オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第26話 年末の総仕上げ

 

 

   2010年 12月26日(日) 中山競馬場  天候:晴  芝:良

 

 

 関東でも雪が降りそうな寒さの今日この頃。畜生として生を受けて、日々トレーニングに余念が無い俺の下に、とうとう出発の時が来た。

 と言っても事前にそれとなく話は耳にしていたし、一週間ぐらい前の厩舎には、大きなレース前の独特の緊張感が漂っていたから驚きもしない。

 厩舎にクリスマスツリーが飾られて、職員が子供達のプレゼントの話をしていれば、厭でも気分が昂った。

 

 同じ厩舎のダートを走るドリルと一緒にトラックの中に入り、数時間後には馴染みの中山競馬場に着いた。

 年末の中山と言ったらメインは日本レースの一年の総決算『有馬記念』である。

 一年の集大成となる大レースともなれば当日移動はせず、前日入りしてしっかりと移動の疲労を抜き、明日に備えて競馬場の馬房でゆっくり飯を食って英気を養った。

 ちょっと離れた馬房にガチャガチャ煩い馬もいるが、この程度は無視して寝よう。

 

 

 

 翌日の調子は良好。飯はいつものように食えて、空は晴れ晴れとしている。絶好のレース日和というやつだ。

 昼過ぎには和多も俺の所に顔を出した。

 

「いよいよ今年の大詰めだぞ。今日も勝って、連勝記録を更新しよう!大丈夫だ、お前だったらきっと勝てる」

 

【いつになく気合が入ってるな。でも気持ちは分かるよ。シニア連中にも俺達の力を見せつけてやろう】

 

 互いに気合を入れて準備を整える。俺達なら誰が相手でも勝てるさ。

 

 いつものようにパドックに連れて行かれれば、今日も観客は隙間も無いぐらいにギュウギュウ詰めだ。

 その中に見慣れた顔を発見。美景牧場の爺さま夫婦とナツちゃんだ。前回の菊花賞の時は、とっつぁんとお袋さんだったから、大体交代で見に来てくれているな。

 ナツちゃんが手を振ってくれているけど、残念ながら俺に手は無いから、顔を向けて笑い返して気付いている事だけは伝えておいた。

 

 さて、そちらはもういい。今回は同年だけでなく、年上とも走らないといけない。勝つために少しでも情報が欲しい。

 ざっと走る馬を一瞥する。何頭かは皐月賞や日本ダービーで見た奴等だ。

 俺の前にはエイシンフラッシュ、菊花賞では見なかったヴィクトワールピサが今日は居る。

 ―――んん?前にいるあの4番、ゼッケンにトーセンジョーダンって書いてあるぞ!

 うおぉマジかよ、センジの奴もこっちに居たのか。うわぁすげえ懐かしいわ。初めて前世の時の親しいウマ娘を見つけられた。

 いやまて、あの股間にぶら下がってるのは………えぇ、お前もオスに生まれ変わったのかよ。なんかショックだ。

 こうなると、ゴルシーやビジンも怪しいな。でも俺だけ牝のままとは限らないし……出来れば俺と同じように前世の記憶があるか確かめたい。

 それと、ゼッケンにブエナビスタと書いてある黄色のお面の馬が気になるなあ。

 あの名前は確か≪スピカ≫のシャル先輩の娘さんの名前だった気がするぞ。直接の面識は無かったが何度かレース場で見た記憶がある。

 

 レース前にダメだと分かっているのに、悶々としたままパドック内を歩き続けて騎手達が戻って来た。

 俺の所にも和多が来て、首を傾げる。

 

「―――大丈夫かアパオシャ?」

 

 あー、まあ大丈夫だよ。いかんな、集中しよう。

 騎手が全員上に乗り、誘導馬の先行で俺達16頭は地下通路を通ってコースに出た。

 観客席を見れば、ヒトヒトまた人。馬が一頭ウォーミングアップに走れば、それに応じて歓声が湧く。

 俺の時には、ひと際大きな歓声が湧いた。流石に無敗のクラシック三冠ともなると人気が高い。けど、レースは人気が全てじゃない事を俺は知っている。

 

 返し馬の最中に、馬の方のセンジに身を寄せた。

 

