扉は燃え、辺りも火の海。このまま何もしなければ建物の倒壊、もしくは火事かドラゴンの炎により殺される。ドラゴンに気が付かれず、尚且つ現実的な逃げ道は最早残されていない。私は死ぬ覚悟より、歯を食いしばり生きる為の覚悟をした。
「(どうにでもなれええええええ!)」
炎の強い光に目を閉じて私は炎の中を一直線で駆ける。熱く、たった数秒だが激痛と共に炎が肌を黒く焼く。しかし足を止めてはならない、教会の外まで必死に走り建物の陰で服を脱ぎ捨てる。
「あっつ”!燃える燃えるっ死ぬっ!」
一番上の服は所どころが黒焦げもう服としては使えない布切れだ。足は焼け赤く膨れている。冷やす物も無い今は痛みに耐えるしかない。
表を見ると竜はまだ私は気が付いていないようだ。でもまだだ、炎を路地裏に使われたらそれこそ逃げ場はない。痛み膿む前の動けるうちに出来るだけ遠くへ逃げる。
「ぎっ!」
しかし時既に遅し。踏み出した一歩目すら痛みで満足にならない。思わず壁に擦った足が体液に濡れて汚れる。それでも私は歯を食いしばり壁伝いに一歩づつ確実に歩み逃げる。
ドラゴンから少しでも離れるために、恐怖から目を背けるために、焼ける痛みを逃れるように赤黒い軌跡を残す。しかし不運は連鎖するものだ。ドラゴンの咆哮と共にすぐ横の建物が巨体により倒壊した。
本能的に身をかがめ頭を守る。建物の破片の雨が降る中、落下しきるタイミングを見計らってゆっくりと頭上を見上げた。
「____」
ドラゴンの目が見えた。この距離だと何をされても死ぬ。直観が、本能が残酷にも暴力に屈服した瞬間でもあった。
「……こっちに来ないでよおお!」
せめてもの抵抗と叫んだ言葉は虚しく響くだけだ。しかしそれがドラゴンへの挑発と見て取られたのか、寧ろ叫んだから気が付いたのかこちらに向かってくる。口を大きく開け、腐り甘い異臭を放つ中で私を噛み砕こうとしている。
「やだ、やだよ……」
私はこんなところで死にたくない。まだやり残したことが沢山あるんだ。だからお願い……誰か助けて!!私は体の底から声にならない叫びを上げた。瞬間、竜の体が横に飛ぶ。
「大丈夫?」
そして私の前に立ち、守るようにハルニアが現れた。
彼女は優しい笑みを浮かべる。右手には巨大で技巧的な装飾のされた剣、左手には鉄の拳を付けている。想像した聖女とは程遠い野蛮なそれらは美しく煌いていながら赤く染まっていた。
「あなたは……一体?」
「詳しい話は後で。まずはあのドラゴンを倒してくる」
彼女はそう言うと剣を構える。細身で二つの鈍器を掲げた姿は英雄的で、同時にどこか野蛮だ。彼女は跳躍し、その勢いのまま剣を振り下ろす。刃は衝撃波の轟音と共に重く竜の体に直撃した。凄まじい威力の攻撃に竜はよろめき、そこに拳の強烈な一撃を繰り出し更にダメージを重ねる。
「今のうちに!」
ハルニアは私を抱えると、すぐにその場を離れる。その速度は風のように速く、瞬く間に私の視界から竜の姿は消えた。
「あ、ありがとうございます」
「お礼は生き残ってから今度。それよりも怪我、見せて」
彼女の手が私の足を包む。ひんやりとした感覚が心地よい。
「うわぁ……これは酷い。でもあと少しだから。すぐに倒して教会でね!」
それだけ言うと彼女はまたドラゴンへと向かおうとした。だが私は叫んで引き留める。不思議そうな顔で振り向いた彼女にどうしても聞きたいことがあったからだ。
「どうした?」
「本当に……私に聖女の能力を使えるんですか?」
もし彼女に教えてもらった通りならば私にも能力が使えるはず。能力が何か、どう使うかは私には分からない。だけど、もしドラゴンが倒せるのなら私は協力したい。
それに目の前の華奢な少女が体格に似合わない鈍重な剣を持ってまで戦う、まるでゲームかライトノベルのような光景は美しい以上に何故か痛ましく、羨ましい。かつての大人としての庇護か、嫉妬か、ハルニアが美しく見えた。
私の質問にハルニアは困ったような表情を見せた。
「私は街の誰かが殺されると強くなれるの」
……え?
