片腕を失ったとあるポケモントレーナーの話   作:東方茄子

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第五話

 

キリキリと左腕の調整ネジを弄り、グーパーと手を閉じて開く。

肘を折り曲げて伸ばす。問題無し。

よし、チューニング完了。

 

鏡の前に立ち、身だしなみに乱れが無いかの確認。

よし、問題無し。自画自賛になるが今日も母にそっくりの美人さんだ。

 

父のお古であるレザーバッグを肩から斜めにかけ、腰に巻いたボールホルダーの確認。

1.2.3.4.5.6。よし、皆居るな。

 

準備完了。

 

 

「それじゃあお母さん。行ってくるね」

「うん。大変なことも沢山あるだろうけど、頑張っておいで」

 

 

玄関のドアに手をかけながら、笑顔の母に振り返る。

 

私は今日から、再び旅に出る。

旅の目的は『ポケモン図鑑』の完成。

これはオーキド博士からの正式な依頼であり、オーキド研究所の研究員としてのフィールドワークも兼ねた旅だ。

 

私はチャンピオンになるまでの間に一度、ポケモン図鑑を完成させた。

しかし、その時集めたポケモンのデータは141種類。

 

博士曰く、このカントー地方にはまだ10種類のポケモンが生息していることが判明したらしい。

つまり本当のポケモン図鑑は151匹で完成するということだ。

 

何故今になって10匹も新種のポケモンがいることが判明したのかと博士に問うと、帰ってきた答えは。

 

『ショウビよ。お主何か勘違いしておるようじゃが、ポケモンという種族は常に増え続けている。151匹というのも、今判明している数がそうであるだけで、数年後にはカントーポケモンの分布も大きく変わる可能性だってあるんじゃ。正確に言えば、ポケモン図鑑には完成という概念は存在しないんじゃよ』

 

とのお言葉。

 

なるほど、ポケモンというのは思っていたより奥が深い存在らしい。

私だってこれでも研究者の端くれ。

まだ出会ったことのないポケモンに出会えるというのは、純粋に興味が惹かれる。

そう思い、私は博士からの頼みを二つ返事で承諾したのだ。

 

 

「家に返ってくる時はいつでも連絡してね。アンタの分もご飯準備しておくから」

「ありがとう」

「ん、気をつけて行っといで」

「行ってきます。お母さんも体に気をつけてね」

 

恐らく暫くの間交わすことがなくなるであろう親子の会話をして、ドアを開ける。

 

さあ、新たな旅に出発だ。

 

 

 

町の外に出て、一番道路に出る。

 

「さて、それじゃあ早速」

 

モンスターボールを一つ持って、宙へ放り投げる。

ポンッと軽快な音を鳴らして赤色の閃光が地面を照らし、一匹のポケモンが姿を現す。

乳白色の体毛に炎のタテガミと尻尾、引き締まった筋肉は見ていて眩しいほどの美しさだ。

 

 

「おはようギャロップ」

「ぶるる」

 

 

ひのうまポケモン・ギャロップ。

高さ1.7m。重さ95.0kg。

最高速度はなんと時速240kmで、その気になればたったの10歩でそれに達する加速力を持ったすんごいポケモンである。

ちなみにこの子は女の子だ。

 

相変わらずなんとも言えない神々しさと可愛らしさを兼ね備えた姿なのだろう。

まだ少々震える手を伸ばし、彼女の頬を優しく撫でる。

嬉しそうに小さく嘶き、彼女もこちらの手に寄り添うように身を預けてくれる。

 

ああ、本当にかわいいなぁ。

 

「えっと、背中、乗っても良いかな?」

 

そう問いかけると、彼女は目を細めながらしきりにうなづいてくれた。

感謝の言葉を告げ、彼女の背に飛び乗る。

さらりとした背中を撫でる。一年ぶりのその背は、心なしか以前よりも大きく、そして逞しく感じた。

 

舗装された道の脇、平らに均された土道を軽快な音を立ててギャロップが進んでいく。

その背に揺られながら、私は道中の草むらに隠れているポケモン達を探していた。

 

「っと、ギャロップ、少し速度を落として」

 

目線の先に居たのはポッポだ。

ノーマル・ひこうタイプのポケモン。

その小さな体躯から繰り出されるかぜおこしは、大の大人くらいなら数メートルは吹っ飛ばしてしまう。

 

