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読者の方々も順調に脳が焼ける手ごたえを感じられてテンションが上がります
これからもよろしくお願いします
美浦トレーニングセンター中島厩舎に務める厩務員の松井は、ここ最近ストレスで胃が荒れていた。
馬の世話は基本的に24時間体制で行われる。いつ何時、預かっている馬が調子を崩して、獣医に処置を依頼するか分からないから、盆暮れだって気が抜けない。
毎日気の休まらない沢山の仕事があるから辛いが、馬が好きだからやりがいは感じている。
馬と関われる仕事は楽しい。だから机に座って、無駄な仕事をしているのが大変な苦痛だった。
「はいこちら、中島厩舎です。―――――申し訳ないですが今は取材は御遠慮ください。――――ええ、年内いっぱいは新馬の調教に専念するのが調教師の方針です。―――はい、申し訳ありません。失礼します」
電話が終わったと思ったら、すぐにコールが鳴る。
「はい、中島厩舎です。うちは一般の方の見学は原則禁止です。えっ許可?美浦トレーニングセンターから許可が下りないと、業者や馬主の方以外は基本立ち入りは禁止されています。ええ、無理です。失礼します」
続けて電話が鳴って頭痛がした。
「こちら中島厩舎です。――――レースの日程は非公開です。馬主の方が許可しない限りは一切お答え出来ません。我々にも権限は持たされていません。――はっ?ケチ?名乗りもしない相手になぜそんなことを話すと思うんです?」
一方的に切られて、腹立たしさから乱暴に受話器を元に戻した。
「くっそ!俺は電話番するために厩務員やってんじゃねーっての」
ここ三日はずっとこんな感じで、最低一人を電話番に回さないと業務に支障が出るぐらい中島厩舎は電話が引っ切り無しに鳴り響いている。
理由は分かっている。ここで預かっているアパオシャが新馬戦を勝ったからだ。
普通、新馬が勝ったぐらいで、ここまで電話の応対に追われる事は無い。ディープインパクトの時でさえ、一般に知れ渡ったのはクラシックに入ってから徐々に有名になった。
松井も厩務員としてアパオシャの事はよく知っている。
異様に頭がよく、レースを理解して勝ち方を知っている。
牝ながら同時期に来た2歳馬達のボスで、よく面倒を見ている。
綺麗好きでクソを垂れる時は必ず隅の一ヵ所にするから馬房の掃除が楽。というか最近は箱を置いたら必ずそこにする。
スタミナは古馬並のバケモノだけど、脚自体はそこまで速くない。
普通の馬と違うと言えばそうだろう。でも、そこまで突出した馬ではないと思う。
ひとえに騒がれるのは父オグリキャップのネームバリューなんだと分かっていても、対応する側にとっては堪った物じゃない。
七年前にここのマンハッタンカフェが凱旋門賞に挑んだ時は、世間は『えっ、行ってたの?』なんて全く騒ぎもしなかったくせに。
不幸中の幸いはブン屋がまだ大人しい事か。テキの話じゃ、オグリキャップの時にテレビ局が24時間馬房に張り付いて、調子を悪くさせた事がある。あの時はテレビ局ごとペナルティを受けたから相当懲りたと聞いた。
オグリの娘に同じ事をやったと知られたら、新聞社と局そのものが丸ごと解体すらあるとビビって、手を出せないんだろう。JRAの元締めがお国だってあいつらだって知っている。
だから厩務員にも身辺には細心の注意を払えとテキからお達しがあった。酒飲んで次のレースの情報を誰かに漏らしたら鉄拳制裁だけで済まない。
おかげで暫くは非番時にだって飲み屋に行けず、馬の代わりに電話の世話だ。
「やってらんねー」
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吾輩は畜生である。今はレースを走る競走馬だ。
メイクデビューから大体一ヵ月が経って、トレセンの周囲の木々が赤く色づき始めた頃。
再び同じ厩舎の同期馬二頭と共にトラックに乗せられて、ガタンガタン揺られている。
【せまいよー、うるさいよー】
【はしりたいよー、ここやだー。ねーちゃんひまー】
【はいはい、そのうち着くからもう少し我慢しろよ】
牡牝共にトラックが大嫌いで、とにかく出たがる子供達を宥めながら外を見るしかやる事が無い。
トラックが走っているのは、前回通った道と大体同じだ。これはまた中山でレースかと思ったが途中で都心方面に道を変えた。
となると今度は東京レース場か、いっそ関西方面まで連れ行かれるのか。
東京ならまだいいけど、関西方面だとこいつら大丈夫かな。ずっと宥めていないとダメ?
