イギリスのG1コロネーションカップを走ってから、約一ヵ月が経った。
あまり得意と言えない中距離レースも何とか勝って、英国女王にまた会って色々と褒められて、次はゴールドカップとKG6&QESの連覇に挑むと思ったら日本に帰国した。
わざわざ一度走るためだけにイギリスにまで飛んだのは非効率過ぎないかと思ったが、畜生の身ではオーナーや中島のオッサンの方針に口を出せない。まったく、煩わしい事この上無い。
その後はまた何ヵ月も隔離されるのかと思ったら、今回は一ヵ月足らずでトレセンの厩舎に戻って来られた。どうも短期の海外遠征なら隔離期間は短くて済むらしい。
おかげで暑い夏を日本で過ごすと思うと、涼しいイギリスが恋しくなってきた。
日本の暑さには参るが、トレセンで妹のティンを直接鍛えられるから都合が良いとも言える。
トフィは夏休みで居なくても、今年のオークスに出ていたミッドサマーフェア、それに最近勝ちに恵まれていない、アロマカフェやラフレーズカフェ達も鍛えて勝たせてやりたい。
隔離期間が終わり七月に入ってから、余震に怯える美浦トレセンの馬達を励ましつつ、厩舎の連中のケツを蹴り飛ばす毎日だった。
八月に入り、いよいよ夏の暑さも本格化した時期。
確か今年はロンドンオリンピックが開催される年で、ちょうど今が盛り上がっている時期だった。
この世界はウマ娘が居ないから、オリンピックもウマ娘専用競技は無いだろうな。
代わりに常人が命を賭けて百分の一秒や1cmの差を競う、緻密なレベルの攻防が繰り返されているに違いない。
あーあ、出来ればテレビで良いから観戦して、皆と盛り上がりたいねえ。
おっと、馬のこいつらじゃ、何をやっているのかよく分からないか。精々100m走のような競走を見せて、人も同じように速さを競うと理解するのが関の山かな。
去年の中山で隔離されていた時みたいに、ラジオやテレビを用意してくれれば楽しめるんだが。
レースを控えている他の馬に悪影響があるから、多分ここでは使わせてもらえないよな。
いっそ今年も現地のイギリスに居続けられたら、もしかしたら直接観戦もさせてもらえたかもしれない。なんというか巡り合わせが悪い。
……いや、畜生に生まれた時点で、前世から運はかなり悪くなっているか。まったく、厭になるねえ。
ウダウダ世の中の理不尽さに腹が立っていたら腹が減った。
そして夜明け前の薄暗い時間に、厩舎が慌ただしくなった。いつものように練習前の食事の時間か。
と思ったら俺だけ馬房から出されて、待機していたトラックに乗せられた。
あれ、この時期に俺が出られそうなレースなんてあったか?また海外じゃないだろうし、どこに行くんだろう。
「今日はレースじゃないから気を抜いていていいぞ」
松井が気楽に言うから、レースは無いんだろう。となると何のための移動かな。
――――あぁ、イギリスで勝ったご褒美に、夏休みを満喫して来いって事か。高校は夏休みだから、久しぶりに北海道でナツちゃんにもまた会える。
うんうん、ちょっとテンション上がって来たぞ。
ウキウキして中で待っていると、トラックが動き出して美浦トレセンを後にした。
北上するトラックの中から外を眺める。
今は2012年の8月。あの忌まわしい大震災から、もう一年以上が経っている。
今世でも、徐々にでもいいから被災地の復興は進んでいるのか。
陸路を使って移動するから道路は使えるだろうが、あくまで瓦礫の山を撤去しただけで、街並みが元に戻る事は無い。失った人命と日常も還っては来ない。
前世のようにウマ娘が居れば、レース後のライブやチャリティーイベントで被災地域を巡って、復興の力の一助にもなったんだろう。
もっとも今世では、アーティストやスポーツ選手が代わりを担っているから、そこまで悲観する事は無いか。辛い時に誰かが手を差し伸べてくれるなら、ウマ娘じゃなくても構わない。
それに畜生の俺は、復興だのチャリティーには関わらない。精々レースを走って見る人間を楽しませてやるぐらいだ。
しばらく車に揺られて、車は福島県に入った。
特に津波被害の酷かった沿岸の街道を離れて、内陸に進んだらトラックが停車した。
また休憩かと思ったら、そのまま車から降ろされた。
さらに降ろされた場所を見て、首を傾げる。
【どう見てもレース場なんだが】
松井は今日はレースは無いと言っていたし、最近レース仕様のトレーニングはしていない。にもかかわらず、連れて来られたのがレース場なのは腑に落ちない。
しかも駐車場には、何台もの同じような運搬用トラックが並んでいる。
よく見るレースの日の朝じゃないのかと思ったが、一緒に運搬車に乗っていた松井は何も言わずに手綱を引いて俺を連れて行く。
しかも連れて行かれたのは馬房ではなく、いきなりコースである。
もう走るのかと身構えたが、いつもと何か雰囲気が違う。コースの内側を見れば、テントが幾つも張られて機材を用意する人達がいる。キッチンカーも何台か来ていた。
レース場に漂うカレーのスパイシーな香りや焼けて滴る肉の脂の匂いに、思わず腹の音が鳴ってしまう。
ベビーカステラの砂糖の香り、とうもろこしの焦がし醤油、揮発する焼きそばソースの匂いもたまらん!
