季節は11月。今年の秋の古馬G1戦線も、いよいよ本格化を見せている。
10月末週には7年ぶりの天覧試合となったG1天皇賞・秋が東京競馬場で開催された。
特別なレースを制したのはイタリア出身のM・デニーロ騎手。昨年ドバイワールドカップをヴィクトワールピサで勝ち、震災に苦しむ日本に勇気を届けた名騎手である。
その名騎手と共に、駆け抜けるは善戦馬エイシンフラッシュ。2010年1月のG3京成杯以来、実に2年9ヵ月ぶりの大金星を挙げた。
G1レースでも度々入着を繰り返しながらも、一度もG1勝利を達成出来なかった良馬がようやく掴んだ栄光に、スタンドからは天にも届く拍手が贈られた。
素晴らしい勝利と共に、ゴール後には感動的な光景が待っていた。スタンド前へ戻ったエイシンフラッシュからデニーロ騎手がヘルメットを脱ぎ、下馬して、天皇皇后両陛下に対して膝を折り、深々と敬礼した。記録だけでなく、そのシーンは見る者の心に、強烈な閃光の如く勝利を刻み付けた。
天皇賞・秋に続いて11月11日に行われるのが牝馬限定G1のエリザベス女王杯である。
4月の天皇賞・春と同様に、イギリスでもレースをリアルタイムで放映する予定だ。
エリザベス女王杯は1975年にエリザベス2世が来日したことを記念して創設したレース。
特に今年は英国女王在位60年の節目とあって、縁の深いレースであることから、一般的にイギリス連邦以外では許可されない『エリザベス女王即位60年記念』の副題も特別に許可されていた。
さらに、わざわざイギリスから女王の名代として王族が来日して、レースに臨席する力の入れよう。
無論、名代はただレースを見るためだけに日本にまで来たわけではない。
昨年2011年の3月11日から、1年と8ヶ月の歳月が経った日本がどれだけ復興したのかを見極める意図もある。
レース当日はあいにくの雨模様となったが、観客の数は8万人と中々の数に上る。
同時に主役の強く秀麗な牝馬13頭が古都の地に集った。
馬番 馬名 性齢 斤量 主な勝ち鞍
1 マイネイサベル 牝4 56 府中牝馬S(G2)
2 ジェンティルドンナ 牝3 54 今年度牝馬三冠
3 スマートシルエット 牝5 56 NST賞(OP)
4 アパオシャ 牝5 56 G1・11冠
5 ピクシープリンセス 牝4 56
6 フミノイマージン 牝6 56 札幌記念(G2)
7 オールザットジャズ 牝4 56 福島牝馬S(G3) 福島牝馬S(G3)
8 ホエールキャプチャ 牝4 56 ヴィクトリアマイル(G1)
9 ヴィルシーナ 牝3 54 デイリー杯クイーンC(G3)
10 エリンコート 牝4 56 優駿牝馬(G1)
11 マイネオーチャード 牝4 56
12 レインボーダリア 牝5 56 五稜郭S(1600万)
13 ラシンティランテ 牝3 54
注目すべきは今年度牝馬三冠馬2番ジェンティルドンナと、三冠レース全てが2着の9番ヴィルシーナ。ヴィクトリアマイル馬8番ホエールキャプチャ、牡牝混合のG2札幌記念を勝利した6番フミノイマージン。
そして先月仏G1カドラン賞を勝利して、G1勝利数を11に更新したアパオシャ。
彼女達4頭を筆頭に、残る8頭が≪太陽の女帝≫という果てしなく高い城壁を超えられるか、それとも女帝の冠がまた一つ増えるのか、日本中の競馬ファンの注目が集まっている。
さらに牝馬の三冠馬対決は史上初となり、非常に注目度の高いレースだった。
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吾輩は競走馬である。毎度無茶振りをされる側である。
降りしきる雨の中、軽やかにターフを走る。
フランスのカドラン賞を勝利して、日本に帰国した後は一緒にフランスで走ったフェブやヴェンテと共に、恒例の隔離生活に入った。
隔離中は暇だったが運動は許可されていたので、フランスに居た時と同様フェブとトレーニングを繰り返す日々を送った。
隔離期間を過ぎれば、いつものように美浦トレセンに帰されて、トフィやティン達から温かく出迎えてもらえた。
しかも帰ってきた日の最初の食事には、おにぎりと味噌汁を出してもらえた。
これだよこれ。厩舎の皆は分かってるね。しかも梅おにぎり以外に醤油味の焼きおにぎりがある。梅が酸っぱうめえ。
久しぶりの和食に舌鼓を打ち、遠征の疲れを癒せた。
それからしばらくトレーニングに励んでいたら、アロマカフェと一緒にトラックに乗せられて、連れて来られたのは京都レース場。
現在は11月。この時期に京都で開かれるG1レースとなると二つしかない。
2200mのエリザベス女王杯、1600mのマイルチャンピオンシップのどちらかを走れということだ。
そろそろ抗議のストライキに入っていいかな?
