オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第19話 傾馬の魔女

 

 

 五月の末の東京レース場はどんより雲がかかっている。最近は段々暑くなっているから、日差しが遮られて過ごしやすい。

 今日の調子は良い方だろう。飯もいつも通り食えて、身体に不調は感じられない。

 馬房で粛々とゼッケンと鞍を付けられて準備を進める。

 鞍を装着する和多も、今日ばかりは少し気負い過ぎのように見える。

 

「いよいよ日本ダービーだぞアパオシャ。今日は最高の走りをしよう」

 

【任せてくれ。でも、アンタはもう少し緊張を解いても良いんだぞ】

 

 和多に笑いかけてから、彼の顔に俺の顔を擦りつける。相手も意図が分かったのか苦笑して礼を言う。これなら大丈夫そうか。

 実際に走るのは馬の俺でも、変に緊張して上でゴチャゴチャやられたら邪魔だし、いざという時に頼れないのは困る。

 緊張が解けた和多は待機所に行き、俺は遼太に手綱を引かれてパドックに行く。

 

 パドックの観客席はすし詰め状態の客でごった返している。前世の時にはフクキタさんと一緒に雨乞いして、記録的な豪雨を呼んで客入りが悪かったのを思い出す。

 今回はそんな事も無く、子供を連れた夫婦が手を振っていたり、新聞片手に明らかに殺気立ったオッサンがこちらを食い入るように見ている。

 そっちは俺には関係無い。俺を見ているのは何も人だけじゃないって事だ。

 

【おしりおしり】

 

 後ろを歩く牡馬が俺の尻を食い入るように見つめている。

 前回のヴィクトワールピサの唐突な孕ませ宣言から、大体予感はあったがこいつら畜生はこの時期に発情するらしい。

 他の馬の中にも股間の五本目の脚を大きくしている奴もいる。つまり、俺を孕ませる気満々なのだ。

 さすがにこの場で交尾をしようとしたら、周囲の職員が総出で止めるだろう。だがそんなメンタルでまともにレースが出来るのか疑わしい。

 ――――――これって凄いチャンスだよな。

 

 試しに後ろの馬にわざとらしくフリフリとケツを振って歩いてみた。

 

「わっ!?どうした落ち着けエイシンフラッシュ!!あーくそ馬っけだしやがった!!」

 

 エイシンフラッシュ?後ろにいるのはドイツ留学生のエイシンフラッシュちゃんかよ。しかもこの世界じゃ牡なのか。カフェさんといい、性別滅茶苦茶だな。

 でも元がどうあれレースじゃ敵。前の世界なら基本フェアプレイを尊ぶが、今の俺は負けたら明日の分からない弱い立場だ。多少エグい手も使わせてもらおう。

 

 パドックの周回を終えたら和多が戻って来た。観客に一礼して上に乗る。

 

「よっ、がんばろう」

 

 おう、任せろ。

 地下通路を通ってレース場に出て、歓声に迎えられる。毎回この瞬間は背筋に一本芯が通るようで良い。

 コースを軽く走って準備運動を始める。

 芝は良く乾いて走りやすい。風も弱く、コンディションは良好。

 確認のためにちょっと風上を取って、他の馬達の前を走る。すると、臭いで興奮した馬が暴れて、騎手が慌てて押さえつける。臭い一つでこれかい。

 

 準備走行を終えて、レース場横の屋根のある待機所で歩いていると、ヒシヒシと馬共の熱っぽい視線と吐息を感じる。

 男子中学校に女子学生一人放り込んだらこんな感じなのか。うーん、俺の貞操はレースが終わるまで無事なんだろうか。

 

 ふつふつと貞操の危機を実感しつつ、発走の時間が迫る。

 他の馬達と一緒にゲートの前に移動して、覚悟を決めてやりたくない手を打つ。

 手始めにローズキングダムという馬にピタっと寄り添って、身体を擦りつけた。

 

【君は素敵な身体をしているね】

 

 次に目を付けたルーラーシップの顔には、俺の顔をたっぷり擦りつけてやった。

 

