オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第2話 乳離れした

 

 

 吾輩は畜生である、名前はまだ無い。

 ウマ娘から畜生に生まれ変わって、はや一ヵ月が経っていた。

 当初は何一つとして分からず混乱したが、徐々に周囲の環境のことが分かってきた。

 

 まず、この牧場は日本の北海道のどこかにあるという事。これは建物内の至る場所に、日本語で書かれた物が溢れている事から確実である。幸いウマ娘として生きた知識はさして失われてはおらず、言葉は話せないが会話と文章は理解出来る。

 そして今年は西暦2007年というのもカレンダーで分かった。俺が死んだのはおそらく22世紀目前だと思われるのに、前世の生年に近い年代に生まれ変わった理由は不明だ。

 

 次に分かった事は、この牧場は俺達以外に牛を飼っていて、酪農家として生計を立てている事。

 これは俺と母が外に出された時に、牛と一緒に放牧していたことからも分かる。それと毎日生乳を回収するタンク車や飼料を持って来る業者の車に、北海道の地名が書かれていたからまず間違いあるまい。

 それと牧場の家族構成も分かった。白髪の多い老年夫婦とその息子夫婦、小学生ぐらいの娘さんが一人いる。あと直接見てはいないが会話を聞く限り、曾祖母が居るみたいだ。従業員は見ていないから、家族で経営する小さな牧場なんだろう。

 ここまではさして重要な情報じゃない。

 

 どうやら俺や母の種族は馬らしい。馬(うま)と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、やはりウマ娘。

 窓ガラスに映った耳は、前世で毎日顔を洗うたびに見ていた耳と同じ形をしていて、母や他の大きな馬の尻尾はウマ娘の尻尾とよく似ていた。

 馬とウマ娘。昔聞いた話には、ウマ娘とは異なる世界のウマと呼ばれる生き物の魂が人に宿り生まれてくるという伝承があった。

 つまりこの世界こそ、ウマ娘の魂の故郷なのかもしれない。あるいは死んだウマ娘の魂が行き着く死後の世界か。

 という事は、俺以外にも馬として生まれ変わったウマ娘が居る可能性が高い。

 もしかして母は俺の知り合いかもしれないと試しに話をしてみたものの、乳とか離れるな、ぐらいは分かるけど難しい言葉を話さない時点で、俺と違うと理解した。

 同じ厩舎にいる大きな馬達にも話しかけても、草や水が欲しいとか、外に出たいと愚痴をこぼす程度しか分からない。お手上げである。

 仕方が無いから自分から情報を得ようと人間の傍に居ようと思ったら、あまり遠くに行かないように常に母が目を光らせていて上手くいかない。

 おかげでこの一ヵ月は寝ているか、母から乳を貰う以外に何もしていない。本当に困った。

 

 一番困ったのは、そもそも人は馬を何の目的で飼育しているかが分からない事だ。

 牛は乳と肉を得る、豚は肉そのもの、鶏なら卵と肉と羽毛、家畜は何かしら人間にとって有益だから飼われている。

 人にとって馬を飼う事でどんな利益があるのか。それが分からないから、大いに困っている。

 乳を横取りする様子は無いから違う。羊みたいに毛でも刈って布にするのかと思ったがそこまで長くはない。ロバのように荷車でも曳かせる使役用の畜獣かと思えば、自動車や農業機械が沢山あるのを見ると多分違うな。

 一番考えたくないのは単純に食肉用。あるいは解体して皮革を得るためか。これが目的だった場合最悪だ。

 いざとなったら牧場から逃げる事も考えたがここが北海道だったのを思い出して、すぐに無理だと気付いた。ヒグマが徘徊する大自然に一頭だけで居たら、その日のうちにパクパクされておしまい。どうにもならねえよ。

 

「あっ、また黄昏てる。よしよし、黒子は変な子だね」

 

 牧場の一人娘のナツちゃんが俺を撫でる。黒子というのは俺のあだ名だ。肌が異様に黒いから黒子らしい。

 この子の爺さんや父さん達はマチの子としか言わないから、可哀そうだと言ってナツちゃんが名付けた。

 可愛がってくれるのは嬉しいけど、この子も畜産農家に生まれた以上は、ある日唐突に家畜を殺して肉にするのを躊躇ったりはしないだろう。

 