仮に有馬記念の間に走るとしたら、2400mのジャパンカップだと思ったぞ。2400mの凱旋門賞やコロネーションカップから、さらに短くなってるじゃないか。
だんだん自分の適性距離が迷子になり始めているんですけど。
さすがにいきなりマイルを走らせるとは思えないから、九割がた中距離のエリザベス女王杯だと思うが、何でわざわざ短いレースを走らせるんだか。
どうしようか。勝てるかちょっと自信無いぞ。
移動の翌日は朝から雨が降り、時が経つごとに雨脚はどんどん強くなっている。
俺の走る午後には良くて稍重、悪ければ不良だろう。距離の不利は変わらなくても、これなら意外と何とかなるかもしれない。
背に乗った和多と共に、冷たい雨の降りそそぐターフに出た。
予想通りの濡れた芝を踏みしめて、ロンシャンと比べてかなり走りやすいと思いつつ、スタンド前に設置したゲートに向かう。
ゲート前で十二頭の牝馬とレースを待つ。しかし、見事に牝馬ばかりだ。
どうやら今世のエリザベス女王杯は牝馬だけのレースらしい。今日だけはウマ娘だった頃に戻ったみたいでテンションが上がる。
ファンファーレが終わり、いよいよ開始の時間だ。
軽やかなステップで4番ゲートに入り、スタートを待つ。
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『エリザベス女王即位60周年記念、第37回エリザベス女王杯G1芝右回り2200メートル。今年は強き女傑13頭が覇を競います』
『午前中から降り出した雨のため、現在京都競馬場の芝は重馬場となっています。―――係員がゲートから離れました。いよいよスタートです』
『各馬一斉にスタートしました!出遅れはありません。前に出たのは7番オールザットジャズ。続いて3歳ヴィルシーナとジェンティルドンナが前目に付く。3番人気のホエールキャプチャは外よりにいる。スマートシルエットも前につけた。1番人気単勝1.3倍のアパオシャは最後尾に陣取った』
『さあ先頭のオールザットジャズが第一コーナーを回る。レインボーダリアとエリンコートはアパオシャのすぐ前に居る。11番ゼッケンのマイネオーチャード、6番フミノイマージンは中団で様子を窺う。重馬場の芝をかき分けて、先頭のオールザットジャズが第2コーナーを回る。リードは1馬身です』
『第2コーナーが終わって向こう正面に入ります。ここで4番ゼッケンのアパオシャが外からペースを上げます。和多は仕掛けが早い。最後方はピクシープリンセスになりました』
『現在は向こう正面の半ば。そろそろレースも中盤に差し掛かります。1000メートルの通過タイムは1分2秒です。エリンコートもペースが上がっている。ここから徐々に坂を登っていきます』
『先頭は相変わらずオールザットジャズ。2番手は9番ヴィルシーナ。最後尾に居た≪女帝≫アパオシャは現在中団6番手まで順位を上げています。現在の最後尾はピクシープリンセスとフミノイマージン』
『さあ、先頭が3コーナーの坂の頂上に差し掛かります。残りは800メートル、坂の下りに入りました。ここで10番ゼッケンのエリンコートが外から動いたぞ。一気に下り坂で順位を上げている。アパオシャもだ』
『いよいよレースが動きます。残り600メートルで先頭を走るのはエリンコート。4番アパオシャはすぐ後ろにいる。ヴィルシーナ、オールザットジャズ、ジェンティルドンナが続く。レインボーダリア、マイネオーチャードも動き出した』
『最終コーナーを最初に回ったのはエリンコートだ!アパオシャは2番手で外側に居る。残りは直線400メートル!後方の各馬が一斉に動いた』