【首筋から良い匂いがするよ】

 

 これだけでも先の二頭は興奮して騎手を振り落としかねない暴れ方をする。

 さらに他の数頭の目の前で、これ見よがしにケツを振って歩いたら、やっぱり気が荒くなって暴れ始めた。

 

「おい、アパオシャ。お前分かっててやってるのか?」

 

 まあね。

 さらに前回のレースで孕ませ宣言した畜生に擦り寄る。次はお前だ、ヴィクトワールピサ。

 

【おーい、俺と子供作りたいんだって】

 

【う、うん。こづくりしたい】

 

【でもさ、他の牡も俺の事を孕ませようとしてるんだ。それでも良いの?】

 

【やだ!あいつらにわからせてやる!】

 

 いきり立ったヴィクトワールピサは他の馬に突撃して威嚇を始めた。

 かと言って興奮した他の馬が怯む筈は無く、立ち上がったり吼えたりと喧嘩を始めて、周囲の作業員達は騒然となった。

 おまけにパドックで俺に発情したエイシンフラッシュは、隙を見て俺のケツの臭いを嗅ぎ始めて股間のアレをムクムクと大きくして臨戦態勢に入っていた。

 流石にそこまでされたらすぐさま逃げるぞ。

 もはやレースどころではなくなった体たらくに作業員達はやむを得ず、予定より少し早く馬をゲートに放り込んでいく。

 俺も端の18番ゲートに入り、未だにガチャガチャ暴れている畜生共を雑音と切り捨ててスタートを待った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 5月30日日 東京競馬場  天候:曇   芝:良   15:40

 

 

『東京競馬場今日のメインレース第77回G1東京優駿、芝2400メートル。今年も18頭の優駿達が晴れ舞台に集まりました。17万人の観客が今か今かとレースを待ち望んでいます』

 

『――――おおっとこれはどういうことでしょう。ローズキングダムとルーラーシップが立ち上がった。慌てて係員と騎手が落ち着かせます。ペルーサとハンソデバンドも興奮しています』

 

『ヴィクトワールピサは、他の馬に吠えかかって威嚇しているのでしょうか。スタート前から不穏な空気が漂っています』

 

『えー、少し早いもののゲートに奇数番号の馬が収まりました。そして偶数番のゼッケンをつけた馬も次々ゲートに入ります。さあ、いよいよスタートです』

 

『なんとハンソデバンドとトゥザグローリーがゲート内で立ち上がった!これはスタンドからは悲鳴が上がる!8番ローズキングダムと12番のヒルノダムールはどうした、外側に斜行している。7番1番人気ヴィクトワールピサは少し出遅れて中団にいる』

 

『紅一点の18番アパオシャは後方の外側にいる。各馬が第一コーナーをアリゼオが先頭に立って回ります。一馬身離れて2番はシャイン。3番手はコスモファントムが続きます』

 

『第二コーナーのカーブに入り、出遅れた17番トゥザグローリーが遅れを取り戻すように中団まで上がってきている。ローズキングダムとヒルノダムールは中団にいる。4番手にゲシュタルト。リルダヴァルとトーセンアレスはアパオシャと共に後方。エイシンフラッシュは動かない。最後尾に4馬身離れて出遅れたハンソデバンド』

 

『先頭アリゼオが1000メートルを通過しました。ここで後方のアパオシャが加速して、外から馬群を抜いていく。和多は向こう正面から仕掛けるのか。それに追従するようにトーセンアレス、エイシンフラッシュも続く。ベールサ、サンディエゴシチーもだ』

 

『第三コーナーは依然としてアリゼオが先頭で回る。シャインもそれに続いた。3番手にコスモファントム、すぐ後ろの外にはアパオシャが上がってきている』

 

『第四コーナーでアパオシャがぐんぐん加速して先頭に立った!後方集団も一塊になって負けじと付いて行く。1番人気のヴィクトワールピサはメイショウウズシオと共に中団内側から動かない』

 

