「あぁー……いい湯だなぁ……」
「でしょう? 好きなだけ堪能してね」
ルイージは今、温泉に入っている。
森の中で出会った『絵画の魔女』の好意で、だ。
「まさか館の中に露天風呂があるとはなぁ」
森の中に見つけた、光の粒子と不思議な霧に包まれた館。
それは絵画の魔女の住み家であり、彼女と出会ったルイージはその家に招かれた。
その際、まずは汗を流すべきだと中庭にある露天風呂に案内してくれたのだ。
曰く極東の国を観光したことがあって、そこの温泉にとても感動してしまい、その勢いで自宅の中庭にも温泉を作ってしまったのだとか。
なんというか、色々な意味ですさまじい話だ。
「でも、温泉は温泉でもすごく幻想的な温泉だな」
だがそこは魔女仕様なのか、ただ単に彼女の趣味なのか。
この温泉は、ルイージがよく知る温泉とは違う。
多分、彼女の言う極東の国の温泉ともきっと違うだろう。
「またお湯の色が変わってる……」
まずお湯の色が普通ではない。
ぱっと見は青白い色をしていて、けれどもそれだけなら比較的よく見るものだ。
しかししばらくそのお湯につかっていると、気が付けば青白い湯から黄緑色に変わっていた。
今では、赤みがかった紫色に変化している。
さながら虹に浸かっているかのようだ。
「そんで花の輝きも変わってく、と」
次に、温泉の中に飾られている花がこの森独自のものであること。
やはりというか、お湯の色が変わると同時に花が齎す光の粒子の色も変わっていく。
見事なのは、光の粒子の色はお湯の色と同色ではないという点だ。
お湯が青色の時は、花の光は炎のようなオレンジ色に燃え上がり輝く。
お湯が緑色の時は、花の光は一転して黄金の如き色合いに変化して中庭を彩る。
お湯が赤色の時は、花の光はエレガントなベージュ色で露天風呂の赤を引き立てる。
青白いお湯の時は、粒子は高貴な紫色に光る。
黄緑色のお湯ならば、粒子はルビーのような深い赤色に染まり。
紫色のお湯であれば、粒子は儚くも綺麗な真っ白に輝く。
如何なる基準で切り替わっているのかはルイージには想像できないが、しかし中々得難い体験を得ることができた。
この景色は、きっとルイージの中に強く残り続けるだろう。
「……いいもんだ。本当に、いいもんだなぁ」
◆
風呂を十分堪能した後は、屋内に通された。
魔女の館の中に入ると、まず地面に敷かれた高級そうな絨毯が目に入った。
単なる文様かと思えば、なんらか魔法陣のようにも見えるし、なんなら何かの絵画のようにも見える。
絨毯の横から見え隠れする木の板の床も、かなり綺麗に整っている。
きっとこの木材も加工技術も相当高等なものなのだろう。
なぜなら、木目をよく見るとどこかの川を描いた絵画みたいになっていたのだから。
天井を見やればちょっとしたシャンデリアがあったり、ランタンの形をした照明があったり。
いずれにしろ光の粒子が漏れ出てくるような不思議な灯りであり、森の中とは違った意味で不思議な雰囲気を醸し出してくれている。
しかも相当凝りに凝った照明であるらしく、地面に写る光を凝視すればその光そのものが誰かの肖像画を描いている。
食堂に通されれば、そこの壁には本棚があった。
もちろんただの本棚ではなく、並べられている本の背表紙が一枚の絵になっている不思議な本棚だ。
それがいくつか並んでいて、そこに厳かな聖人や未知の国の景色といった絵画を垣間見ることができた。
「すげぇな、これ」
「全部、私のコレクションよ。本当は他人に見せるものじゃないけど、貴方は特別よ」
だがそれよりも特徴的なのは、壁に次々と額縁に収められた絵画が並べられている点。
通された食堂の壁もいろんな城や山の絵画が飾られているし、さっき通った廊下の壁にはどこか聖人らしい者や神話に登場する魔獣の絵画が並べられていた。
そもそも絨毯や床の木目、照明の光そのものも絵画となっているあたり、そこにとんでもないこだわりがあるらしい。
館の主が『絵画の魔女』というだけある、ということなのだろう。
「本当は花から浮かび上がる光こそがご馳走なのだけれど、貴方には酷でしょう? せっかくだから、豪勢に行くわ」
「うおぉ……すげぇ」
食堂の席に座る。
その卓に、食べ物はおろか食器の類もなかった。
だが絵画の魔女が小さな杖を取り出し、黄金色の光を纏わせて振るうと、その光が食べ物に変わった。
