今更ですがあらすじの所にアパオシャの五代血統表と、馬主の南丸社長の登録した勝負服の画像を貼っておきました。
突然だが競馬好きのイギリス人にとって、日本から来たアパオシャはどのように見えているのだろうか?
実は余程深く調べた者でなければ、鬣と尾毛を持たない真っ黒な肌の特異な外見を持ち、日本でG1を四勝した現役最高クラスの牝馬ぐらいの認識だ。
ある程度詳しくレースを調べた者は、二度祖国の格式高いG1を制したように、ほぼ全てのレースで多くの牡を捩じ伏せた怪物的牝馬と知って目を丸くした。
さらに競馬関係者となると、ほぼ外国産の血が入っていない純日本産に近い馬が、競馬発祥の地のイギリスG1を勝った事に皮肉を交えつつも褒め称える。
さしずめ、幕末期に日本に競馬文化を導入した事を例に挙げて、出来の悪い生徒が百五十年かかって、ようやく教師である自分達の背中に触れる事が出来たと褒める。
もっと言い方を悪くすれば、後方腕組み師匠面して「教師として鼻が高い」などと言うようなものだ。
中にはKG6&QEステークスを共に走ったリワイルディングが事故死して、デビュッシーがレース後に屈腱炎を発症して引退する羽目になったので、名前通りの悪魔と嫌う者も少数ながらいる。
リワイルディングの事故は、荒れた馬場の窪みに脚が嵌まって転倒したと映像で確認されているので、アパオシャに責任は無い。
ただ、デビュッシーの方はアパオシャに引き摺られて高速展開に付き合った結果、無理をし過ぎたのが発症の原因と一部では言われている。
実際は因果関係は憶測でしか無いし、アスコット競馬場のレースが過酷なのは誰でも知っている。
それでも勝者が謂れの無い批難を受けるのは、歴史ある競馬大国でも同じなのかもしれない。
幸い、そうしたごく少数の批判的な意見は賛同を得られずに、すぐに霧散した。
批判の元になっていた、事故死したリワイルディングにアパオシャが寄り添い、彼の最期を看取るような態度を示した事が多くの人々の胸を打った。
アパオシャの陣営も、インタビューは自分達が勝った事より、レースで命を落とした馬への冥福を祈る言葉が多かった。
こうした事実が報道されると、馬を愛するイギリス人は競馬後進国の日本人も自分達と変わらず馬を愛しているのを知り、大いに共感して好意的になった。
おかげでイギリスに来た時の、未熟者を見るような侮りの目は無くなり、かなり居心地が良くなったが別の問題も持ち上がった。
次の大本命のレース、パリの凱旋門賞までは丸二ヵ月ある。
フランスへの移動は八月の末を予定しているので、イギリスでの滞在はあと一ヵ月。
よって、地元テレビ局や新聞屋はこぞってアパオシャの取材を申し込み、馬主の南丸や生産者の美景夫妻にも突撃した。
騎手の和多は日本でのレースが控えているので、KG6&QEステークスの翌日に席を予約していた日本行きの飛行機に乗っていて難を逃れた。
しかし日本に着いたら着いたで、日本の報道関係者に囲まれて同じ目に遭っていた。
中長距離のイギリスG1を、日本馬で初めて二つも勝った名騎手をメディアが放っておくはずなかった。
さすがに厩舎の方は出来る限り馬への配慮として取材は控えられた。イギリス人は、人よりも馬に気を遣う人種らしい。
アパオシャは南丸達の尊い犠牲により、取材地獄に堕とされる事無くのんびりと休んで体調を整えられた。
