オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第41話 太陽の馬

 

 

 

『第90回目の凱旋門賞を制する馬と騎手は誰だ。各馬一斉にスタートを切りました。バラつきはありますが出遅れた馬はいません』

 

『頭一つ飛び出たのは、黒地に赤い玉霰の勝負服の和多が乗る8番のアパオシャです。そこからさらに前に出て、後続との差を三馬身に広げる。後を追うのは15番のテストステロンと3番シルヴァーポンド。それと10番のトレジャービーチが続く』

 

『4番ヒルノダムールは14番シャレータの隣で前目の内側を走る。5番ナカヤマフェスタは後方二番手で様子を見る』

 

『先頭アパオシャが後続の三頭を引き連れて、長い登坂に入る。五番手のヒルノダムールとは、およそ八馬身を離した先頭集団。時計は平年より早いか』

 

『スタートから700mを通過。先頭は相変わらず日本のアパオシャ。最初の第三コーナーに入り、坂の頂上からどうレースが動くのか』

 

『マスクドマーベルとスノーフェアリーは後方に居る。コーナーを回り、下り坂に入るアパオシャの脚は衰えない。依然としてテストステロン、シルヴァーポンド、トレジャービーチがすぐ後ろに詰めている。そこから五番手のシャレータとは、既に十馬身差がある』

 

『下り坂で加速したテストステロンが外側から先頭に立った。トレジャービーチも前に行き、アパオシャは三番手に下がる』

 

『下り坂が終わり、ヒルノダムールは六番手、すぐ後ろにデインドリーム。続いてフォルスストレート!フォルスストレートが待っている。残りは900m!』

 

『先頭のテストステロンが下がって行くぞ!トレジャービーチもだ!騎手が鞭を叩いても反応が鈍い。再びアパオシャが先頭を握り、フォルスストレートを加速する』

 

『三番手シャレータ、四番手ヒルノダムールが前二頭を追いかけるが、その差はまだ十馬身は離れている。セントニコラスアビー、ソーユーシンクも中団から動き出している。ナカヤマフェスタは後ろ二番目から動かない』

 

『フォルスストレートが終わり、アパオシャが最終コーナーに入った!シルヴァーポンドも力尽きてズルズルと下がっていく!』

 

『最後の直線はアパオシャの独走状態だ!しかし二番手シャレータがジリジリと差を縮めている。残りは500mを切ったぞ!』

 

『ここから後方の馬達が一斉に仕掛けていく!外からはミヤンドルとワークフォース!大外からナカヤマフェスタも来た!!インコースからはヒルノダムールだ!さらに内からデインドリームが攻める!』

 

『デインドリームがアパオシャに喰らい付く!しかし後続の追撃を、首を低く下げた独特の低重心走法で再び突き放す!残り300!残りは300mだ!!』

 

『デインドリームが追う!!二番手のデインドリームが日本の最強馬を猛追する!!しかし、その差は中々縮まらない!!』

 

『スノーフェアリー、シャレータも最後のスパートを見せるが追いつけない!!ヒルノダムールはまだ粘る!』

 

『ゴールまであと100m!アパオシャの独走状態!!二番手のデインドリームとはまだ三馬身の差がある!!これは決まったか!?決まったのか!!あの凱旋門賞を日本の牝馬が制覇するのか!!』

 

『決まったーーーー!!圧倒的な強さでゴールを駆け抜けたーー!!アパオシャが勝ちました!!二着はデインドリーム!離れて三着はシャレータです。ヒルノダムールは四着に入りました。五着はスノーフェアリー』

 

『なんと一着から五着まで、四着のヒルノダムールを除いて全て牝馬です。今年の凱旋門賞は牝馬が強かった』

 

『逃げ切ったアパオシャの背の上で、和多騎手が立ち上がって両手を高く突き上げる!34歳にして和多流次が世界の頂点に立ちました!』

 

『1969年に日本馬スピードシンボリが凱旋門賞に初挑戦してから実に42年。日本のホースマンの執念が最強の黒馬アパオシャを生み出し、今日まさに凱旋門を開け放ち、世界を制覇しました』

 

『ああっと!これは驚きました!レコードの文字が点灯しています!勝利タイムは2:24.05!2:24.05です!1997年のレコード、2:24.60から0.5秒近く更新しました』

 

『もはや彼女はオグリキャップの娘ではありません。シンザンの末裔でもない。彼女はただの、アパオシャ。旱魃の神の名前の由来通り、世界最強馬≪太陽の女帝≫アパオシャと言うべきです』

 

『おめでとうアパオシャ。おめでとう和多流次。日本史上最高のコンビよ、貴方達以上に人馬一体と呼ぶにふさわしい者達は居ない』

 

 

 

 

 着順  馬番        馬名    馬齢   着差

 

