八月の中旬。夏真っ盛りの日本は、死人が出るほどの酷暑に見舞われているが、北海道の夏は涼しく過ごしやすい。
馬や牛はあまり暑すぎると体調を崩す。牛は暑さが乳の出にも影響するから、なおさら日本の牧場の多くは涼しい北海道か高原地帯に集中する。
美景牧場社長の秋隆は畑仕事の合間に、隣家の的場牧場を訪ねた。
隣と言っても、北海道の酪農家にとっての隣家は歩いて行くには遠く、最低でも自転車が必要になる距離だ。老いた秋隆にとって荷物を持って歩くには遠いから、軽トラを使っていた。
秋隆は家屋の呼び鈴は鳴らさず、機械音のする裏手に向かう。
牧場の裏手はトウモロコシ畑になっていて、今は旬を迎えた作物を的場一家三人で収穫していた。
「うおーい!スイカ持ってきたから休憩せんかー!」
「はーい!一郎、二葉。一息つきましょう」
三人の中で唯一成人している夫人が子供達に休憩を促した。
収穫機械を止めて一郎は降りて、二葉も収穫したトウモロコシを段ボールに箱詰めする手を止めた。
「じいちゃんありがとう!」
「助かります爺さま」
二葉は土産のスイカを貰って、トウモロコシの芯を切っていた鉈を使って、大雑把に切り分ける。
四人はそれぞれスイカを食べる。
「今年のトウキビ(トウモロコシ)の出来はどうだべ?」
「まあまあですね。明日にでも、初物をおすそ分けします。皆で食ってください」
「お馬さんにもトウキビあげていい?」
「ええぞ。今月いっぱいは黒子もいるから、美味しい初物を食わせてやってくれ」
秋隆にとって隣家の子供達は生まれた時から知っている仲だ。ある意味孫のように可愛い。
的場家に一家の大黒柱は居ない。二年前に過労で心筋梗塞を患って倒れて、見つけた時には手遅れだった。
今は残った嫁が一人で、どうにか牛達の世話をしながらこの牧場を守って、子供二人を育てている。
ナツの同級生の長男と、九歳の娘を女一人で育てるのは中々厳しい物がある。
だから隣家のよしみもあって、美景家は的場家を出来る範囲で手助けしていた。
「一郎くんは来年高校受験じゃが勉強は進んどるか?うちのナツは最近はちょこっとだけ自分から勉強し始めててな。元が酷いからあんまり変わらんが」
「……正直、俺は進学せずに家の牧場を継いで、少しでもお袋の負担を軽くしたいです」
「気持ちは儂にもよう分かる。じゃが、今のご時世農家でも中卒じゃいかんぞ」
秋隆は孫のナツから少し一郎の進路の事を聞いていた。今日は収穫の労いはオマケで、本題はそちら。その理由を解消しに来ていた。
そこで夫人にちょっと視線を送って、口実を作ってもらった。
「お母さんは残りのスイカを冷蔵庫に入れてくるから、アンタ達は食べながら休憩してて」
「儂も久しぶりに仏壇に手を添えたいから一緒に行くべ」
子供達もこれは大人の話だと気付いて、言う通りにした。
二人は自宅に上がり、秋隆は仏壇に飾られている故人に頭を下げた。
「―――さて、あんまり子供には聞かせられん話じゃからな。奥さん、そろそろ借金の返済がきつくなってきたべ。一郎くんはそれ分かってるから、高校行かずに働く言うんじゃろ?」
「はい。あの子は中学を出たら少しでも早く働いて、残った借金を返すつもりです。でも私はせめて高校に行ってほしいと頼んでいるんですが」
秋隆も的場家の経済状況はよく知っている。
そもそもこの家が借金をした時に保証人になったのが美景家である。
的場家がこうなったのは事業拡大を考えて、銀行に借金をしたこの一家の主が過労で急死したためだ。そして残ったのは借金と子供二人を抱えた未亡人が一人。
それでもどうにか女手一つで旦那の残した牛牧場を守って行くつもりだったが、経営は遅々として好転しない。
その間にも銀行から借りた金の利息は雪だるまのように膨らんでいく。だから息子の一郎は、来年は高校に行かずに牧場で働く事を考えていた。
「借金返せなくなったら、ここの牧場は廃業。保証人になったうちにも借金は結構来ちまう。最近はリーマンショックのせいで銀行も渋いからなあ。取り立てを待ってはくれん」
「その節は本当に申し訳ありませんでした」
「いやあ、責めとるんじゃないんだ。――――で、借金なんだがウチが面倒見るから、一旦銀行から借りた分は全部返さんか?それなら利息分と返済期限に悩まんで済む」
「ええっ!?あの、どういうことでしょうか?」
「うちの牧場で生まれた黒子の話は知っとるな。世間じゃアパオシャって呼ばれとる」
