ー都市クロラル
リート王国に位置する中規模な地方都市。多数の地域に接触する要所であり、様々な移動における中継地点として発展した。
だが現在は情勢の変化により排他的かつ差別的な思想がまかり通る影を孕む街である。
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教会の朝は早い。怠惰な私が日が昇った後に起床した時には既に朝食を用意していた。彼女は昨日と同じく前世では普段から深夜に寝て昼に起きる不健康な生活も治すべきだろう。
「(神様ねえ)」
実のところ先日は上手く寝られなかったからというのもある。環境が変わり、お世辞にも快適とは程遠いこの教会は寝づらいのが本音だ。めろんは慣れているからすぐに寝息を立てていたものの私はそうではない。
何を思ったかめろんは私と寝たいと言い出した。清潔なベッドは一つしかなく私も諦めて同意はしたまではいい。愛犬が寝ている最中に寝床に潜り込むのはよくあったから慣れている。だが私は気づいていなかった。
現在のめろんは相対的に色々めちゃめちゃ大きいのだ。圧死しそうな乳圧に夜中の殆どを顔が当たり呼吸困難で一夜を過ごした。一瞬でも意識が途絶えたらまた天に召される所だった。背中に手を回されてガッチリとホールドされたままで微塵も動けず、だけど結局たまたまいい感じに収まって3、4時間くらいは寝れたのかな。
というわけで眠い目を擦りご飯を食べている。朝食は異世界といっても特に味が変わる訳でもなくパンと野菜スープのみの質素な朝食だ。
「ご主人様、お味はいかがですか?」
「ふぁあ…………うん、おいしい。(ちょっと味が薄い)」
「それならよかったです。なにせ私が作りましたから!」
自作か。それと朝から元気なのはよろしい。朝食はすぐに終わりめろんが食器をもって部屋を出る。その前に私は彼女に一つ気になっていた事を尋ねた。
「神様って何するべき?私、まだ特別何か出来る訳じゃないし。私がここにいて邪魔にならない?」
すると彼女は止まって
「洗い物をしながらでもよろしいですか?加工室で話します」
めろんはここを加工室と表してはいたものの本当にただのキッチンである。ちなみにここは元は修道院だったらしい。そこを勝手に住み込んで改造し無理やり教会としているそう。貧困層ばかりのこの場所で細かいことを気にしていられない、とのこと。
私はめろんの洗い物を拭きながら今後について話を聞く。
「そうですね……うーん、人が集まってお金が稼げるまで最低半年、長くて数年はこの街でお勉強をしてもらおうかと」
「半年ROMってろ、か」
「ろ……む?とは?」
「見て慣れるって事。お仕事も頑張らないとね」
実際私の無知は酷い物で教会にあるあらゆる文章の読解が不可能だ。しかも何やら物騒な場所であるのならば知識は必須。多少時間はかかっても代えがたい経費と割り切っても仕方ない。
「今は世界情勢の事もありますしご主人様にもこの世界を知ってもらう必要が……そうだ!」
と、ここで彼女は何かを思いついたらしい。洗い物をする手を早め、私が拭き終える前にキッチンを出た。まあ、私が手を出せる話でもないしそのまま食器を拭き続ける。
「本当にこれから上手くいくかなー」
「ご主人様!これ終わったらこの服着てください!」
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朝十時、教会の扉を叩く音が響く。私達を待たず彼らは教会に入り像の立つ礼拝堂に入り各々自由に長席に腰を掛ける。訪れる人々は子供や大人と年齢層は様々。共通点は一様に貧困層らしい貧相な恰好と人らしからぬ獣の部位を持っている所謂獣人と呼ばれる種族である。
しかしその中で一人だけその場にいずらそうに端の席に座る一人の少女……つまり私がそこにいた。ボロボロの服の中に一人だけ上質な服装な修道服、めろん曰く「小さい頃使ってたお古の仕事服」という。相対的にこの世界の聖職者の「普通」の服装だ。それでも人より目立つ格好かつ初めて訪れた仕事場で挙動不審な私だ。ちょっと周りの視線が痛い。
「お前誰だ?どこから来た」
その内の一人が私に声をかけてきた。腕っぷしの強そうな男だ。どうもガラの悪そうな外見にたじろぐも返事する。
「カ、カエデです。『修道女メトラ』様のお手伝いとして住み込みで働くことになりました」
「メトラ様の!?あのメトラ様が……意外というか、今更だな…………」
