片腕を失ったとあるポケモントレーナーの話   作:東方茄子

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第三話

 

結果から言うと、バトルは惨敗だった。

 

素早さに理のあるヒトカゲ。

先制の『ひっかく』攻撃でフシギダネの体力はおよそ半分に減らされた。

 

『ひのこ』が来なかったのは、博士側からのせめてもの譲歩だろう。

 

こちらのターン。

このフシギダネが使える攻撃技は『つるのムチ』と『たいあたり』のみ。

反撃として選択するのは『たいあたり』の方だ。

 

フシギダネは特性でピンチの時に草技の威力が上がる。

これが発動していれば、炎タイプのヒトカゲに対してでも、『つるのムチ』の方が『たいあたり』より強い威力でお見舞いできる。

しかし体力的に余裕がある今のフシギダネでは、その特性は発動していない。

 

だから返しの技は『たいあたり』。

『なきごえ』で相手の攻撃力を下げても良かったが、どうせ『ひのこ』を撃たれれば意味は皆無。

とはいえ、後続が居る場合なら反撃の起点として有効的なので覚えておくように。

 

そうやって、アドバイスのようなものをレッド君に細かく送る。

 

彼は聡明だ。

バトル未経験の筈なのに、逐一私の言葉を理解した上で頷き、それらの情報をキチンと脳にインプット出来ている様だ。

スクールではそこまで成績が良い方ではないと聞いていたが、なるほど。

 

今の時点では早計だが、この子は恐らくポケモンバトルに関しての高い才能がありそうだ。

そして「勝てない」と断言した私の言葉を直ぐに飲み込んだのも、ポイントが高い。

経験上、こういう子は高みを目指すことが出来る器が、既に自分の中に完成している。

 

敗北を認め、次への勝利の糧とする。

レッドという少年は、敗北を割り切ることができる少年だった。

 

 

『たいあたり』でヒトカゲの体力を削ったフシギダネが、反撃の『ひのこ』でダウンした。

順当な結果だろう。相手が負けようと思っていない限り、勝てない勝負だった。

 

「よっしゃー!」

 

バトルに勝利したグリーンは、人生初バトル、初勝利にガッツポーズをし、子どもらしく大きな声で勝鬨を上げた。

喜びは勝者の特権である。

存分に堪能すると良い。

 

対して、レッド君は戦闘不能になったフシギダネに駆け寄り、その体を優しく撫でた。

 

「よくやったなフシギダネ。初めてのバトルだったのに、俺の指示をちゃんと聞いてくれてありがとう」

 

負けたのに、どうして褒めてくれるのだろう。

そんな顔をするフシギダネに、レッド君は優しく笑って。

 

「──次は絶対勝とう。頼りないトレーナーかもしれないけど、力、貸してくれるか?」

 

レッド君の問いに、フシギダネは暫く彼の目を見つめた後、力強く頷いた。

 

うん、彼らはきっと良いコンビになるだろう。

 

……もしかしたら、空席(・・)のチャンピオンの座に座るのは、君なのかも。

そうだったら、嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

研究所の設備で手持ちの体力を回復させた二人は、私たちに礼を言って旅立っていった。

 

さて、と研究の準備を始める私に、博士が声をかけてくる。

 

「どうじゃった?レッド君は」

「あの子は良いトレーナーになりますよ。冷静沈着で俯瞰して戦況を見ることが出来るし、負けることに対して強い嫌悪感を抱いていない。それでいて次の勝負でどうすれば勝てるか、もう考え込んでるようでした」

「なるほどのう。グリーンの方はバトルセンスがあるが聴かん坊じゃ。勝利に対して貪欲でもある。器用に立ち回れない分、何度も躓くことになりそうじゃな」

「……でも、強いトレーナーにはなりそうですね」

 

グリーンは相変わらずの調子か。

なんでも卒なく熟す割に、自己中心的で負けず嫌い。

まるで──

 

「まるで、昔の自分を見ているよう、か?」

「……はは、お祖父ちゃんには叶わない、なっ」

 

悪戯っぽく笑った祖父に、カバンから取り出した缶コーヒーを投げる。

それを戸惑うことなく綺麗にキャッチして、彼は言葉を続けた。

 

「なぁ、ショウビ」

「なに?」

 

返事をしながら、自分の分のコーヒーを開けて少し飲む。

 

 

「そろそろ、トレーナーに戻ってみる気は無いか?」

「……無理だよ。私にはもう、あの子たちの『親』を名乗る資格が無いもの」

 

 

一年前のあの日以来、私は手持ちのポケモン達を研究所内の施設に預けっぱなしだ。

チャンピオンをして名を馳せたのは、今となっては昔の話。

 

だって、ポケモンを触れない奴が。

ポケモンの事が怖くて堪らない人間が、カントー地方の全てのトレーナー達の頂点である「チャンピオン」なんかに、相応しいわけがない。

 

あの日、ポケモントレーナーとしての私はこの世から居なくなったんだ。

この、無機物で形作られた右腕(・・・・・・・・・・・)と同じように。

 

 

