オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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 えー前話の感想覧が愉快なことになっています。牝馬が牝馬限定レースに出るのは普通ですし、エリザベス女王杯だって立派なG1なのに虐殺扱いは酷いですよ(笑)
 冗談はさておき(出走する面子に目を瞑りさえすれば)中距離が専門外のアパオシャなら、仮にもG1出走する上澄み馬なら良い勝負が出来ると思います。アクシデントが起こらない保証も無いですから、少なくとも来た、見た、買った、の退屈で一方的なレースにはしないと保証します。




第48話 教育は難しい

 

 

 冬の厳しさも過ぎ、草花が春の到来を告げる3月の下旬。

 期待に胸を膨らませたファン達で混雑する中山競馬場でも、馬主席はゆったりとした時間が流れていた。

 現在は昼も過ぎて、メインレースのG2日経賞が近づくにつれて馬主や同伴者が増えているものの、馬主席自体がかなり空間に余裕をもたせて造ってあり、席取りや混雑などとは無縁の場所だった。

 アパオシャの馬主の南丸は今回も観戦している。共に来た家族も馬の事は素人でも、自分の家の馬が勝てば嬉しいからイベントとして緩く競馬を楽しんでいる。

 当の南丸は家族から離れた場所で一人の男と向かい合っていた。

 

「南丸さん、この度は無理難題を聞いて頂いて感謝します」

 

「いえいえ、私達にとってはそこまで無理ではありませんよ、古田さん」

 

 南丸の対面に座るスーツ姿の中年男性が深々と頭を下げる。

 彼は古田駿輔。競走馬の出走を手掛けるクラブ法人の≪サンダーレースホース≫の代表を務めている。

 競馬におけるクラブ法人とは、馬主登録されていない者が競走馬に小口に分割された持分を通じて投資することで、間接的に馬主になれるシステムである。

 このシステムのおかげで、主に経済的に馬主資格が得られない、馬一頭の維持費を払えない者でも、寄り集まる事で馬主の気分を味わえる。

 駿輔は40歳前と若いながらクラブの代表を務める才人であり、日本最大の馬産集団である社大グループの一員でもある。

 

「世界最強馬のアパオシャをフランスへの帯同馬に使おうなどと、ふざけるなと罵倒されないか内心ヒヤヒヤしていましたが、南丸さんの寛大さには頭が下がります」

 

「旅は道連れと言いますし、昨年の三冠馬オルフェーヴルとならアパオシャにも良い刺激があると思っただけです。私の方こそ来年は社大さんにお世話になるかもしれません。その時はよろしくお願いします」

 

 お互いに礼を述べた後に苦笑する。1月末に中島調教師から話を聞いた南丸は、すぐに≪サンダーレースホース≫に連絡を入れて、アパオシャのフランス遠征を伝えて帯同馬の件も了承した。

 駿輔の方も狙いを看破されていた事に動じず、話はトントン拍子に纏まった。まるで相手が思惑に気付いていようがいまいが構わないという腹積もりだったように。

 

「うちのオルフェーヴルはとにかく落ち着きが無いので、秋の遠征を機に少しは精神的に成長してくれれば良いのですが」

 

「あの馬はまだまだ先があります。出来れば勝って日本馬の凱旋門賞連覇になってほしいです」

 

 馬を見る目が無い南丸でも、あの暴れん坊がもう少し落ち着きのある気性なら、世界のどんなレースでも勝てると厭でも実感する。日本の馬が世界を相手に引けを取らない、アパオシャと共に去年がまぐれ勝ちではないと知らしめる良い機会だろう。

 

「今年限りでアパオシャは引退。そして繁殖が始まります。種付けの事は全く分かりませんから、ご教授お願い致します」

 

「お任せください。世界最強馬の繁殖に意見を出せるのは、ホースマン冥利に尽きます」

 

 アパオシャは今年で現役を引退して、その後は繁殖牝馬となる。そこまではどんな馬も通る道だ。

 問題はどの牡馬の種を付ければいいのか、素人の南丸はよく分からない事だ。懇意にしている美景家も一応競走馬の基本的な知識は持っているが、彼等はあくまで輓馬がメインであって、サラブレッドはオマケに近い。引退後の預託繋養は請け負えても、世界最強馬の繁殖への意見は責任が取れないと断られた。

