この世界に神はいない。現代の日本ではあまりに深い闇が多すぎる。社会、家族、空想、現実、逃げ場は潰され惰性で生きる世界に人々は嫌気がさしていた。混沌とした世界に光を灯す誰かがいてくれればどれだけよかっただろうか。
かくいう私は普通に生き、普通に絶望していた。大した成功もなく、だが代わりにブラック企業に入社、OLとして働いたはいいものの月の残業は簡単に3桁突破が続き3年で退社。その後は実家にて社会復帰できずにニートをしている。失敗からの復帰は難しく再就職も難航しいつの間にか何年も経過していた。
しかし私の人生の幕引きだけは人とは違った方だとは言える。
「バイト位はそろそろ探すべきだよね。親の目も痛いし、第一この年で職歴無いとコネでもないと職探しもままならないし、バイトも大学出てからやってないから……」
「ワンッ!ワンッ!」
「はいはい、行きますよ。ほんっと、めろんはいつも元気ですね」
私は走ってめろんの後ろについて行き息を切らせる。私が動けないのを察するとめろんは私の下で待機して回復を待つ。私はだめだめなのにこやつは中々出来るらしい。頭をわしゃわしゃと撫でる。
さて、いつものように実家の柴犬のめろんと散歩に出かけていた所だ。いつも通りコンビニを経由して横断歩道を渡ろうとしていた。
「ワンッ!」
突然めろんが向かい側に走り出した。首輪の縄をピンと伸ばし明らかにただ事ではない。だが私はあまりに普段と違う行動に咄嗟の判断が遅れてしまった。
「めろん?めろ……!?」
こうして私は信号無視の車に轢かれた。即死だった。めろんだけは私を振り切って車を避けたのに。動物を置いて私だけ死んでしまうだなんて飼い主失格だろう。
私の人生はあっけなく終わった。救いの手もなく、導きの光もなくせめて結婚とまではいわずとも、友人の一人くらい残ってくれたら楽しかっただろうな…………
薄れる意識の中で流れる走馬灯には無機質で無意味な人生の一部始終が映っている。改めて振り返ってみると最後の方は実家の犬と過ごしていた。
従順で、情けない事に唯一といえる対等な存在が犬しかいない人生は寂しいけれど幸せであった。もふもふとした毛皮の肌触りには何度救われたのか覚えていない。
ああでも、もう関係ないんだ。諦観し、流れゆく人生の記憶を遠目に眺めていると走馬灯に不明瞭なノイズが走った。男でも女でもあり無機質な電子音声にも聞こえる。いうなれば概念であり、僅かに残る意識を声に傾けると鮮明に意味が取れた。
「あなたには転生してもらいます」
記憶にはない、まるで今ありありと見ているが如く明瞭な意図を持つ記憶の歪。転生という上位的な概念に戸惑って思考が硬直する。
「いわゆる異世界転生と呼ばれる物です。理由は大体私のせいなので特典として適当なチートを授けますので頑張って下さい」
……ああ、つまり誰かがチャンスをくれたのか。深く沈みゆく意識とは真逆に景色が暖かで強い光につ包まれる。死と同時に生まれる矛盾した感覚に溶けていく。不思議と怖くはない。
「それでは第二の人生をお楽しみください。あなたを今も望むものにとって、せめて偶像から目覚めまられますように」
最後にその声を聞いて現実での私は死亡した。
ーーー
とまあ、ここまでが私の記憶なんだけど……
「ここどこー!?」
目が覚めたと思ったら真っ暗だった。初めは夜かと思い歩いたら石壁にぶつかった。しかも寒いしカビ臭い。絶対ここ洞窟か地下の密室とかだ。
あと暗すぎて自分の恰好ですら分からない。体の取り回しが軽く声も若い。まるでかつての私とは似ても似つかない。恐らく何か大きな変化が起きてるとは思う。
というか為されるがままに異世界とか転生とか受け入れちゃったけどどういう訳!?転生は体がアレだから実感は出来てるよ。だけど異世界って魔法とかドラゴンとかゲームファンタジーの世界観で生きろと?
