日本のホースマンにとって凱旋門賞とは、憧れであると同時に呪いとも言える。
日本調教馬が初めて凱旋門賞に挑戦したのは1969年。天皇賞馬スピードシンボリが出走した事が凱旋門賞への挑戦の始まりだった。
それからメジロムサシ、シリウスシンボリが挑戦したものの着外に終わり、世界の壁の高さを味わった。
1999年には満を持してエルコンドルパサーが長期遠征の末、初の2着入賞を果たした。
負けはしたが一定の成果を挙げた事で、日本競馬界は自らのレベルが世界に通用すると判断して、再び凱旋門賞を目指す事になった。
それから昨年2010年まで、6頭の日本馬をフランスへと送り、そのまま堅牢な門に弾き飛ばされた。
遠征した中には史上最強とまで言われた、無敗のクラシック三冠馬ディープインパクトも居た事で、一層ホースマン達の呪いが強まったと言える。
しかしなぜ、日本馬の海外遠征でフランス凱旋門賞だけがこうまで特別視されるのだろうか。
競馬発祥の地、イギリス。馬の一大産地でダートの本場、アメリカ。ドイツ、イタリア、アイルランド、香港。海外の著名なレース開催国はそれなりに多い中で、なぜフランスか?
日本馬の海外遠征の意義自体は理解出来る。
『世界の檜舞台で、日本産馬の真価を問わん』
『国際競走に対する日本競馬社会の認識をいっそう深める役割』
要するに時代が国際化していく中で、世界の富豪―――特に欧州やアメリカの―――ステータスたる競馬も、日本が国際社会に出て行くのなら相応のレベルが求められた。
海外挑戦は日本の馬が「我が国の馬は貴方達の所有する馬にも引けを取りません」そう主張する場なのだ。
ここまでは多くの人間が納得のいく理由だ。相手の土俵で日本馬が勝つ、あるいは良い成績を残せば、自然と日本競馬の評価は上がる。
凱旋門賞はヨーロッパでの競馬シーズンの終盤に開催され、その年のヨーロッパ各地の活躍馬が一堂に会する中長距離のヨーロッパチャンピオン決定戦に位置付けられている。
幾つか理由はあるが、開催時期が十月と年末に近い事、極めて高い優勝賞金を出す事で有力馬を引き寄せて、権威を高めていると思われる。
いささか品の無い理由ではあるが、ヨーロッパのレース賞金の平均の低さを思えば、致し方ない部分がある。
理由はどうあれ一流馬が集まった以上は一流のレースとなり、勝利馬には大金と名誉が贈られた。
これが面白くなかったのが競馬発祥の地イギリスである。欧州一のレースをフランスに取られたままを良しとせず、キングジョージ6世ステークスとクイーンエリザベスステークスを統合新設して、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを開催した。
さらにアメリカもワシントンDCインターナショナルレースを創設して対抗した。
こうした流れの発端となった凱旋門賞に、日本競馬界は大きな価値を見出した。
『世界で最も苛酷な馬齢重量によるレースであることも凱旋門賞の価値を高めており、自分の馬がこの一流レースに勝つかあるいは入着するだけでも、オーナーは計り知れないほどの誇りを感じるだろう』
日本の競馬に関する本で、凱旋門賞はこのように紹介されている。
一度定着したイメージは中々払拭出来るものでもなく、以来日本では海外遠征といえばフランスの凱旋門賞が代名詞になっていた。
このイメージを変えるとなれば、やはり一度はレースに勝って呪いを解かねばならないのかもしれない。
2011年10月2日 日曜日 快晴 フランス・パリロンシャン競馬場
パリロンシャン競馬場。セーヌ川沿いに建つ、世界で1番美しいと言われる競馬場である。
競馬場の周囲は、前日から大賑わい。フランス市民が全て集まったようなお祭り騒ぎになっている。
紳士淑女は色とりどりの瀟洒なスーツやドレスを着こなし、ファッションショーのような華やかさがある。
イギリスの観客は品を感じさせる集団だが、パリの住民はより芸術的センスを重視した装いに見える。
それゆえに外国から来たファンは野暮ったさで溶け込めない。特にヨーロッパ人ではない、日本から応援に来た集団は人種の違いもあって明らかに浮いていた。
