毎度たくさんの感想をありがとうございます。今回も頂いた感想の数が多いので、この場でまとめてお礼を申し上げます。
それと、感想欄でアパオシャがテレビのリモコンを使えるのか疑問が多かったでお答えします。
流石に蹄でリモコンの小さなボタンは押せないから、厩務員の松井が適当に選局してアパオシャが仕草で伝えて気に入った番組を見ています。
途中から好みが分かったので、あとはスポーツや料理番組を予約設定してオートで流しています。
隔離中はちょうど野球の日本シリーズがあったので、特定の球団を贔屓しませんが好んで見ていました。
それ以外にも競馬、サッカー、バスケット、テニス、陸上競技、相撲などなど、割とスポーツなら何でも見ます。
凱旋門賞を勝利して、世界最強馬の称号を掲げて帰国したアパオシャ。彼女が中山競馬場で検疫隔離という名の別荘生活を満喫している間も、日本の競馬界は大きく盛り上がっていた。
菊花賞を制して、去年に続いてクラシック三冠馬の栄誉を手にした癖馬≪暴れん坊将軍≫オルフェーヴル。
東京競馬場で開かれた秋の天皇賞の盾を手にしたのはこれまでG1未勝利、単勝7番人気のトーセンジョーダンだった。しかも、勝ちタイムは1分56秒1。2008年にウオッカがマークした時計を1秒以上も短縮する、驚異的な日本レコードを叩き出しての勝利だった。
さらにエリザベス女王杯は、昨年同様に外国牝馬が強かった。昨年女王のスノーフェアリーが自慢の豪脚を用いた見事な差し切りで、日本史上初の『外国馬による平地GI連覇』を成し遂げた。スノーフェアリーは最強馬アパオシャと凱旋門賞で激突した仲でもあり、未だ『世界の強さ侮りがたし』と見せつける結果となった。
そして世界の強豪が轡を並べるジャパンカップの栄冠を戴いたのが惜敗続きのブエナビスタ。昨年JCと有馬記念の敗北からドバイWC、ヴィクトリアマイル、宝塚記念、秋天皇賞と勝てない中で、ようやく掴んだG1六勝目。しかも昨年勝者ローズキングダム、今年の凱旋門賞2着のデインドリーム、ドバイ王者ヴィクトワールピサ、その他強豪馬全てを下しての勝利の価値は計り知れない。
こうしたG1馬の活躍以外にも、それぞれの馬にドラマがあり、懸命に走る姿は大震災より半年が経つ日本に、僅かばかりの希望と活力を与えた。
日本競馬界を支配するJRAも、オグリキャップの末娘アパオシャが契機となった競馬への関心を座して見る事はせず、盛んにメディアを使って再び競馬ブームを巻き起こそうと躍起になっていた。
今回はディープインパクトのみを喧伝するような下手は打たなかった。多少偏りはあっても多くの馬達の来歴にスポットを当てて、競馬とは娯楽であり野球やサッカーと同じスポーツと、賭博以外のクリーンなイメージと馬のアイドル性をアピールした。
おかげで震災以来自粛の嵐で娯楽に餓えていた国民は、健全な動物が主役のスポーツに飛びついた。
大小さまざまな競馬関係者の活動により、日本は再び競馬への熱気を滾らせるようになっていた。
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そして日本は本格的な冬の12月を迎えた。
北海道の内陸にある帯広も雪がちらつき、アパオシャの生家の美景牧場も静かに雪の白に染まっている。
社長業を息子に譲った秋隆は、今日も牛と馬の世話に追われている。
アパオシャが勝ち続ける事でJRAから交付金が支払われ、弟妹達も高く売れているから経済的な余裕はそれなりに出来た。
こうなると事業拡大に資金投資をするのが定番で、厩舎にある程度余裕を持たせつつ、乳牛を増やして生乳の卸し量を増やした。
さらに従業員を一人雇って世話を任せている。
実は乳牛を増やしたのはオマケであり、アパオシャのレースのたびに誰かが牧場を空けなければならない。人手不足の負担軽減のために、従業員を増やしたかったのが本来の目的だった。
今も新社長の晴彦は、母屋の応接室で来客の対応中だ。最近はこんなことが多くて、家畜の世話に集中出来ない。
家族だけで経営していた時より経費は掛かって儲けもあまり変わらないが、負担は軽くなったので悪くない。少なくとも間違った判断ではないと秋隆は思う。
これからは若い世代に任せて、いずれ孫娘が婿を取って牧場を継いでくれるのをゆっくり待つ。