 自ら繁殖のマネージメントを買って出る輩も居るには居たが、その手の連中は胡散臭さが鼻に付く。一応後日連絡を入れると煙に巻いて誤魔化していた。

 しかし他に当ても無く、どうしたものかと考えていた時、オルフェーヴルの遠征の話が舞い込んだ。

 南丸はこれはチャンスだと思った。直接的ではないものの向こうから頼み事をしてきた。頼み事の見返りに社大グループにアパオシャの種付けのアドバイザーになってもらうよう頼んだ。あわよくば、社大の種牡馬を優先的に回してもらう事も可能だろう。

 駿輔は南丸の対価を快く引き受けて、話はすんなり纏まった。その上、遠征に付き合わせる形になるアパオシャのフランス遠征費用を肩代わりすると申し出た。

 随分と気前のいい話に聞こえるかもしれないが、オルフェーヴルが凱旋門賞勝利馬になれば高額の優勝賞金が入り、さらには凱旋門賞馬の肩書が付いて、種付け料の額が跳ね上がる。

 もしそうなれば馬一頭の遠征費用など、数回分の種付けで賄えてしまう。見返りの大きな必要経費と割り切れた。

 それに金銭で解決出来る事は金銭で解決した方が良いに決まっている。世の中往々にして「タダより高いものはない」のだ。

 

 話が予想以上に上手く纏まった後、ふと南丸は駿輔に乗せられたと気付いた。

 自分が馬の素人でアパオシャの引退を表明しても、どの馬の種を付けるか具体的な話が進んでいないのを知り、それとなく調教師経由で遠征話を持ち掛けた。

 おそらく遠征の帯同の見返りに、種付けのアドバイスを求めてくるのを見越していた。

 無論オルフェーヴルが無事に凱旋門賞に勝利して、種牡馬としての価値が高まれば最上。しかしフランス遠征が失敗しても、自分が世界最強馬の繁殖について社大グループに意見を求めた時点で、最低限の利は得たも同然。

 社大グループが所有する種牡馬との産駒が活躍すればその馬の価値は上がる。仮にグループ以外の種牡馬を勧めても、身贔屓しない誠意を見せて業界からの評価も上がる。

 帯同馬の話に怒って連絡すらしないという選択は、自分の普段の振る舞いと性格から除外されていたのだろう。

 上手く乗せられた感はあるにしても、少なくとも損は無い。社大グループとの本格的な繋がりも出来た。お互いに利がある以上は商人として納得せざるを得ない。

 

「―――オルフェーヴルは調子が良さそうですね。先週の阪神大賞典は見事な走りでした」

 

「池園君あってのオルフェーヴルです。その点、アパオシャは常に最高の走りが出来て羨ましいですよ」

 

「こちらも中島先生や和多君の尽力の賜物ですよ。今日は古田さんの所のルーラーシップやユニバーサルバンクとのレースを楽しみにしています」

 

「まさかアパオシャが阪神大賞典の連覇を狙わずに、今日の日経賞を選ぶとは思いませんでした」

 

 駿輔はいかにも当てが外れて困ったという顔をする。元々彼は先週開催した阪神大賞典にアパオシャが出ると思って、対抗するためにオルフェーヴルの出走登録をしていた。

 それが蓋を開けてみたら今日の日経賞だ。ただでさえ今日はクラブから二頭馬を出しているのに、八冠馬相手では苦しい戦いを強いられる。

 自分の思うようにいかないのが競馬でも、走る前から予想を外していては間抜けが過ぎる。

 こうなったら後は馬と騎手を信じてレースを見守るしかない。

 

 

 数時間後。今日のメインレース、G2日経賞の幕が上がった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

  『国内に敵無し!アパオシャが日経賞を完勝!』

 

 

 2012年3月24日(土)。中山競馬場、第11レースで行われたG2日経賞(右・芝2500m)の勝者は八冠神馬アパオシャ。

 

 先日の雨で重馬場となった24日の日経賞は、オークス馬サンテミリオン、八冠馬アパオシャの牝馬二頭が加わった15頭立てで行われた。

 レースの序盤は重馬場に相応しい波乱の展開だった。13番人気9番のネコパンチの鞍上の江田島が思い切って大逃げを敢行して、大胆にペースを作りに行く。

 一番人気単勝1.0倍で圧倒的人気に推された3番アパオシャは安易には動かず、前半は後方十番手で様子を窺う。

 一頭で大きく先行するネコパンチがこのまま逃げ切るかと思われたが、この程度の奇策では最強の女帝は揺るがない。

 向こう正面、残り1100mでアパオシャは動いた。馬群から抜け出て、温存した脚を使った超ロングスパート。ジリジリと先頭のネコパンチのリードを喰らいながら順位を上げていく。

