オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第51話 エプソムの戦い

 

 

 現代で競走馬のレースの代名詞となったダービーが英国発祥なのは周知の事実である。

 18世紀に英国のダービー伯爵が、先に創設したオークスステークスの牡馬版として創設したのが始まりだった。

 実はダービーの名を冠したのは、伯爵当人にとって不本意だったのは意外と知られていない。

 ダービー伯爵は当時、イギリスジョッキークラブの会長を務めていたバンベリー準男爵とレースを創設した折、片田舎のレースに自分の名を冠されることを嫌い、互いに名を譲り合った。

 結局命名権をコイントスで決めることになり、レースはダービーと名付けられて、1780年にエプソム競馬場で開催された。

 ロンドン郊外の田舎で始まったレースは、長い時を経て3歳馬のナンバーワンを競う、イギリス競馬界最高の栄誉ある伝統的レースになった。

 以降は競馬が世界中に広まり、それぞれの国でダービーに倣い、同じ名が冠されるレースが開催される。アメリカ合衆国のケンタッキーダービーや日本の東京優駿(日本ダービー)などが各国内最大級の競走で知られる。

 

 6月に入り、初週の金曜日から例年通り二日間にわたって、ダービーデーがイギリスのエプソムダウンズ競馬場で開催される。

 二日目のダービー当日は有力馬主でもある英国女王が臨席するのが慣例で、ダービー以外のレースに出走する馬や馬主にとって名誉であった。

 無論初日に行われる3歳牝馬限定のオークス、4歳以上の古馬が入り乱れるコロネーションカップも人気が高い。

 特に今年は女王が特別に連日の臨席を予定しているため、多くの英国ホースマンが勝利を手にしようと躍起になっていた。

 たとえ女王がわざわざ招待した日本馬のアパオシャの走る姿を直接見たいという理由で臨席しても、英国紳士は手心を加えるつもりは無かった。

 否、偉大なる女王陛下のお気に入りの馬だからこそ、己の誇りと矜持を賭けて、自らが所有する馬こそ英国最強と誇示するために、所有する馬をコロネーションカップに出走させて女王アパオシャに挑む馬主は多かった。

 

 

 

 ≪コロネーションカップ(G1)≫   左回り・約2410m  天候:晴  芝:良  斤量57.2kg(牝55.8kg)

 

  発走予定時間 6月2日  14:40(日本時間22:40)

 

 

 馬番       馬名    性齢      主な重賞勝ち鞍

 

 1番 ビートゥンアップ    騸4  セントサイモンS(G3)

 

 2番 マスクドマーヴェル   牡4  英セントレジャー

 

 3番 ナサニエル       牡4  キングエドワードⅦS(G2)

 

 4番 セントニコラスアビー  牡5  レーシングポストT コロネーションC ブリーダーズCターフ

 

 5番 レッドカドー      騸6  カラーC(G3) ヨークシャーC(G2)

 

 6番 ダンシングレイン    牝4  英オークス 独オークス

 

 7番 アパオシャ       牝5  ゴールドC KG6&QES 凱旋門賞 他日本G1六冠

 

 8番 トワイスオーヴァー   牡7  英国チャンピオンS連覇 エクリプスS 英国際S

 

 9番 ロビンフッド      騸4  無し

 

 10番 クエストフォーピース  牡4  カンバーランドロッジS(G3)

 

 

 

 以上10頭の選りすぐりの名馬が栄光を背負い、覇を競う。

 一番人気はやはり、昨年KG6&QESと凱旋門賞を勝利したアパオシャだろう。日本の牝馬ながら英国においても知名度と人気はトップレベル。

 二番人気には昨年のコロネーションカップを勝利したセントニコラスアビー。KG6&QES、凱旋門賞と立て続けに敗北を喫した、強敵アパオシャを退けて連覇を狙う。

 上記の二頭以外にもG1馬および重賞馬ばかりの、手に汗握るレースが予想された。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 抜けるような青い空の下のエプソムダウンズレース場は、初夏の涼しい風が心地良い。

 ターフの具合を確かめつつ、軽めの足取りでスタートゲートを目指す。今日も芝が良く乾いていて走りやすい。

 ゲートのある向こう正面の観客席から英語で俺達に声援を送ったり、別の馬にエールを送る熱烈なファン達が視界に入った。

 背の上の和多は、去年の凱旋門賞の時より緊張していない。さすがに海外G1も三回、四回ともなれば慣れてきたか。今の俺とは逆か。

 

