑ましい。

「今度、わたしたちと追いかけっこでもしてみます?」

「ほんと?! よーし、手加減なんてしないでよ! 負けたってドットさんの全力が見たいからね!」

 ドトウにそんな提案をされ、目を輝かせるアオ。先のドトウと同じようにフンスとばかりに息をしている。

 その姿を見ながらタイキとドトウの二人は顔を見合わせて微笑む。アオは近頃思い詰めていたように思えたが、彼女を喜ぶ様子に安堵していた。

「アオ! ワタシもホンキもホンキで走ります。一緒にイッショウケンメイ走りマショウ!!」

 タイキも笑いながらアオに言葉を投げた。アオも、それに嬉しそうに頷きながらドトウの携帯を少し弄った。

「タイキさんのレースね、あたしも大好きだよ! ほら、初G1勝利したマイルチャンピオンとか。あたし何度も見返して……」

 

 語る途中で口が止まる。アオは携帯の画面に釘付けになっていた。

 ドトウもタイキも、不思議に思い一緒になって携帯の画面を覗き込む。

 その場面はタイキシャトルが勝利する場面のピックアップではなく、むしろその逆。敗者達に焦点が当てられている映像だった。

 

「夢の中に出てきた人、この人だ」

 

 アオは、沈んだ顔色の彼女――『サイレンススズカ』を見つめながら、その言葉をぽつりと零した。

 

 

【挿絵表示】

 

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