感想の投稿ありがとうございます。書き手のやる気アップに直結するので、この場を借りて読者の方々にお礼を申し上げます。
ただ、多数の方の目に触れる場なので、今後の展開予想等の書き込みはなるべくお控えください。
過去の競馬情報を読めば、主人公の適性と照らし合わせてどのレースに出るかなどはある程度分かってしまいますが、何となく察しても敢えて口にしないのがマナーと良識ある読者です。
説教臭くなってしまって申し訳ないですが今後は御留意ください
秋の二戦目が終わり、ちょっと休憩期間を貰った。ここ三日ぐらいは軽い運動をする程度で、基本は馬房で食うか寝ているだけだ。
あの程度のレースなら、翌日からトレーニング再開しても良かったと思うが大事を取って休ませているんだろう。
ちょっと過保護と思ったけど、先日一緒に東京レース場に連れて行かれてメイクデビューを果たしたトフィの奴は、まだ結構疲れているから普通の馬はそんなもんか。
トフィ―――アプリコットフィズは一緒の時期に入った隣の馬房の牝馬だ。俺より小柄でちょっと甘ったれな所がある。
だからか俺に懐いていて、【ねえちゃん】と言ってトレーニングが終わるたびに体を摺り寄せて来る。犬猫が飼い主にすり寄るようなものか。
それでも初戦を勝ったんだから大した子だろう。
そのトフィも隣の馬房で俺と一緒に、レースに勝ったお祝いに振舞われたフルーツを堪能している。
いつも食べているリンゴ以外に、ミカン、バナナ、メロン、パイナップルとなかなか豪勢なご褒美だ。
馬になっても甘味を感じる味覚はそのまま残っているから、美味しく食べられるのは嬉しい。馬とてやる気の如何でレースの内容は大きく左右される。
【うまうま。おいしいね、ねーちゃん】
【また余所に行って一番早く走れば、沢山もらえるから頑張れよ】
【わかった!あたいがんばる!】
毎日付きっ切りで世話を受けているから大事にされているのは分かるけど、妹分がいつ肉にされるか分からないのは困るから、出来る限り勝ってほしいよ。
と思っていたら、数日後に厩務員がトフィだけ連れて行く。まだレースには早いし、運動なら俺も一緒にさせる筈。
嫌な予感が頭をよぎり、他の厩務員をじっと見たら、違う違うと首を横に振った。
「あいつはオーナーの意向で年末まで牧場でお休みだ。また会えるから、心配するんじゃない」
ならいい。勝っても肉にされるなんて理不尽な扱いを受けたら、今この場で脱走していたぞ。
「お前はもう少ししたら、次のレースの準備に入るから、今のうちにたっぷり休んでおけよ」
厩務員の話が本当なら、十二月のレースでOP戦以上が該当するか。となると朝日杯、阪神ジュベナイル、ホープフルSのどれかの可能性が高い。
ダートの全日本ジュニア優駿も無いわけじゃないが、芝で二戦した後に今更ダートは無かろう。
またG1レースを走れるのか。あの大舞台に立つ高揚感は生まれ変わっても消えるもんじゃない。
出来ればホープフルSがいいな。2000mだし、中山は俺の庭みたいなものだからマイルよりは勝ちやすい。
【ああ、きっと勝つさ。期待してくれ】
人には嘶きにしか聞こえないけど意志は伝わったのか、首をポンポン叩いて厩務員は仕事に戻った。
大体十日ぐらい経ったある日。
いつもトレーニングは同じ厩舎の馬とするけど、今日は俺だけコースに連れてこられた。あとは〇クザのオッサンと、鞍の上に乗ってる息子の遼太だけ。
最初は慣らしでターフを走らされて、しばらく経ったら別の牝馬が二頭来た。
「お待たせしました中島さん」
「ウォーミングアップに手間取ってしまって申し訳ない」
「気にしなくていいさ新賀、国松。その分こっちも準備運動はじっくりやれた」
何となくこれから何をするのか分かった。次のレースに向けて、牝馬同士で模擬レースをするわけだ。
「この子がアパオシャですか。来年はうちのアパパネと牝馬三冠を競えますね」
「さーて、そいつはどうかな国松。新賀のは何て名前だった?」
「サンテミリオンです。まだデビュー前ですがウチの2歳牝の中じゃ一番有望ですよ。今日は二勝した二頭に胸を借りるつもりで連れてきました」
調教師達が互いに自分達の馬を自慢し合う様子が、前世のトレーナー達が担当ウマ娘の良さを挙げるシーンに置き換わって、吹き出してしまった。
【どうしたの?なにかたのしいの?】
【ねむーい。ごはんたべてごろごろしたい】
【今日は俺達が一緒に走るみたいだ。よろしく】
【はーい、がんばる】
【はしるのやだー。あまいのたべたい】
気合入ってる方がサンテミリオンで、面倒くさそうにしてるのがアパパネか。