『ここでエリンコートが力尽きた!トップに立ったのはやはりアパオシャ!アパオシャが首を一気に下げて前傾姿勢を取って加速した!後ろを引き離す。内からはジェンティルドンナ!外からはヴィルシーナとレインボーダリアが追い込む!!レースを引っ張ったオールザットジャズは厳しいか!ピクシープリンセスは凄い脚だ!一気に追い上げる!』
『アパオシャとの差が徐々に縮まる!残り200メートルでジェンティルドンナが食い下がる!あと半馬身で追い抜ける!!ここが勝負根性の見せ所だっ!!』
『残り100!残り100メートルで先頭はアパオシャ!すぐ後ろで牝馬三冠のジェンティルドンナがまだ粘るが差は縮まらない!!なんというパワー!≪女帝≫に重馬場など関係無いのか!』
『あと少しの差が果てしなく遠い。ジェンティルドンナは競り勝てるのか!?ゴールまであとわずかだっ!!―――――そのままアパオシャが先頭のままゴールイン!!』
『ジェンティルドンナはアタマ差の2着。そこからレインボーダリア、ヴィルシーナと3着、4着になりました』
『やはり強いアパオシャ!アパオシャが雨の京都、エリザベス女王杯を制しました。曾祖父シンザンは≪ナタの切れ味≫と評されましたが、アパオシャはさしずめ≪マサカリの切れ味≫でしょう』
≪エリザベス女王杯(G1)≫ 京都競馬場 芝右回り・2200m 天候:雨 芝:重
2012年11月11日 第11走 発走時間15:40
着順 馬名 馬番 馬齢 騎手 着差
1着 アパオシャ 4 牝5 和多
2着 ジェンティルドンナ 2 牝3 茨田 アタマ
3着 レインボーダリア 12 牝5 柴畑 1.1/2
4着 ヴィルシーナ 9 牝3 家田 クビ
5着 ピクシープリンセス 5 牝4 デニーロ アタマ
勝ちタイム 2分15秒00
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ふー、今日も結構際どい勝利だった。
今回は距離が短かったからどうなるか心配だったが、濡れた重い芝のおかげで他の馬は思うようにスピードが出なかった。
こっちはヨーロッパのクソ重い芝に散々慣れてたから、ターフの条件が悪いほどパワー勝負に持ち込んで相対的に優位に立てる強みが出せた。
隣に2番ゼッケンの子が並ぶ。いやぁ、この子強いわ。フェブまではいかないが、アパパネより強かった。今日晴れていたか、2000mだったら勝てなかったよ。
【おねえさんつよいね。あたしがいちばんだとおもってた】
負けた悔しさはあるみたいだが、それ以上に負けん気の強さで俺を睨みつける。
【お嬢ちゃんも強かったよ。でも今日は俺の勝ちだ】
【そっか。じゃああたしはもっとつよくなって、つぎはかつから】
負けてすぐにそんなセリフを吐けるなら、この子はもっと強くなれる。
年末の有馬記念か、来年のどこかのレースで一緒に走れるなら、その時はまた全力で相手をしてやろう。
【じゃあ、またな】
【うん、またね】
騎手の命令で2番の子は先に引き上げた。
さて、俺は勝利者の特権を味わうとしよう。
翌日。久しぶりにOP戦を勝ったアロマカフェと一緒に美浦トレセンに戻った。
すれ違う馬達と挨拶を交わして、見慣れた厩舎に帰って来た。
アロマカフェはさっさと自分の馬房に入ったが、俺はその前に一通り馬には顔を見せておく。
【おねえちゃん!おかえり~】
【ただいま】
妹のティンが馬房から顔を出すから、顔を擦り合わせてスキンシップをする。
【ねえねえ、いっぱいはしった?】
【ああ、強い馬がいたよ。そのうちティンも一緒に走るかもな】
【へへん!あたしのほうがはやいよー】
まだ一回勝っただけの奴がぬかしよる。けど、これぐらいの勝気の方が勝負するには向いているか。
妹と軽く話してから、自分の馬房に戻った。
隣の妹分に労ってもらい、レースと移動で疲れた体を労わる事にした。
次は有馬記念かな。またフェブと走るかもしれないから、体調管理と調整は万全にしよう。