オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第30話 意外な経済効果

 

 

 桜は良い。この時期になるといつもそう思う。

 プールトレーニングの帰り道。美浦トレセンの満開の桜道を歩けば、ハラハラと落ちて身体に当たる桜の花びらの感触が心地良い。

 

 トレセンに来た時は坂路十往復までしかさせてもらえなかったが、最近は制限が緩和されて倍の二十往復まで許可されている。

 その後のプールトレーニングもいつもより時間延長して、よりスタミナをつける訓練に重点を置かれるようになった。

 さらに雨の日に、ベチャベチャのダートを何度も走らされるのはちょっと首を捻ったが、おそらくパワートレーニングと思って黙って鍛錬を積んだ。

 これらは全て春天皇賞に向けてのトレーニングだろう。先月の阪神大賞典3000メートルより長い3200メートルのレースとなれば、スタミナは多ければ多いほど良い。

 前世ではシニア最後の三連覇のかかった京都レース場でのレースで、クイーンちゃんにしてやられて負けてしまった。

 阪神レース場での春天皇賞は二連覇したのに比べて、どうも俺は直線距離の長い京都レース場と相性が悪い。そこを突かれて負けた悔しさは覚えている。

 二度も負けて悔しい想いをするのは御免だ。

 

 ただ、レースが近くなかったら、このまま花見と洒落込みたいと思うぐらい桜が綺麗だ。

 前世ではよく花見をした。面子は毎年違って、両親や兄の家族とする事もあれば、トレセン時代のチームメイトや友人のゴルシー達と集まってする事もあった。URAの職場で行事として行った事もあるし、外国からの留学生に日本式の花見を教えた事もあった。

 ティシュトリヤも日本の桜を初めて見た時は大はしゃぎしていた。彼女の過ごしたイランの草原では、草原に咲く花こそ数多くあっても、樹木に咲く花は珍しかった。桜以外にも桃や紫陽花を見ては、目を輝かせていたのを思い出す。

 どれも楽しく大切な思い出だ。

 

「お前は人間より風情があるな。厩舎の仕事が暇ならお前も混ぜて、みんなで花見も良いけど、今年はかなり忙しくてな。花見も出来そうにない」

 

 手綱を引く遼太が申し訳なさそうに口にした。

 震災があったばかりで自粛ムードが強いからな。祝い事も静かにやらないといけないのは分かるから、そう気に病むな。

 今はこうして桜並木を歩くだけでも十分気晴らしになるさ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 アパオシャが美浦トレーニングセンターでトレーニングに励んでいる頃。

 遠く離れた岐阜県某所のオフィスビル内を、アパオシャのオーナーの南丸はフラフラ歩いている。

 こうしてのほほんとした姿を見ると、現在日本で最も有名な馬の所有者とは思えない。

 楽観的で時々深く考えずに勢いで物事を決めてしまう、向こう見ずな所があるのは自他共に認めている。

 若い頃は勢いで企画を通してヘンテコなゲーム作品を作って、微妙な評価と売り上げになった事もある。そうした失敗を今でも時々やらかしていた。

 

 先日もアパオシャの海外遠征を決めたまでは良かったが、日本の輸出入の家畜伝染病予防法をうっかり忘れていたのを、翌日に酔いの醒めた大に指摘された。

 競走馬が海外遠征した場合、行き帰りで検疫を受けて、さらに一定期間隔離して検査しなければならない。

 しかも法律上の規定では60日を超えて海外渡航をした場合、五日間の輸入検疫後、三ヵ月間は他の馬と隔離する着地検査義務があった。

 阪神大賞典の夜、酒を飲みながら6月からの海外遠征を決めたが、凱旋門賞が終わって帰って来ても三ヵ月の隔離で年末の有馬記念に出られない。

 一応6月のゴールドカップが終わってから、KG6&QESまでに一ヵ月以上間隔があるので、レースの都度日本に帰って検疫を受ければギリギリ短期間の隔離で済み、有馬記念も出られる。

 ただし、その場合はかなりタイトな移動スケジュールになり、隔離中も満足な調教は出来ないと言われた。

 さすがにそれは今回の本命レースの凱旋門賞に不利ということもあって、十分に時間的余裕のある現地での長期滞在を選んだ。

 

 

 後の問題は検疫期間である。こちらは調教師として法令関係の専門知識のある大が何とかなるかもしれないと語った。

 実は過去に検疫期間を法に抵触しない特例で短縮した前例が幾つかある。

 

 例えばフランスに長期遠征して、凱旋門賞に挑んだエルコンドルパサー。この馬はジャパンカップに出走する外国馬と同じ扱いにする『検疫対象馬の国内出走に対する特例』を適用して、東京競馬場で検疫を受けて本来3ヵ月の隔離検査を3週間に短縮した。