もちろん知っている。隣の牧場で生まれた牝馬が無敗でG1二勝を挙げたと、地元の農業組合でも大きな話題になっていた。ここ最近は父オグリキャップの告別式に馬ながら出席したとニュースにもなっている。的場家も数年前に何度か美景牧場で見かけたことがある。
「競走馬がレースに勝つと、主催者からその馬が生まれた牧場に幾らか手当てが支払われる。『生産牧場賞』と言うんだべ。それと、その勝ち馬の母馬がいる牧場に『繁殖牝馬所有者賞』という賞金が出る。うちにいるウミノマチがそうじゃ」
「そうなんですか。うちは馬が居ないので分かりませんが、良い制度だと思います」
「で、黒子の奴が今まで勝った六勝分までが、大体1700万円ぐらいある」
「せ、1700万円ですか!?そんなに大金を貰えるんですか?」
「うん、まあこれは日本ダービーみたいな日本最大のレースだからそれだけの額が貰えるだけで、ばんえい競馬みたいな地方レースじゃこうはいかん。しかし、まだ借金を返し切るには大分足らん」
「申し訳ありません!」
「謝らんでええ。それと今月に黒子の弟を競りに出してな。二冠牝馬の弟って事で予想以上に高値が付いて、なんと4000万円で売れたんだべ。さっきの1700万円を合わせて税金で引かれても、この家の借金を全額返済出来る額になる。あとは、地道にうちに金を返してくれればええ」
秋隆の話を聞き終わり、自然と涙が出た。これで夫の残した牧場を手放さずに済んだ安堵の涙だ。
そして恩人に深々と土下座をした。
「地道に言うたが、案外早く返せるかもしれんぞ。ナツから聞いたがここの一郎くんは中学の野球部でエースやっとるんじゃろ?もし高校行って、野球で活躍して甲子園行ったら、プロからお声がかかるかもしれん。そうなったら、契約金や年俸であっという間だべ。そうでなくても、あの子ならきっとこの牧場を立て直してくれる」
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!この御恩は家族三人、一生忘れません!」
「礼なら家にいる黒子に言ってやってくれ。あいつは家に住み着いた福の神みたいなもんだべ。神様に貰ったもんは困っている人に渡した方がええ。それで困らなくなったら、うちに返してくれ」
「何から何まで申し訳ありません。これであの世で主人に良い話が出来ます」
「そりゃ儂の方が先じゃよ。といってもあと二十年ぐらいは先だろうが…ハハハハッ!」
秋隆の朗らかな笑いに連れられて二人は共に笑った。夫人にとっては旦那が死んで以来、本当に久方ぶりに笑えた。
翌日、穫れたてのトウモロコシを数箱持って、的場一家が美景牧場に訪ねて来た。
放牧中のアパオシャの傍に一郎と二葉が来て、トウモロコシを数本差し出した。
甘くて美味しいトウモロコシを美味そうに食べる馬を見て喜ぶ。
一郎は食べ終わったアパオシャに対して、その場で土下座した。妹も頭を下げた。
「お前と、お前の弟の稼いだ金のおかげで、俺の家は牧場を潰さずに済んだ。この恩は一生忘れねえ!本当にありがとう!」
「ありがとう、黒子ちゃん」
目を丸くしたアパオシャにナツが事情を教えると、黒馬は一郎の肩を鼻で突いて、立てと態度で命じた。
その後、歯を出して笑い、トウモロコシをもっと寄越せと身振りで伝える。
それからもう二本ばかりトウモロコシを堪能した。
後年、プロ野球選手になった的場一郎が公式プロフィールの尊敬する人の欄に、美景秋隆とアパオシャの名を記してこの話が世間に知られる事となる。
当馬はさして気に留めなかったが、確かに一つの牧場一家を救った。それは紛れもない事実だった。
感想の中に、競走馬のアパオシャが再度ウマ娘化したら、どうなるかという意見がありました。ちょっと興味を持ったので、本編終了後の外伝で書いてみるのも面白そうだと思いました。おそらく日本語→英語→日本語の再翻訳のように、オリジナルと違うウマ娘になると思いますが、読みたいですか?
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面白そうだから読みたい
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興味無いから要らない
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パクパクですわ(お好きにどうぞ)