それでもイギリスのような富裕層の社交場に比べれば、フランスの競馬は庶民の娯楽として定着している部分もあり、幾らかは日本人にも親しみやすい。
さすがに日本の競馬場に居るような耳に赤鉛筆を乗せたサンダル履きや、ハチマキ法被の応援団は恥ずかしいので、最低でも背広とレディスーツぐらいは着ていた。
凱旋門賞を見に来る日本人は毎年それなりに多い。ヨーロッパ在住以外にも、日本の旅行会社がツアーを組んで観光も兼ねて来たり、個人で来る者もいる。
おそらく今年は例年の数倍の日本人が来ている。
昨年の凱旋門賞2着のナカヤマフェスタのファンもいるが、今年既にイギリスG1を二勝して、歴代日本馬で最も凱旋門賞優勝に近いと思われているアパオシャのファンが大半だった。
ファンの多くは中年以上と、還暦を過ぎた老人が大半だ。経済的に裕福なのもあるだろうが、父オグリキャップからのファンという理由もあった。
スターホースの二代目が凱旋門賞を勝利する光景を見たいが為に彼等は海を渡った。
そして直接パリまで行けなくとも、テレビの前で応援する日本人はその何倍も多い。
同時刻の夜の日本では、競馬番組の枠組みから抜け出したスポーツ番組が特番で中継をしていた。
通年では考えられない、凱旋門賞ウィーク中の全てのレースを放映する地上波放送でも、番組の平均視聴率はかなり高く、アパオシャの存在がより競馬を身近にしている証拠だった。
競馬ファンだけでなく馬をよく知らない一般人も、ワールドカップ決勝まで勝ち上がったサッカー日本代表が出ているような感覚で見てしまう。
特に今年は7月にFIFA女子ワールドカップで日本代表が初の優勝を飾り、大震災の苦境も相まって世界で活躍する日本人や馬のスポーツ人気が高まっていた。
そんな彼等以上にテレビの前に噛り付くように見ているのが大震災で苦しい避難生活を強いられている東北の人々だった。
被災者達は避難所の学校の体育館や公民館で、テレビを前に祈るように日本馬の勝利を願っている。
たとえ辛く苦しく災害の理不尽に負けそうになっても、世界を舞台に懸命に走り続ける馬の姿は大きく心を揺さぶった。
それに下世話な話だが、アパオシャが勝てばそれだけ馬主が賞金から寄付を約束して、自分達への義援金が増える。自分達のために命を削って走ってくれる馬を粗雑には扱えない。声は届かなくても、せめて応援したいと思う被災者は沢山いる。
被災した子供達はメインレース開始の時間までは起きられなかったが、代わりに廃紙の折り紙で作った馬や、有り合わせの材料でアパオシャに似せた手製のぬいぐるみを、今日までに沢山作った。
娯楽に乏しい避難所ではこうした遊びが荒んだ精神を癒してストレスを軽減していた。
テレビでは特番に呼ばれた競馬解説者がフリップボードを使い、ロンシャン競馬場の形状を説明する。
凱旋門賞は2400メートルの右回りコース。スタート位置からゴールまで約10メートルの高低差のある、日本と比べて非常に走り辛いコースである。
勾配の急な坂はパワーの無い馬ほど、より多くのスタミナを消費する。スピードだけでなくパワーとスタミナに優れた、名馬の中の名馬しか勝つ事を許されない、まさしく世界一の馬を決めるレースと断言した。
「既にナカヤマナイトは、前日のG2ドラール賞を敗退しました。ですがアパオシャだけでなく、ナカヤマフェスタとヒルノダムールには、是非ともこのレースに勝ち、日本に優勝トロフィーを持ち帰ってもらいたいですね」
画面にはパドックを歩く世界の名馬17頭が順番に映り、日本の馬が出るたびに歓声と声援が向けられた。
≪凱旋門賞≫ 右回り・2400m 天候:晴 芝:良 発走時間16:15(日本時間23:15)
4番 ヒルノダムール 牡4歳 斤量59.5kg 富士田
5番 ナカヤマフェスタ 牡5歳 斤量59.5kg 蝦那
8番 アパオシャ 牝4歳 斤量58.0kg 和多
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歓声の中のロンシャン競馬場をゆっくりと歩く。
イギリスのレースから約二ヵ月。いよいよ、前世では走る事の無かった凱旋門賞に挑戦する。
