オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第5話 調教師が決まる

 

 

 吾輩は畜生である、これから引っ越しする。

 暦は既に夏に移った。

 今日は生まれ育った牧場から、競走馬に適した訓練を受けるための牧場に移されるらしい。

 学校にいるナツちゃん以外の、普段見かけない大婆さまも加わった美景一家総出で見送ってくれる。

 

「あっちでも頑張れよ黒子」

 

「周りの馬と喧嘩はしちゃダメよ」

 

 はいはい、分かってますよ。前々から言われている通り、レースに勝つためにしっかり身体を鍛えてくるから。

 大型のトラックでやって来た作業員が俺の手綱を引いてトラックに乗せようとする。

 促されるまま、自分からトラックに乗ると作業員がビックリしている。

 

「こんなすんなり車に乗る馬は年に一頭ぐらいですよ」

 

「頭の良い子なんですよ。馬具を付けるのも最初に驚く以外は、大人しかったので」

 

 口の中に突っ込まれるハミだけはあんまり好きじゃないんですけどね。

 ともかく余計な手間がかからなかった作業員は機嫌よく俺の首を撫でて、トラックを走らせた。

 じゃあね、皆さん。ウマ娘じゃないからどこまでやれるか分からないけど、元G1十五勝ウマ娘として、G1の一つぐらいは勝てるように鍛えてくるわ。

 

 

 連れてこられた育成牧場とやらは、中々に壮観な場所である。

 まず最初に馬がやたらと居る。先日まで居た牧場には母を含めても十頭以下だったのに、ここにはざっと百頭は下らない数の馬ばかりだ。

 そうなると群れる生き物の馬は早々に集団を形成する。

 俺はさして気にせず、前に居た美景牧場の十倍は広い放牧地で草を食って走って寝るを繰り返していたら、いつの間にか数頭が近くに居て、仕切る立場になっていた。

 ちょっとトレセン学園でチームリーダーやってた頃を思い出して、少しだけ楽しくなった。

 リーダーになったからには、仲間への責任が生まれる。よってメンバーに少しでも強くなって欲しいと思って、朝も夜もひたすら走らせて鍛え続けた。

 

【うわーん!つかれたよー】

 

【もうねむたいよー】

 

【はいはい、まだまだ頑張れるんだから、つべこべ言うな。俺達は速く走れないと二本足に食われるんだぞ】

 

【たべられたくないよー】

 

【いたいのやだー!】

 

 駄々をこねる馬達のケツを叩いて坂路を延々と走らせる。

 まったく、もうちょっと根性見せろ。俺の知ってるトレセン学園のウマ娘達は、もっとガツガツしてたんだぞ。

 でもやっぱりこうやって、同じ境遇の連中と一緒に走るのは楽しい。

 ただ、美景牧場の二頭の馬に比べて、どの馬もみんな小さいなあ。前の牧場の時には俺が特別小さいと思っていたけど、もしかしてあの二頭は前世のばんえいウマ娘だったのかもしれない。

 そうなら、きっとあの二頭も今頃頑張ってソリを曳いているんだろう。俺も負けないように頑張らないとな。

 

【よーし!ちょっと休んで草を食え!食って走って強くなるんだっ!】

 

 俺はとりあえず自主トレしつつ、こいつらの甘ったれた根性を叩き直してやるか。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 北海道の育成牧場で黒子が鬼軍曹をやっている頃。

 世界はリーマンブラザーズの経営破綻で未だ大混乱に陥っていたが、彼女の馬主となったゲームソフト会社社長南丸浩二は、茨城県美浦村を訪れていた。

 ここには日本を二分する、競走馬の鍛練と調教を目的とする美浦トレーニングセンターがある。

 今回はあらかじめ先方に訪問の連絡を入れて、取引先の重役で同じ馬主の推薦状を持っているから、美景牧場の時のような失態は無い……はず。

 

 トレセンの事務所で身分証を見せて入場を許された。

 広大な場内を歩き続けて汗が噴き出す頃に、ようやく目的の厩舎に辿り着いた。

 

「すみません、本日面会の予約をした南丸です」

 

「こんにちは、話は伺っています。テキを呼んできますから、そちらの椅子に座って待っててください」

 

 南丸は厩務員に言われた通り椅子に座って待っていると、小柄だがどこか凄みのある男が厩舎に入って来た。

 

「お待たせしました。私がここの調教師をしている中島大です」

 

「初めまして、連絡した南丸浩二です。このたびは時間を作って頂いてありがとうございます」

 

 南丸は名刺と一緒に推薦状と預ける馬の資料を中島に渡す。落ち着いた雰囲気に似合わず、この調教師は若い頃から色々と派手な逸話がある。

 かつて中島は騎手として昭和の時代を彩り、サクラユタカオー、サクラバクシンオー、サクラチヨノオー等の『サクラ』の馬に乗り続けて、いくつものG1レースを勝ち続けた名騎手である。

 騎手を引退してからは調教師に転向して、サクラローレルやマンハッタンカフェといったG1馬を育て上げた。

 ここ数年は重賞勝利から遠ざかっているが、まだまだ衰えは見せていないと、推薦してもらった馬主から聞いている。

 

「西隅さんから電話で話は伺っています。馬を一頭預かってもらいたいと」

 

「はい。なにぶん初めて馬を預けるもので、至らぬ所ばかりですがよろしくお願いいたします」

 

「そう畏まらないでください。馬はウミノマチ07、オグリキャップの娘でミホシンザンの孫と聞いています」

 

「無理でしょうか?」

 

「いえ、責任をもって預からせて頂きます」

 

 昭和の騎手にとってオグリキャップの名は特別だ。無論自らが騎乗した馬こそ最高の一頭という自負はあれど、あの芦毛だけは競走馬に留まらない、競馬界全体を変えてしまったスターと認めている。

 もっとも、その子供だから名馬になる保証は全く無いし、甘やかそうなんて思わない。あくまで一頭の馬として厳しく調教するつもりだ。

 

「あー良かった。これで少しは肩の荷が下りました」

 

「ははは、まだまだデビューまでにすべき事はたくさんありますよ。―――資料には今は育成牧場に預けてあるようですね。来年になったら現地に行って、馴致の状況を見てきましょう。デビューする時期は追ってご相談します。――あっ」

 

「どうしました!?」

 

「一つ、馬主さんの大事な仕事がありました。デビューまでに馬の名前を決めてください。でないと登録出来ません」

 

「あー、ははは。そういえばそうでした。いやぁ、自分で馬に名前を付けるなんて犬猫よりずっとワクワクします」

 

「馬主さんの特権ですから、なるべく良い名前を贈ってあげてください。あと勝負服も決めておいてください」

 

 中島調教師から難しくも楽しい宿題を渡された南丸は家に帰ってあれこれ悩み、家族の何気ない一言で社内公募を始めた。

 全社員が参加する熱の入った公募になり、年末には結果が出る事になる。

 

 

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