空気が変わったのはKG6&QEステークスから七日後の七月末。
この日だけは、アパオシャが寝起きする厩舎の空気が朝から物々しかった。
数十人の銃を持ったSPが厩舎一帯に立ち、その十倍の数の警官が周囲を巡回して不審者や不審物が無いか気を張り詰めている。
背広を着た王室関係者が秒単位で集まる情報を精査しては、部下に指示を出す。
さらに厳しい身体検査を受けて許可を得た、イギリス中のメディア関係者が目敏く、記事になりそうな情報を探ってカメラを向けている。
なぜこのような事態になったのか、アパオシャのオーナー南丸は自問自答した。
発端はレース翌日の一本の電話。
最初はイギリス王室からの連絡に、レース関係の表彰等の通達か何かかと思っていたが、さる人物からアパオシャを近くで見たいと『お願い』を受けた。
その人物は、十名の背広を着た男達と一人の女性に囲まれて守られるように、ゆっくりと南丸や美景夫妻のそばに寄る。
齢80歳を超えても杖を使わず力強く歩く、護衛対象の品のある老婆は南丸達に、にこやかに挨拶をした。
『またお会いしましたね、ミスターミナミマル。今日は年寄りのお願いを聞いて頂いて感謝します』
『い、いえこちらこそ、女王陛下にわざわざ、お、お越しいただき光栄です』
ガチガチに固まった南丸は、ぎこちない英語と震える手でイギリスの唯一の君主である女王と握手を交わす。
次に美景夫妻が、ただ嵐が過ぎ去るのを待つが如く握手を交わした。
二人は英語が碌に話せないので、南丸の会社の部下が通訳して会話を成立させた。
三人はしばらく女王とイギリスでの滞在中の事や馬の事を話してから、いよいよ主役が姿を見せた。
調教助手の遼太に連れて来られた、六つの冠を戴いた異形の黒馬アパオシャに、カメラが一斉に向けられた。
周囲のざわめきや大量の見知らぬ人間にも、さして意に介さない。繊細で神経質な競走馬とは思えないぐらい落ち着いた雰囲気に、イギリス人は自分達の持つ常識との差異に首を傾げた。
女王はアパオシャの前に立ち、優しく微笑む。
『こんにちは、日本のお嬢さん。貴女のレースは見ていましたよ。そしておかえりなさい、ヒンドスタンの末裔』
【………あぁ、貴女はもしかしてこの国の女王陛下ですか。こんな姿でお目にかかるとは思いませんでした】
アパオシャは日本人が挨拶をするように頭を下げる。
これには南丸達日本人と、厩舎で世話をしていたイギリスの厩務員以外が驚いた。
日本人が挨拶をする時に頭を下げる事はよく知られていても、まさか馬までするとは誰も思っていなかった。
『こちらのお嬢さんはいつもこうなのかしら?』
女王の落ち着いた質問に、普段世話をしている遼太が片言の英語で話す。
『人や馬をよく見て、真似をする馬です。人と人が会う時は頭を下げると知っています』
『まあまあ!とても賢くて、礼儀正しい子なんですね』
喜びを露にして老婆は毛の無い馬のスベスべした顔を優しく撫でる。女王は自国の最高のレースの二つを勝った牝馬の、溢れんばかりの生命力を感じ取った。
その間も競争馬と思えないほど大人しいアパオシャはジッとして、世界でも指折りの権威ある君主の顔を見続けている。
女王はずっと自分を見続ける馬の瞳に宿る感情に、少し困惑した。
(なぜこの子は私を見て、悲しみを感じているのかしら。それに憐憫に近い感情を持っているの?)