『さあ最終直線だ!各馬追い上げに入る!!ゲシュタルト、コスモファントムがアパオシャを追いかける!シャインとアリゼオは脚が伸びない!残り300でヴィクトワールピサとローズキングダムがスパートをかけて上がって来た!ゲシュタルト、ルーラーシップも外から来ている!』

 

『先頭は唯一の牝馬アパオシャ!2番手のゲシュタルトとは二馬身の差!隙間からローズキングダムとヴィクトワールピサが抜けて来る!さらに後ろからエイシンフラッシュだ!エイシンフラッシュも追い上げる!四頭が一頭の牝馬に襲い掛かる!』

 

『なんだっ!?これはどうしたアパオシャ!?頭を下げて地に沈み込むような走りだ!もの凄い加速で後続を引き離すぞ!!』

 

『最後の最後で加速したアパオシャが先頭を譲らない!なんと、なんとこのまま行くのか!三年前のウオッカに続いて、牝馬が再びダービーを獲るのか!?―――いったー!!そのまま単独でアパオシャがゴール板を駆け抜けましたー!!見事な差し切り勝ちです!』

 

『鞍上の和多が小さくガッツポーズ!なんという、無敗で牝馬がクラシックの二つ目の冠を掴み取り、2番人気のアパオシャが牡牝3歳馬の頂点に立ちました!!そして騎手和多は初のダービー制覇!何という歴史的快挙!スタンドの観客達は総立ちで歓声を上げています!』

 

『二着は一馬身差で池園騎手のゲシュタルト14番人気です』

 

 

 

 

               枠  馬番  着差

 

 1着  アパオシャ     8  18  

 2着  ゲシュタルト    7  13   1

 3着  エイシンフラッシュ 1   1  ハナ

 4着  ローズキングダム  4   8  ハナ

 5着  ヴィクトワールピサ 4   7 アタマ

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 美景秋隆は嫁と一緒に、関係者席で魂が抜けそうになっていた。

 先月の皐月賞に続いて、自分の牧場で生まれた馬が日本一の栄冠を手に入れた衝撃は、それほど彼の老体を叩きのめした。

 中島大は最後の直線でアパオシャが見せた、沈むように首を下げる走法に、騎手時代のかつての強敵オグリキャップの幻影を見た。

 そして同時に、自分の厩舎から初のダービーホースが生まれた事に感涙さえしていた。

 

「やってくれたなアパオシャ!やりましたよ美景さん!」

 

「へ、ええ。そうですね中島先生。………あいつは、黒子は何なんだろうな」

 

「何でも良いっしょ!勝って次も無事に走ってくれさえすれば」

 

 牛のついでだろうと、曲がりなりにも競走馬を育てて売るからには、ダービーを勝つ夢を見たことはある。

 しかしそんなものは単なる夢でしかないと思っていた。その夢がいざ実現しても、皐月賞以上に実感が得られない。

 負けた馬の関係者達は、表向き勝者の老人を祝福しつつ、腹の底ではのたうち回りたいほどに、牝馬に負けた悔しさを抑えつけていた。

 そして勝利の余韻に浸るのも良いが、まだ口取り式と表彰式が残っている。それらを済ませないうちはレースは終わりではない。

 

「あれ?何でまだ馬達が走ってるんだ?」

 

 近くにいた男がレースが終わったのにコースを走り続けている馬達を不審に思い、何気なく挙げた声に周囲も注目する。

 黒い馬体のアパオシャを先頭に、半数近くの馬達がレース後に体重を測る検量室に行かず、騎手達が必死に抑え込もうとしているにも拘らず、まだ走り続けていた。

 勝利馬のアパオシャのウイニングランならともかく、まだ走っている馬の数があまりにも多い。

 しかもどいつもこいつも股間のアレを、今にもはち切れそうなぐらいパンパンに膨らませて走っている。

 

「えーっと、あの馬達のお目当てはアパオシャみたいですね。若い牡ばかりだからレースの興奮もあって、牝を追っかけているんでしょう」

 

 誰かが冷静に言った。同時にここに居る者達は全員いたたまれない気持ちになった。

 このレースは全国放送だぞ。それも、牝馬ながら皐月賞を勝ったアパオシャが出走するのもあって、ここ十年でもっとも競馬への関心が高まっている。

 そんなレースのフィナーレを飾るのが一頭の勝者の牝を追いかけて交尾を迫る多数の牡馬という、笑って済ませられない醜態である。

 

「史上最低の日本ダービーだよ」

 

 かつてのダービージョッキーの大の搾り出されるような独白に、皆が心の中で同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『父の悲願と夢』アパオシャが無傷で日本ダービー制覇!!