 1着   8     アパオシャ   牝4歳    

 2着  16   デインドリーム   牝3歳    2

 3着  14     シャレータ   牝3歳    5

 4着   4   ヒルノダムール   牡4歳    1/2

 5着   9  スノーフェアリー   牝4歳   クビ

 

 

 

 決着タイム  2:24.05

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 日本でテレビを見ていた人達は例外無く、絶叫、喝采、拍手、号泣と感情の波に圧し潰されていた。

 深夜でもそこかしこで喧騒が起きていて、寝ているのに叩き起こされた人は災難だろう。

 しかし歴史的瞬間に立ち会った日本人が感情を抑える事は難しかった。

 

 日本の美浦トレーニングセンターでも、大ホールを使って多くの厩舎の職員がフランス中継を観戦していた。

 調教師達の中心に居たアパオシャの調教師中島大も、周りの同業者達から祝福とやっかみ交じりの称賛を受けて、涙で顔をグシャグシャに歪めていた。

 

「おおぅおおおおおおっ!!!」

 

「何言ってんのか分からんぞ中島」

 

「おらっ!世界一の調教師様を胴上げしてやれ!!」

 

 大は調教師仲間から荒っぽく胴上げをされて祝福を受けた。

 騎手を引退して調教師を始めてから二十数年。凱旋門賞に挑む前に、フランスから帰らなければならなかったサクラローレルの手痛い失敗。屈腱炎により引退レースにさせてしまったマンハッタンカフェへの後悔。

 それらを乗り越え、ようやく辿り着いた境地。今この場で死んでも良いと思うぐらい、幸福の絶頂にいた。

 

 

 

 日本でアパオシャの関係者が歓喜に包まれる中、現地フランスでも会場は大興奮の渦の中にあった。

 多くは勝利した馬を称える声で、一部は落胆とおそらく罵声も混じっている。それは仕方あるまい。金を賭けていた者や、自分の馬が負けたとあっては平静ではいられない。

 同時に、たとえヨーロッパではない日本の馬が勝っても、現地のフランス人の多くは感嘆して祝福する。

 その身にフランスの名馬ダリアの血が流れているのも理由の一つ。

 そしてそれ以上に、勝者が好きだから。

 ヨーロッパ人は強い馬を愛している。どこの生まれだろうが関係無かった。

 

 ウイニングランと検量を終えたアパオシャが拍手の中を歩く。その背には勝者の証たる、ワインレッドのブランケットが着せられていた。

 ウィナーズサークルには、調教師代理の遼太、厩務員達、馬主の南丸、生産牧場主の美景晴彦夫妻ら関係者達が待っている。

 日本の国歌をバックに、彼等に迎え入れられた世界最高の人馬。

 

 相棒の背から降りた和多は無言で南丸と抱き合った後、晴彦達と固く握手を交わす。

 厩舎の面々もそれぞれアパオシャに抱き着いたり、顔を撫でて最高の馬と褒め称えた。

 何十台ものテレビカメラが彼女を捉え、カメラのシャッターボタンが押される。

 

「和多騎手!今のお気持ちを日本で見ている人達に伝えてください!!」

 

 日本のテレビ局のアナウンサーが和多にマイクを差し出す。

 

「えっと、これ以上無いってぐらい最高です!それも全てアパオシャのおかげです!それだけでなく、日本から来て世話をした人達やそれ以外にも沢山の関わった人に感謝します!本当にありがとうございました。今日の勝利は皆の物です!!」

 

 深々と頭を下げた和多に拍手が贈られた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 日が落ちて電灯に照らされた馬房の中で、黙々と草を食べる。今は少しでも失った体力を回復するために食べ物が欲しい。

 さすがに凱旋門賞を走った後は疲労が凄い。酷使した筋肉や関節が今も悲鳴を上げている。

 これは数日は食って寝て過ごさないと軽い運動すら無理だ。

 傍目から見れば余裕の勝利に見えても、実際は殆ど余裕は無かった。

 俺が勝てたのは天候に恵まれて芝が乾いていた事、前世で何度もレースをしてロンシャンの地形を熟知していた事、全てを任せてくれる騎手に巡り逢えた事、あと俺自身の実力。

 大雑把に四つ全てが備わっていたから何とか勝てた。世界最強を決めるに等しいのだから、決して楽勝なレースじゃなかった。

 そして出来れば、もう少し長い距離を走れれば余裕があったんだが。2400メートルはスピードも相応に重視されるから、適性距離が3000~4000mの俺にはやっぱり辛い。

 最初から全力に近い速度を維持しつつ、スタミナの続く限り走り続ける『大逃げ』。

 言うだけなら簡単でも、途中でスタミナが枯渇したら無様に負ける。かなりリスクの高い走り方を選ばなければ勝てなかった。

 ヨーロッパは坂が多くて勾配が強烈だから、多少脚が遅くても誤魔化しが利くけど、それでも最高速度を引っ張り出し続けるのは疲労が酷い。

 それに前世の一度目のカドラン賞の時は、同じ走り方をして靭帯を損傷した。今回は四つ足だったから負担が分散したのか、単純に距離が短かったからか脚が壊れる前にケリがついた。両方かもしれないが、どちらにせよ何度も同じ手は使いたくない。