生まれた時から様々な国の人物と接し続けて、顔と雰囲気だけで相手の感情を読み取る術を身に付けた女王も、なぜ馬に悲しみや憐れみの感情を向けられたのかまでは理解出来なかった。
さらにアパオシャは女王の前で横を向き、膝を折って屈んだ。まるで自分の背に乗りなさいと催促するような仕草に、その場にいた全ての人間が困惑した。
『私が貴女に乗っても良いのかしら?』
【貴女もたまには気分転換が必要ですよ】
嘶きと首を縦に振る動きで、一部の人間は日本の馬が英語を理解していると気付いた。
ちなみに現地のイギリスの厩務員は結構前から気付いていた。さらに面白半分でフランス語を話しても、理解したのには悲鳴を上げるほど驚いた。
とはいえ一国の女王が事前連絡も無しに現役競走馬に跨るのは、安全面や警備面からハードルが高い。
それでも主君が文字通り乗り気になってしまったのもあって、御付の職員達は乗馬服に着替えている間に安全対策を練って短時間で準備を整えた。
スカートのスーツから颯爽と乗馬服に着替えた女王は、しっかりとした動きでアパオシャに跨る。
イギリス王族は乗馬が嗜みというのは有名だが、85歳の老婆と思えない機敏な動きに、晴彦は『親父より上手い』と心の中で戦慄した。
女王の跨ったアパオシャは手綱を遼太に引かれて、厩舎に併設した練習コースに出る。
『この子の背は力強いわ。ハイペリオンやヒンドスタンは良い血を残したのね』
【貴女の事はニュースでしか存じませんが、ご子息で次代の国王とその子供達により、英国王室はこれからも百年続くのは保証します】
それから今だけの間、女王の愛馬となったアパオシャは、人が早歩きする程度の速さでコースを一周して何事も無く戻って来た。
関係者はその間は、女王に何かあったらと気が気ではなかったが、どうにか無事に終わってホッと胸を撫で下ろした。
練習コースから元の場所に戻り、馬から降りた。
『日本の馬に関わる人々の血の滲む様な努力の結晶がアパオシャなのですね。既に日本の馬は、私達の馬と肩を並べるほどに育っています』
世界で最も歴史ある競馬大国の君主が日本の馬を自らと対等と認めた。この事実は凄まじい衝撃でイギリス人のプライドを揺さぶった。
『皆さん、今日は有意義な時間をありがとう。アパオシャ、これからも元気に走ってね。友である貴女の活躍を心から願っています』
【公私共に問題は無数にありますが、俺も陛下がこれからも健やかである事を願っています】
ほんの数分だけ会っただけの、種族すら異なる女王とアパオシャ。しかし不思議と、何十年も付き合いのある友人のような関係が生まれていた。
アパオシャは最期まで苦難の人生を歩み続けた偉人への敬意と憐憫。女王は馬ながら自分を気遣ってくれる優しさと、自ら生き方を選べない不自由さへの共感があった。
アクシデントはあったものの、どうにか女王陛下の思い付きの外出は無事に終わった。
王室関係者や警察が引き上げた後、南丸達は厩舎の連中と酒盛りを始めた。一年分は仕事をしたような疲れから、猛烈に飲みたい気分だった。
翌日、オーナーの南丸と美景夫妻はイギリスにアパオシャと厩務員達を残して、一旦日本に戻った。ただし、二日酔いのまま飛行機に乗ったので、死ぬほど辛かったとこの時を振り返った。
当然だがこの一件はその日のうちに、テレビ、ネット、新聞、あらゆるメディアでイギリス全土を駆け巡った。
さらに翌日の朝刊の一面には『これはイギリス競馬の敗北である!!』と挑発的な見出しで、アパオシャに跨ってターフを駆ける女王の楽しそうな姿が、これでもかと強調されて掲載された。おまけに敬愛する女王自らのコメントも、一字一句間違いなく記されていた。
これには競馬関係者は新聞を引き裂いたり、声にならない絶叫を上げて怒り狂った。
何しろ自国の女王陛下が忙しい公務の中でわざわざ時間を作って一頭の馬を訪ねて、自分達が指導してたった百五十年しか経っていない、競馬の新参国を同列と認めた。
その上、現役競走馬で乗馬を楽しみ、友と呼んだのだ。馬産に命を懸ける関係者の屈辱感は筆舌に尽くし難い。
彼等の怒りはともかく、既にゴールドカップ、KG6&QEステークスという自国の最高峰中長距離レースで負けている事実は覆せず、怨嗟の念を抱きながらも日本馬の実力を認めねばならなかった。
敗北者と扱われた競馬関係者の心象は酷いものだったが、一般イギリス国民はと言うと少々異なる。
