吾輩は無敗のクラシック三冠馬である。そこそこ有名な馬になった。
畜生に生まれ変わってから既に四度目、美浦トレセンに来てから二度目の正月を迎えた。
去年の暮れは身体に結構負担をかけたから、正月が終わるまでは食って寝て英気を養う。
俺を含めて大半の馬はトレーニングをしていない。しかし一部の馬はレースが近いのか調整に余念が無い。
ミステリアスライトという古参の牡馬が特に厳しく走らされていた。
あの様子だと年始のレースにすぐに出されるかな。多分中山金杯か京都金杯あたりだろう。
生き物を扱う仕事は盆暮れなんて関係無いから、世話をしてくれるここの職員には頭が下がるよ。
それはさておき、今回の正月は特別な食事を出してくれたから、テンションが上がる。
なんと餅である。
正確には餅を油で揚げたおかきだった。万が一餅そのものを食わせて喉に詰まらせたら、現役三冠馬が餅を喉に詰まらせて死亡などと日本中に知れ渡ってしまう。
おそらく馬の中で最も恥ずかしい死に方No.1として未来永劫記録されてしまうのを避けるために、伸びないようにおかきにしたのだろう。
それでも、こうしてまた餅だった物を食えるとは思わなかった。おまけに醤油で味付けして、ゴマ油の風味が心地良い。
懐かしい物を食べられて、嬉しさのあまりボロボロ涙を流したら、オッサンや厩務員達がかなり動揺してた。
他の馬達にも与えられているが見慣れない食べ物だから俺以外は手を付けていない。
けど、そんなの関係無いとばかりに感極まって咆哮まで上げたら、同じ厩舎どころか近隣の厩舎の馬まで騒ぎ始めてしまった。
今はただ、旨い物に酔い痴れて、感情の赴くままに貪り食うのみ。
この時の俺の喜びで、どうもトフィやアロマカフェ達がおかきに興味を持って、ボツボツ食べ始める馬が増えた。
前世でこういう現象は聞いた事がある。群れの中で好奇心の強い個体が見慣れない食べ物を食べると、安全という情報が共有されて他の個体も順々に食べ始めるというやつか。
俺は一応この厩舎の中の若手のまとめ役だから、大丈夫だと判断すれば他の連中も安心して食べ始める。
【うまうま】
【へんだけどおいしい】
【これすき】
【一番速く走ればまた食べられるから、これからみんなも頑張るんだぞ】
【【【はーい】】】
無駄な行為かもしれないがこいつらには少しでもやる気を出させて、レースに勝ってもらいたい。
ここに来てそろそろ一年と半分が経つ。ずっと見ている顔も居れば、顔を見なくなった馬も沢山いる。
馬が居なくなる時は、大抵ここの職員の誰かが暗い顔をして送り出すから、その馬がどうなるか知るのが辛い。
その上、居なくなった馬の馬房にすぐに新しい馬が来るのを見ていると、つくづく俺達は人間の都合で去就を左右される儚い存在でしかないと思い知らされる。
前世で現役からURAに入り定年退職するまで、希望を持ってトレセン学園に来ては、夢破れて去って行くウマ娘達をずっと見続けていた。
彼女達は仮にアスリートとして結果を出せなくても、命を奪われる事は無かった。望む望まない違いはあれど、次の道を選ぶ権利ぐらいはあった。
けど、ここの馬達は勝てなければ肉にされる。隣のトフィだって、それなりにレースで勝っているからまだ生かされている。
明日も知れない身に腹を立てつつも、俺達はただ速く走り、ゴールを駆け抜ける事しか出来ない。
ままならない身分ではあるが、出来る事はやっておきたいよ。
あーしかし、久しぶりのおかきは美味しいなあ。
正月は良い物を食って寝正月で過ごしたら、厩舎全体でトレーニング再開だ。
今回は慣らし運転として、毎日トフィやアロマカフェの併走に付き合ってマイルを走った。
どうもこの二頭の次のレースはマイルと思われる。
トフィの奴は基本マイルから中距離が適性だから分かる。
けどアロマカフェの方は俺と一緒に菊花賞を走ったのに、今更マイルを走るのかよ。こいつ、ゴルシーみたいに幅広い適性持ちなのか?それか菊花賞はとりあえず出られるから出してみただけで、本来の適性はマイル程度なのかもしれん。
それと同じ厩舎の若い馬達に混ざって併走する時間が増えた。どいつもこいつもメイクデビューを果たしたばかりで、まだまだ走りが拙い。それに初戦で勝てた馬はかなり少ない。
背の上の遼太から若手を鍛えてやれと言われた。OK、鬼軍曹モードだな。
とにかく鍛えて勝てるようにしてやるのが俺達先輩の役割と思って、ガンガン後ろから追い立てて過負荷を掛けたり、時には先を走って追いついてみせろと発破をかけて、出来る限りヒヨッコ達を鍛え続けた。
そんなこんなで一ヵ月ばかりトフィ達と併走しつつ、坂路を毎日十往復したり、後輩達をしごき続けた。
