3月7日 日曜日 中山競馬場 15時40分 天候:雨 芝:重
冬が過ぎて、中山レース場も少しは温かくなった。
ただし今日はあいにくの雨模様。春の雨は温かいなんて言うけど、ずっと当たっていたら風邪を引いてしまう。
前世も含めて、生まれてから今まで風邪なんて引いた事無いけどな。
しかし、集まった他の馬には顔にカラフルなマスクを着けている奴も多い。あれはどういう意味があるんだろう。
防寒機能は無さそうだし、レスラーがマスクを着けて目立ったり、役者が化粧をするような物なのかな。
厩舎の人達が俺には必要無いと言ってるのを聞いているから、何か機能があると思うが謎だ。
おっと、今はそんな事を考えている余裕は無かった。
これから俺達14頭は、明日肉にされるかどうかの瀬戸際でレースをする。マスクなんて気にしている余裕は無い。
ゲート前でレースを待つ他の馬達は相変わらず落ち着きが無い。
ウマ娘の中にはスタート前は気が立って暴力的になる子も居たから、畜生なら余計に荒っぽくなるのは仕方ないか。
だからか、俺の上にいる和多も気を遣って、レース直前はよく話しかけてくる。
「今日も頑張ろうアパオシャ。ここで勝てば次のG1に弾みがつく」
やっぱり次はG1か。となると時期的に桜花賞か皐月賞だな。距離は皐月賞の方が好みなんだけど、俺の意志が伝えられないからどうなるんだろう。
【それより今日のレースだろ。次のレースは次に考えよう】
「油断するなって言いたいのか?分かってるって」
背に乗っている和多に首をポンポン叩かれる。最近は少しだが相方も声だけで意思を汲み取れるようになってくれたのはありがたい。
「残念だけど今日の勝ちは譲れないな、和多」
「猛さん」
「去年の暮れはしてやられたが、二度も同じ屋根と馬の組み合わせには負けられない。そうだろヴィクトワールピサ」
猛……確か去年末のレースで俺達をマークしてた奴か。察するに和多の先輩騎手か何かかな。
そして彼の下にいる馬もこちらをじっと見つめている。
【メスにはもうまけないよ】
【ふーん。頑張れ】
口で言うのは容易くても、レースはそんなに甘くない事を教えてやるよ坊や。
レースの時間が迫り、係員が手綱を引いて次々ゲートに馬を押し込んでいく。
ゲート内の芝を踏むと、雨を吸った芝でじっとりと蹄が濡れる。今日は重バ場判定かな。走りにくいのは確かだ。しかし条件は同じだから今更文句は言うまい。幸い坂がきつくて直線の短い中山は庭に近い。
さあ、今日も生きるために勝ちに行くとしようか。
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『中山競馬場、今日のメインレースは第11レースG2報知杯弥生賞、雨の中の芝2000メートルです。14頭の若き優駿の戦いがいよいよ始まります』
『―――――全頭一斉にスタートしました!1番人気の1枠1番ヴィクトワールピサは控える形になる。一番に出て来たのはベストブルーム、続いて二番人気の池園エイシンアポロン。外からはスマートジェネシスが並びます』
『さあ先頭が中山の坂を駆け上がります。ヴィクトワールピサは後ろの集団につく。本レース唯一の牝馬、3枠4番のアパオシャ五番人気は後方で様子を窺う。先頭のベストブルームが第一コーナーを回って行きました。一馬身の差をつけて二番手のスマートジェネシス、三番手にはエイシンアポロンが外に続きます』
『おっと、ここでヴィクトワールピサが内側五番手まで上がって来る。第二コーナーから騎手の猛は果敢に攻める』
『先頭のベストブルームが向こう正面に入りました。最後尾の6番ダイワアレスとは七馬身の差。アパオシャは十番手です』
『残り1000メートルを切りました。向こう正面の中間点から、ここで4番アパオシャが外からせり上がる。和多が仕掛けてきたぞ。順々に前方を追い抜いて、第三コーナーに突入』
『ヴィクトワールピサ、エイシンアポロンは動かない。先頭のブルームとスマートジェネシスが負けじと加速した。ビッグバンが後方大外から上がって来た!』
『第四コーナーから最後方のトーセンアレスも来た。ダイワファルコンも外から回る。アパオシャが外から首一つ先頭に立って、一丸になって来た!残り400を切って最終直線に入った!』
『ここでアパオシャが抜けた!しかし後ろのコスモヘレノスとエイシンアポロンは食い下がる。ベストブルームは伸びない!』
『中山の坂をアパオシャが一気に登る!おっとここで最内からヴィクトワールピサが来たぞ!牝馬には負けるものかと気迫の末脚!しかしアパオシャとの差は縮まらない!まるで平坦な道を走るかの如く、アパオシャに中山の坂は通じない!』