 そしてジャパンカップへの出走を熱望されたが、残念ながら凱旋門賞が彼の引退レースとなり、同期のライバル達より一足早く種牡馬として血を残す事になる。

 

 他にも着地検査期間中にレースをした例もある。シンガポール航空国際Cを優勝したコスモバルクが京都競馬場に入厩して宝塚記念に出走した例、エイシンプレストンが香港GIクイーンエリザベスII世Cを勝って安田記念出走のため東京競馬場に入厩した例など、挙げれば過去に多少の特殊な例はあった。

 早い話、遠征から帰って検疫と着地検査を受ける場所をJRAの関係施設や競馬場にすれば調整やレース出走は許可される。JRA施設以外に移動する事が出来ない等の幾つか制限はあるが、一応検疫期間の中でも出走は可能だ。

 美浦トレセンに戻るには、規定通り3ヵ月を経なければ無理だろうが検疫の問題は一応解決した。

 あとの有馬記念への出走の判断は、前レースの疲労によっては回避する事もあるという調教師の大の条件で、仮の出走予定とした。

 

 

 このように馬主としての責務を果たしたわけだが、本業も疎かにはしていない。

 彼は≪株式会社世界一ソフト≫社長という立場で、自分の会社内をよく見回って社員からの要望などを聞いている。

 狭い界隈とはいえ、全国に知られる企業の社長という立場にしては些かフットワークが軽いと思われるが、自分一代で築き上げた会社ゆえに社員との距離が一般企業よりもかなり近い。

 元よりテレビゲーム業界は生まれてから、まだ30年程度しか経っていない若い業界である。そのため風通しの良さというか、良い意味で気安さがあった。

 

 南丸は幾つかの部署を渡り社員達の要望を聞き、時にプライベートな話もする。大抵は家族の事とか、買った家や車の事など。あるいは趣味の事を一言、二言話して一人一人を気にかけている態度を示す。

 逆に社員からも南丸に話題を振る事は多い。話の内容の多くはやはり持ち馬のアパオシャの事。

 ≪世界一ソフト≫社員全員が自分の会社の社長の買った馬が、とてつもない強さで次々と日本競馬の記録を塗り替えているのを知っている。

 馬の名前をみんなで考えたり、レースに勝った時は社長から社員全員に祝いの品として、毎回菓子や金券が配られた。

 だから社員の多くはレースがあるたびにテレビでレースを見たり、ネットで結果を調べたりと競馬への関心が高まっている。

 重役の中には、自分も馬を買おうか検討している者もいる。社長へのゴマすりも多少あるかもしれないが、自分の馬が日本中に知られる快感を味わいたいという欲求もあった。

 それにニュースやテレビでアパオシャが取り上げられるたびに、この馬は自分達で名前を考えたとか、会社の社長の馬だと家族に自慢するのが楽しいのだ。

 気分以外にも宣伝としてかなり効果があり、ここ数年のホームページのアクセス件数は桁が跳ね上がり、何となく販売するゲームの売れ行きも年々上がっている気がする。

 今年は震災の影響もあって先が危ぶまれている雰囲気はあるものの、社内には明るい話題がそれなりにあった。

 

 社内を見回った南丸が最後に訪れたのは営業部だった。

 

「社長、お疲れさまです」

 

「やあ、新作の売れ行きはどうだい藤山君」

 

「メルムーン4なら順調に売れています。発売した後にあの大震災でどうなるかと心配しましたが、やはり初回限定の効果が大きいですね」

 

「それは良かった。これもアパオシャのおかげかな。もちろん、うちの社員の頑張りもあってこそだが」

 

 営業の藤山はパソコン画面に表示される、新発売の自社製品の売上本数を見せる。確かに発売一ヵ月の初動は前作の数割増しの数字を示している。

 藤山の言うメルムーン4とは、≪世界一ソフト≫の主力ロングセラーシリーズ≪天空戦記メルムーン≫というシミュレーションゲームの第四弾のこと。

 一度ゲームをクリアしても、主人公を極限まで強化したり、隠しアイテムを求めて何度も繰り返しプレイする、いわゆる『やり込み要素』が強く、根強いファンの多い作品で、現在も続編や外伝作品が作られる息の長いシリーズだ。

 老舗ゲームメーカーに比べれば売り上げ数は少ないものの、堅実に売り上げを伸ばし、海外にもゲームを供給して評価を受けている。

 

「初回版限定の味方ユニット『オシャ』ちゃん。出撃メンバーにいるだけで、ターン毎にアイテムと資金がランダムで入ってくるユニークユニットだから、初期から大抵のユーザーは入れているようです」

 