俺の知る限り、幾多のウマ娘が挑んでは破れて帰って来た世界一のレース。
先輩のカフェさんの実質的な引退レースになったのを思い出す。
しかも厩舎の連中の話が事実なら、未だこのレースは日本の馬が一度も勝てていない。
前世はウマ娘のナリタブライアンが初めて勝ったと憶えている。なら、あいつはまだ生まれていないのか。あるいは俺より年下で、来年以降挑むかもしれない。
ふふ、あいつに先輩面出来るのはちょっと面白い。
「なんだ、笑っているのか?世界最高の舞台を前に笑えるなんて、やっぱりお前は凄い馬だよ」
【んー、凱旋門賞は初めてだけど、カドラン賞やロワイヤルオーク賞は勝った事あるから】
距離は違えど、同じレース場のG1を走っていれば、そこまで緊張はしないさ。
反対に和多の方はちょっと緊張があるのか、手綱の感触が固い気がする。イギリスの二戦で慣れたと思ったがまだ足りなかったか。
でも、こいつもプロだ。ゲートに入るまでには準備は済んでいるだろう。
今のうちに軽い走りで芝の状態を確認しておく。
―――ここしばらく雨が降っていなかったせいか、芝がかなり固いな。前世の記憶を引っ張り出しても、これだけ地面がカチカチなのは初めてだ。
実際、走っていても芝があまり足に絡まない。これはヨーロッパの芝でも相当な高速状態になるか。
コーナーを回り、スタンドから離れた向こう正面に置かれたスタートゲートに立つ。既に半数の馬がゲートに入っている。日本から一緒に来た2頭の馬もいる。
さっきパドックを周回していた馬は俺を含めて17頭。
日本のフルゲートに近い数の馬が一斉に走るとなれば、相当きついポジションの取り合いが待っている。
さらに今世のヨーロッパにも専門の妨害屋が恐らく居る。そいつらの標的の中には、イギリスG1を二連勝した俺も入っているはず。
下手したらスタート直後から数頭に囲まれて、何もさせてもらえずに沈められる可能性が高い。そいつらに対処しつつ勝つのは、なかなか骨が折れる。
「……見られているな。未熟な日本の馬と騎手扱いをされていた方がまだ走りやすかったかな?」
【今更言ってもしょうがないさ。ここまで来たんだから、後はただ走って勝とう。ヨーロッパの馬にも、日本の馬にもだ。そして世界一になろう】
想いはきっと和多に伝わった。相棒が軽く頷いた後、改めてゲートに入り、静かに一世一代の大勝負を待つ。
弓道に縁は無かったが、引き絞られた弓から放たれる矢という表現が似合う、呼吸の合う良好なスタートを切れた。
和多も背の上で短く「よしっ!」と口から洩れた。
スタートからまずは平坦な直線が始まる。他の馬達は出方を窺うようにゆっくりと加速を始める。
イギリスもだが今世でもヨーロッパのレースはスロースタートが主流だな。
ならばこそセオリー外の動きは有効になる。
徐々に外側スタートの馬達が内側に寄り集団を形成する前に、俺は脚に力を入れて加速。包まれる前に一気に先頭に出た。
他の馬数頭が慌てて加速を始めて俺に追従してくる。なるほど、今日のレースの妨害役はお前達か。
だが、そいつらに構っている暇は無い。登坂に入る前に、内ラチに寄せて最短ラインをガンガン加速して差を広げる。
前世の時もヨーロッパ勢で『大逃げ』をしたウマ娘は殆ど居なかった。今世のイギリスの二度のレースでも無かった。
仮説の域を出ないだろうが、ヨーロッパ騎手はそんな馬に対処した経験は少ないと思う。
己の勝ちを捨ててでも一頭の馬を封じ込めるなら、妨害役を追いつかせなければ良い。
よしんば追いついて妨害しようものなら、俺とスタミナの削り合いをする羽目になって早々に脱落するだろう。
それに最初から先頭を走り、最後まで先頭のままなら、それでレースは勝ちだ。
それが出来れば苦労は無い。そういう意見もあるだろう。
とても頭の悪い回答かもしれない。現実的に困難なのは分かっている。
しかし案外、満点回答ではないが合格点やもしれんぞ。バクシさんなら花丸をくれる回答だ。
少なくとも前世のカドラン賞で、最初からスパートかけっぱなしでもスタミナを持たせた経験がある。
距離と状況が違うから一概に同じと言わんが、出来ないとも言わない。
―――――さあ、16頭の世界最高の馬達よ。
【勝負しようかぁ!!】