今の秋隆の楽しみは、そんな未来を想像しながら家畜の世話をする事だった。
父親が気楽に仕事をしているのとは反対に、晴彦は自宅に居てもわざわざスーツを着て来客の対応をしなければならず、辟易していた。
ここ二年近く来客が増えた。大抵は黒子=アパオシャがレースに勝つたびに母馬のマチやその子らを見に来る競馬関係者と取材に来るマスコミ。それと胡散臭い投資話を持ち掛けて来る連中。
正直言って、どれも本業の邪魔だから来てほしくない手合いだった。
ただ、今回の客はそれらと多少毛色が違ったので、面倒に感じつつも普通に応対している。
「ミスターミカゲ。忙しい中、時間を作って頂きありがとうございます」
「いえ、遠方からの客人を追い払うような真似はしませんよ。それに貴方達にはイギリスで世話になっています」
晴彦は牧場の入り口で数名の外国人を出迎える。
客人の中で唯一日本語が通じるのが英国王室所属の事務官。日本語が堪能で、ロイヤルアスコットの時にアパオシャ陣営への連絡などを担当していた。KG6&QEステークスの後の女王からの無茶振りにも一緒に苦労した仲だった。
他の二人は調教師と助手で、一度この牧場にも来た事がある。だから馬に携わる者として、互いにどことなく気安さを感じている。
「それで今日はうちに居る馬を見たいと電話で話していましたが」
「ええ、ウミノマチ11の成長の状態を見に来ました」
「ネコ太郎は元気ですよ。雪の中でも放牧して走り回ってます。案内します」
三人は晴彦の後を付いていき、雪が降るのも気にしない。
放牧地で雪にはしゃぐ大小二頭の幼駒。その内の小さい方の栗毛を晴彦は連れて来て、柵の外に出した。
栗毛のネコ太郎は助手の顔をペロペロ舐める。彼は英語で落ち着けと言っているが、通じてないので成すがままにされた。
調教師の方は助手を放っておいて、馬の体をじっくり観察している。
観察が終われば、何度か頷いて事務官に英語で話している。
「健康的に育っていて、調子も良さそうと言っています。ただ、姉のように走れるかは調教次第だと」
「では問題は無さそうですね。このまま家のやり方で育てます」
本場イギリスの調教師から、一先ずの及第点を貰った晴彦は内心ホッとした。
後は馬を再び放牧地に戻して、四人は温かいものを飲むために母屋に入った。
四人は防寒具を脱ぎ、自宅の小さな応接室で温かい緑茶を啜る。
最初に来た時は外国人だからコーヒーか紅茶を勧めたが、三人とも緑茶も美味いから良いと好んだ。
『まさか日本の馬がカルティエ賞の年度代表馬と最優秀古馬に選ばれるとは思わなかった』
『私も今年はフランケルだと思ってましたが、やはりレーティング以外にも記者達の心を掴んだのが大きかった』
『以前ミスターミカゲは、アパオシャは意図せず偶然産まれた馬だと言ったが、なればこそ神に愛されているとしか我々は思えない』
調教師の師弟が驚きの視線を晴彦に向ける。
彼等は日本馬がまだまだ自分達に及ばないと思っていた所に、自国のG1を二勝、フランス凱旋門賞を勝ち、ヨーロッパ競馬最高の栄誉を奪われた事で考えを改めなければならなかった。
事務官が二人の英語を通訳して晴彦に伝えても、彼自身は曖昧な笑みを浮かべるしかない。
先月イギリスで、その年のヨーロッパ最高の競走馬を決めるカルティエ賞の発表があった。世界の競馬関係者を驚かせたのは、年度代表馬に日本馬アパオシャが選ばれた事だ。
対抗馬だったイギリス馬フランケルも昨年デビューしてから9戦全勝。今年はマイルG1を四勝、G3一勝と桁違いの強さを見せていたからこそ、選ばれなかった事へのファンと関係者の落胆は大きかった。
一応納得出来る理由はある。
まずアパオシャが勝利した凱旋門賞とKG6&QESは、共に世界で五指に入る最高峰レース。このレースに勝った事で131ポンドと、世界第3位の高いレーティングを獲得した。レーティング自体はフランケルの136ポンドが上だが、それだけではカルティエ賞は判断されない。
補足するとレーティングとは、その馬の評価をポンドで算出する方法である。
算出方法は大雑把に言えば、強い馬に勝ちつつ着差を広げればポイントが高くなる。
さらにレース距離が短ければ短い程、着差が広がった時の加点は大きくなる。つまり短距離やマイルの方が評価が高くなりやすい。