「……アパオシャ、もしかして緊張しているのか?」

 

【ちょっとね。ここは初めてなんだよ】

 

 前世では留学を世話した日本のトレセン学園生が英国ダービーに出走した時に観戦した事があったから、ここに来る事は初めてじゃない。

 けど、レースを走るのは今日が初めてだ。シニアになってからの五年間、毎年のようにイギリス遠征はしていたがエプソムは走った事は無い。

 理由は単純。ここのコースのレースは最長距離が約2400mまでしかないから。

 

 通常のレース場のような楕円形のトラックコースではなく、蹄鉄型の片道左回りのレースは日本では他に例が無い。

 さらにスタート直後から1200m続く高低差40m近い坂を登り続ける。

 登坂を登り切った後は、残り1200m高低差30m近い下り坂を駆け降りて、最後の100mからまた登り坂で走る者を苛め抜く。

 アスコットレース場も相当にタフなレース場だったが、ここはそれに輪をかけて過酷なレース場だ。

 中山レース場のゴール前の登坂は平均勾配2%、ここのスタートからの登坂の平均勾配は4%もある。坂の距離の長さは約10倍。

 この数値の比較を見れば、日本のレース場の常識が全く通じないと嫌でも叩きつけてくる。

 毎年こんなレース場で行われる英国ダービーやオークスの勝利者が賞賛されるのがよく分かる。

 俺にとってコロネーションカップの2400mはやや短い距離だが、極端な坂の分だけ実質的な距離は数百メートル延長したようなものだ。

 仕掛け時を工夫しさえすれば、中山の有馬記念より走りやすいかもしれない。

 当然だが油断はしないが。

 今日のレースは10頭が走る。その中に去年のKG6&QESと凱旋門賞で見た馬が何頭かいる。

 初めて走るコースでそいつらを相手取るとなると、ある意味凱旋門賞より厳しいレースになるだろう。

 和多は俺の緊張をほぐそうと首筋を撫でる。筋肉に覆われた馬の首にとっては風に撫でられる程度の感触でも、気遣ってくれる相棒の心は素直にありがたい。

 

「何かあったら俺が助けるから、安心していつものように走ればいい」

 

【ああ、その時は任せるよ】

 

 いざという時は頼りになる相棒が居てくれて助かるよ。

 

 作業員に誘導されてゲートに入る。正面に見える壁のような登り坂には笑うしかない。英国のダービーやオークスは走るのではなく、壁をよじ登るのか。

 まあ、何とかなるだろう。日本のトレセンで毎日坂道トレーニングを往復二十回続けたのは無駄じゃない。

 

 ――――――全ての馬が一斉にゲートから解き放たれる。

 俺も周りに遅れずまずまずのスタートを切って、他の馬から一歩前に出る。

 ここは坂だけでなく、内ラチから外ラチに流れる傾斜が付いていて、かなり走りにくいが今は我慢だ。

 

 勾配のキツい坂を登り始めて約200mほど経つと、後ろの馬とは二馬身は離れた。

 今のところは予想通りの展開だ。今回は意識的に『逃げ』を選んで走っているわけじゃないが、俺のペースが早いから結果として先頭を走る形になっていた。

 エプソムダウンズはスタートから登坂になる構造上、基本的にスロースタートで始まる。ペースが早過ぎれば途中でスタミナを使い切って、後半まともに走れない。

 前半の登坂はゆっくり登ってスタミナを温存、最終直線の下り坂で一気にトップスピードに乗ってゴールまで駆け降りる。それがこのレース場のセオリーだ。

 

【だから引っ掻き回してやるよ】

 

 さらに登道を加速して、どんどん引き離しにかかる。

 すると、明らかに後ろの9頭の騎手達は焦って浮足立った。

 普通こんな序盤でペースを上げたら、とてもじゃないが最後までスタミナが持たない。

 にもかかわらず、最も警戒する対象がセオリーを完全に無視した走りをする。これまでの戦績から、決して掛かったわけではないと分かっているからこそ、俺の動きにどう対処するか迷いが生じる。

 

