オグリの娘 ~畜生ダービー~   作:ウヅキ

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第60話 夢路の終着点、遥かな高みへ

 

 

『いよいよ2012年を締めくくる有馬記念が始まろうとしています。各馬達がゲート前の輪乗りをする中、1番人気単勝1.5倍のアパオシャだけが離れて佇んでいます。いつもと全く雰囲気が異なる最強の女帝は一体どうしたのでしょうか』

 

『――――テレビの前の皆様、それでは有馬記念のファンファーレです』

 

『それぞれの馬がゲートに入ります。離れていた3番アパオシャもスムーズに入りました。13番ゴールドシップも続きます。―――――最外の16番ルルーシュがようやく入りました』

 

『いよいよ第57回有馬記念スタートしました。―――――ああっと!?9番のルーラーシップが立ち上がったー!!大きく出遅れたー!!そしてゴールドシップは今回も後ろからのスタートです。場内は悲鳴とどよめきが広がります』

 

『さあ気を取り直して、先頭はゼッケン4番のアーネストリー。すぐ外側後ろには14番のビートブラック、3番手にはルルーシュが、内側にはゼッケン1番のローズキングダムがいる』

 

『最初のコーナーを回ってスタンド正面に来た。ダイワファルコンは先団にいる。アパオシャは11番手で様子を見る。2番人気の3歳二冠馬ゴールドシップは後方の2番手。出遅れた最後尾のルーラーシップはどう巻き返すのか』

 

『スタンドの拍手と応援中を各馬が進みます。最初のゴール板をエイシンフラッシュ2番が通り過ぎます。第一コーナーに入りました。ルーラーシップは遅れを取り戻すように少しずつ順位を上げていく。この判断が最後どうなるのか』

 

『これまでのペースは平年通りです。先頭のアーネストリーと最後尾のゴールドシップとの差はあまりありません。1000メートル通過地点でのタイムはほぼ60秒です』

 

『第二コーナーを回って、残り1300メートル付近で中団のアパオシャが動いた!相変わらず早い動きだ和多流次。向こう正面でアパオシャがどんどん前に行く』

 

『先頭は相変わらずアーネストリー、ビートブラック、ルルーシュの三頭。ローズキングダムが差を詰める。ダイワファルコン、エイシンフラッシュ、ダークシャドウの外をアパオシャが捲っていく。ここからペースが少し早くなったか』

 

『既に1500メートルを超えて、向こう正面の半ばを超えた。オウケンブルースリ、トゥザグローリー、オーシャンブルー、ナカヤマナイトはまだ動かない。トレイルブレイザーの猛裕はどうした』

 

『既にアパオシャは順位を2番手にまで上げて、第三コーナーに入った。ここでゴールドシップの家田の手が動いたぞ!最後尾のゴールドシップが第三コーナー途中から上がっていく。先頭に立った≪女帝≫アパオシャに、ここから最年少の二冠馬が挑むのか!』

 

『スタンドからは歓声が上がる。600m棒を通過して、外からジリジリと抜いていく。先頭のアパオシャは特徴的な低重心姿勢のスパートを見せて、既に2番手と三馬身近く離れている!』

 

『さあ、今年のグランプリはどんな結末を迎えるのか。最終コーナーを回って最初にファンに出迎えられたのは3番ゼッケンのアパオシャ!』

 

『二冠馬ゴールドシップも来ているが先頭は遠い!アパオシャは残り200メートル!既に名物の坂に入った!内からはエイシンフラッシュ、オーシャンブルーも追従しているが苦しい!外からはゴールドシップ!!』

 

『速い速い!!信じられない速さで心臓破りの坂を駆け上がる!誰も最強の女帝には付いて来られないのか!!アパオシャ!アパオシャ!これが世界を席巻した十二冠馬の本気なのか!』

 

『アパオシャ!アパオシャだっ!後続を遥か後方に置き去りにして、アパオシャが孤高のままゴールイン!!あまりの強さにスタンドが静まり返ります!有馬記念二連覇ッ!!父オグリキャップと同様に、引退レースで有終の美を飾りましたが、内容はかけ離れたものになりました』

 

『二着は大きく離れて13番ゴールドシップ、三着には6番オーシャンブルー、四着9番ルーラーシップに、2番エイシンフラッシュと続きます』

 

 

 

 

 着順  馬番       馬名   馬齢    騎手    着差  

 

 

