オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第6話 畜生に名が贈られた

 

 

 吾輩は畜生である、生まれ変わってから二度目の正月が過ぎた。

 俺が過ごしている馬房にも鏡餅が添えられている。餅も食べたいなー。おしるこ、きな粉餅、醤油をつけて海苔と一緒に頬張りたい。

 生前の正月は時々メジロの屋敷に招かれて、クイーンちゃんやダンの旦那さんや子供達と一緒に雑煮を食べたのが懐かしいよ。

 今の牧場では正月こそ休みだったが、それが終われば訓練訓練、また訓練の繰り返しの毎日を過ごしている。

 

 人を乗せて走るというのはなかなか難しい。

 まず重いのが困る。何も乗せずに走った方が速いのは当たり前。でも、馬は意外とまっすぐ走らない。途中で脚を止めてしまう事だってよくある。畜生の馬は人間の都合なんて考えない。

 だから人を乗せて無理にでも走らせる。それに馬単体だとペース配分が出来ないから、騎手と呼ばれる乗り手が口に繋がる手綱を使ってある程度ペースを操作して、ここぞという時に鞭を打ってスパートをかける判断をしないといけない。

 

 人を乗せるデメリットはまだある。コーナーを走る時に人が上に居ると、重量バランスが崩れるから曲がりにくいのだ。しかも走るたびに毎回騎手の姿勢が変わるから、微妙にバランスが変わって転倒こそしないが速度が落ちる事もある。

 正直言って邪魔過ぎる。ただでさえ二本足から四つ足に代わって、前世で培ったレース感覚を修正しないといけないのに、とんだお荷物を背負ったわけだ。

 

 本当は騎手なんていらないから振り落として走りたいけど、それをやったら確実に失格だろう。忌々しいがそれがレースのルールなら黙って従おう。練習ならその限りじゃないがな。

 ここの牧場の騎手は多分、基礎を教えるトレセン学園の教官ポジだろう。実際のレースには別のプロ騎手が乗るはず。せめてそいつが体重移動の上手い事を願おう。

 

 訓練は他にもある。ゲートからの発走練習だ。こちらは前世でも慣れ親しんだ機具だから、ゲート内に入るだけでも苦労する他の馬達をしり目に、生前と同じ感覚ですんなり発走した。

 だからか、騎手や教官達がバケモノを見るような目でこちらを見ている。

 ウマ娘ですら練習してもゲートが苦手な子も居るんだ。畜生なら狭い場所やゲートが開く時の爆音を嫌がって余計に上手くいかん。

 そんなわけで本来多大な時間を使うゲート訓練は大幅に短縮されて、浮いた時間は走法訓練に充てられた。

 

 

 さらに一月が経った頃、昼間に飼葉をムシャムシャして休んでいたら、世話をしてくれる厩務員が俺を馬房から出した。はて、もう昼休みは終わり?過重労働で訴えるよ。

 

「ごめんな、お前にお客さんが来ているんだ」

 

 そう言って手綱を引っ張って外に出された。

 外には見た事のあるオッサンと、見知らぬオッサンが居た。

 

「おおっ、一段と逞しくなったな!元気そうで良かったよ黒子」

 

「ほう、この子が南丸さんの馬ですか。話に聞いていた通り毛が無く肌が真っ黒……トモは太くて悪くない」

 

 俺を買ったオッサンか。無事に育っているか見に来たのかな。こっちのオッサンは護衛か?懐にナイフとか銃ぐらい持ってそうな雰囲気だな。

 

「そうそう、お土産があるんだ。ここの人に聞いて許可を貰ってあるから、遠慮なく食べるんだぞ」

 

 オッサンが袋からニンジンやミカンを出して、俺の前に差し出した。おぉ、気が利くねえ。

 遠慮無しにニンジンをボリボリ食ったり、ミカンを皮ごと口に放り込んですり潰すように食べる。久しぶりのミカンうめー。

 美味そうに食ってる俺の首をオッサンが嬉しそうに何度も撫でる。

 

「そうそう、この人はお前が後でお世話になる調教師の中島先生だ。この人の言う事をよく聞くんだぞ」

 

 調教師……ウマ娘のトレーナーみたいな人か。髭も懐かしいなあ。

 挨拶に頭を一度下げてから戻す。伝わるかは分からないけど、アイサツは大事と古い本に書いてある。

 

「大人しい馬ですね。これなら調教はやりやすそうだ」

 

「ええ、ウミノマチ07は頭が良くて暴れないし、真面目で調教を怠けたりしません。むしろ我々が止めないといつまででも走り続けるから、こっちが先に参ってしまいます」

 

「元気があるのは結構です。そうだ、もう一つお前にプレゼントがあるんだよ。新しい名前が決まったんだ」

 

 名前?ウミノマチ07とか黒子だとダメなのか。

 

「お前のために会社の皆が考えたんだぞ。『アパオシャ』って言うんだ。神話に出てくる馬の事だぞ。気に入ってくれるか」

 

 ふぁっ!!何でよりにもよって前世と一緒の名前なんだよ。どんな天文学的な確率でそうなるんだ!