他にも簡易の杭とロープの簡単な柵で囲われたスペースが作られている。さらに結構な数の馬が綱で繋がれて、日陰に立たされている。
――――これは何かの祭りかイベント会場なのか。
ターフビジョンには時折『復興応援フェスタにようこそ』、『がんばろう東北』などの文字が流れている。
ああ、そういえばここは福島だったな。大震災から一年が経ったから、復興を祝ってお祭りをするからイベント要員に呼ばれたのか。
答えが分かったから、柵で囲ったスペースの意図が分かる。あの中に俺達馬を入れて移動式の動物園にして、来場者が触れるようにしてある。
道理でここにいる馬達はトレセンの馬達に比べて、全部年寄りで大人しくて暴れない。おそらく子供が触れたり乗っても平気な馬を厳選したんだろう。
トレセンやレース場には若い馬しか居ないから、こういう年寄り馬が沢山居るのは結構新鮮だ。
やれやれ、夏休みと思ったらお仕事か。でも、まだまだ被災者は苦しい想いをしているから、今日ぐらいは付き合って楽しんでもらうか。
ふと、一頭の老馬のスペースに設置した看板に目をやると、思わず驚きの声が漏れた。
【メジロライアン!?えっ?ライアンちゃんなの!?】
【ワシのことよんだ?】
眠そうにしていた老馬は名前を呼ばれてこちらに話しかける。
さらに看板の生年の欄に1987年と書かれていたのを見て再度驚いた。こっちじゃ俺より20歳も年上だったのか。
【あ、ああ。初めまして、今日はよろしく】
【よろしくな、きれいなおじょうちゃん】
いや~、後輩だった子が年寄りになっていたなんて、竜宮城から帰って来た浦島太郎の気分だよ。
一応ウマ娘と馬の年齢は全く一致しないのはこれまでの経験で知ってはいても、実際に会ってみると戸惑いがある。
ここにいる馬も、もしかして前世の知り合いがいるのか。
周囲を見渡すと、同じように看板には見知ったウマ娘の名前が書かれている。
ウイニングチケット、ビワハヤヒデ、ナイスネイチャ、ユキノビジン、マチカネフクキタルなどなど。かつての先輩や同期の友人だったウマ娘の名前がゴロゴロある。しかも俺より大抵10歳以上は年上だった。
オグリキャップ先輩が20歳以上離れた親父だったから、何となくこういう事もあると予想していて歳の差はすんなり受け入れられた。
それに馬とはいえ、親友のビジンの元気な姿が見られて良かった。しかもビジンは俺と同じく牝だった。あとはゴルシーの性別がどうなっているのか凄い気になる。
数時間後。かつて共にレースで競った仲の馬達と共に、綱に繋がれて来場者に愛想を振りまくお仕事をした。
この手の動物とのふれあいイベントは子供がメインになると思ったが、来る客の半分以上がオッサンばかりだった。
よくよく考えたらレース場にいる観客の半分ぐらいはオッサンだったな。若い頃に応援していた馬と触れ合えるからワラワラと集まってくるのか。
ただ、中年以上のオバハンは、ライアンちゃんやビワハヤヒデさんに集まってキャーキャー言ってる。
どうやら男女の馬の好みは分かれるらしい。
隣のフクキタさんを見ると、拝んだり手でスリスリと擦る年配の人が多い。
あの人はどちらかと言うと拝む方だった気がするんだが。馬になったら因果が逆転でもしたのか。
隣に置いてある募金箱にお金を入れていく人も多い。
そして拝む人が多いのは俺もだ。歳を食ってる人ほど、俺を見たら触れるより拝んでいる。まるで神社に祀られている御神体にされた気分である。
この世界では強い馬は御神体として祀られる習慣でもあるんだろうか。
子供の方はワイワイ騒ぎながらペチペチ触って、ニンジンを差し出すからその都度食べたら喜んでくれた。
ただ、大抵の子供にお礼を言われるのがよく分からない。震災復興PRのポスターに使われたぐらいで、直接この子達に何かした覚えはないんだが。
来場者に適当に愛想を振りまいて、子供が差し出したニンジンやリンゴをパクパクした後は休憩を貰った。