 1着  3番 アパオシャ      牝5    和多

 

 2着 13番 ゴールドシップ    牡3    家田     8

 

 3着  6番 オーシャンブルー   牡4  ルノール     1

 

 4着  9番 ルーラーシップ    牡5   ウィル    クビ

 

 5着  2番 エイシンフラッシュ  牡5    三浜     2

 

 

 

 勝ちタイム   2分30秒2

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 ――――――終わった。終わってしまった。これで俺はレースを取り上げられてしまう。

 なんて虚しい勝ちなんだ。レースの後にこれほど空虚になったのは初めてだ。負けた時すら悔しい、次は勝つと闘志が湧いたのに、今日はなんてつまらない勝利だ。

 

「いままでありがとうアパオシャ。お前と一緒に走った3年間は絶対に忘れない」

 

【そうかよ、俺はアンタともっとレースをしたかったよ。………クソがっ】

 

 もう走る気にもなれない。ウイニングランをせず、歩いて引き返すつもりで振り向いたら、すぐ傍にゴールドシップが居た。

 

【――――口と図体だけは立派だったな、坊や】

 

【!!んだとぉてめぇ!!つぎはぜったいにオレがかつからなっ!!ぜったいだ!!ぜったいにオレがかつから、オレをわすれるなっ!!】

 

 吼えるクソガキの言葉が、とてつもなく煩わしくなった。

 そうだよな、お前には俺と違って、まだまだ次のレースがある。なんて羨ましい奴だ。

 

【次なんて無い。俺は今日でおしまいだ】

 

【………なん………だと…………】

 

【もう走る必要が無いんだよ。人から今日でレースは終わりだと言われた。だからお前と走る事はこれっきりだ】

 

 俺の投げやりな言葉に、怒り心頭になったゴールドシップは天に吼える。

 

【ふざけんなっ!!かってににげるなっ!!オレとはしれ!!はしれよっ!!かちにげなんてゆるさねぇ!!クソクソクソっ!!!】

 

 必死に宥めようとする騎手を振り落としかねない暴れぶりのヒヨッ子を無視して、スタンド正面に戻ってくる。

 いつもなら勝った時は歓声やコールで迎えてくれるが、今日だけは客も静かなものだ。

 中には泣いている奴等もいる。沢山の横断幕にはオウケンブルースリ、アーネストリー、ルーラーシップの名前と共に、別れの言葉が記されている。

 出来れば見たくなかったが、その中でも一番多かったのが俺の名前だ。

 そこに『いままでありがとう』『さようなら』『大好き』『世界最強の女帝』など、色々好き勝手に書いてある。

 こいつらをこの場所から見るのも、今日でおしまいか。

 

「ありがとうアパオシャー!!」

 

「もう一度走ってー」

 

「これでお別れなんて寂しいよー!」

 

 子供の張り上げた声をきっかけに、スタンドのそこかしこから俺の名と共に、今までの感謝の声が上がる。

 

「お前なら分かっているな。これがお前が走り続けた3年間を、ずっと見ていてくれた人達の感謝の声だ。お前はこんなにたくさんの人達から愛されていたんだよ。俺もその一人だ」

 

【うわあああああああああっ!!!!】

 

 悲しみなのか、怒りなのか、寂しさなのか分からない。グチャグチャの感情の奔流を処理できずに、空へ向かって何度も、何度も、何度も咆哮を放つ。

 時が止まればいいと思った。

 終わりなんて来てほしくなった。

 死ぬまでレースを走り続けたかった。

 走る事が俺にとっては日常だった。

 いつか終わると分かっていても………ただ、走りたかったなぁ。

 

 

 その後の事はあまり覚えていない。ウィナーズサークルで厩舎の連中、美景牧場の人達、オーナーや『オグリ』の爺さん、『曾爺さん』の知り合いの長尾さんやら、知らない顔もたくさん集まって写真撮影をした。学校の卒業写真とか、こんな感じだったか。

 

 レースの翌日は、すぐに同じ中島厩舎のアロマカフェにリーダーの引継ぎをした。レースの実力は今一つでも厩舎では古株だったのと、年下の面倒をよく見る責任感のある性格なのが決め手だった。

 もうすぐお別れだと告げたら、厩舎の仲間達は全員泣いた。特にトフィとティンがこちらの言う事を全く聞かないぐらい泣いて喚いて、非常に困った。

 他の厩舎にも挨拶に行けば、やはり泣かれたり引き留められたがどうしようもない。ただ、各厩舎のリーダーに激励をして帰った。

 いつの時代もお別れは嫌なものだ。

 

