吾輩は競走馬である、名前はアパオシャ。
人に飼育される畜生の身であっても、リフレッシュ休暇を貰える程度には大事にされている。
年末にそこそこ大きなレースを勝ったら、正月から大体一月ぐらい牧場に連れて行かれて、食っちゃ寝生活を満喫した。
トレーニングは求められなかったが、食って寝るだけの生活は退屈だし、前世と似通った世界なら冬が終わればおそらく大きなレースを走る。
その時に備えて、出来る範囲で運動とストレッチを繰り返して、身体が鈍らない程度の状態の維持に努めた。
美浦トレセンに帰って来てからは、トレーニング三昧の日々を送っている。
登坂の往復以外にも、同じ厩舎のトフィと併走して鈍った体を締め上げる。
トフィは俺の居ない間に一度レースに出たらしい。その時はもっと速い馬がいて、置いて行かれたと悔しそうに話していた。
何着だったかは知らんが、負けて悔しいと思うならこいつはまだ速く走れる。
〇クザのオッサンはレース後のトフィをあまり休ませずにトレーニングさせているから、おそらくまたすぐに走らせるつもりだろう。
身体はきついだろうが勝てなければ肉にされる身なら、勝つまで走り続けるしかない。
俺も明日は我が身と思って真面目にトレーニングを続ける。
日々の食事は牧場で動いていたから、体重はさほど増えていなかったので食事制限は無く、むしろ動いた分だけ多く食うように草を増やされた。
食うのもトレーニングの内なのは、畜生もウマ娘も似たようなものだ。
ただ、今までとちょっと変わった点が一つある。食事に出される品目が増えた事だ。
前から草以外に野菜や果物を時々貰えたけど、最近野菜の種類が増えた。
ニンジン以外にセロリやカボチャ、レタス、ピーマンにパプリカ、大豆なんかも貰えた。
これらの野菜はオーナーからのプレゼントの一部。お祝いにフルーツをくれるし、気配り上手の良いオッサンだな。
さらにプレゼントの中ではこれが一番嬉しかった。
味噌ニンニクである。まさか畜生の身になっても味噌を口に出来るとは思わなんだ。
貰えるのは毎日じゃないし量も少ないけど、味噌を味わって食えるのが最高に嬉しい。
あーこの芳醇な香りとニンニクの刺激が堪らん。ニンジンやセロリに塗りつけて一緒に食えば、空だって飛べる。
つーか白米を寄こせ。餅でも良いぞ。
「おうおう、今日も喜んで味噌食ってるな。お前は本当に変わった馬だよ」
よう、松井。お前も味噌食うか?
味噌を塗ったセロリを咥えて突き出すと、厩務員の松井は首と手を横に振って笑う。
「こいつはお前に用意したものだから、気にせずたっぷり食え食え。それにお前達が勝ってくれるおかげで、俺達にも賞金の一部がボーナスで貰えるんだ。感謝してるよ」
そうかい?じゃあ、遠慮なく。うーん、味噌のまろやかな甘みとセロリの苦味、ニンニクの旨味と刺激が一体になってたまらん。
「お前の親父のオグリキャップも、このニンニク味噌をよく食べていたらしいな。親子で好物も似るのかねえ」
ウマ娘の方のオグリキャップ先輩も味噌が好きだったから、馬とウマ娘は意外と関係性があるんかねえ。
カフェさんはどうだったのかな。さすがに動物にコーヒーは飲ませられないから、あんまり関係無いかもしれない。
食事を終えて午後からのトレーニングに備えてまったりしていると、厩舎の外からドタドタ数名の、初めて聞く声と癖の足音が響いた。
〇クザのオッサンが数名の撮影機材を抱えた男達やスーツ姿の女性と共に来た。
「ここの馬房に居るのがアパオシャです。アパオシャ、今日はトレーニングの前にこの人達がお前の事を見たいと言って来た。ちょっと付き合ってやれ」
「うわー、本当に真っ黒な肌をした馬ですね。でも私達を見ても落ち着いてて、大人しい子です」
オッサンと女性が色々話している後ろでは、カメラや収音機材を用意する男達が動き回っている。
この世界でもメディアの取材とかやってるのか。ウマ娘ならともかく、喋れない馬を放送しても面白くなかろう。
といっても責任者のオッサンが許可した以上は付き合ってやらないと。
「えーこちらは美浦トレーニングセンターの中島厩舎に来ています。現在人気上昇中の競走馬のアパオシャの姿を、テレビの前の方々にお見せします」
テレビカメラが女性アナウンサーから俺に移る。いや、カメラ向けられたって俺は何もしないから。小粋なトークとか芸をしろって?