 

「この子、やけに驚いてるがどうしたんだ」

 

「うーん、賢い子ですから何かを感じ取ったのかもしれません」

 

「そうかそうか、嬉しいか。今年はレースがあるから頑張るんだぞアパオシャ!」

 

 オッサン達は俺を置いて去った。サド神様は俺を弄び過ぎだ。オモチャ扱いはやめろ!

 そんな抗議を聞いてくれる相手は誰も居なかった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ウミノマチ07および黒子、改めアパオシャが無言の抗議をしている中。同牧場の応接室では南丸と中島調教師が牧場の職員から報告を受けていた。

 

「―――――では健康上の問題は何も無いわけですね」

 

「はい。無毛症の馬の扱いは我々にも経験がありませんが、寒い日に馬着を着せる程度で風邪などの発症もありません。怪我もせず頑丈な子で助かります」

 

「現在の体重は420kg前後。デビューまでにもう一回りは大きくなるから440~450kgぐらい。平均よりちょっと小さいぐらいか」

 

「小さいと何か困りますか?」

 

「いえ、大丈夫です。健康なら体の大小はあまり関係ありません」

 

 どんなに速くて強い馬でも、体が弱かったり怪我ばかりでレースに出れなかったら意味が無い。その点、先程の馬は筋肉の付き方といい、肌の艶といい健康そのもので中島は喜んだ。

 資料にも坂路トレーニングは他の馬の数倍を自発的に行っていると書いてある。よく食って、よく動くスタミナのある馬なのだろう。

 反面、コースのタイムは並ぐらいで目を引く数字は並んでいない。

 スタミナと頭の良さを活かした長距離か、サクラバクシンオーのように最初からスパートをかけて短距離で使うか。性格の折り合いもあるから、トレセンに来たら実際に走らせて確かめる必要がある。

 

「飼料の食いも良いですね。激しい練習の後でも食欲が落ちないのは強い馬の証拠だ。この辺りは父親のオグリキャップに似たのか」

 

 アパオシャの父のオグリキャップは普通の馬の数倍を食い続けて、本来消化しない寝藁すら食っても平気という強靭な内臓を持っていた。

 さすがに娘はそこまで食い意地は張っていなくとも、よく食う馬は好まれる。

 

「あとは馬運車の移動に耐えられるかか」

 

「そちらは昨年に生産牧場から当牧場に来た時の資料をご覧ください。運搬員の話では、全く堪えもせずに餌を食べて寝ていたそうです」

 

 移動のストレスに強いのも、競走馬には大きな利点だ。駿馬が長時間の移動で調子を崩して無様に負ける話は毎年のように聞こえる。

 

「騎乗馴致も順調に行われています。特にゲートは練習すらせずに一発で合格したのは、我々も顎が外れるぐらい驚きました」

 

「なに、ゲート発走を?信じられん」

 

「我々も直接見てなかったら信じません。ですが騎手が手綱を動かさなくても、出遅れこそあっても何度やっても成功するんです。不思議でかないませんよ」

 

「あっ、もしかしてそれは他の馬が練習しているのを見て学習したのかもしれません。美景さんから頭が良くて、人間のやる事も平気で真似すると聞いた事があります」

 

 頭が良いのは結構だが、良すぎると人間の事を見下したり、調教で手を抜く事があるから注意が必要な馬もいる。

 幸いこの馬は調教を嫌がらずに人の言う事をよく聞くのは、資料や先程の態度から大体分かる。

 

「良い所は大体分かりました。では悪い所や癖は、なにか気付きましたか?」

 

「一つあります。以前コースを走らせた時に、コーナーの体重移動が下手な新人を振り落とした事がありました。上手いベテランは一度も無いから、人が乗るのは良いけど下手な奴が乗るなと言いたいんでしょう」

 

「意外とプライドの高い馬ですね。他の馬には何か悪さをしたことは?」

 

「むしろ気の弱い馬ほど慕って周りに集まる良いボスですよ。乱暴な馬を追い払ったり、喧嘩を止めさせています。根が優しい頼られる馬なんだと思います」

 

「大人しくて優しく、基本は人の命令を真面目に聞きつつ、群れのボスになれる気質か。あとは競走馬として闘争心が高ければ、精神面は言う事無し」

 

 おおよその調教状況は聞けた。幾つか気になる点はあるものの、デビューの準備は順調そのものだ。

 あとは馬体の仕上がり具合を見て、正確なデビュー時期を決める。中島の予想ならおそらく九月か十月になると思われる。

 

(あとは乗せる屋根を決めんといかん。新人は外して、とりあえず中堅クラスを乗せて様子を見るか)

 

 アパオシャの新馬戦への準備は着々と進んでいた。

 

 

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