 

 

 第77回東京優駿G1は、これまで五戦五勝無敗の皐月賞牝馬アパオシャが17万人の観客の前で勝利を手にした。

 

 本レースには、2歳最優秀牡馬ローズキングダム、皐月賞を2着と好走したヴィクトワールピサ等、質の高い3歳馬が数多く出走したものの、最後は牝馬ながら皐月賞を勝ち抜いた2番人気のアパオシャが牡馬を蹴散らして、新馬戦から無敗の六勝目を飾った。

 

「弥生賞を勝った時からダービーを走るとは思っていました。皐月賞は運よく勝てた印象がありましたが、今日は走る前から他の牡馬達がアパオシャに入れ込んでいるのを見て、結構イケると確信しました」鞍上の和多騎手の勝利インダビュー。

 

 事実、ゲート前では多くの出走馬達が気を荒くして落ち着かない様子だった。反対にアパオシャは冷静そのもの。メンタルの状態が調子を大きく左右するのは人も馬も同じ。

 

 アパオシャは向こう正面の中間点1200メートルから、持ち前の圧倒的スタミナを活かしてペースを上げて、第四コーナーにさしかかる頃には先頭を奪取。直線で鋭い末脚を利かせるゲシュタルト、エイシンフラッシュ、ローズキングダム達に追い込まれながら脚色は衰えるどころか、残り200メートルで再加速。一馬身離して最初にゴールを駆け抜けた。

 

 最後の直線の伸びについて中島調教師は「あんな(通常に比べて首を下げた低姿勢)走りが出来るとは誰も知らなかった。調教では一度も見せていない。あの首を低く下げる走りは、かつてのオグリキャップを思い起こさせる。勝負の土壇場で誰も教えていない父親の走りをするなんて、血の成せる業なのかもね」

 

 我々は類稀な勝利をもたらした、親から子、あるいはそれ以上に積み重なった血の奇跡を目の当たりにしたのだろうか。

 

 なおクラシック登録制の第1、2回に登録せず、3回目の追加登録制度で出走して東京優駿に勝利したのは、今回のアパオシャが初めて。父の活躍により追加ルールが設けられて、二十年かけて娘が栄冠を手にした形になる。

 かつてアパオシャの父オグリキャップの調教師は「もしクラシックに出られたら、中央競馬クラシック三冠を獲っていただろう」と述べていた。それを娘が代わりに達成するまで、あと一つ。牝馬による無敗のクラシック三冠制覇も決して夢物語ではない。

 

 

 

≪日刊スポーツ号外より≫

 

 

 

 

 余談

 

 もし仮にアパオシャが最後の走りがオグリキャップの走りと言われているのを知ったら、おそらく困った顔をするだろう。

 

「あれはナリタブライアンの走りをイメージしたんだけどなぁ。確かにオグリキャップ先輩も腰の重心を下げて低姿勢で走るから似ているんだけど、俺個人としてはずっと研究し続けたライバルの走りを参考にしたんだが」

 

 

感想の中に、競走馬のアパオシャが再度ウマ娘化したら、どうなるかという意見がありました。ちょっと興味を持ったので、本編終了後の外伝で書いてみるのも面白そうだと思いました。おそらく日本語→英語→日本語の再翻訳のように、オリジナルと違うウマ娘になると思いますが、読みたいですか?

  • 面白そうだから読みたい
  • 興味無いから要らない
  • パクパクですわ(お好きにどうぞ)
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