途中トフィがレースに出かけて、数日したら戻って来た。厩舎の連中やトフィが沈んでいるから結果は聞かなくても分かるか。
後で小耳に挟んだら、京都のG3を8着で凡走。まあ、こういう時もある。
休んでいる妹分をほどほどに励ましつつ、今度は俺だけ長距離トレーニングに変わった。
脚の沈むウッドチップコースを何度も走ったり、芝の1マイルコースを大体二周する前に切り上げるから、大体3000メートルを想定しての調整だな。
大体予想通り、今度のレースは芝3000メートルの阪神大賞典か。
そういえばあのレースは一度も勝ってなかったのを思い出した。
シニア一年目はナリタブライアンに負けている。
二年目はクイーンちゃんに譲って日経賞を走った。
最後の年はドバイに出かけて、ドバイゴールドカップを走ってたから不参加だった。そしてレースには勝った。
俺が三年目のレースはナリタブライアンとガンちゃんが限界まで競り合って、僅差でナリタブライアンが勝った。
その勝てなかった長距離レースに、生まれ変わって二度目のチャレンジが出来るとは嬉しいねえ。
俄然やる気を漲らせて、助手達が止めに入るまで毎日ひたすら体を動かし、飯をたらふく食って寝てを繰り返した。
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厳しい冬も終わり、咲き誇る梅の花で花見を楽しむようになった三月。
厩舎の連中の雰囲気がパリッとしてきたのを察して、いよいよ今年最初のレースが近いと感じる。
今日も遼太を背に乗せて、コースでタイムアタックに精を出していた昼下がり。それは唐突に訪れた。
大地が大きく揺れ動き、他の馬達が恐慌状態に陥り、中には乗せていた人を振り落とす程に暴れる馬もいる。
離れたトレセンの建物からガラスや陶器が次々割れる音も聞こえて、あちこちから人の悲鳴が上がる。
「うわっ!?なんだ地震かっ!?」
走っている俺の背の上ですら揺れを感じ取った遼太が驚き、慌てて走るのを止めさせる命令を出す。
この瞬間、脳裏に文字通り日本を揺るがした、あの未曾有の大災害の事を今の今まで忘れていた事を思い出して血の気が引いた。
【お前ら、落ち着けっ!!揺れはここでじっとしていれば安全だ!!】
まずはコースで右往左往する馬達を大きな声と強い口調で落ち着ける。
【変に走ったりするんじゃないぞ!!怖かったら傍の人か仲間と一緒にコースの上でじっとしていろ!!】
一度こちらの声に耳を傾ければ、後はある程度俺の言う事に従ってくれる。
【ほんとうにだいじょうぶ?】
【へんなのにたべられたりしない?】
【ああ、大丈夫だ!!これは少しの間だけ地面が揺れるだけだから、揺れが収まったら人の言う事を聞いていれば、お前達は助かる!!いいか、怖くても大人しくしているんだぞ】
馬達が落ち着きを見せて、言われた通りコースの一ヵ所に集まる。調教師達もワンテンポ遅れて事態の収拾に務めた。
とりあえずこの場が収まったのを確認してから、背に遼太を乗せたまま急いで厩舎に戻った。
厩舎に近づくにつれて、多くの馬の悲鳴と職員達の慌てつつ事態を収拾しようとする怒号が飛び交い、相当に混沌とした状況が続いていた。
幸い中島厩舎は棚から物が落ちて散乱した程度で、窓ガラス等が割れるような目立った損傷は無い。遼太を降ろしてから、一番近い馬房で震えているアロマカフェに声をかける。
【あ、ねえちゃん】
【大丈夫だぞ。揺れは収まったから、もう怖くない】
【ほんとう?】
【ああ、俺は嘘はつかないぞ】
柵から出した弟分の顔を擦って落ち着けた。
それから厩舎の馬一頭一頭に声をかけて、あるいは顔を擦り合わせて恐怖を少しでも取り除いて安心させた。
厩舎の職員達も馬を安心させようと声をかけているが、いかんせん人の言葉の分かる馬は少ない。
それ以前に、人だって数十年ぶりの大地震で不安に駆られている。馬はそうした人の感情を敏感に読み取ってしまうから、どうしても効果が薄い。
だから二度目の経験をして、耐性がある程度付いている俺が代わりに馬達のメンタルケアをするのが一番効果があった。
翌日になっても余震は続き、そのたびに馬が怯えたから、地道に声をかけて安心だと根気に落ち着かせた。
周囲の厩舎でも馬達が騒ぐから、やむを得ず馬房の柵を開けて直接乗り込んで声をかけて不安を和らげた。
さすがに馬が勝手に他の厩舎に来るのは色々と問題になるんだが、俺が来ると馬達が落ち着きを取り戻すと分かって、他の厩舎の職員達も見て見ぬふりをしている。
結局、阪神大賞典の始まる二日前までトレセンの馬達のメンタルケアを続けてしまい、ちょっと疲れが出て調整が甘くなってしまった。
これでレースに負けたら謝るしかない。でも緊急事態だったから仕方が無いと言ったら、みんな分かってくれるかな。