 脚をへし折ったらKG6&QESの3番みたいに、その場で介錯を受けることになるかもしれない。走らせるだけ走らせて、たった数年で命を奪われるのはゴメンだ。

 

【――――でもやり切った。これで安心して日本に帰れる】

 

 確か5月末に飛行機に乗ったから、もう丸々四ヵ月が経っている。

 レース目的でここまで日本を離れたのは前世でも無い。トフィ達は元気でいるのか。仮に無事でも、余震でストレス溜めていないと良いけど。

 次のレースは何かなぁ。後は日本に帰るだけで、今月はもう走らないだろうから、来月のジャパンカップか去年と同じように年末の有馬記念かな。

 特に有馬記念は去年大ポカをやらかしたから、今年は是非とも汚名を雪ぎたい。

 今年の残り三ヵ月で走るレースをあれこれ考えていると、変な足音が耳に入る。さらに漂う鼻腔を刺激する酒臭さに疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 厩舎に入って来たのは、酒瓶を手に千鳥足の和多だった。

 

「うぉーい、いるかー?」

 

【凱旋門賞に勝てて嬉しいのは分かるけど、いい年なんだから控えろよ】

 

 当然馬の声は分からないし、仮に人が言っても酔っぱらいが理解出来るはずがない。

 和多は始終口元が緩んだ笑みを浮かべて、俺の馬房の扉の横に座り込む。

 

「今日はお疲れだったな。ほんとうにお前は凄いよ。俺みたいな二流止まりの騎手がさ、無敗のクラシック三冠達成して、海外G1を三回も勝てたのは全部お前のおかげだ」

 

【そうか?俺はあんたを一流だって思ってるぞ。柴畑はともかく、蝦那とか富士田はちょっとやりづらいし】

 

 一緒にフランスに来た騎手が全員試しに俺に乗ったが、どうもあんたほどしっくり来ないんだよ。技量は上かもしれないが、性格というか馬を扱う方針が合わないんだろう。

 ああでも、イギリスに居た時にランプの奴に乗ってた、マルコ・デニーロとかいうラテン系の騎手は上手かった。

 

「俺はさ、今までずっと一番強かったのはオペラオーだって思ってた。未熟だった20そこらの俺を乗せても、G1を七回も勝ったんだぞ。もっと上手い猛さんとかだったら、あと三つは勝てた」

 

 マジか。あんたがテイエムオペラオーちゃんの騎手だったのかよ。今までそういうの全然話さないし、言葉に後悔みたいな感情が込められているから、よっぽど口にしたくなかったのか。

 そういえば今日勝ったから、俺も七冠になった。これからまだまだ走るから、今世はどれだけ冠が増えるかな。

 

「お前はそのオペラオーと同じぐらい強い。やることなすこと滅茶苦茶で、乗ってる時はすげえ大変で疲れるけど、でもお前と一緒に走れてすごい嬉しいんだ」

 

【俺も和多の事は嫌いじゃないぞ。今更他の奴と組むのも面倒くさい】

 

「おっ、そうかーお前も嬉しいか。へへへ、これからも頼むぞ―――――」

 

 それだけ言って、和多は酒瓶を枕に寝てしまった。やれやれ、酔っぱらいは困ったもんだ。

 こんな時間じゃ厩務員も様子を見に来ないから、朝までに相棒が凍死してしまう。

 前世の時にも髭トレーナーが、秋にヨーロッパの道端でテント張って野宿したら、あまりの寒さに仲間が凍死しかけたと言ってたしな。

 

 放っておけないから、馬房の扉の閂を内側から口を使って動かして、扉を開ける。その後は和多の服を咥えて馬房の中に引き摺り込んで、寝藁の上に寝かせた。

 藁は断熱材だから固くて冷えるコンクリートよりはずっといい。

 さらに俺も足を畳んで隣に座った。人肌ならぬ馬肌があれば少しは温かいはずだ。

 たまにはこうして相棒と夜を明かすのも悪くない。

 

 

 翌朝。俺達日本馬の世話に来た厩務員が、馬房で寝ている和多を見つけて大声を上げた。

 この話がフランスに来ていた日本のスタッフ全員の耳に入り、しばらく和多はこの話をネタにされた。馬と添い寝した騎手とか、浮気相手が馬とか色々言われたらしい。

 これに懲りたら酒は程々にするか、ちゃんと部屋のベッドで寝ろ。

 

 





 イギリスの時にアパオシャはアスコットレース場◎と登山家のスキル持ってると書きましたが、ロンシャンレース場も◎持ってます。

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