ん?確かこの二頭の名前って、日本のレースで初めてG1同着優勝したウマ娘二人の名と一緒だぞ。レースはオークスだったか。
でも馬とウマ娘の関係性はまだよく分かってないし、実際に走って速さを確認しよう。
調教師達も話は纏まった。今回は芝コースを一周してマイルの距離で競う。短い距離は苦手だけど、練習なら仕方ない。
改めてコースのスタートラインに立つ。
前方の赤旗が振り下ろされて、模擬レースが始まった。
駆けだした俺達三頭はあまり離れずに最初のコーナーを回る。
横から二頭の様子と乗ってる奴等の動きを見ると、どちらも人の言う事をよく聞く子に見える。大逃げみたいな博打めいた走りより、言う事を聞いて堅実に走るほうが合ってるか。
今回は勝ち負けより相手の力量を確認したいから、出来るだけペースを抑え気味に走る。
向こう正面の直線に入ったら多少ペースを上げて、前に出ても二頭は気にせず追ってこない。
そのまま一馬身ほど先行したままコーナーを周り、最終直線に入った。
さて、ここからが本番だ。後ろから軽快な蹄の音を鳴らして、二頭が俺の前に出る。
負けじと加速しても二頭には及ばず、ゴール役の〇クザを三番目に通り過ぎた。
「どうしたアパオシャ。もしかして同じ条件の末脚勝負で、相手の力を見たかったのか?」
鞍の上の遼太の問いに頷いて返す。練習なら負けても改善点や相手の癖を調べられれば十分成果はある。
こいつは結構長く上に乗せているから、こちらの考えを多少読んでくれるのがありがたい。
「ふーん。で、単純な末脚の速さは勝てないと分かったか。なら、次はどうする?」
分かってて聞くなよ。条件を変えてもう一回走るだけだ。
息を切らしている二頭を尻目に、先程と同じスタートラインで二回目を待つ。
少し待って息を整えた二頭が隣に並び、二度目のスタートが切られた。
二度目は最初から『逃げ』を選び、こちらのスタミナが切れる前に半馬身差で逃げ切れた。
三度目は緩急をつけてペースを引っ掻き回す事に終始したが、あまり相手のペースは崩せずに、アパパネに差し込まれて負けた。
四度目の準備をしたところで、調教師達からストップがかかった。
「お前以外はヘトヘトだ。今日はそろそろ終わりにしようアパオシャ」
「新馬戦前の良い練習になりました。ありがとうございます、中島さん」
「アパパネも阪神ジュベナイルに向けて、多くの経験を積めました。クラシックでは負けません」
アパパネはマイルG1に挑むか。一勝二敗だし、あまりマイルでレースしたくないな。
サンテミリオンの方はまだまだトレーニングが足りない。当面は俺の敵じゃない。
【つーかーれーたー!もうはしるのやーだ】
【またいっしょにはしろう】
似たような速さの相手と走るのはやっぱり楽しい。
畜生になってもこんな日々をずっと過ごせるなら、そこまで悪くないんだけど。やはり生殺与奪権を握られているのは面白くないわ。
□□□□□□□□□□
その日の夜。大は酒を飲みながら12月のレース予定表を見て、一つのレースを赤ペンで囲い、横にアパオシャの名を書き込んだ。
とりあえず予定は組んでおくが馬主が承諾するかだ。あの人柄なら、こちらを信頼して頷いてくれるとは思うから、多分問題は無い。
「レースの是非であの馬の今後が決まる、か」
かつて騎手として無数のレースに挑んだ勘が告げている。あの馬は何かがある。
シンザン、ハイセイコー、シンボリルドルフ、サクラバクシンオー、オグリキャップ、ナリタブライアン、そしてディープインパクト。
数多くの名馬を見て来た。しかしあの黒い馬は今まで見たどの馬とも違う。常識で推し量って良い馬じゃない。あれの走りを見ていると血が騒いで仕方がない。
扱いにくさも知っているから自ら乗りたいとは思わないが、調教師としては別だ。
騎手の現役時代、常に心掛けていた事がある。
『レースは3着を狙うぐらいなら勝つか、ドンジリで負ける。大事なのはレースに勝つ事』
おかげで負ける時は無様に負けて罵声も酷かった。親父と慕う馬主には信頼されていたと同時に随分と心配をかけた。申し訳なさは感じている、しかし後悔は無い。
調教師になってからは、しがらみも増えて生き方を改めたが、アパオシャならかつての己に立ち戻っても構わない。そう思えてくる。
血が騒ぐのは酒のせいではない。あの奇妙な馬の事を考えるだけで浮き立ち、予定表を再度見て自然と口端がつり上がった。
赤字で囲った中にはアパオシャが走る最初の重賞レース、12月26日土曜日の阪神競馬場、ラジオNIKKEI杯(Jpn3)の文字が記されていた。