人目につかない道を辿り私は教会に帰る。教会を閉めていたにもかかわらず竜の騒動からか教会の前には多くの獣人が待っていた。だから痛む足に負荷をかけまいとめろんに片手で運ばれるのを見られてちょっと恥ずかしかった。
しかし、それよりも人々の目を引いたのは満身創痍で地面に引きずられる少女であった。
「メトラ様、彼女は……」
「奴隷商から逃げ出したのでしょう。竜との戦いに乗じて、しかし巻き込まれカエデが保護しました」
すると竜の彼女に向いていた視線が一斉に私に向く。一瞬足に向いた視線だけはすぐに逸らされたが、それでもまだ少し恥ずかしい。
「わ、私は大した仕事はしてません。人として当たり前なことですから!」
「皆さん、竜の問題は解決しました。今日は彼女の介抱もありお祈りは出来ません。あなた達の家族の無事をお祈りします」
めろんの鶴の一声により集まった人々は少しづつ解散していった。私達も彼女を連れて教会に入り鍵を閉める。
ーーー
「はぁー面倒な事になっちゃいましたね」
「うん、そうだね……っててて!」
少女に応急処置を施しベッドに寝かせてから私の足の治療をする。保管してある数少ない薬を少女の分と分け合ったせいで量がかなり足りない。しかしあるだけはましと傷に染みるのに耐える。
「はい、これで終わり。本当はお医者さんに連れていきたいのですが難しいですね」
「差別?」
「いいえ、この怪我だと完治までの治療費が足りません」
そういえば私の教会って貧乏だった。足を動かすと包帯と肌が擦れてかなり痛む。これだと長い間まともに動けはしないだろう。お手伝いって立場なのに動けないのは苦しいな。
あと、絶対に私怨も混じっての発言だろう。お医者さんって自分で言った時耳としっぽが震えてた。体は大きくなっても嫌いな物は嫌いなんだ。
少女についても少し話そう。治療に当たり一度彼女の裸体を全身観察したのだ。すると彼女の臀部からは爬虫類の尻尾、頭には小さな角、肌の一部には赤い鱗、それらはすべて私が相手した竜の特徴を有していた。年は今の私より少しだけ上に見える。
ちなみに私達の(強制)共有のベッドを使っているので使っていないベッドを掃除した。流石元修道院、本当に無いのはベッドではなく布団の方であった。幸い今は温かい、凍えないことが幸運だ。
さて、ベッドを囲んで竜の彼女を見ているだけではいけない。次は私の番だ。
「ご主人様の鎖、聖女の能力ですよね」
静寂の満たす室内の中でオブラートに一切包まずにめろんは切り出した。
「うん、ハルニアって聖女から教えてもらった」
するとハルニアという名前を口にした途端苦虫を潰したような表情になる。
「面倒ですね。エスカ教の私達の立場からするとフィルド教に認知されるのは組織的に不味いのです。しかも、よりにもよってハルニアには」
めろんが教祖モードじゃない真面目モードだ。信者さんの前ではクールが若干歪んでいる。めろんにここまでさせてしまったと私の未来像に影が差す。しかしその影を払うように私の頭をそっと撫でる。
「明日何かが起こるという話ではありません。数年の内のほんの2、3月が縮まっただけですから」
「めろん……」
「この先、どんなに悪くなろうとも良くて処刑、悪くて奴隷なだけですよ」
「めろん!?」
良くて処刑!?逆じゃなくて!?とも考えるも奴隷は奴隷で嫌だ。よく見るとめろんの顔も微笑み細めた目がぐるぐる混乱している。
「は、はいはーい、質問でーす。魔法ってなんですか?」
「あ、はい。魔法ですね」
無理やり流れを変えるために別の疑問に視点を移す。この教会の本棚にも魔法についての本はいくつかあったけれど今一よく分からなかったのだ。しかし私の鎖の正体は魔法だ。つまり異世界らしくこの世界にはちゃんと魔法は存在することが目に見えて証明された。
「聖女の能力を使うに当たり知っておいて損はないはず。ああっでもそうしたらご主人様を私を守る計画がっ……うごご」