暇になったから周囲を見渡すと、俺達より小さな馬が子供を乗せて歩いている。
へぇ、あんなに小さな馬も居るのか。思い出したが美景牧場に大きな馬も居たから、馬という種は犬みたいにある程度大きさに幅のある種族なのか。
【うおーい、となりのべっぴんさん】
【なんですフクキタさん?】
隣の馬の方のフクキタさんに呼ばれて、柵越しに鼻と鼻を突き合わせる。
【うーん、やっぱりあんたとはどこかであったきがするわい。ワシとこづくりしたことあるかの?】
【……俺はこういう場所で走っただけで、子供を作った事は無いぞ】
【そうかい。ワシがもっとげんきなら、いますぐこづくりしとったのにおしいわい】
馬のフクキタさんはそう言って首を曲げて自分の股間を覗き見る。
子作りは脇に置いておいて、今の発言を考える。
センジは覚えていなかったみたいだが、フクキタさんの発言から前世の事を薄っすらでも覚えている馬もいる可能性が生まれた。
もっとも、単にメスの気を引かせようと思わせぶりな発言をしているナンパ爺なだけかもしれないが。
後でビジンや
休憩を挟んで触れ合いの仕事を再開した。
相変わらず人はたくさん来て、美味しい物を食べて笑い合ったり、恐る恐る馬に触れて喜ぶ子供達を見て、こちらも気分がほっこりする。
被災した地元民以外にも色々と方言が入り混じっているから、夏休みもあって往年の競走馬のファンが孫を連れて全国から来ているんだろう。
引退したウマ娘が一堂に再集結とあれば往年のファンは集まってくるから、今日の盛り上がりもある程度は分かる。
それに意外と若い女の子も多い。動物とタダで触れ合えるイベントなら、好きな子は友達連れてくるか。
――――――あれ?あそこにいるのはもしかしてナツちゃんか。友達っぽい眼鏡をかけた女の子と一緒にいる。夏休みだから北海道から会いに来てくれたのか。
「やっほー黒子!去年の有馬記念以来だね。この前のイギリスのレースも頑張ったね」
【久しぶりナツちゃん。レース以外で会うのは結構珍しいな。友達も……??あれ?隣の子はもしかして―――――】
隣に並んだナツちゃんより、背が高くて骨格がガッシリしている女の子だなぁと思ったら、明らかに臭いが違う。
「へぇ、この子がアパオシャか。やっぱり世界最強だと、うちの部の馬達より迫力あるな。あれ?なんか申し訳なさそうにしてるけど」
………すまん、ナツちゃんの友達。君のことは女の子だと思ってた。
そっかー。ナツちゃんも高校生になって、男の子と他県にまで遊びに行くような歳になったのか。
小さかった姪っ子がいつの間にか彼氏とデートしてるのを見たような気分だよ。時が経つのは早い。
「気にしないで八剣くん。黒子は頭が良くて余計な事を考える子だから」
「おぉう。えっと、さっきそこで買った餌のニンジン食べるか?」
差し出された切ったニンジンを無言で貰う。
その時に手のタコに気付いた。あれは牧場で働く人の手に近い。
ふーん、体つきといい、結構鍛えられているな。それもスポーツじゃなく肉体労働をしている身体だ。こういう奴はタフだから、悪くないんじゃないのか。
「本当はイッチャンも来たかったみたいだけど、今年は甲子園行くから代わりによろしくって言ってたよ」
【えっ?隣の一郎くん、甲子園出られるのか。すげえ】
日本で上から数えた方が早い高校野球児じゃないか。クイーンちゃんなら、未来のプロ野球選手だって飛び上がるぞ。
しばらく牧場に帰っていないから顔を見ていないが、色々頑張っているんだな。またトウモロコシをご馳走になりたいねえ。
もう少し話したかったが他の来場者が順番を待っているから、名残惜しいが二人は他の馬を見たり、出店で色々食べてお祭りを楽しんでいた。
よく知る子が楽しんでいるなら、俺がどうこう言う事は何も無い。
二人とも二度と来ない短い青春を謳歌しなよ。
さらにその後は、他の馬達と一緒に何度かパドックを歩いてファン達から拍手と喝采を贈られた。