「まだ、ポケモンの事が怖いか?」

「そりゃあ、ね。ポケモンに右腕がこんなにされたんだから、怖くないわけがない」

 

 

私の右腕が義手であることを知っているのは、ポケモンリーグ本部の面々と母親、そして目の前に居るオーキド博士だけだ。

普段は長袖と革のグローブで隠しているが、その下にあるのは無骨な銀色の義手。

 

かのシルフカンパニーが医療機関と共同開発したこの義手は最新技術の限りを尽くして作られたらしい。

脳からの電気信号を荒無く受信し、まるで本物の手の様に扱える。

あらゆる面での耐久性にも優れ、例え火の中でも水の中でも、電撃を浴びせられても機能不全を起こさず、果ては幻の生物『インドゾウ』の全体重が乗せられても壊れないとか。

 

私自身試した事が無いので曖昧ではあるが、それが本当なら文句無しに現代最高の義手。

 

「いつも言ってるけど、思ってたよりは快適だよ。丈夫だし、力も凄く入る。……だけど、ふとした時に、元の柔らかかった右腕がどうしようもなく恋しくなるんだ」

「……ショウビ」

「勿論、自分の責任だっていうのは分かってる。それをポケモン達に押し付けるのは間違いだってことも……分かってる、けど!」

 

分かっているけれど。私はポケモン達が怖くて怖くて仕方がない。

 

人間よりも小さな体のポケモンでも、本気を出せば人を殺せる。

今では殆ど聞かなくなったけど、大昔はポケモンによって命を落とす人々も大勢いたらしい。

 

ポケモンは怖い生き物です。

 

かつてあったヒスイ地方、今でいうシンオウ地方でポケモンの研究をしていたラベン氏が残した有名な言葉。

今では真に受ける者が少なくなってしまったが、私はその言葉の本当の意味を知っている。

 

「すまん……お前も頑張っているのに、無理なことを言った」

「ううん、気にしないで」

 

私のことを気遣ってのことだろう。

少し気分は落ち込んでしまったが、彼に対して負の感情を持つことはなかった。

 

これで、話が終わってくれたら良かった。

 

 

「じゃがな、ショウビ。レッドと一緒に戦っていた君の顔は、笑顔じゃったよ」

「……え?」

 

 

博士の言葉に驚き、思考が停止する。

 

私が笑顔だった?ポケモンバトルで?

 

この腕を奪った、ポケモンという存在を見て?

 

 

「やはり気付いていなかったか」

「は、は。冗談はよしてよお祖父ちゃん。私が、ポケモンの前で笑ってた?」

「儂も驚いたよ。君がポケモンと同じ空間に居て、そんな顔をするなんて。まさしくあの日から以前、それ以来じゃったからな。だから訪ねたんじゃ、トレーナーに戻ってみないかと」

 

 

屈託のない笑みを浮かべる博士を、呆然と見つめる。

なんということだ。

 

この一年間。

私はポケモンを触ることはおろか、同じ空間に居るのも苦痛に感じるほどのポケモン恐怖症に陥っていたのだ。

精神科医に診てもらい、様々な対処法を試してみたが、治る兆しは皆無と言って良かった。

 

ふと、思い出す。

先程のフシギダネとヒトカゲ。

バトルの前は彼らの事が怖かったが、その後は?

 

レッド君に撫でられて嬉しそうにするフシギダネ。

グリーンに褒められて胸を張るヒトカゲ。

 

双方を、可愛いなぁと、そう感じた。

 

胸を渦巻く衝動。

長い間歩いてきた暗闇の中に射し込んだ、一筋の光。

 

私はもう一度、ポケモンを愛することができるのではないか?

彼らと心を通わせることが、できるのではないか?

 

──いや。

 

 

「・・・・・・それでも、あの子達はきっと私を恨んでる。毎日厳しい特訓をさせて、難しい指示にも文句も言わずに戦ってきて。それしか与えてこなかったのに、いきなり突き放して」

 

 

そうだ。

私の中で何かが変わったとしても、あの子達を蔑ろにしていたこの一年という月日の長さは変わらない。

 

やはり私には、再びあの子たちのトレーナーに戻る資格など、無いのだ。

 

 

「恨んでなんかおらんよ」

 

 

渡したコーヒーを開け、一口飲んだ博士が言う。

 

「確かに、突然君に距離を取られて、彼らは小さくないショックを受けたことだろう。恨まれていると思うのも、まぁ頷けることじゃ。だけれど、それなら何故。施設での生活のふとした合間、彼らは君が居るであろう研究棟を見上げるのじゃろうな?」

「・・・・・・え」

「知って通り、儂は毎週施設内のポケモン達の体調を確かめる時に触診を行う。その時彼らは、儂の目と君の居る研究棟を見て、寂しげに鳴くんじゃよ。仲間も沢山居て、広大とも言える敷地の中を思う存分に翔回ることも出来る。何不自由の無い生活を与えているのに」

 

その光景を想像して、私が胸が締め付けられる思いになる。

彼らが浮べる寂しげな瞳が、鮮明に脳内に思い浮かぶ。

 