アパオシャの場合は世界最高峰のレースで、前年凱旋門賞馬のワークフォースや今年度のプリンスオブウェールズSを勝利したリワイルディングに勝った事で高評価を得たものの、着差があまり開いていないため、マイルG1レースで他を圧倒したフランケルに一歩譲る結果になった。
それと今年の世界2位は、オーストラリアのブラックキャビアというスプリンター馬だった。レーティングは132ポンド。
アパオシャはレーティングでこそ前述の二頭に劣るものの、カルティエ賞はJRA賞同様に記者や新聞社の投票で代表馬が決まるシステム。より記事になる馬が優位に立てる。
この点アパオシャは話題性抜群で、特に今年は日本で大震災があり、馬主の南丸がレース賞金の大半を被災者に寄付する旨を明言しているため、世論は大きくアパオシャに味方している。
よってレースの評価は負けていても、記者と新聞社の投票の面でアパオシャが上と判断されて受賞となった。
「これほどの名馬の弟です。我が国の女王陛下もウミノマチ11には大きな期待を寄せています」
「あまり期待し過ぎんでください。馬は人が期待しても素直に走ってはくれません」
晴彦は偉人の期待に応えられる馬かどうかは分からないと、素直に伝える。
公的にはネコ太郎は今も美景牧場の馬だ。無論、世界最強馬になったアパオシャの弟という事で、毎日買取の連絡があり、交渉人が訪ねて来る。
日本中の馬主だけでなく、ヨーロッパ、アメリカ、香港等、各国入り乱れた馬主が札束を見せて交渉を持ち掛けていた。
そうした交渉にいい加減うんざりしていた美景家は彼等に、一律に2012年夏の競りに出すから後は好きにしてくれと半ば投げやりに放言していた。
そこにアパオシャを大いに気に入ったイギリス女王も名乗り出た。むろん本人ではなく御付きの事務官を通しての事だが。
女王は競りで幾らになっても、ウミノマチ11を必ず落札すると晴彦に確約した。
さらに数ヵ月に一度は、入厩予定先の調教師に養育状況を直接確認させている。女王の本気が窺える。
ここまでするなら、いっそ庭先取引で購入してイギリスに連れて行った方が良いと思うかもしれない。
しかしそれをしてしまうと、美景牧場が金で転んだと言われ、女王も金と権力にモノを言わせて後から奪ったと、日本人からの評判が悪くなる。
両者の思惑により、宣言通り誰にでも権利のある公正な競り市の形を取りつつ、穏便に売却する取り決めになった。
幸い相手がどんな金持ちでも、世界最高の資産を持つ英国女王に勝てるはずなど無い。売買契約はほぼ決まったようなものだ。
実際はキリスト教圏の人間は書面での契約を重んじるから、契約書を交わしたわけでもない口頭のやり取りなら反故にしても問題と思われない。日本人の信義誠実を重んじる文化性に、女王が配慮を示したという程度だ。
『ですがあの馬は父母の血統にVaguely Noble(ヴェイグリーノーブル)が居ます。血統のクロスが10%程度生じているなら、走ると思います』
ヴェイグリーノーブルとは1960年代に、イギリスとフランスで活躍した凱旋門賞馬だ。
調教師が血統を調べた時に、内心こんな極東の小さな牛牧場の馬にも名馬の血が流れているのに驚いた。
おまけに姉同様にノーザンダンサーの血が全く入っていないから、色々と期待したくなる。
とはいえ血統だけで馬の全てが決まるとは四人は思っていない。だからこそ競馬は面白いとも言えた。
月日は経ち、翌年の夏の競り市に1歳になったネコ太郎が出された。約束通り落札したのは英国王室。
代理人を挟んだとはいえ、日本馬の競り市に英国女王が名乗りを挙げる異例の事態は、世界のメディアに大きく取り上げられた。
その後、単身イギリスに渡ったネコ太郎は、幼名と後脚の長い白斑にちなんで『カラバ』と名付けられた。この名はヨーロッパの民話『長靴をはいた猫』の主人公の名である。
競走馬になったカラバは4歳まではあまり勝ちに恵まれなかったが、姉に似た晩成型のステイヤー気質で5歳から急激に力を付けて、それ以降はヨーロッパの長距離重賞を幾つか勝つようになった。
年を経るごとに強さは成熟していき、後にイギリス史上最強のステイヤー王と呼ばれるようになるストラディバリウスと、何度もトロフィーを賭けてG1レースを走る未来が待っていた。
感想欄でネコ太郎は『カバラ』ではなく『カラバ』では?というご指摘がありまして間違えていたので名前を訂正しました。