タイミングを見つけて、かつての知己にそれとなく過去の話題を振ってみた。残念ながらビジンは首を傾げて、俺を自分の子供と勘違いした程度だった。それ以外はみんな普通の馬と変わらなかった。
フクキタさんも覚えているとは言えない、朧気な感覚しか持っていなかった。
やっぱり俺だけ特異なケースなんだろう。覚えていないのはしょうがないか。
でも、レースを走れなくなって繁殖も出来ないような年齢になっても、今日みたいな仕事をして肉にされない老いた馬が居ると分かったのは朗報だ。
俺も出来ればレースを引退したら、アニマルセラピー役か、こういう仕事をしてのんびりしたいねえ。
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アパオシャや引退した競走馬が福島競馬場でフェスタに駆り出されている日から、半月以上遡った7月某日。
北海道苫小牧市のある地は、異様な熱気と興奮の波に晒されていた。
この日は毎年開催されるデビュー前の日本サラブレッドの競り市『セレクトセール』が開かれる。
市では億を超える大金が飛び交い、未来のG1馬を所有するかもしれない権利書が高額商品として譲られる。何とも夢のある話である。
近年の日本馬は世界に通用するだけのレベルに達したため、海外の馬主や競馬関係者もわざわざ参加するほどだ。
『セレクトセール』は例年通り、初日は1歳馬の競り、二~三日目は産まれて数ヶ月の当歳馬の競りに分けられている。
通年のセールのメインは当歳馬で、1歳馬の競りは前座だったが、今年はむしろ初日の1歳馬の競りの方が異様に盛り上がっていた。
競りの会場は客のざわめきがそこかしこに聞こえる。
進行役を務める
会場の客は三通りに分かれている。一つは他がもう手が出ないと己の勝ちを誇る者、一つは現在の競り値以上に金を出せずに諦めた者、最後の一つは無関係とばかりに最高のショーを楽しむ者。
「4億1000万~、4億1000万、ございませんか?ハンマーを落としても宜しいですか?――――ありませんね。4億円です」
ハンマーが落とされて、客の前でうたた寝をしていた栗毛の馬が音で起きる。司会の競売人の頭上のディスプレイにはウミノマチ2011、4億円の価格が表示された。
その瞬間、会場から拍手と喝采が上がった。
1歳馬に4億円の高額な競り値が付いたのは珍しいが、過去には6億円の値が付いた事や、去年は3億6000万円の高額まで競った馬もいた。
問題は買った客の素性である。競馬の本場、イギリス王室の代理人がわざわざ日本の馬をセールの歴代三位に入る額で買った。
しかも某中東の王族が代表を務める世界最大の競走馬生産牧場グループと、散々に競り合っての落札である。
そこに日本人が入り込む余地は無い。正確には入り込んでも良いが、ウミノマチ2011=ネコ太郎が英国女王の『お目当ての馬』という前情報が流れていたために、全ての日本人客が自主的に見守る選択をした。
昨年に大震災の義援金として、少なくない額を被災地に寄付してくれた女王への恩義を感じての行動だった。
そうした機微とは無関係の、同じく外国の王族が運営する牧場グループと一騎打ちにより競り値は跳ね上がったものの、晴れてウミノマチ2011=ネコ太郎は英国女王に競り落とされた。
一連の競りの結末は当事者の日本と英国だけでなく、ヨーロッパやアメリカのニュースでも、それなりに取り上げられた。
歴代最高額ではないが相当な額で買われた一頭の幼駒は世界から注目を受け、偉大な姉のように活躍する事を望まれた。
その後は≪カラバ≫の名を与えられて、デビューしてもレースに負け続ける日々から、陰で無駄な買い物と嘲りを受ける事も多かった。
しかし管理を任された調教師や馬主の女王は根気よく待ち続け、成熟を経た歳には、かのステイヤー絶対王者と鎬を削る名馬にまでなっていた。
結局、王者の牙城は一度も崩せなかったが、現役引退後は種牡馬として大切に扱われて、アパオシャの弟≪カラバ≫は遠くイギリスで穏やかな余生を過ごした。