「だから街で誰が死んだかすぐに知れて、この剣だって無理やり使える」
「そ、そう、なの……?」
「君は誰かを救えるように祈ればいいよ。そうすればきっと啓蒙(わか)るから」
そして彼女の姿は消えた。私も追いかけようとするが激痛が走り転がる。足を見ると水膨れが割れ体液と血でぐちゃぐちゃになっていた。匍匐で動こうにも足が擦れた時点で……
「ッづ……あ”っ!」
こうなる。脚は使えない。燃え移った炎が私の前にも迫りつつある。建物の壊れる音と重低音、少女と何人もの男、恐らく兵士か誰かの鼓舞する声、怨嗟と悲痛、ああ、いやだ、いやだ。
手が、私の細く小さな腕を伸ばす。使い物の無い足を切り捨てて自由になりたい。異世界でまだ生きるのも、ドラゴンから逃げるのも、めろんを助けるのも……何もできてない!
「ざっけんなあああああああああああ!」
だから街を焼くドラゴンの咆哮の如く、消えかけの命で私は「祈った」
ジャラ……
連なった冷たい金属質の音がする。力は体が覚えていた。息をするように、歩くように、拡張された新たな力を引き出せ。私はもうただの人ではない、聖女なんだ。命を繋ぐ「鎖」、断つ事無かれ。
そして「祈り」に体は応えた。
頭の中に朧げに流れ込む言葉__
「サルページ!」
__気が付けば叫んでいた。
空に向けた腕から鎖が伸びる。白く神聖な光を放つ鎖が半壊した建物に巻き付き、思いっきり引いた勢いで空を飛んだ。私を縛るものは無い。私は今、自由なんだ。
「きゃっ!何……鎖?」
自分の口から出るとは思わなかった可愛らしい声が出る。鎖の引きが強すぎて思った以上に勢いが出てしまった。しかし臆する気持ちをぐっと堪えて新な鎖でまた別の建物に飛び移るのを繰り返す。前世の漫画でも似たようなのを見た覚えがあるような。
空中で赤く燃える街を眺める。視野内の建物はドラゴンの歩いた道に倒壊している。幸いそこそこの高さの建物に囲まれている地形で移動は可能だ。
だけど、それよりもまずめろんの救出が先だ。燃える教会に一直線で飛んで行く。半壊した教会は壊れた屋根の穴から絶えず黒煙が上がっている。あのままだったら一酸化炭素中毒でどうなるか分からなかった。その幸運の一方でめろんの姿は無い。焼死体も骨片の類も一切無い。もしかして逃げてくれたのかな。
「(信者の皆さん、逃げてくれるといいな)」
一先ずの心配は晴れた。今の捜索は一旦割り切ってあのドラゴンを倒してやる。建物の壁を伝ってドラゴンが壊した道を頼りに追いかける。射程は長く使っていて終わる気配は無い。だから思う存分鎖を伸ばし最高速で移動する。
高所を陣取りドラゴンを観察する……どうやら消耗しつつはあるが戦闘の継続は出来ているらしい。攻撃の一発一発の重さは凄まじく戦闘が終わる頃には街が残っているか不安だ。
「おーい!」
大声で意識を向けさせる。しかし激闘の中では流石に気づかれない。とはいえ気づかれた所で正面突破出来るとも考えられない。私まで巻き込まれると怖いから気づいてもらいたかったのだけど。
私は地中に何本もの鎖を伸ばす。地面に突き刺し掘り進め竜の体の下まで潜らせた。そしてドラゴンが真上に近づいた瞬間に地面から鎖を打ち込んだ。
高速で地面から飛び出した鎖は甲殻を砕き、翼を貫通し大穴を開けた。突然の私の攻撃にドラゴンは暴れ出し辺りを破壊し始める。
「まだまだっ!」
私は更に打ち込んだ鎖のいくつかを体に巻き付けて地面に固定する。これで多少は動きは封じられるだろう。その隙にハルニアは大剣でドラゴンの腹を切りつけた。鱗が飛び散り血飛沫が上がる。そこでドラゴンも力尽きたのか抵抗を止めぐったりとして動かなくなった。
「ハルニアさん!」
私は鎖で移動して上から彼女に声をかけた。すると彼女は振り向いて私を見て鎖を出す私に驚いた。
「まさか、これ君が?」