 最後は名物≪中山の坂≫で捉えられて、アパオシャに半馬身差を付けられてレースは終わった。重馬場を利用した奇襲で足並みを乱す作戦は他の馬には効果を示しても、女帝にだけは通じなかった。勝ち時計は2分36秒8。一番人気単勝1.0倍での重賞勝利は2005年菊花賞のディープインパクト以来。

 

 鞍上の和多騎手は「普通に走って普通に勝つ、アパオシャは今が一番充実した全盛期です。今年一年こういうレースが出来ると良いですね」

 息一つ乱れていない和多氏のインタビューは頼もしさ以上に畏怖すら感じてしまう。

 

 

 

 

 着順   馬番       馬名   馬齢   着差

 

 1着    3     アパオシャ  牝5

 2着    9     ネコパンチ  牡6    1/2

 3着    8 ウインバリアシオン  牡4    3

 4着   14   ルーラーシップ  牡5   クビ

 5着   13    コスモロビン  牡4  2.1/2

 

 

 勝利タイム  2分36秒8

 

 

 

  ≪駿英4月号から≫

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 吾輩は馬である。今年に入ってから最初の、中山のレースはまずまずの出来だった。

 何気に美浦トレセン同期のサンテミリオンとは初めて公式戦で走った。結果は俺の勝ち。そのうちアパパネとも、一度ぐらいは走りたいね。

 今は桜の時期だから大体4月。春天皇賞に出てこないかな。―――無理だろうな。今まで長距離レースで俺以外の牝は、有馬記念でブエナビスタぐらいしか見ていない。精々オークスと同条件のジャパンカップに出てくるぐらいか。

 トフィもマイルがメインみたいだし、トレーニングでしか一緒に走れないのは結構寂しいもんだ。去年は重賞をそこそこ勝ってたみたいだから、肉にされる心配が無いのは良いが。

 ………肉かぁ。

 この時期になると厩舎の馬の入れ替えがあって、結構慌ただしい。

 今年は十頭程度が入れ替わりで、ここの厩舎に入って来た。元居た馬達の大体三割が入れ替わった数になる。

 美浦トレセン自体でも同じぐらい入れ替わりがあっただろう。そいつらはどうしているかな。

 たまにここの人間の話を聞くと、何頭かは地方に移籍して今も走っているらしい。牝なら馬主の意向で子供を作るために牧場に送られる。

 それ以外はレースから離れて、スポーツクラブの乗馬用に回されたり、気性と見栄えが良ければアニマルセラピー役として再就職させてもらえると聞いた。

 どうやら成績が悪くても、いきなり肉にされる事は少ないらしい。それを聞いて少しだけ気持ちが楽になった。

 

 俺も前世のウマ娘の時と同様に、いつまでも走れるわけじゃない。成績が悪くなったら、いずれ引退する。

 引退した後は肉にはならないと思うが、やっぱり美景家にいた母のように子供作るのかなあ。前世は結婚もしなければ子供も作らなかった。

 色々あって、世界中でスカウトしたウマ娘の母親役みたいなことはした事はある。養育なら経験はあるが出産はなぁ。その前に、俺も畜生と子供作るのかよ。

 度々レースやトレーニング中に股間のアレを大きくした牡を見ているけど、アレを色々して―――――――ダメだ。これは今から考えたら調子が悪くなる。まだ数年先なんだから現役中はレースの事だけ考えよう。

 

 微妙に鬱な気分のまま飯を食っていたら、厩舎の馬房から馬達が出された。

 これから新入り達のトレーニングが始まる。

 まだまだここに来たばかりで、浮ついている奴が多い。特にこいつかな。

 俺の馬房の前で止まって、新入りの牝馬が顔を摺り寄せる。

 

【おねーちゃん!いっしょにはしろう!!】

 

【もう何日か経ったら走るから、また今度な】

 

【ぶーぶー!】

 

 こいつはヴィンティン。俺の妹。以前日本ダービーの後に美景牧場に戻った時、二ヵ月程度一緒に過ごした事もある。

 厩舎の新入りの中に妹が居たのはちょっと驚いた。妹の方も俺の事を多少覚えていて、再会してからよく構えと要求してくる。

 

「ほらヴィンティンいくぞ。アパオシャも悪いな」

 

【いいさ。ティン、あんまり人間を困らせちゃダメだぞ。言う事聞かなかったら一緒に走ってやらない】

 

【えー!やだやだっ!もうっ!】

 