今度はまた別の意味でめろんが葛藤している。私の為になるから言いたいけど計画が破綻する。理性と独占欲のジレンマに苛まれているようだ。そして私の方をチラリと見る。結局、悩みに悩んでめろんは話し出した。
「分かりました、簡単に教えます」
魔法は使用者の魔力の一部を契約した精霊に与え、その対価に能力を行使する。精霊には火、水、風、土、雷の5種があり、それぞれ属性が異なる。
勿論原理的には発動までの手順さえ踏めば精霊がいずとも発動可能ではある。しかし適正外の魔法を使用できたり少量の魔力で大きな威力が出せたりと特別な理由が無ければ基本的に精霊を使う。
ざっくりまとめるとこうだ。思ったよりも異世界らしく普通だ。話を聞く限り発動にはちゃんと専門の知識が必要なのも実にそれらしい。
「めろんはできるの?」
「残念ですが昔から中々精霊が寄り付かなくて魔法を使いにくいんです」
「じゃあ僧侶らしく回復魔法っ!とかは?」
「出来ません」
ですよねー。この異世界、未だに僧侶が回復魔法を使う姿を見ていない。むしろ魔法が当たる前にこちらが倒されそうなインファイトを見たからこれからの基準が狂いそうだ。
「狂ったのはむしろ私ですよ。過去の話とはいえこれからの計画が台無しです」
「計画?」
「色んな組織を渡りながら教団を大きくする、つまりご主人様を神様にするための計画です」
「(意外としっかり考えてたんだ)」
正直あの戦いがあってこの世界で生きていく自信が無い。今の生活もギリギリで、多分教会の経理とかが分かり始めたらもっとつらくなるのに……でもめろんなりの頑張りなら協力はする。計画が狂ったのなら私の力で軌道修正できればいいな。
「もう!偶然とはいえご主人が敵対組織と関わるのが時期尚早過ぎたせいですからねっ!ふんだ!」
「はいはい、でも私だって知らなきゃ死んでたからノーカンノーカン」
めろんが今後について憂いているのを適当に慰める。まー今日の夕食は買い物もしたからいい物が揃っている。家事は私が全部してあげて今後についてゆっくり考えてもらおう……って足がまだ痛いんだ。うん、これは憂う。
「ここをエスカ教の教会と隠し正式な教会にしてもらうしか……しかしそんな危ない橋を渡るのは避けたいところです。大義名分だけを少しだけお借りしましょう」
「お、何かするの?」
「この街の治安を少しだけ良くするために動きます。実はこの街の貧民街には教会以外に大きな組織がもう一つあってですね……」
「う、うぅ……」
今後について頭を悩ませているとベッドから声がした。すぐさま視線を移すと竜の彼女が目を覚ましていた。彼女は自分の体を見るなり酷く取り乱す。
「ここ……声が、え、体どうしてっ痛っ!!」
「まだ安静にしてください。ただでさえあれ程の重症を抱えているのです。状況が理解できるまでベッドで寝てください」
起き上がろうとした彼女をめろんは諭す。彼女はしばらく辺りを見た後でゆっくりと私と視線を合わせた。
「あ……ああっ……」
元が竜とは思えない怯え様である。私よりも一周り大きい体で震えて、まるで肉食動物に狙われた小動物のようだ。彼女が私の顔を見るや否や泣き出しながら頭を抱えて縮こまってしまった。
「発狂……カエデ、少し静かに」
めろんがまたもや仕事モードに入った。彼女を刺激しないように私は黙って見守る。めろんが彼女の背中をさすりながら落ち着かせる。
「私達は今のあなたに攻撃の意思はありません。だから落ち着いて呼吸を整えてください。吸って、吐いて、吸って、吐いて……」
めろんの指示に従い何度も繰り返す。やがて彼女の呼吸が安定し、少しずつではあるが落ち着きを取り戻してきたようだ。落ち着いた表情になる。少女が落ち着くとめろんは彼女の名前を尋ねた。
「あなたの名前を教えてください。覚えている範囲で、何でもいいから知っている事をお願いします」
「わ、私、罰竜【赫苹】、あの、わた、信じてください。私、竜です」