「おいおい、大丈夫か?お前を信じて良いんだな?」

 

【任せてくれ相棒】

 

 口では何のかんの言っても、信じてくれる相棒に恵まれた俺は運が良い。

 てなわけでガンガン登坂を攻めて後続を引き離せば、騎手達の一部が泡を食って自分の馬を加速させた。

 釣れた馬は3~4頭か。あとは様子見みたいだが、別段どちらの選択をしても構うまい。

 そのままのペースで登坂を続けて、スタートから約1000mの頂上地点で最初のコーナーに突入する。

 

 角度のキツいコーナーを利用して後ろを確認。釣られて付いて来た四頭はハイペースでかなり息が上がっている。

 後方の引っかからなかった半分の集団との差は大体十二馬身ぐらい。これぐらいの差が開いていれば十分か。

 平らになった第一コーナーを淡々と走り、バテた後ろの連中と差を広げる。中間点の1200m地点でこのザマなら、こいつらは問題にならん。

 ズルズルと後ろに追いやられる馬を尻目に、徐々に下りになっていくコースに気を引き締める。

 さあ、ここからが苦しくなるぞ。

 

 最終コーナーに突入した時点で、登坂はペースを抑えていた後続集団が、鬱憤を晴らすかの如く速度を上げていく。

 予想通りだから焦りはない。こういう展開になる可能性が高いのは前例から知っている。

 だから構わず下り坂の最終コーナー、通称『タッテナムコーナー』を、出来る限り膨らまないように速度を調整しながら走り、高低差20m以上の最終直線700mに入った。

 下り坂の直線で一気に加速力が付いても、後ろから俺以上の速度で猛追する後続集団の脚音が轟く。

 

「ちっ!やっぱりこのまますんなり勝たせてはくれないか」

 

 落ち着け和多。こうなる事は想定済だ。

 元より俺は他の馬に比べてトップスピードに劣る。下り坂の最終直線から、よーいドンの末脚勝負は分が悪いからこそ、セオリーを無視してでも前半のうちに大幅なセーフティリードを作っておいたんだ。

 それも前世で知っていた前例を下敷きにしたレースプランがあってこそだが。

 かつてこのエプソムダウンズレース場で、ヨーロッパレースの常識外の『大逃げ』を打って、英国ダービーの栄光を手にしたウマ娘が居た。

 彼女の名は≪サーペントタイタン≫。ダービーウマ娘に輝いた後は海外移住して、オーストラリア所属のウマ娘になった。

 その後はゴールドカップや豪州メルボルンカップを共に走り、サーペントタイタン(ペント)とは長年の友人になった。

 彼女の勝利した波乱の英国ダービーを研究したのがここで役立つとは、先のことは分からないものだ。

 

 今もジリジリと差を詰められる焦燥感はあれど、敗北のビジョンは脳裏を過ぎない。

 残り300m。後ろの脚音がかなり大きくなったが問題無い。ここからナリタブライアンを模倣した低重心スパートを入れる。

 グンッと加速力が増し、下り坂も合わせてトップスピードの限界を更新した。

 それでも後ろを引き離すには至らない。むしろ、これでも少しずつ差が縮まっていく。

 だが問題無い。このまま逃げ切れる。

 

 残り100m付近で下り坂が終わり、唐突に登り坂が現れた。登り下りと来て、最後の登り坂を越さねば勝利の栄光は得られない。

 肉薄するライバル達と共にエプソムの最後の難関に挑む。

 下り坂で付いた勢いが登坂で殺されて速度が落ちる。しかし後ろの連中もそれは同じ。

 ならば、先行している俺との差が縮まる事は無い。

 脚を止めてしまいそうな苦しさの中でも、走るのをやめるつもりは無い。この苦しさに見合うだけの勝利が欲しい。

 

 50m……30m……10…5…0だ。最初にゴール板を通り過ぎた。

 荒い息を整えて、ゆっくりと歓声の中を走る。

 今回もなかなかヘビーなレースだったが何とか勝てた。――――ああ、女王陛下も見ていたのか。

 不得手な距離だったが、貴女に無様な姿を見せなくて良かったよ。

 観客席でSPに囲まれたスーツ姿の老婆を見つけて、立ち止まってから頭を下げて会釈をした。一緒に和多もヘルメットを脱いで背の上で深く一礼した。

 スタンドの観客は大歓声で返礼した。

 