「うーん、なんかあたし警戒されてるなー。変なことしないから大丈夫だよ」

 

 変な事はしない=肉にしない、とは限らないんだからそいつはちょっと難しいぞ。生殺与奪権を他人に握らせる行為がこれほど恐ろしいとは思わなかった。

 せめて肉にしない保証をおくれ。そうしたらもう少し歩み寄ってあげる。

 

 

 春から夏へ、その夏も段々と涼しくなったように思える。カレンダーを見たらもう九月になっていた。

 食事も夏に入ってからは離乳食みたいな餌も与えられて、ぐんぐん大きくなった。視線もナツちゃんと同じぐらいかそれより上ぐらいまで高くなり、たった半年足らずでここまで大きくなるのかと、自分の事でも驚いた。

 

 この頃になると俺は母から引き離されて、他の馬達と一緒に放牧されるようになった。

 最初は俺を呼ぶ母の鳴き声が何日も聞こえていたが、やがて諦めたか忘れてしまったのか鳴き声も聞こえなくなった。

 

 その後は同じように母から引き離された馬達と一緒に牧草を食べて腹を膨らませて、柵で囲われた牧草地を走るのが日課になった。

 久しぶりの小さな自由を満喫して走り回り、腹が減ればその辺の草を食う。そしたらまた走る。

 まるでかつてのウマ娘に戻ったような感覚にテンションが上がりまくっている。姿形が変わっても、やはり俺は走るのが好きなんだ。

 他の二頭の仔馬達とはそれなりに上手く過ごしているけど、体格が違い過ぎて怪我をしそうだから直接体を触れさせることはしない。俺が小さ過ぎるのか、あっちがデカ過ぎるのかよく分からんな。

 

 あと、最近になってナツちゃん以外の同じ年ぐらいの子供が遊びに来るようになった。

 ナツちゃんは『いっちゃん』と呼んでて、爺さまたちは『いちろーくん』と呼んでて家族みたいな距離感をしている。

 割とぶっきらぼうで感情が出ないけど、俺を見る目は肉を見る目に近い。

 困った、獲物としてターゲットにされている。こいつはちょっと苦手だ。

 出来るだけ近づかないようにしておこう。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

「三頭とも乳離れは上手くいったべ」

 

「この作業だけは毎回可哀そうに思うけど仕方がないねえ」

 

 美景牧場の社長秋隆とその夫人が馬房で、母馬たちの世話をしながら毎年の仕事の出来を語る。

 どんな生き物でも、いずれ親から離れて一人で生きなければならない。辛いがこれも必要な試練と思って、心を鬼にしてでもやる必要があった。

 

「しかし、あの黒子は全然手がかからんなあ。俺も長年馬を扱っとるけど、いきなり母馬と引き離されたら普通はパニックになるんに、鳴き声一つせん仔馬は初めてだ」

 

「ほんにね。離乳食だって食べろと言ったらすぐに食べて、マチの乳に見向きもしなくなるし。『黒子』も自分の名だって分かってるみたいよ。頭の良い子なんだろうね」

 

「ボロ(糞)も決まった場所でしかしねえし、綺麗好き。下手すりゃナツより頭が良いんじゃねえかな」

 

「ははははっ!馬に勉強教わるってかい?――――はぁ」

 

 嫁がいきなり沈んだのを見て、秋隆もため息が出そうになった。自分の孫娘ながら頭の出来がよろしくないのが一家の悩みの種だった。

 そのくせ馬や牛の事になったら、自分から勉強して知識を貪欲に溜め込むのだから、そのやる気の一割でも普通の勉強に活かしてくれたらと思わずにはいられない。

 

「頭の良い馬はレースに勝てるかねえ」

 

「どうだかなぁ。脚が速くても頭が良すぎて手を抜くのが上手い馬だっているし、頭が悪くても強い馬は沢山いるべ」

 

 シンボリルドルフやテイエムオペラオーは騎手にレースを教えるほど頭が良かったとさえ言われている。

 だがそれも脚が遅かったら何の意味も無い。サラブレッドは速く走って最初にゴールしてこそ価値が高まる生き物。

 頭の良さと同様に脚も優秀であってほしい。老夫婦の想いは同じだった。

 

 

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