 妹は調教助手の吉川に渋々連れられてトレーニングに向かった。

 妹と再会出来たのは嬉しいけど、情緒はまだまだ幼い。妹だからって甘やかしはしないが、せめてレースの大変さを教えて勝たせてやらんとな。

 

 

 それから数日経って、日経賞の疲労が抜けたからトレーニングを再開した。

 次は順当に春天皇賞だから、スタミナ重視の坂路トレーニングを十往復ばかり消化して、ストップがかかった。

 レース明けだから軽めで済ませるのかと思ったら、今度は新入り達と一緒に走れと言われた。

 はいはい、いつも通りの洗礼ね。オラついてる新入りの鼻っ柱をへし折り、レースをよく分かっていない子にルールを教えようか。

 距離適性はまだ分からないが、とりあえず助手達はコース一周の1600mを設定した。

 

【よーし、お前達。これから皆で走るぞ。ここにある板を一番早く通り過ぎるんだ】

 

【はーい!】

 

【えーつかれそう】

 

【わーい、おねえちゃんとはしるー!】

 

 十頭も居たら言う事聞く子ばかりじゃないが、そこらも含めて教育するのが調教師や俺達先輩の役目かな。

 こういう時は、自分の意志でトレセン学園に来たウマ娘達の方が扱いやすかった。

 

【ほらほら、文句言っていないで並べ】

 

 知能で言ったら幼稚園児ぐらいだから、こいつらをスタート位置に並ばせるだけでも大変だよ。

 

 

 都合1マイルのコースを三周して、へばった馬ばかりになった所で助手達が教育を切り上げた。

 現段階では1勝出来れば上等って子の方が多いな。

 そもそも気性がレースに向いていない子、素の身体能力が凡庸で活躍が見込めない子の方が多い。

 成長すれば伸びる晩成型の子も居るんだろうが、それでもあまり期待は出来そうもない。

 パッと見てこれはと思う子は、ダービーフィズと呼ばれている牡か。どうもトフィの弟らしい。今の時点でも姉に似て活躍しそうな予感がある。

 あとは妹のティンもか。身内贔屓はしないつもりだが、こいつも意外と光る物がある。

 俺に似て脚が少し遅い気がするがスタミナが豊富で、新入りの中では唯一最後までヘバらずに走り切れた。

 

【やるじゃないかティン。お前の年で俺について来られる奴はそうは居ないぞ】

 

【はーはー……あたしすごい?】

 

【ああ、自慢の妹だ】

 

【ふへへ…やったー】

 

 妹は褒められて気を良くした。こういう成功体験があると人も馬も頑張れるから、基本は褒めて伸ばした方が効率が良い。

 

【お前達も勝ちたいと思って走るんだ。負け続けたらいずれ肉にされて食べられる。それが嫌なら一番速く走れ】

 

 食われると聞いた馬達は一斉に拒否を示した。これで少しはトレーニングに身が入るだろう。

 

「お疲れアパオシャ。お前が一緒に走ってくれると、こいつらもやる気が出て仕事がしやすいよ」

 

 背の上の吉川が礼を言った。こいつも昔よりは乗り方が上手くなったから、ちょっと偉そうになった。

 まだ新人助手だった頃は俺が何度も振り落とすから、必死になって騎乗技術磨いて上達した。

 本当ならどこが悪いか口頭で指摘したかったけど、生憎喋れないから行動で示すしか無かったのは悪いと思っているぞ。

 でも、その甲斐あって一端の乗り手になったんだから結果オーライだろ?

 

 

 こうして4月はトレーニングと並行して新入りの教育に追われる日々だった。

 とりあえず新入りはゴール板を理解して、レースの勝ち負けは覚えてくれた。あとは厩舎の連中が個々の距離適性や脚質適性に合わせて調整するだろう。

 妹のティンの奴は遅いがスタミナはある。そしてどちらかというと加減があまり利かない。常に前を走りたがる気質だから、『先行』か『逃げ』に向いていると思う。

 我慢が出来ないから俺みたいに長距離は無理だろう。代わりに豊富なスタミナを使って、常時ハイペースで走り続ければ遅い脚を補える。

 適性距離は1600~2000ぐらいで、騎手が上手く制御して型に嵌まれば強い印象だな。何となくバクシさんとブラックちゃん師弟に近い気がする。

 一緒に走る機会があればマメに指導してやれるが、後は妹のやる気と相手に恵まれる運次第か。

 同世代にアパパネやオルフェーヴル級が居ない事を祈ろう。

 

 

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