畜生の俺にはどこのレース場で走るかまでは教えられていないから、どれだけトラックに乗っていればいいか分からないのが困る。
対等の知性を持った相手とコミュニケーションしたいな。
幸いあまり長い時間移動はせず、前回と似たような時間でトラックから降ろされて、馬房に連れて行かれた。
その後は飯と水を貰って、移動の疲労を癒すのに時間を費やした。
数時間経ち、ようやく狭い馬房から出してもらって、和多と再会した。相変わらず朗らかで笑顔が似合う。
【よう、今日も頼むぞ】
「調子良さそうだな、今日も勝とうかアパオシャ」
ポンポンと首を軽く叩かれた。任せてもらおう。
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2009年11月7日 土曜日 東京競馬場 天候:晴 芝:良
『東京競馬場、第八レース百日草特別の発走時間が迫って参りました。本レースは芝1800m。7頭の一勝2歳馬が揃いました。新馬戦、あるいは未勝利戦を勝ちあがり、一皮むけた有力馬が揃っています』
『良く晴れて、秋の涼しい風が流れ、どの馬も気持ちよさそうです。4枠4番ブラザーファング七番人気です。1枠1番はモンドセン、四番人気の単勝8.6倍を付けています。5枠5番のアパオシャ、前レースから1kg増の462kgで、紅一点ながら堂々の一番人気単勝1.8倍です』
『九月の新馬戦の鮮やかな勝利は見事でした。牡ばかりの二戦目の中で、和多騎手がどのような手綱捌きを見せるのか注目したいですね』
『7頭全ての馬がゲートに入りました。――――――今スタートです。先頭に立ったのはサクラマダドール、続いてミッドガルド。おっと、ブラザーファングは出遅れて最後尾。アパオシャは五番手で様子を見ます』
『1800mはすぐにコーナーがありますから内枠が優位です。先頭2枠2番のサクラマダドールが快調に向こう正面を飛ばして、ミッドガルドがそれを追いかけます。三番手のフェイスモードと大きく七馬身を離しての展開』
『先頭二頭が早くも直線を終えて第三コーナーへと入ります。残り1000m、ちょっとペースが落ちているか。後方がジリジリと差を縮めています』
『ここでアパオシャがペースを上げて、三番手に躍り出た。和多騎手はここからスパートをかけるのか』
『最後尾のブラザーファングも動き出す。アイアムキングとモンドセンも続いた』
『残り600mの最終コーナーでミッドガルドが先頭を奪取。しかしその差は僅か。さあ、最終直線に最初に入るのはどの馬だ』
『きたぞきたぞ、ここでアパオシャだ!黒光りする馬体が内から切り込んできた。先頭が入れ替わり、アパオシャが最終直線に一番乗り』
『しかしミッドガルドとサクラマダドールも食い下がる。残り400mのハロン棒を通過した』
『アパオシャがまだ加速している。徐々に二番手のサクラマダドールを引き離す。その差は一馬身』
『あと200mでも脚色は衰えないアパオシャ。必死に食い下がるサクラマダドール!このまま決着がつくのか』
『ゴールは目前だ。最初に駆け抜けたのはアパオシャだ!5番アパオシャが一番人気に応えて、見事に百日草特別を制しました!スタンドは割れんばかりの歓声が上がっています。二着は一馬身半差でサクラマダドール』
『まるで格の違いを見せつけるような横綱相撲でした。黒地に赤い玉霰の勝負服の和多が手を振って応えます。アパオシャはこれで二連勝。強さは本物です』
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今日も勝った。でもやっぱり東京レース場は起伏に乏しいから苦手なコースだよ。
日本もイギリスのアスコットレース場並の高低差20m超えのタフなコースを作ってほしい。あそこなら俺が一番輝ける。
おまけに今回も1800mとちょっと短い。そろそろ2000m以上で走りたいよ。
「よく頑張ったなアパオシャ。私もお前の馬主で鼻が高い」
オーナーのオッサンは、俺の気も知らないで子供みたいに喜んでいる。しょうがないオッサンだな。
和多や〇クザのオッサンは嬉しそうだけど、まだ勝って当然という雰囲気がある。実際今日の馬共は大した事無かった。あの程度に勝っても自慢にならんということか。
といっても、これで二勝目。次はOP戦かG3ぐらいのレースを想定した方がいい。まだまだ鍛えて勝ち続けないと肉にされてしまう。
でも今だけは無邪気に俺を撫でるオッサンの好きにさせてやろう。
11月7日 東京競馬場で百日草特別(芝1800m)をアパオシャ(牝2歳)が制した。他6頭は全て牡。
単勝1.8倍の1番人気アパオシャが中山の新馬戦に続いて二連勝を飾った。
馬体は前レースからプラス1kgと微増。中島調教師(美浦)の調整は完璧で、逃げを打つサクラマダドールとミッドガルドを最終直線で捕捉。
最終的に一馬身半の差をつけて快勝。勝ちタイムは1分48秒4と、まずまずの出来だ。
第三コーナーから徐々にペースを上げて後方から抜け出し、脚が鈍った先頭争いをする二頭を、最終コーナー内から鮮やかにかわして先頭を奪取。そのまま徐々に差を広げてゴール。
「頭の良い馬だからレース展開と仕掛け時は全て任せています。強い馬は騎手が何もしなければ勝てます。アパオシャはそういう馬です。だから僕は鞭を使わない」
初戦に続き、一度も鞭を振るわない和多騎手の言葉は重い。
次回のレースは未定だが調教師の中島氏は「経験はそれなりに積んだ。そろそろ重賞を走らせても良い頃合いだと思う。オーナーと相談して、どのレースに出るかを決める」
さらに「(アパオシャは)本質的にステイヤーだから、出来れば距離の長いレースを走らせたい。しかし馬体の完成はまだまだ先なので、無理せずじっくり鍛えていくつもり」
まだ二戦、されど二戦。牝馬ながら牡を華麗に薙ぎ払っていくアパオシャに、スタンドのファン達は魅了されていく。
父オグリキャップの、そして母父ミホシンザンの名に恥じぬ名馬になっていく、夢を感じさせてくれる秋のレースだった。
≪週刊スポーツから一部抜粋≫