「あ、あ……」

「ショウビ。君は自分に、彼らの親である資格が無いと言った。じゃが、彼らが君という存在を心から愛しているのならば、一年という長い年月を経てもなお「会いたい」と、そう思われているのならば」

 

あの子達の寂しそうな顔、怒った顔、悲しげな顔。

彼らと過ごした年月の間に見てきた、彼らの様々な表情、感情。

ありとあらゆるあの子達との思い出が、まるで走馬灯のように脳内を駆け巡る。

 

そして、最後に思い浮かんだのは、あの子たちが浮かべる、幸せそうな笑顔。

 

 

「君は、彼らの親なんじゃよ」

 

 

生身の左手が、震える。

否、全身が打ち震えている。

 

気付けば、私はぼろぼろと大粒の涙を流していた。

 

会いたい。

あの子達に、皆に会いたい。

 

今すぐに抱き締めて、いっぱいいっぱい謝って。

それから、沢山の「大好き」を、伝えたい。

 

「おじいちゃん。私、あの子達を抱き締めてあげられるかな」

「出来るとも」

「拒絶されたり、しないかな」

「大丈夫じゃよ。お前が心の底から彼らを愛しているように、彼らも君を愛しているんじゃから」

 

 

 

 

 

 

ショウビと初めて会ったのは、オーキドおじいさんの研究所。

僕が日向ぼっこをしている草原から、少し離れた所にその建物が見える。

 

ショウビはある日、片腕を失った。

その日から、ショウビは僕達の事が怖くなってしまったらしい。

当然のことだ。

僕も、この黄色い右手が人間に奪われたら、人間のことが怖くて仕方なくなるだろう。

 

あれから、僕らに向ける笑顔は、どこか歪で。

僕らはその裏に潜む恐怖という感情が手を取るように分かった。

 

ああ、僕達が弱かったから。

あの時、雪崩が起きる前に、あのリングマを倒せていたら。

彼女は片腕を失わずに済んだのに。

彼女が怖さに震えることも無かったのに。

 

ごめんね、ショウビ。

駄目な子でごめんね。

 

君はもう僕達の前に姿を表すことは無いかもしれないけれど。

それでも、僕らはいつでも君を待ってる。

 

僕達みんな、また君と一緒に旅がしたいんだ。

 

 

今日も僕はショウビが居るであろう研究所を眺める。

 

辛いことも沢山あったけど、とても楽しかったあの旅が忘れられないから。

 

そうして、いつものようにぼんやりとしていると。

 

博士の声が聞こえてきた。

 

おや、僕達の体調を確かめるのは昨日やったのに。

何の用事だろう。

 

不思議に思って声のする方に意識を向けると。

 

そこには。

 

「・・・・・・ピカチュウ」

 

 

 

 

 

 

黄色い体、背中の縞模様、ギザギザの尻尾。

ああ、懐かしい後ろ姿。

 

おじいちゃんに貰った、私が最初に手持ちにしたポケモン。

 

 

「・・・・・・ピカチュウ」

 

 

ふいに声が漏れた。

震え、掠れたその声は、しりすぼみに音量が落ちていく。

 

彼に私の声は聞こえただろうか。

仮に聞こえていたとしても、私のことを見てくれるだろうか。

 

怖い。怖い。

散々彼らのことを拒絶してきたにも関わらず、拒絶されたらどうしようなどと、我ながらへそで茶を沸かしそうだ。

 

例え彼が私のことを見てくれなくても。

それは私の罪。全て私のせい。

 

だから。

 

 

────ぴか!!

 

 

振り返ったピカチュウが、目を輝かせた。

 

こちらに駆け寄ってきて、私から数歩手前の所で止まる。

見上げてくるその顔は、さっきと打って変わって酷く不安げである。

 

ああ、私のことを気遣ってくれているのだ。

ポケモンが怖い私の事を想って、少し離れた所からこちらの様子を見ている。

 

心臓が、バクバクと激しく動悸する。

やっぱり、怖い。

相棒を目の前にしても、私のポケモンに対する恐怖心は無くならない。

 

・・・・・・それでも。一歩、近付く。

 

ピカチュウ。

私の初めてのポケモン。

 

ピカチュウ。

私に初めての勝利をくれたポケモン。

 

ピカチュウ。

私が一番最初に愛して、一番最初に愛してくれたポケモン。

 

 

「・・・・・・ひさし、ぶり」

 

 

ゆっくりとした動作で彼の前にたどり着くと、その場に腰を下ろす。

クリクリとした黒い目が、相変わらず可愛らしい。

 

そっと、左の手を伸ばす。

 

今までは、どんなに触ろうとしても、寸前で手が止まってしまっていた。

 

手が、ピカチュウの頭の上まで来た。

 

ぷるぷると、小刻みに体が震える。

怖い。怖い。

怖くて、仕方がない。

 

 

────だけど、このままこの子と離ればなれになって生きていくのは、もっと怖い。

 

 

「ごめんね、ピカチュウ。長い間、放ったらかしにして」

 

 

私の手が、ゆっくりと、黄色い毛並みを撫でた。

 

 

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