『ヴィクトワールピサがアパオシャに追い縋るが届かない!半馬身離してのゴールイン!!』
『何という光景でしょう!弥生賞創設以来、四十七回目にして初の牝馬勝利です!二着は惜しくも猛裕騎乗のヴィクトワールピサ。三着はエイシンアポロンの池園』
『タイムは2分05秒4。衝撃的な結末に場内の興奮は静まりません!歴史的勝利を飾った和多とアパオシャのコールが響きます。アパオシャはこれで新馬戦から土つかずの四連勝。最高の形で四月からのG1戦線に乗り込めます!』
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よしよし。今日もレースに勝ったぞ。
雨は相変わらず好きじゃないが、中山の坂は走りやすくて良い。
それに今日は芝が重いから、末脚自慢の連中の切れ味も結構鈍かったおかげで運良く勝てた。
重バ場は好きじゃないが、イギリスのクソ不良バ場には散々苦しめられて、どう走れば勝てるか必死になって学んだ経験が今世でも存分に活かせた。
もっと日本のレース場は坂を沢山作るべきだと思うんだよ。アスコットレース場みたいに、高低差20メートルのコースを作ろうぜ。パリのロンシャンでも良いぞ。そうしたら俺がぶっちぎりで勝てるんだし。
「やったぞアパオシャ!やっぱりお前は凄い馬だよ!」
【お疲れさん和多。今日も俺の好きなように走らせてくれてありがとう】
和多が首の所をすりすり撫でる。撫でられても特に嬉しくないけど、向こうの気の済むまで触らせてやろう。
軽めのウイニングランをしてから地下通路を歩いて、体重を測る部屋に向かう。途中で猛とヴィクトワールピサのコンビと一緒になった。
「おめでとう和多。全く信じられない馬だよ。父親に似て、憎たらしいぐらいに強い馬だ」
「お疲れさまでした猛さん。本当にアパオシャは良い馬ですよ」
「出来ればボクも一度ぐらいは乗ってみたいけど、君は譲ってはくれないな」
「残念ですがコンビを解消する予定はありません。そうだろ、アパオシャ?」
和多と代わって今より良くなる保証は無いから遠慮しとくよ。それに俺を好きに走らせてくれるわけじゃないだろ?
【ぐすん、おまえつよい。でもつぎはボクがかつよ】
【おう、何度でも挑んでこい】
人の都合で走らされるから次はいつかは分からんが、もし次があったらまた捩じ伏せてやるよ。
それから表彰式に出て、オーナーのオッサンに褒められて今日のレースは終わった。
次は多分G1だ。明日からまたトレーニングを頑張るか。
でもその前に熱い風呂に入りたいねえ。次のレースに勝ったら温泉に連れて行ってくれないかな。
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『黒い衝撃が中山を揺さぶった!!』
3月7日、日曜日。春雨の降る中山競馬場、第11レース報知杯弥生賞(芝2000Ⅿ)を牝3歳のアパオシャが勝利。牝馬の弥生賞勝利は史上初。
3枠4番アパオシャは5番人気の単勝16.3倍。京王杯2歳S(G2)のエイシンアポロン含め、13頭の牡馬に競り勝ち無敗の四連勝を飾った。
馬体は前レースからプラス2kg微増の464kg、騎手は初戦から変わらず和多氏。残り900mの向こう正面直線からロングスパートをかけて、先頭を走るベストブルームを捉えた。
その後は追い上げるヴィクトワールピサを歯牙にもかけずに引き離しての完勝。半馬身差、2分05秒4の勝ちタイム。
「とにかくタフで、どんな坂でも平地のように楽々走れる凄い馬です。本当に強い馬は性別なんて関係無いんだと、乗っていてつくづく思い知らされますよ」
二度目の重賞勝利に、ご機嫌の和多騎手のコメント。
中島調教師は「重馬場は未経験で不安だったが杞憂だった。しかし坂に強いのは日々の調教で分かっていたので、大敗は無いと思っていた。次のレースも楽しみにしていてください」
自信に満ちた中島氏の笑みにファン達は喝采を挙げた。
次のレースこそ言及しなかったが、おそらくは二回目のクラシック登録を済ませた牝馬三冠の第一戦目『桜花賞』と思われる。
阪神ジュベナイルF勝利馬のアパパネ、デイリー杯クイーンC勝利馬のアプリコットフィズ、京王杯と阪神ジュベナイルF共に二着のアニメイトバイオ、そして弥生賞の前日に阪神競馬場で行われたチューリップ杯を勝利したショウリュウムーン。
今年の3歳牝馬はタレント揃い。四月の桜花賞は一層華やかで目の離せないレースが予想される。
≪競馬ジャーナル三月号より≫