「はい! 何とか……でも、私なんかより街の人達は大丈夫ですか?」
「そうですね……とりあえず、生存者の確認と救助を呼んでくる。君も早く家に帰って無事を知らせてね」
彼女はそれだけ言ってまたどこかに去ってしまった。ここに残るのは傷ついたドラゴンと満身創痍の私。だけど不思議と怖さは無かった。
「私にも戦える」
それは私の心を昂らせる。ドラゴンを倒した興奮は私に「死」への恐怖すら忘れさせた。そして私は、瓦礫の山の上で立ち尽くしていた。
「聖女ってもっとこう、回復とか神聖な物かと思ってたのに」
ちがうよねぇ……あの一見温厚そうなハルニアさんががっつり前線、私は鎖を出すだけ。思っていた聖女の像とは遠く離れている。勇者も同じように、意外と回復とか後方支援とかそういう力があるのかな。
「はぁ……せっかくなら獣人の助けになる力が欲しかったよ」
私はそんな事を考えながらドラゴンを見つめていた。自分よりはるかに巨体なそれは今にも死にかけで、それでもなお脅威に感じる程の威圧感を放っている。だけどその閉じられた瞳には何か哀愁を感じる。
「この世界に来て、初陣が街を襲ったドラゴンっていうのもね」
死ぬのが人よりは遥かにましと知りながら、やはり動物の死ぬ前は前世でめろんを飼っていた思い出があると少し虚しい。それがドラゴンであっても強き生き物が何もできずに死んでいく姿は一種のカタルシスも感じる。
「生きてくれ、なんて言えた義理じゃないけど」
こんな事を考えているうちにもドラゴンの息は細くなっていく。このまま数十分もあれば出血か後に来る兵士の誰かが適切に処分されるはずだ。しかし助かる命は動物も人も変わらない、このドラゴンがもし獣人であるならば私も助けられたのかな。
「リンク」
突き刺さった鎖の一つに触れながら聖女の力を使い想起したもう一つの言葉を呟く。これが何を引き起こすかは分からない、ただ祈ればいいのは鎖と同じだろう。
「グルゥ……」
しかし、それは唸るばかりで何も変わらない。少しばかり、ほんの僅かでも期待した私が馬鹿だったんだ。とにかく焼けた足が痛む。これ以上膿が悪化する前に治療をしに帰ろう。
「ご主人!」
その時だった。ドラゴンの体越しに聞き覚えのある声がした。ドラゴンの体を器用によじ登って姿を見せたのはなんとめろんだった。めろんは何故か無傷で、無事なその姿を見た途端涙腺が緩みそうになる。
「めろん!? 無事だったの!?」
「は、はい!ご主人こそその火傷……!」
めろんは私の足を見て心配そうな顔をした。確かに今はもう歩く事もままならないし熱くて仕方ない。だけど悪化しすぎて一周回って多少の痛みは我慢できる。
「心配しないで、これくらい大したこと無いから」
「そうですか……? でも、この鎖はご主人様が?」
「うん。私、聖女だったみたいなの」
鎖に視線を落とす。白を基調とした神聖な光を放つ鎖は、とても私と結びつかないような代物だ。だけどこれで誰かを助ける事が出来るかもしれない。めろんもそれを察してか笑顔になった。
「凄いです!」
「えへへ……ありがとう。それでさ、これからどうしようか」
ジャラ……
鎖の金属音が二人の間に響く。瞬間私達は倒れたドラゴンの方に視線を向けた。
「ご主人!」
「まだ動くの!?」
どうして……どうして鎖が緩んでいる!?あれだけの攻撃を受けてもびくともしなかった鎖に綻びが生じている。だが暴れている様子はなく、寧ろ小さく縮こまっていくような……
「グオォ……」
ドラゴンはまるで眠りにつくように弱々しく鳴いた。そしてその体はみるみると色を変えていき最後には鎖に埋もれる。鎖も白く輝きを無くして消え去ると__
「たす……けて……」
__一人の裸の少女に姿を変えた。
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