【やあ、今日はよろしく】

 

【メスでもおれよりまえをはしらせないぞ】

 

 あぁ、これは望み薄かな。前世のセンジと大分雰囲気が違う。でも、もう少し確認したいな。

 

【テストの追試は受かった?】

 

【なんだそれ】

 

 ――――――悲しいなあ。せっかく前世の親友を見つけられたと思ったのに。

 もういいや、こいつに用は無い。さっさと引き上げる。

 

 ウォーミングアップを終えて、外周向こう正面の途中のスタートゲート前に連れて来られた。

 冬の冷たい風が温まった体に心地良い。芝もよく乾いて走りやすい。レースをするには最高の環境というのに、どこか身が入らない。

 思った以上に期待が外れてしまった事がメンタルに効いたらしい。いかんなぁ、これじゃ負けかねない。

 

【―――――――うあああああああああああああああっ!!!!!】

 

 俺の咆哮に全ての馬がビビり、慌てて和多が俺の首を擦って落ち着かせようとした。

 大丈夫だよ、落ち着いている。ちょっと気合を入れ直しただけだ。おかげで気分も少しは持ち直した。

 ただし12番ゼッケンのドリームジャーニーとかいう奴が、俺に吼えてきて騎手や作業員が必死に押さえつけていた。

 ああ、うるさかったか。気に障ってすまんな。

 

 スタンド正面で楽隊のファンファーレがここまで届いた。そろそろ始まりか。

 まずは奇数番号の馬達がゲートに入る。これまではゲートに入るのを嫌がった馬も多かったのに、今日はスムーズに入る。これだけでも場慣れした連中と分かる。

 俺も早々に6番ゲートに押し込められて、スタートを待った。

 

 一斉に開かれたゲートから、他の馬達と共に勢いよく飛び出した。

 ワンテンポ遅れてしまったが仕方がない。今日は2500mの長距離だから十分取り返しは利く。

 後ろには思いっきり出遅れた12番のドリームジャーニーがいる。さっき俺にイラついてたからミスったな。ドンマイ。

 

 気を取り直してコース外周を走り、他の馬に混ざって集団を形成していく。

 俺は大体後方十番手ぐらいの内側に陣取る。すぐ後ろにはブエナビスタという牝馬がいる。

 センジ……いやトーセンジョーダンが先頭を走っているか。やっぱり俺の知っているセンジとは違う。あいつは先行を好んでいたが逃げや先頭を走る事は殆ど無かった。

 ……これ以上はダメだ、レースに集中しよう。

 スタート位置からコーナーに近い都合上、先頭と最後尾の差はそこまで無い。

 馬群を作り、スタンド正面を観客達の声援を受けて、一度目のゴール板を通過した。

 第一コーナーを周回して第二コーナーへと進む。これまで大きな動きは無く、体感的にややスローペースだな。近くの馬が少々焦れている。

 第二コーナーを過ぎて、向こう正面に入った。大体ここで中間点だが、まだ動くには早いか?もうしばらく様子を見るか。

 

 直線を走り続けて、そろそろ1000mのハロン棒が見えて来た。先頭のセンジとは大体五馬身ぐらい。

 そこで徐々に馬群が加速を始めているのに気付いた。前半抑えていた分、展開が早まったか。

 残り800を過ぎている。後方の馬も徐々に距離を詰めている。そろそろ動くべきか?

 その時、ケツに強い痛みが走った。さらに何度も何度も脳を刺激する痛みで、思考が上の和多に向いた。

 

「しっかりしろアパオシャ!!いつもの動きはどうした!?」

 

 和多の声でハッとなった。さらにバシバシ尻を叩かれて、痛みで思考が一気にクリアになる。

 しまった。センジの事でかなり思考が鈍っていた。いつもならとっくに仕掛けているのに。

 もう残りは700mしかない。急いで加速しようにも前にいる馬のせいで加速が出来ん。

 仕方が無いから第三コーナーに入った時に、敢えて必要以上に加速して外に膨らむようなラインを取って進路を確保した。

 そこからガンガン脚のピッチ回転を上げて、外側から一気に順位を上げていく。

 前にはヴィクトワールピサとトーセンジョーダンが先頭争いに興じている。そこに俺も加わって最終コーナーを回る。

 最終直線に入って、先頭はまだヴィクトワールピサ。その隣で必死に喰らいつき、これまで何度も戦ってきた牡馬と目が合う。

 この時ばかりは俺を孕ませようなどと一切思わず、ただ最も速く走る事だけを考えて駆け続ける目だ。

 ああ、悪かったよ。今日の俺は恥ずかしい。お前達だって必死に走ってる。なのに隣で腑抜けた走りは侮辱だった。

 だから最後だけでも全身全霊で走らせてもらう。

 