 

 

 

  ≪コロネーションカップ(G1)≫  左回り・約2410m  天候:晴  芝:良

 

 

  着順   馬番         馬名    馬齢   着差

 

 

  1着   7番      アパオシャ    牝5

 

  2着   4番 セントニコラスアビー    牡5    1/2

 

  3着   3番      ナサニエル    牡4    3

 

  4着   5番     レッドカドー    騸6    2

 

  5着   2番  マスクドマーヴェル    牡4    3

 

 

  勝ちタイム   2分34秒35

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 女王に向かって頭を下げた人馬の姿を、調教師の中島大は感慨深く見つめていた。

 これまで幾度となくアパオシャのG1レースの勝利は見ていたが海外の、それも本場英国レースでの勝利の喜びは一段上に感じる。

 

「やりましたよ中島先生!また一つアパオシャが冠を増やしました!」

 

「ええ、これで都合十個目、イギリスG1は三つ目になります。まったく、大した馬ですよ」

 

 大は南丸と固く握手を交わす。隣席の美景晴彦夫妻もアパオシャの勝利に、席を立って歓声を上げた。

 これでアパオシャは昨年逝去したシンボリルドルフが刻んだG1七勝を大きく超えて、二桁勝利に乗った。

 世界にはまだまだG1勝利数を上回る名馬は多いものの、競馬史でも指折りの高評価を得ているのには変わらない。

 そんな当代最高の名馬を任せてくれた南丸オーナーには感謝しかない。

 まして出走するレースを考え、こうしてレースのたびに共に観戦して、莫大な遠征費用も気前よく払ってくれる顧客は珍しい。

 いつしか大は共に夢を見続ける南丸を、終生の友のように感じる時があった。

 もっとも内心そう思っているだけで、客に対してそんな馴れ馴れしい事を正面から言うつもりは無い。

 案外向こうは気付いているかもしれないが、立場の線引きはきっちりしないと揉める原因になる。

 

 調教師と馬主の適切な関係はともかく、今は共に世界最強の馬が勝った事を喜ぶべきか。

 

「またアパオシャの産駒を売ってほしいと、イギリスの馬主や馬産関係者から催促が増えますね」

 

「まだ種付けの相手すら決まっていないんですよ。嬉しいやら困るやら」

 

 南丸は汗を拭って、周囲の関係者の様子を窺う。今日のレースの前から、それとなく産駒の購入を示唆する者、産まれた子を是非買い取らせてほしいと交渉を持ち掛ける者、酷いと白紙の小切手を渡してアパオシャ自身を買い取ろうとする某国の王族などなど。応対するだけで神経をすり減らしてしまった。

 やはり凱旋門賞馬を放っておいてはくれないという事か。

 さらに弟のウミノマチ11を英国女王が購入予定とあれば、他の血族にも興味を示す者が多い。

 案の定、共に来ている美景夫妻も、アパオシャの母ウミノマチに関心を寄せる馬産関係者に、あと何頭産めるとか、産駒の事を事細かに聞かれた。

 ここにいる南丸達は知らなかったが、どうもアパオシャ以前のウミノマチの仔の産駒にも、ヨーロッパのホースマンが食指を伸ばしていると後になってから耳にした。

 アパオシャの半姉は気性が穏やか過ぎて、競走馬としての闘争心に欠けると判断されて、生まれた牧場で繁殖牝馬になっている。

 そんなデビューすらしていない馬の産駒でさえ、昨年の凱旋門賞の前後から産駒を手に入れようと動いているらしい。

 

 欧米のホースマンにとって≪良い馬≫とは、気性が穏やかで賢く、人の言う事をよく聞く馬を指す。

 ヨーロッパ人にとって人に従順で、かつ自らレース展開を構築して数多のG1を勝ち続けるアパオシャこそ、≪良い馬≫を体現する馬と最大限に評価されている。

 しかも母馬から兄弟も、そうした穏やかな気性の傾向が強いと聞けば、第二のアパオシャの可能性もあると熱い視線を向けるのも無理はないのかもしれない。

 

 アパオシャの現役生活はあと半年だが、今後もその血を巡って人間達の大きな争いが続いていく。

 そんな未来を予感させる初夏の英国のレースだった。

 

 

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