「悪くは……いいや、駄目だ」
確かに異世界チートとは夢はあるけれど現実がダメダメだった実績のせいで……ね?こちとらニートでやってきたんだぞ、軟弱さだけは筋金入り。チートがあったとしても逃げだけは自身がある。第一まだ異世界も何も言葉が真実か保証は無い。
「誰かー!誰かいますかー!?」
とりあえず誰かがいないか必死に叫ぶ。密室らしく石の部屋に声が響く。が、辺りに反応は無い。壁伝いにうろうろと部屋を歩き続けていると目が慣れてぼんやりと物の外形が見えてきた。部屋の真ん中には石の板?が立っていて壁には木製の扉っぽい物をようやく見つけられた。
「何だろ。石碑?お墓?」
石の板は上部が半円となっている石の石碑だった。見る事は出来ないので触れて指先で字を感じ形を確かめる。英語に似た文章が片面には書かれおり私の力ではどうしようもない。だがもう一面は私の知る言語で書かれ文章はこうだった。
「カザカミ カエデ ワタシノ 主人へ
メロン ハ イキテ イマス
スグニ ムカエニ イキマス」
片仮名と簡単な漢字で石に掘られた簡潔な文章は私にいくつもの疑問を生じさせた。風上 楓 私の名前だ。めろんは飼い犬の名前だ。一体だれが掘った字何だろうか。私が車で轢かれてペットは無事でした、と記した意図が分からない。一先ず、ここには私を知る物がいたという事だろう。
「出口は……こっち。うん、早く出よう!」
とりあえずここから出ないと。木製の大きな扉には鍵は無く簡単に開く。階段は仄かに青白く光る何かに照らされていた。明らかに電球ではない、しいて言うなら古いランプのような物の中に光る石が入っている。私がそっと触れるとそれは光を失う。そして何だか気分がよくなった気がした。まるで魔法のような……いいや、まさか。
ひび割れの走る壁に囲まれながら階段を上がる。次第に空気が変化して屋外へ向かっている実感を感じる。再び扉を開けると陰鬱とした暗い部屋、だけど下側とは違いかつて活動があったらしい家具が置かれていた。机と本棚、それとボロボロの本の山と紙束。本を一冊を手に取るとタイトルは謎の言語で書かれており中身は風化している。
一方で謎の言語には日本語の面影を残していて、だが日本語の一貫性はない。お化け屋敷にでも来てしまったのでは、と私は背筋が凍り付いた。
本から顔を上げるとふと、奥から光の刺す扉を見つけた。扉は私を誘うように一見の希望に満ちていた。あそこに迎えばどこか外に出れるだろう。紙束を置きふらふらと両開きの大きな扉の前に立つ。
「わん」
後ろから誰かの声がした。優しく慈悲に満ちた女性の声は暗闇からの恐怖を打ち消した。彼女は私の背後まで来て立ち止まる。
「ずっと待っていました。死に、神により命を受け再び神として甦る。随分とお眠りになりましたね」
神として、とは一体何の事だろうか。それにこの女性は不思議な雰囲気だ。何というべきか、まるで今まで図と一緒にいたような気がしてならない。それに彼女からはどこか飼い犬のめろんと似た匂いがしている。
「神様、いいえ、ご主人様。ここは話すにはあまりにも暗すぎます」
彼女は私の手を握りながら扉を開いた。外の光に目が眩んで目を瞑る。しばらく目を慣らすと……
「ここは……?」
木組みの古いこの建物は埃で汚れている。壁には壊れた彫刻が放置され、ガラス窓もいくつかは材木で塞がれている。廃棄されてから時間が経過した廃墟を辛うじて使える形にしたような場所だ。だけれども神性さのする恣意的装飾はなおも荘厳さを保ちかつての役割を私に教える。
「ここは鎖の教会、破棄され荒らされた教会でした。しかし今はここに訪れる者はおらず異教徒の私のみが一人身を隠すのみです」
彼女は私の前へ出る。窓から差し込む陽光に照らされる彼女は若い女性、いや高校生程度の大人びた子供であった。黒と白の修道服に似た服であり行動の為か大部分の布がバッサリと無くなって肌色が所々露出している。だがそれ以上に目を引くのは頭部に生える犬の耳と臀部から延びる尻尾、そして赤いチョーカーであった。
彼女は奥に鎮座している鎖で繋がれた犬と少女の彫像の前に立つ。
「かつて、めろんという犬が人に飼われておりました。主は楓という名を持ちその犬の前で死に絶えました……さて、あなたの名を教えていただけますか」
「……風上 楓」
警戒しつつ応えると彼女は暫くはそのままで、鼻をすする音が聞こえてから振り返った。そしてその場で踏み切って私の胸元に飛び込んで押し倒されたあああああ!?
「転生おめでとう、ご主人様!」
新作です。できれば感想と評価をよろしくお願いします。