 中山名物の坂を全力で駆け上がり、一歩前に出る。

 そのまま先頭を保ったまま一気に坂を登り切った。

 残り70m。そこから最後の切り札、首を一気に下げて前傾姿勢を取り、より加速して同期に差をつける。

 

 だというのに残り少しの所で差し返された。まだだ、まだやれる!

 そこからは互いに、ただひたすら相手より数cm先を走る事しか考えず、全身の筋肉が悲鳴を上げるのを無視して駆け続ける。

 後ろから猛然と差を詰める足音が来ても、そんなのは意識の外に追いやった。

 ただひたすら、この一年勝ち続けた同期に最後の最後で負けたくない一心でゴール板を駆け抜けた。

 

 全てが終わった虚脱感が脚に伝わり、徐々に速度が落ちていく。

 ゆっくりとした足取りのまま、大きく何度も息を吸っては吐き、久々に無理をさせた肉体を労わる。

 脳に酸素が行き渡った事で思考が元に戻る。

 これはちょっと勝ち負け分からねえ。外側から差してきた推定ブエナビスタも相当近かったし、写真判定にもつれ込んでしまうか。

 

「色々言いたい事はあるが、ひとまずお疲れアパオシャ」

 

【すまん和多。今回は俺の完全なミスだ】

 

 レースに集中せずに負けるなんてアスリートとして最悪だ。

 今日はおそらく勝てたレースだった。持ち直して最低でも3着だ―――なんて欠片も喜べない。

 

 力無くトボトボと地下通路を通って、いつもの検量所に行き、オーナーやオッサンに出迎えられた。それにパドックで見た美景の家の三人もいる。

 まだレースの結果が出ていないのか、他の馬主や騎手達がソワソワしている。カメラを持った連中も、掲示板を食い入るように見ている。

 ヴィクトワールピサから騎手が降りる。横顔が日本人じゃなかったな。あの顔はラテン系か。

 と思ったらブエナビスタの騎手もヨーロッパ系だった。今日のレースは外国人騎手が多いな。

 

 部屋にいる全員が祈るような気持ちで電光掲示板を見て、映し出された1の数字にラテン系の兄ちゃんが雄叫びを上げて大喜びだった。

 あー今日の勝ちはヴィクトワールピサだったか。

 二番目には俺の6の番号、三着の7番はたぶんブエナビスタの番号だろう。

 そして横にはハナ、ハナ、クビの文字が出ている。四着まで殆ど差が無かったんだな。

 デニーロと呼ばれた勝者は、オーナーや調教師と抱き合って喜びを分かち合っていた。

 対して、僅差で負けた陣営は大体項垂れている。和多もオーナーやオッサンに頭を下げていた。

 負けたのは俺のせいなんだから、和多は悪くないって言葉で伝えられないのが辛い。

 

 その後、負け犬ならぬ負け馬の俺達は一旦馬房に連れて行かれて、トラックに乗るまで休息を貰った。

 しばらくして、厩務員が手綱を引いて馬房から連れ出す。

 

「――――――アパオシャ。馬運車が来たから出発するぞ。元気出せ、レースはずっと勝ち続けられるものじゃない。いつかは負ける」

 

 それは分かっているよ。でも、今日は勝てるレースだった。それをみすみす捨てた自分の情けなさが許せないだけだ。

 力無くトボトボ歩いて他の馬房を通った時、声をかけられた。

 

【きょうはボクのかちだよ。さあこづくりして】

 

【――――たった一度勝っただけでいい気になるな】

 