一般に自国の君主が他国の馬を絶賛したら、ちょっと面白くないのは確かでも、同時に絶賛を受けた馬に興味を持つ。
そこから日本の馬がとても賢く、レース中に転倒して予後不良と診断されたリワイルディングに駆け寄るほど、心優しい馬と知るうちにファンになる者も多かった。
さらにテレビ局が面白がって、日本から取り寄せたアパオシャのレース映像や、美浦トレセン内でのこれまでの奇行、地震に怯える馬を勇気付ける姿で、一気にファンの数が増加した。
アパオシャにとって幸運だったのは、次のレースがフランスの凱旋門賞だった事だろう。
イギリスとフランスは仲が悪い。本当に仲が悪い。隣国同士が仲が良かったら、一つの国になっているから当然だろうが両国は仲が悪かった。
となるとイギリス人はフランスも負ければいいと思った。そうした健全とは言い難い感情が時には味方となって、アパオシャを応援する者が増えた。
イギリス国内でアパオシャの人気が高まる様子を静かに見守っていた女王は、しばらく経ってから一つの声明を発表した。
『日本は現在大震災により、多くの人々が苦難に見舞われています。私は友アパオシャの祖国の人々と馬達が少しでも早く、災害から復興する手助けをしたいと思います』
要約すると短い文だがその中で、女王個人がポケットマネーから300万ポンド≒3億7500万円を日本の被災地に寄付すると発表した。
上流階級が苦難に喘ぐ人々に慈善行為をするのはヨーロッパでは義務とされるため、日本の被災者への寄付は国民からも支持された。
同時に敬愛する女王陛下自らの行為とあらば、周りも傍観するわけにはいかず、多くのイギリス貴族や富豪も、額はともかく同じように寄付する流れが生まれた。
さらにアパオシャの名を出す事で、彼女に関心を持った一般市民達も少額ながら進んで寄付を始めて、一月もしないうちにかなりの金額が集まり、纏めて日本の被災地に送られた。
後の東北の自治体の公式発表では、この時のイギリスの義援金は約50億円程度集まっており、一頭の馬がレースを走らず数ヵ月で動かした額として破格の大きさだったと言われている。
慌てたのはむしろ日本の方で、一頭の馬がイギリス女王を始め、一つの国を丸ごと動かした成果にどう報いるかで、この時の政権を担っていた連中は揉めに揉めた。
折悪く、この時の首相と前首相は極めて評判が悪く、大震災後の初期段階での支援や対応の遅さと諸外国との関係の変化もあり、国民の中には『馬の方がよほど日本のために働いている』『首相をアパオシャにした方が日本は幸せだ』などと首脳陣を批判する意見が増加するようになった。
こうして日本が地震以外で、色々と揺れているとは全く知らないアパオシャは8月いっぱいをレースの疲れを癒すのに専念して、次のレースの地フランスへと旅立った。
そしてこの時期を境に、イギリスでは女王陛下が友と呼ぶアパオシャの事を『偉大なる女王陛下の友たる黒い女王』あるいはただ『黒い女王(BLACK QUEEN)』と呼ぶようになった。
余談だがアパオシャの鞍上を務めた和多は、二度のレースで一度も鞭を振るわず勝った事から、現地の騎手から『君は魔法が使えるの?』と割と本気で聞かれて『マジシャン』扱いを受けていた。
オマケの話
今まで黙っていましたがアパオシャの血にノーザンダンサーが全く入っていないのはただの偶然です。
プロット段階でオグリキャップのラストクロップを選び、母馬をどうするか考えた時に、昭和期の最強馬≪シンザン≫を母方の血統にしようと思って、じゃあ一番優秀だった息子のミホシンザンのラインにしました。そこから作中の年代に、ちょうどいい年の成績の悪い娘のウミノマチ(実馬元あり)を見繕っただけでした。
その後、日本ダービーぐらいまで書いてから、ふと血統を見ていたら『あれ?アパオシャの五代血統表にノーザンダンサーが居ない(汗)』と気付いて慌てました。
だから菊花賞ぐらいまでオグリやシンザンの血統の話はあっても、非ノーザンダンサーの話が出なかったんです。
21世紀生まれの日本馬で、サンデーサイレンス血統はともかく、ノーザンダンサーの系譜にすらかすりもしない血統の内国産競争馬なんて(ウマ娘化した馬の中でウオッカ以外には)普通居ないだろって思ってました。
居たんですけどね。
でもその希少性は絶対に作中の話に絡ませられると思って、色々書き足しました。
以上、制作面での暴露話終わり。