 今度はゲームの攻略掲示板や作品の感想スレッドのユーザーの書き込みの抜粋例を社長に見せる。

 大体は好意的な意見で、これを見た利用者が作品に興味を持っている書き込みも見られる。

 他にも動画サイトで実際のプレイ動画も紹介されていて、そこからゲームを手に取る者も多い。

 新作に連動して、過去作も徐々に売り上げが伸びている。

 一本のゲームで良い流れが出来るのは、この業界では時折見かける。不景気と災禍の続く今の日本の中では景気の良い話だ。

 

「アパオシャをゲームに使用する件を、JRAと交渉した甲斐があったよ。一応競走馬の著作権は馬主にあるが、断りぐらいは入れておかないと後々問題になったら困る」

 

 JRAは競走馬のグッズ販売の利権を持っている。ここに前もって話もせずに割り込むような事をしたら、著作権を持つ馬主とて色々と揉めるし、関係が拗れる可能性がある。

 幸い今回は馬をモデルにしたゲーム内の限定キャラクターと言う事で、すんなり話は纏まった。

 ここからキャラクターグッズ販売になると、もう少し踏み込んだ交渉が必要になるだろう。そちらも会社を通じて交渉は続いている。

 何しろ昨年の皐月賞優勝から、アパオシャはJRAのグッズ販売のトップにいる。大事な稼ぎ頭とあって、お互いに余計な諍いは可能な限り避けたいと思っている。

 

 かつてアパオシャの父オグリキャップは、ただ一頭で100億円のグッズ売り上げを叩き出し、獲得賞金ではなく経済効果で金額を語られる伝説を築いた。

 バブル景気で華やかだった時代もあって、オグリキャップの活躍した三年間は、JRAの売り上げが1兆円は増えたとさえ言われている。

 特にぬいぐるみの売り上げは凄まじく、日本の家庭に必ず一つはあったと言われるほど売れに売れた。

 さすがに無敗のクラシック三冠を持つ娘のアパオシャでも、時代が異なるから父に並ぶほどの経済効果は望めないが巨額の金が絡むので、南丸は商売絡みは慎重になるぐらいが丁度良いと思って動いている。

 ゲームの売り上げの一部を、震災義援金として寄付する旨を広報で告知しているのもその一環だ。

 商売は金儲けが第一でも、あの会社は多くの日本人が困っているのに、スターホースを使って金儲けに余念が無いなどと、言いがかりを付けられたら商売がし辛くなる。

 表向きの理由で寄付はしているが、それはそれとして同じ日本人として困っている者を助けたいと思う義心もある。

 人助けも良いが今は商売の方が重要だ。

 

「幾つかのゲームショップ企業から追加注文も来てます。アパオシャがヨーロッパ遠征すれば、さらに宣伝になって売れるでしょう」

 

「3まではヨーロッパでも販売していたな。凱旋門賞の前にフランスでも遊べるように、4のヨーロッパ版の発売を前倒しするか」

 

「イギリス遠征の前に、1作目のヨーロッパ版のダウンロード半額セールでもやっちゃいますか」

 

「採用。それと前世紀の古いソフトも、格安でダウンロード出来るようにしよう。こっちは日本とアメリカも対象で」

 

 儲けはさして期待出来ないが、宣伝料がかからないと思えばやる価値はあった。

 こういう下が意見を出して上が即座に採用する、決断の早さが中小企業の強みだ。

 

 翌日、さっそく南丸は幹部会議を開いて自社ソフトのセールを命じて、期日までに適正価格を決めてホームページにも『アパオシャのヨーロッパ遠征記念セール』と銘打って、掲載するように通達した。

 この目論見はそれなりに当たり、売り上げも伸び調子になって年末ボーナスも上乗せされた。

 こうして社員達は、よりアパオシャのファンになって応援にも熱が入った。

 

 

 

 





 先日感想で、長期の海外遠征での検疫期間についてご指摘がありました。短期遠征の検疫は前から一応調べたんですが、60日以上の遠征は別枠になるのは知りませんでした。
 今回色々調べ直して、多少修正すればプロットは変えずに済むと安心しました。
 遠征から帰って競馬場で検疫を受ければ、着地検査の隔離期間中でも外国馬同様にレースには出られるとか、ウマ娘から競馬に入ったから全然知らない事例が出てきました。
 ただ、これで大丈夫なのか半信半疑で書いているので、間違っていたらどうぞ遠慮なく感想欄でご指摘ください。

感想の中に、競走馬のアパオシャが再度ウマ娘化したら、どうなるかという意見がありました。ちょっと興味を持ったので、本編終了後の外伝で書いてみるのも面白そうだと思いました。おそらく日本語→英語→日本語の再翻訳のように、オリジナルと違うウマ娘になると思いますが、読みたいですか?

  • 面白そうだから読みたい
  • 興味無いから要らない
  • パクパクですわ(お好きにどうぞ)
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