 興奮したヴィクトワールピサが馬房から顔を乗り出して交尾を迫る。

 こいつら畜生は単純で、本気で羨ましいよ。

 俺に素っ気なく断られても、まったく懲りずに子作りを連呼する頭発情期を無視して、その場を離れた。

 アイツにまた負けたら交尾しろと煩いから、もう二度と負けてはやらん。

 今日の負けは次に活かす。来年頑張ろう。

 

 

 

 

 中山  10R  有馬記念  右・芝2500m

 

 着順  馬番               騎手    着差

 

 1着   1  ヴィクトワールピサ  デニーロ     

 2着   6      アパオシャ    和多    ハナ

 3着   7     ブエナビスタ  スミロン    ハナ

 4着  11   トゥザグローリー   ウィル    クビ

 5着  14       ペルーサ    安堂     1/2

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャが馬運車に揺られている同時刻。

 中山競馬場近くの喫茶店で、アパオシャの調教師の大と主戦騎手の和多がコーヒーを飲んでいた。

 今日の仕事の後の一杯はやけに苦く感じる。コーヒーが苦ければ砂糖を入れれば良いという意味ではない。

 負けた時に飲む物は酒であれコーヒーであれ、あまり美味しいとは感じない。

 

「今日はよくやってくれた。3歳牝馬が有馬記念でハナ差の二着。あいつにとっての初めての敗北でも上出来だよ。南丸オーナーも喜んでいた」

 

「いえ、申し訳ありません。今日は僕がもう少し早くアパオシャの調子に気付いていれば勝てたレースです」

 

 大の称賛を和多は頭を下げて固辞した。

 これまでずっとアパオシャの好きに走らせて勝ち続けていた。

 だから今日も何か考えがあると思って何もしなかったが、単にレースに集中出来ていなかったと、もっと早く気付いて手を打っていたら今日は勝てた。

 つまり騎手としての仕事を怠けていた己の責任。和多は自らの失態を恥じた。

 

「あいつ、調子が悪かったのか?今日の昼に馬房で見た時はいつも通りだったぞ」

 

「ええ、鞍を着けた時は僕もそう思っていました。ただ、計量終えてパドックで見た時に、ちょっとぼんやりしていたのが気になってました」

 

「そこで何かあったか。大舞台で緊張するような気性には思えんが」

 

「もう一つ、返し馬でトーセンジョーダンと並んで走った時、明らかに動揺していました。今思えばあそこで精彩を欠いたのを何とかするべきでした」

 

「トーセンジョーダンとは今日初めて走るんだぞ。前から変な馬だと思ってたが、予想もしない所でこちらの思惑を外してくる」

 

 二人は共に頭痛を覚える。騎手経験のある二人にとって癖馬、気性難は珍しい物ではない。

 しかし今回のように、全く予測のつかない原因とすら呼べるか分からない事で調子を崩す馬は早々お目にかかった事が無い。

 

「………いや、それでもアパオシャを二着まで届かせてくれたんだ。お前には感謝しかない」

 

「僕はまだアイツの背に乗っても良いですか?」

 

「勿論だ。オーナーもお前を鞍から降ろそうなんて事は言っていない。むしろ強豪古馬のひしめく有馬記念で、二着は立派だと褒めていた」

 

 おそらく、心の中で無敗の記録が途切れてしまった事への落胆はあっただろう。

 それでもクラシック三冠無敗の栄誉を勝ち取った騎手への感謝と敬意は少しも損なわれていない。

 

「ともかく、今年はよく働いてくれた。来年の予定はまだ決まっていないがよろしく頼む」

 

「わかりました。これからも全力を尽くします」

 

 こうして和多とアパオシャが走り続けた2010年は締めくくられた。

 

 

 

 

 アパオシャ 3歳成績

 

 5戦4勝  二着一回   

 勝ち鞍  弥生賞、皐月賞、東京優駿、菊花賞

 

 

感想の中に、競走馬のアパオシャが再度ウマ娘化したら、どうなるかという意見がありました。ちょっと興味を持ったので、本編終了後の外伝で書いてみるのも面白そうだと思いました。おそらく日本語→英語→日本語の再翻訳のように、オリジナルと違うウマ娘になると思いますが、読みたいですか?

  • 面白そうだから読みたい
  • 興味無いから要らない
  • パクパクですわ(お好きにどうぞ)
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