最初に出てきたのは、皿に盛られた七面鳥の丸焼きだ。
他にも暖かいパンや熱々のシチュー、あるいは真っ赤な林檎・黄金色の葡萄など。
彼女が杖を振るう度に、どんどん料理が出てくる。
しかも実際に食べてみると、これがとんでもなく美味い。
もし天国の食べ物があるとすれば、これがそうなのかと言いたくなるような、そんな味が押し寄せてくる。
気が付けば、出された料理がもう殆ど腹に収まっていた。
「ごちそうさま。滅茶苦茶美味しかった」
「そういってもらえると嬉しいわ。お粗末様」
そんなわけで、平穏な食事はあっという間に終わったのだった。
「ところで、どうしてこの森に来たの? ここは夢の領域──そう簡単に入れる場所じゃないわ」
「いや、実のところ俺もわかっていない。気が付いたら、この森にいた」
ルイージの目的は、今の拠点であるシン・クッパ城に戻ること。
しかしなにゆえかルイージは単身この森に迷い込んでしまい、森を出ることもままならない。
「ここは『夜霧の森』。普通の手段では訪れることができない秘境の地。いわば、ここ自体が一つの世界……ここから出るのも、容易ではない」
「まじかよ……まさか、出られないのか?」
「いいえ。容易ではないだけで手段はある。……それに、私ならその助けができる」
「え」
だがここで希望が見えた。
「ここで提案がある。私の助けなしで手段を探すというのなら、それを止めはしないわ。先のご馳走も、ただのお近づきの印だから見返りは求めない」
「手段……」
「だけど──私の助けを得て手早く帰るというのなら、貴方も一つ私を助けてほしい」
「なるほど、対等の取引というわけか」
絵画の魔女が魔法で何かを取り出す。
取り出したのは、額縁だった。
「私が欲しいのは、一枚の絵画。それを、貴方に取ってきてほしい」
「絵画?」
「ええ。もちろん、ただの絵画じゃだめよ。……貴方に取ってきてほしいのは、この森を荒らす怪物の絵よ」
絵画の魔女が、額縁の中に映像を生み出す。
さながらそれは、それこそが一枚の絵画のようではあるが、それを指摘するのは無粋だろう。
それよりも、ルイージとしてはそこに映し出された『怪物』の姿に見覚えがあった。
「キングテレサ……!」
「へえ。あの姿、そういうんだ」
「……まさか、キングテレサを絵画にするってのか」
ルイージの問いに対し、絵画の魔女は首を縦に振る。
「本当は私がやるのが筋なのだろうけど、見た感じ貴方との縁が強すぎるみたい。だからきっと、貴方が戦う方が『流れ』がよくなるわ」
「縁、か。まぁキングテレサの奴とは何度も戦っているしな……けど、今回のあいつは不死身だった」
思い出す。
森に迷い込んだ途中でキングテレサと遭遇し、しかし敵意が強すぎる彼と戦闘になった。
その戦闘の果てに一度は倒すことができたが、しかしキングテレサはすぐに起き上がった。
今のルイージに、あのキングテレサを打ち破るビジョンは見えない。
「それは貴方の心が不安に苛まれているせい。重要なのは、心を強く持つことよ。それが、あれの不死性を打ち破る鍵となる」
「俺の、心?」
「とはいえ、そのまま単身で挑めというのは流石に酷ね」
だが、絵画の魔女はそのビジョンを憂う。
だからなのか「この提案に乗るなら、これを貸してあげる」と、魔法の光を生み出してそれをルイージの手に渡してきた。
その魔法の光は、しかしルイージの手の中で光の粒子をまき散らしながら別の物へと姿を変えた。
「オバキューム……!」
「勝手ながら、貴方の記憶の中にあるものを魔法で再現させてもらったわ。これがあるなら、心強いでしょう?」
「ああ、何度もキングテレサを吸ってきた相棒だ。……勝ち目が見えて来たぜ」
魔女が再現して作った、掃除機の形をした武器「オバキューム」を背負って構える。
ただそれだけで、キングテレサに対する苦手意識が少し薄れた。
あの不死性も、奴自身をこのオバキュームで吸って中に閉じ込めてしまえば問題なくなるだろう。
「いや待て」
「どうしたの?」
だがそこで、ルイージは気づいた。
「この提案は、キングテレサを吸ってあんたに渡すのが前提だ」
「そうね。怪物の絵を取ってきてほしいとは言ったけど、その怪物を吸ったその掃除機を私に返してもらえば、それでもう十分よ」
普段は、キングテレサは敵である。
マリオを絵にして閉じ込める、悪辣な奴だ。