 

 

 2012年戦績  6戦6勝  内G1は5勝(天皇賞・春、英コロネーションカップ、仏カドラン賞、エリザベス女王杯、有馬記念)

 

 2012年12月28日 アパオシャのJRAの競走馬登録を抹消

 

 2013年1月某日  2012年度代表馬受賞  最優秀4歳以上牝馬受賞 

 

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 

 

   『さようなら、永遠の女帝アパオシャ。ラストランは圧倒的8馬身差』

 

 

 

 

 12月23日のG1有馬記念は出だしから不穏な空気が漂っていた。≪最強の女帝≫1番人気単勝1.5倍アパオシャがゲート前の輪乗りに加わらず、ゲート入りまで遠巻きに見つめる奇妙な態度を見せる。

 スタートは3番人気のルーラーシップが立ち上がり、2番人気の二冠ゴールドシップもいつものように遅い出足。人気馬2頭が出遅れてスタンドは悲鳴に包まれた。

 先頭に立ったアーネストリーの主導でレースは流れ、ビートブラック、ルルーシュ、ローズキングダムが後に続いた。

 去年のスローペースと違う、平年通りのペースに変化が訪れたのはレースの中間地点の向こう正面。10番手付近にいたアパオシャがいつも以上の早仕掛けで、外からグイグイと位置を上げていく。周囲はペースを上げるべきか迷いがあった。

 第三コーナー手前から最後方にいたゴールドシップも動いた。アパオシャと同様の捲り戦法を繰り出す。出遅れたルーラーシップも動きを見せている。2頭の人気馬が女帝を追う。

 しかし既に機を逸していたのかもしれない。600m棒を過ぎた時点で女帝は既に先頭に立ち、後続を引き離し始めていた。

 最終コーナーを回り、スタンド前に戻って来た時にはアパオシャは独走状態。相変わらず鞍上の和多騎手は鞭を持ったままで何も指示しない。

 

「今日、僕がアパオシャにしてあげられる事は、同じ景色を見続ける事だけでした」和多騎手はインタビューで号泣しながら心境を振り返る。

 

 末脚を利かせるゴールドシップ、オーシャンブルー、エイシンフラッシュ、ルーラーシップの名だたる強豪を置き去りにしたまま、女帝は圧倒的な独走劇を名物の坂で演じた。

 何もかも置き去りにしたまま、新鋭の二冠馬ゴールドシップに8馬身差をつけてラストランを締めくくった。

 歓声の無い静まり返ったスタンドに興味を持たなかったのか、世界最強のまま引退する唯一無二の牝馬はウイニングランを拒否。代わりに2着ゴールドシップと一触即発の睨み合いの末、新鋭の3歳馬は悔しさのあまり天に吼えた。

 

 振り返ってみれば中山競馬場にアパオシャが姿を見せてから3年3ヵ月。牡馬達を相手にクラシック三冠を勝ち抜き、大震災で揺れた日本から世界に飛び出して、常に最強を証明し続けた日々。そのすべてが二つと無いドラマだった。

 ゆえに我々は偉業と呼べる多くのレースと共に、≪太陽の女帝≫アパオシャの栄光を永遠に語り継ごう。

 

 

 

 

  ≪月刊・駿英のコラムより≫

 

 

 





 これにてアパオシャの現役生活は幕を下ろしました。
 最後の有馬記念はド畜生の日本ダービーと共にプロットの一番最初に決めていました。
 実力のあるお調子者が圧倒的強者にコテンパンに負けて、絶対に消えない呪いの傷を刻み付けられた上で、リベンジすらさせてもらえない。
 古馬の洗礼を受けたゴールドシップが今後どうなるかは非常に気になりますが、引退するアパオシャには関係の無い事ですから詳しく書く事は無いでしょう。
 ウマ娘になった時にウマソウルの影響で、不倶戴天の敵と見なすか、友人になれるかも分かりません。
 ただ一つ言えることは、ゴルシは決して無関心ではいられない。これは確定しました。
 それとオルフェーヴルが有馬記念に居ないのは、単純にジャパンカップとの間隔が1ヵ月未満で馬への負担が大きいからです。特にアパオシャ陣営に配慮したという理由ではありません。

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