オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第1話 畜生道に堕ちた

 

 

 吾輩は畜生である、名前はまだ無い。

 というのは半分冗談である。何十年も昔に親から頂いた名は『南 涼花』。そしてウマ娘として名乗ったのはアパオシャだった。

 しかし今や無用の長物に成り果てた。

 いやー、本当に何で畜生に生まれちゃったのかなぁ。

 生前は清く正しく生きてたとは言わないけど、畜生道に落とされるような酷い悪事はした覚えが無いぞ。

 

 九十歳を超えたところで脚がまともに動かなくなって、ベッドの上で日々を過ごして、ふと気づけば藁の上に寝かされていた。

 周囲にはツナギや作業着を着たオッサン達、隣にはロバみたいな生き物の姿がある。なんか騒いでいるけど耳に何か詰まってるのか言葉が上手く聞き取れない。

 

 ともかく立ち上がろうと思ったけど、なんか上手く行かない。

 どうにも手足の感覚がおかしい。関節の可動域が変だ。特に指先の感覚が全く無いから違和感が酷い。

 そうか、二本足の感覚で立ったらダメなのか。推定母と思われる畜生と同じように四つ足を使わないと。

 何度も試して結構な時間を使ったけど、コツを掴んだら後は楽に立ち上がれた。

 周囲の人達からは歓声が上がる。今度はそこそこ声が聞き取れるようになった。

 

 そしてアイツに似た、ロバっぽい姿の母が体を傍に寄せて、俺に向けて乳を突き出していた。

 ………あー生まれたばかりの子に母乳を飲ませようとしているのね。

 俺の方も本能なのか、目の前の乳を吸えって身体が命令してくる。

 九十を超えたババアが授乳とか泣けてくるよ。でも本能には逆らえない。ビクンビクン。

 観念して産み落とした母っぽい畜生の乳に吸い付いて、ゴクゴク飲み始める。

 あっ、思った以上に美味しい。たぶん、前世だったウマ娘の味覚から畜生の味覚に変わったんだろう。抵抗感が無いのが良いのか悪いのか。

 

「いやー無事に生まれて来てくれて良かったべ」

 

「本当にね。種付け料だってタダじゃねえんだし」

 

「マチもお疲れさん。元気な牝だぞ」

 

「ねえ爺ちゃん、この子に名前は付けないの?」

 

「まだどうなるか分かんねえんだから、ウミノマチ07で通すべ。いいなナツ」

 

 家族らしい数人がわいのわいのと騒いでいるから、多分ここは家族経営の牧場なんだろう。

 俺の目線とあんまり変わらない女の子がしきりに俺を撫でる。

 

「でもこの子、鬣が全然生えていないね。尻尾もスベスベで毛が生えていないし、なんか黒いよ」

 

「まあええだろ。そのうち生えてくるかもしれんし」

 

「アンタは相変わらず大雑把だねえ。見栄えが悪いと高く売れんっしょ」

 

 なんか凄く不穏な話をしていませんか。売るとかなんとか。

 そして毛の事を言ってるから、気になって母の方を見たらあっちは首から頭にかけて長い毛が生えているし、尻尾はフッサフサの毛で覆われていた。

 気になって自分の姿を見ようとしたけど、上手くいかない。

 しょうがないから鏡か何かを探したら窓ガラスがあったから見てみた。

 

 ――――――何でかなあ。犬とか猫ならまだ良かったのに、よりにもよってこの姿に生まれ変わらせるとかさあ。神様がサディスト呼ばわりされるのも納得だよ。

 窓ガラスにうっすらと映っていたのは、生涯傍に居続けた『同居者』によく似た真っ黒な己の姿だった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャ改め、ウミノマチ07が悶々としている同時刻。

 美景牧場の一家は乳牛の乳しぼりに追われている。牧場を経営する者にとっては単に仔馬が一頭増えただけ、いつまでもかかりきりになっている時間など無い。

 ましてこの牧場の主な収入源は生乳の卸しであって、馬は殆ど道楽に近いのだ。まずは本業に精を出すのが道理である。

 一家の大黒柱、美景春彦とその父秋隆は乳牛に搾乳機を取り付けて、機械で搾乳を始めた。

 

「親父、あのマチの子は走ると思うか?」

 

「さーてなあ。血統を考えたら中央で一回二回勝てれば儲けもんだろ」

 

「オグリキャップの最後の産駒か。これで本当に時代が終わっちまったな」

 

「しょうがねえ。いくら親が凄くても子が大成しないのが馬だべ。それ言ったらマチも、シンザンの血統でも一度も勝てなかったんだぞ」

 

「最後だから格安で種付け出来ただけでも御の字か。マチも骨折して肉になる寸前のを、親父が捨て値で譲ってもらった馬だしな」

 

 走らなくてもオグリキャップ最後の産駒というネームバリューがあれば、肉にされずに乗馬用にでも回されるだろう。それに牝なら繁殖用に生き残れる可能性は高い。

 あとはあの仔馬にいくらの値が付くかだけが春彦にとっての関心だった。

 

「どうせうちは輓馬がメインだし、期待せずに勝てば儲けもんぐらいに思っておこう」

 

 カラカラ笑って牛から搾乳機を取り外す父親を息子は多少醒めた目で見ていた。

 昔は競馬用の馬も儲かったが、最近は労に見合うだけの利益が取れなくなっていた。あくまで牧場の社長が父だから何も言わないだけで、本当なら手を引いても良い頃合いだと思っている。

 そうしないのは自分もまた娘のナツが牛より馬を好んでいるのを知っていて、悲しい顔を見たくないからだ。

 

(惰性で儲からない仕事を続ける親父を笑えないな。俺も経営者としては二流かねえ)

 

 内心自嘲する春彦だったが生き方を改める意思は無かった。

 このように今日生まれたウミノマチ07は、周囲の人間からは全く期待されていなかった。

 まして異なる世界に生きたウマ娘と呼ばれる種族の魂が宿っているなどと、露ほどにも思っていなかった。

 

 





 人からウマ娘、人から馬に、馬からウマ娘に転生した話はあっても、ウマ娘から馬に転生した話は見たことが無かったので、アパオシャを畜生道に堕として書いてみました。
 これから馬に関わる人達の脳を焼いていく予定です。それではまたお付き合いください。

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