だが、今は事情は違う。
キングテレサはクッパ軍団の一員であり、そして今ルイージはクッパ達と共闘関係にある。
なぜかさっきは敵意が強かったが、今はルイージとキングテレサは味方同士の筈なのだ。
「もしその場合、キングテレサってどうなるんだ?」
◆
「私は絵画の魔女。絵画こそを愛でる者。……この館は何もかもが絵画で、私の生きるコレクションなの」
「……『生きる』?」
そこで、ルイージはあることに気づく。
「この子達、元は人間だったり動物だったり植物だったりする。……中には景色そのものを絵にしているけど、それ以外は皆生きたままにしているわ」
「生きたままって……死んでいるわけじゃないのか」
「ええ。私、誰一人として殺しなんてしないわ。私の絵画になったものは、みぃんな生きたままにしているの」
「それ、は……」
今ここにいる館を構成する、数多の『絵画』達。
それらの殆どは皆生きたまま絵にされた者達であり、故に死ぬ自由はない。
ともすれば、それは所謂地獄の一種と言える。
同じ絵画でも、基本オバケのみを絵にするオヤ・マー博士とは『何か』が違う。
少なくともルイージにはそう思えて仕方がない。
「きっと苦しいでしょうね。きっと辛いでしょうね。……好きに死ぬことができないというのは、それだけで拷問に等しい苦痛なのだから」
「…………」
「でもね。でもね。……私はそんな彼らを愛でるの。それが私の在り方なの。……だぁって、綺麗なんだもん」
嗜虐の香りがする。
この上なく不気味で恐ろしい香りが、目の前の人形の如き少女から漂ってくる。
恍惚で顔を赤くする絵画の魔女が、どこまでもどこまでもウタいオドる。
「あぁ。安心して、貴方を絵画にすることはない。それは、この絵画達に誓うわ」
「……じゃあ、あのキングテレサをあんたに引き渡したら」
「もちろん、私のコレクションになるわ」
その問いは、ただの確認だ。
だが、返ってきた少女のその声は、ルイージにはとんでもなく禍々しいもののように聞こえた。
「そう。『貴方はいい』の。森に来たのはただの不可抗力だし、何も変わらず帰る意思がある。であれば、貴方は外に帰るべきよ」
「そ、そう言ってもらえるのはありがたいな……」
「だけど『あれはだめ』よ。貴方の肉体を奪おうとし、貴方の魂を殺そうとし、そして私の森を壊そうとしている」
「……キングテレサが、か?」
絵画の魔女の声が、どこまでもどこまでも部屋中に充満していく。
それはさながら、現れては消えない夜霧のよう。
「割り切りなさい。貴方はあれに一定の情を抱いているようだけど、あれは『魔物になった』わ。外に帰るべきじゃない」
「魔物に、なった?」
「この森が魔物の在り方を肯定することはないけれど、それは外の世界でも同じ。帰す理由にはならない。……それに、お咎めなしは虫が良すぎるでしょう」
そこまでいうと、ようやく少女の声が止まる。
少女がまき散らした夜霧が少し晴れて、やっと周りを見ることができるようになる。
「俺が帰るためには、キングテレサを倒して生贄にしないといけないってか……?」
状況を確認するため、あえて口に出して情報を整理する。
だけど、ルイージの火照った頭は冷えない。
ぐるぐる、ぐるぐる、と。
まるでかき回されたかのように、頭がまともに機能しない。
「キングテレサを落ち着かせて、二人で森を出る手段を探す……いや、タイムリミットがある。俺にはあまり時間がない……!」
「無理強いしないわ。しっかり考えて、答えを出して」
「っ……落ち着け。ブラザーなら、どうする……!」
葛藤を抱えたまま、顔を上げる。
もしかしたら、正解を導き出すヒントがどこかにあるかもしれない。
そんな淡い期待が故の、もはや縋るような感情故の動作だった。
「──っ」
見えたのは、食堂の壁際に設置されたアンティーク調のホールクロック。
即ち、時計だった。
その時計には二人の男の肖像画が内蔵されていて、しかし時計の針が進むとその肖像画は消えて行ってしまった。
まるで、それぞれ違うところへ引き裂かれるかのように。
「っ──!」
その景色から逃れるように目線を下げる。
そこには、絵画の魔女から貸し出された再現オバキュームがあった。
先の景色から逃れるなら、己を使え。
なんとなく、ルイージにはそう聞こえた。
「やるしか、ねぇのか……?」