男の騒ぎに乗じて場がざわめく。しかし多くの者が私に問い詰める前に「メトラ様」が聖典片手に一人壇上に立つと皆席に座り静まりかえる。彼女が現れたのならそろそろ始まるという事だろう。
「皆さん、お待たせしました。今日もエスサイトス様への祈りを始めましょう」
彼女はめろん改め彼女は修道女メトラ、彼女の表の姿である。貧困層を対象に人々の信仰の拠り所としてここで自らが人々に神の教えを説いているそうだ。犬のように甘えていた時とは違い見る者を惹くカリスマ溢れる雰囲気である。
「しかし、今日はその前に皆さんには説明が必要ですね。彼女は『カエデ』、新しくこの教会で働く新たな修道女です」
彼女の通りこの街での私は修道女メトラに拾われた孤児という事になっている。戦争に巻き込まれ一人この街に訪れていた所を拾われた、という偽の経歴までもを用意しているらしい。しかし周りの人らはどうにも煮え切らない様子だ。
「皆さんの言いたいことは分かります。私達獣人にとって人間はあまりよく思われない種族です。ですが、だからこそ私は彼女のような人身寄りのない人間の彼女こそ必要だと考えました」
へー、そうなんだ。意外とちゃんと聖職者している事に純粋に驚いた。良く思われない、というのに詳しい事情はまだ分からないけれどいずれは知る事にはなるだろう。
「さて、神様へのお祈りを始めましょう」
お祈りが始まると人々は静かに手を合わせ像に祈りを捧げる。犬の少女の像は曰くエスカ教の神エスサイトスの一つの姿であるらしい。詳しい事は知らないがお祈りの後の説教を聞くに一見まともな内容であった。
そしてめろんは最後にこう締めた。
「__人、金銭、知識、この街は混沌としているのは明白です。同時にそれらは相互的にお互いを縛り律します。あなた達は歪の中にいます。その歪はいずれ神より律せられるでしょう」
……大丈夫、だよね?
説教が終わると大人達は教会から帰り一部の子供だけが残る。お祈りのあとはお勉強会の時間だ。本の読み聞かせから簡単な読み書きや計算の練習など学校の真似事をしている。
部屋の奥の書庫に吸い込まれる子供達に遅れ私も付いていく。今朝のめろんの思いつきはこの勉強会に混じって基礎知識を深めていく、というもの。子守りのお仕事のついでで私も世界の理解が深められ名案だと初めは考えた。計算外なのはここに来る年齢層の子は基本的に私達よりも一回り小さな子供ばかりでちょっと恥ずかしい。
子供達は本を読んだり絵を書いたり魔法図鑑に目を輝かせたりとをしていたりと好き勝手にしている。その中で大人しく席に座る私は異様だ。適当に棚から本を出そうにも文字が読めない。途方に暮れていると子供が心配そうに声をかけてきた。
「本を探してるの?」
「あ、いえ。実は私、最近教会に来たせいでまだ本の配置に慣れなくて」
「ちょっと待ってて、メトラ姉を連れてくる」
そう言い彼女はめろんの袖を引っ張り連れて来た。子供の自由さといいメトラ姉という呼び方といい、めろんは子供からかなり愛されているようだ。あるいは子供には畏敬尊敬はあまり関係のない話ということだろうか。
「ごしゅ……カエデ、お待たせしました。少しについて説明をしていました。約束通り私とお勉強しましょう」
さて、これで計画通りに二人で文字のお勉強だ。めろんの後ろに着き彼女は数冊の本を出す。タイトルは相変わらず読めないけれどタイトル以外の文字には見覚えがあった。
「!? これって……」
「古い異界の字で書かれた書物とその解読の方法が記された参考書です。文字同士の対応表も作られています。曰く4~5種類の文字を複合的に用いた特殊な言語体系です。これらを使う者曰く、これを日本語と記しました」
作者には由縁も知れぬ転生の先駆者の名が記されていた。内容は古い時代に私と同じ様に転生した誰かの自伝の翻訳と、その原本の写しだ。私の場合、翻訳と原本の扱いは逆転する。
まさかの私の故郷の言語が存在するとは。成程……文字を覚えるにはこれ以上に適した物は無い。異世界転生レベルで大変都合がいい話だが有難く使わせてもらおう。
「カエデ、解読を試みてみますか?」
彼女の挑戦的な笑顔から同じ事を考えているらしい。ならば答えはは一つしかないだろう。
「ありがと……うございます。メトラ姉」
「ねぇっ!?っ~~!?」
周りに合わせてめろんやメトラではなく姉と言ってみた。ちょっとした悪戯のつもりだったのだが表モードのカリスマ溢れる空気から思いっきり裏の可愛らしい声が出ているあたり私が思っていた以上に相当戸惑ったらしい。赤くなる顔を隠してめろんは去って行った。