アオは、彼女と顔を合わせてゴクリと唾を飲み込んだ。
有名人と邂逅した、というのもそうだが。もしかしたら、『自分と同じように異世界を渡り歩いている』といった可能性のある人物と再び相まみえたからだ。
初対面の時にもここまで緊張はしていなかった。「どう切り出せばいいか」と頭の中で考えていると、サイレンススズカはもう一度声をかけてくれる。
「あの、私ね。貴女に道を訊ねたいんだけど……大丈夫かな?」
賑やかではないが、その声が優しく耳を通り抜けてきて、不思議と癒される感じがする。
だからかもしれない。自然と返事をできていた。
「どうぞ。どこへ案内すればいいですか?」
言葉遣いは自然。ほとんど抵抗なく彼女に応答をした自分に、アオは少し驚いた。
「ありがとう! えっとね、観光牧場に行きたいんだけど……」
そういって、アオはスズカとスマホの画面に表示された地図を確認した。
成る程、学校の前に居たのは、地図的に分かりやすい場所を起点に道順を考えていたというところなのだろう。
アオはそう推察してから、周辺の当てはまる牧場をいくつか考える。
「お姉さん、牧場の名前は?」
「うん、セイウン牧場っていう牧場なんだけど……」
はて、そのような牧場あっただろうか。行方不明になってる間に開かれたのかもしれない。アオはしばし考え込む。
しばし考え込んで、はたと思い至った。
「それセイウンじゃなくてアオクモじゃない?」
というと、スズカは口に手を当てて、納得したようにため息をつく。
「……タイキったら……」
サイレンススズカは、何事か口をもにょもにょと動かしながら少しだけ眉尻を下げている。
相手がお礼を述べようとしたのを感じ取って、アオはすかさずに言葉を紡いだ。
「直接、道案内しよっか?」
……もしかしたら、その方が少しだけ会話も弾むのではないかなんて期待を心に秘めながら。
「その、よかったの?」
牧場までの道を歩きながら、スズカは改めて訊ねてくる。
それを受けて、アオは二カっと笑って返答した。
「いいんだよ。その牧場と帰る方向一緒だし!」
その牧場の子だと話したらこの人は驚くだろうかと、アオは悪巧みをしながら帰り路を歩いた。
「あたし、アオ。お姉さん、名前は?」
名前を問われ、アオの対面のウマ娘は足を止めて自らの名前を伝えた。
「サイレンススズカ。よろしくね」
スズカはアオの小さな身長に合わせようと、姿勢を少しかがめてそういった。そういうさりげない自然な仕草も素敵で、アオは同性ながらなんだかふわふわと、むずむずする心地よさを感じていたのだった。
「――くしゅん」
……むずむずする感触は、たぶん寒いからだったのだろう。
アオは、鼻水を垂らす己に気付き、はしたない自分を恥ずかしがりながら持っていたティッシュで顔を拭うように隠した。
相手の雰囲気に合わせて澄ましていたはずが、どうにも情けなくなり赤面する。
スズカもそんなアオの様子を見て、そっとジャンパーを脱ぐ。
「どうぞ」
スズカはそういってアオの肩にジャンパーをかぶせた。アオは、あまりに予想外でそのまま固まらざる得なかった。そんなアオの表情をみて、スズカはわたわたと焦り始める。
「ご、ごめんなさい。嫌だったかしら?」
スズカはどうにかアオを宥めようとしているのか、前屈みになりながら、自信のなさそうに表情を和らげさせて笑い、左手をあげた。
「こ、コンコーン……!」
…………狐のジェスチャー。手遊びしてくれている、のだろうか。
なんだか気の抜ける愛嬌があって、思わずアオも「ふはっ」と吹きだした。
「あたし、六年生だよ! そんなあやしかたないったら!」
「そ、そう? ご、ごめんなさい」
そうしてまたスズカが、わたわたと慌てる様子を見ると、アオはなんだか大人であるはずの彼女が可愛らしく思えてきてしまうのだった。
牧場に辿り着くと、タイキが獣医を待っているのか外で仕事をしていた。
「タイキさん」
と声をかけると、タイキが顔をあげてアオ達を視界に入れる。彼女は「アオ!」と呼び返し、その直後。隣に居るサイレンススズカの姿をみとめ、言葉を失う。
「久しぶり。タイキ」
スズカはそういって、柔和に笑いかけながら手を挙げて挨拶した。その声を聞き、顔を凝視するタイキの目が大きく見開かれる。
瞬間、立ち上がって――スズカの方は、ハッと何かを思い出したように身構え――タイキシャトル。猪突、猛進。
「タイキ! ストッ」
「スズカァァァァーッ!!!!」
スズカが静止しきる前に。まさに電光石火の早業で、タイキはスズカに飛び掛かって、大型犬が、数ヶ月振りに飼い主との再会を果たしたかのような激しいリアクションで抱き締めたのだ。
それを受け止めきれなかったスズカは、よろける形で、タイキシャトルに抱擁されるがままになっていた。
「あー……」
アオは、出迎えにきた愛犬のウィルを抱き留めながら『ドットさん以外にもアレやるんだ』と少々呆気にとられる。
ウィルや放牧に出ていた牛達や、栗毛さんは「何事?」と言いたげに、アオと一緒にウマ娘二人の抱擁を見守っていたのだった……。