「アパオシャは現在3戦3勝。次の弥生賞に向けて毎日厳しい調教を受けています。中島先生、この子の魅力は何でしょうか?」
「まずは頭が非常に良い事です。人の言葉も大体理解していて、我々がやりたい事を説明するとその通りに動いてくれます」
「えぇ、そうなんですか?」
「たとえばアパオシャ、ちょっと前の右脚上げてくれ――――よし降ろしていいぞ。次は前の左も」
オッサンに言われた通り右脚を曲げて上げてから、降ろして、左側も上げた。
「本当に脚を上げてます。ちょっと信じられません」
「おかげで蹄鉄を替える時は楽だって作業員からも好評です。我々も世話がしやすくて助かっています」
そりゃやらないといけない事は先延ばしにしたところで意味無いんだから、効率よく動かないと時間の無駄だし。
「同じ年に厩舎に来た馬には、お姉さんみたいに慕われています。特に二日後にデイリー杯クイーンカップを控えているアプリコットフィズは、本当の姉妹みたいに仲が良いです」
その後はオッサンから、普段俺がどんなトレーニングをしているとか、綺麗好きな性格で馬房を掃除しやすいなど、カメラに向けて話をしている。
俺は特にやる事も無いから、あまり動かないように待っている。どうせ話す事も無いし、早く終わってもらってトレーニングをしたいから邪魔しない。
ところがそれだとテレビ的に面白くないのか、あるいはオッサンがサービスしたいからか、餌を食べさせるコーナーが始まった。
「私が上げても大丈夫でしょうか?」
「心配いりません。大人しくて気遣いの出来る子ですから、噛まれたりはしません」
そう言って半分に切ったパプリカを渡された女性は恐る恐る俺に野菜を近づける。
野菜の端を歯で摘まんで、口の中に放り込む。誰の手から貰っても野菜は美味しい。
「こうして見ると可愛い子ですね。もう一つ上げても大丈夫ですか?」
「じゃあ、今度はこっちを」
「セロリも好きなんですね。あれ、この上に乗っている茶色いのは……味噌のように見えますけど」
「こいつは味噌が好物なんです。この子のオーナーからの差し入れで、ニンニク入りの味噌を食べさせています」
「えー!馬に味噌を食べさせても大丈夫なんですか!?」
「少量でしたら問題ありません。ニンニクも生を避けて熱を通した物なら大丈夫です」
「では、改めて―――――」
差し出された味噌の付いたセロリをパクっと口に入れる。うーん、デリシャス。
「さっきのパプリカより嬉しそうに食べています。馬も好きな物を食べたら嬉しいんですね」
動物の飯食ってる映像でどれだけ視聴率取れるか知らんが、これぐらいしておけばテレビ局も文句は言うまい。
こちらはトレーニングが控えていて、あちらさんもそこそこ映像は撮れたから満足して帰って行った。
取材があった日から、しばらく経った日。レースに出たトフィが帰って来た。
結構疲れているみたいだけど、どこか嬉しそうにしている。
【あたい、きょうははやかったよ。ニンゲンもよろこんでた】
【おー、勝ったか。よくやった、頑張ったな】
隣の房で騒ぐトフィを宥めながらレースの事を聞いていたら、いつの間にか寝息が聞こえ始めた。
電源が落ちたみたいに寝るのは子供と変わらんな。
俺もこれからの自分のレースを頑張るとしよう。