≪回顧録・311の記憶≫
「あの頃は酷いありさまだと思いました。でも、テレビから伝わる被災した方々の惨事に比べたら、我々の被害なんて大した事無いとすぐ後に思い直しましたよ」
「人間はある程度情報が集まれば多少なりとも落ち着きを取り戻せますが、元々臆病で繊細な馬達はそうはいかない。それに我々だってこれから日本がどうなるか分からない未来の不安を抱えていたから、馬達もそれが分かってしまったんでしょう」
「でもあのアパオシャはそういう不安が全然無かった。むしろ、地震に怯える馬達を的確に安心させて落ち着かせていました。多くは近くで声をかけて、それでも駄目なら直接肌に触れて、震える厩舎の馬達を勇気づけました」
「当時はまるで泰然とそびえる樹齢千年の大樹のような精神だと思いました。はっきり言って馬とは思えませんでした。人間だってあれほど頑強な精神を持つ奴はそうはいません。一体どういう育ちをしたら彼女のような馬が育つのか、今も不思議でかないません」
「あの日はそれでどうにか混乱も治まり、一息吐けたと思ったら連日の余震続きです。でもそのたびにアパオシャは厩舎の馬達を落ち着かせて元気付けていました。それだけでなく、唐突に馬房の柵を内側から開けて出て行って、隣の厩舎の馬まで安心させたのは信じられませんでしたね」
「さすがに馬房から脱走は問題になったんですけど、やってる事が馬の為になるって事でみんな見て見ぬふりを始めました。その日から昼も夜も、馬が怯えていると知ったらあちこちの厩舎に顔を出しては馬を落ち着かせて去って行くアパオシャの行動が日課になっていました。本当はダメですけど、その頃はあいつの邪魔をしないように馬房の柵を開けっ放しでしたよ」
「そうなると馬達は自然とアパオシャをリーダーと認めるようになりました。どんな気性難や暴れてボスを気取る牡馬でさえ、あいつの前では聞き分けの良い子犬のように大人しくなるんです。一番辛い時に寄り添って助けてくれる相手を信頼するのは人も馬も同じです」
「―――ええ、中島厩舎だけじゃない。あの大震災を境にアパオシャは、美浦トレセン全体の、二千頭の馬全てのリーダーになってました」
「あの時のあいつは怯えて泣く子を分け隔て無く助けようとする≪慈母≫だったんですよ。世間でアパオシャを勝手に持ち上げて利用して女性解放とか男女平等とか叫んでいる、力を笠に偉そうにしたいとか他人に命令したいだけの身勝手で私利私欲に走る連中に、このことを聞かせてやりたいですね」
「――――普段のアパオシャですか?何もしませんよ。たまに喧嘩している馬がいたら諫めて落ち着かせたり、気の弱い馬に寄り添うだけ。中にはオラついて噛み付こうとする若馬も居ますが、大抵コースを三~四周したり、坂道併走すると自信をボッキボキにへし折られて大人しくなります」
「たぶん、あんまりボスとかリーダーに興味無いんですよ。レースや併走を楽しんでいるのに比べたら、面倒くさいけど仕事だからやってる雰囲気がヒシヒシと伝わります」
「だから偉そうにしないし、威圧的でもない。そういう性格だから沢山の馬達に慕われるんです。まあ、調教の時は鬼軍曹みたいに若い馬を追いかけて、かなり怖がられてました。おかげでうちの厩舎の馬は、早く競馬を覚えてくれて助かりましたよ」
「世間で『神馬の再来』なんて言われるのも納得です。きっと日本が大変な時に神様が憐れんで、馬として助けに来てくれたんですよ」
「――――最後にアパオシャへの言葉ですか?……『ありがとう』ですかね」
中島厩舎の厩務員のインタビューから一部抜粋
日本にとってのラスボス登場です。父オグリキャップのラストクロップから父の事故死を経て、日本史上最大の苦難の年が現役真っ盛りの世代馬。
アパオシャのクラシック期にライバルがほぼ居なかったのも、真の敵が大災害だったからです。
これからアパオシャが馬として、災厄にどう向き合っていくのかお楽しみください。
感想の中に、競走馬のアパオシャが再度ウマ娘化したら、どうなるかという意見がありました。ちょっと興味を持ったので、本編終了後の外伝で書いてみるのも面白そうだと思いました。おそらく日本語→英語→日本語の再翻訳のように、オリジナルと違うウマ娘になると思いますが、読みたいですか?
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面白そうだから読みたい
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興味無いから要らない
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パクパクですわ(お好きにどうぞ)