ポケモン図鑑を起動して、ポッポの情報を記載していく。

 

「……昔はチャンピオンになることが目的だったから、こうして一匹のポケモンをじっくり眺めるというのはしてこなかったな」

 

今思うと、私が作ったポケモン図鑑には最低限の情報しか載っておらず、完成とは程遠い代物だったのかもしれない。

言葉にはしなかったが、祖父もその辺を考えて改めて私にポケモン図鑑を作るように依頼してきたのだろう。

 

ポッポの情報を入力し終え、次に見つけたコラッタの群れも観察する。

 

……うわ、生木を普通に齧り削ってる。

人間だって道具を使わないと皮に傷をつけることも難しいのに。

コラッタの前歯ってあんなに強靭だったんだ。

本気で襲われたら、人間なんてひとたまりもないな……。

 

「……やっぱりポケモンって、怖いな」

 

未だに心に燻るポケモン達への恐怖心が加速する。

こんなことも知らないで、よく無事に旅を終えられたものだ。

 

……いや、ピカチュウがゴースのガスにやられてしまった時から、私はポケモンという存在に恐怖を抱いていたのかもしれない。

 

だけど、今までと違う視点で見るポケモン達は。

何処か眩しくて、そう、彼らも自然の中で自分達の武器を持ち、強く生きているんだということが理解出来た。

 

「ポケモンって、凄いんだなぁ」

 

そんなことを思いながら、私はポケモン図鑑を一度閉じる。

これから改めて出会っていくポケモン達に想いを馳せて。

 

二度目の旅は、想像していたより私という人間を成長させてくれるかもしれない。

そんな、不安混じりの期待を胸に抱きながら、私たちは一番道路を進んで行った。

 

 

 

 

 

 

時刻は夕暮れ時。

朝にマサラタウンを旅立ってから、何匹かのポケモン達の情報を図鑑に書き留め。

ようやく隣町、トキワシティに辿り着いた。

 

田舎町のマサラと隣町というだけあって、ここもそこまで栄えている町では無い。

しかしカントーポケモンリーグの本部へ通じる道があるため、最低限の施設は整っている。

ちなみにポケモンリーグより更に北にいったところにあるのがセキエイ高原、そして最も標高の高い山がシロガネ山である。

個人的にはもう二度と行きたくない場所だけど、もし新種のポケモンがシロガネ山にしかいないという話が出れば、嫌でも登らなければならなくなるのだろう。

 

ここからでも薄っすらと見えるシロガネ山を眺めながら、浅く長い溜息を吐く。

 

「一年前は、調子に乗って足を踏み入れてすみませんでした……」

 

深々と頭を下げ、心の底からの謝罪を言葉にする。

こんなことで白銀の悪魔の怒りが収まるのかは分からないが、もう左手を失う以上の災いを降りかざされないように、なるべく丁寧に祈りを捧げた。

 

 

「……ショウビさん。こんなところで何してんの?」

「え」

 

 

知っている声をかけられ、お辞儀の体勢のままそちらへと顔を向ける。

 

「おや、これはレッド君。昨日ぶりだね」

「うん。それってもしかして、山に向かって頭下げてるの?なんかの宗教的なやつ?」

 

昨日マサラタウンを旅立ったレッド少年が、不思議そうな顔をして私を見ていた。

変なところを見られて少し恥ずかしいが、なるべく冷静になるよう努めて、頭を上げて彼の質問に返す。

 

「宗教まではいかないけど、山に謝ってたんだよ。少し前に、ちょっと色々あってね」

「ふーん、そうなんだ」

「……色々のところは何も聞かないんだ?」

「だってショウビさん、あんまり聞いてほしくなさそうだし」

「なかなかの観察眼だね。ありがとう、正直助かるよ」

 

なかなか気遣いの出来る少年である。

きっと君は出世するよ。前チャンピオンが言うんだから間違いない。

 

「ところでレッド君はなんでここに居るの?町の南口に用なんて無いだろう?」

「ああいや、ちょっと博士にお使いを頼まれてたので」

「おつかい?」

 

博士はあまりフィールドワークに出るタイプの研究者では無いので、たまにお使いを頼まれることは私もあった。

しかしなんで他の助手達じゃなくレッド君にそれを頼んだんだ?

 

「モンスターボールを切らしてるらしくて、それの補充を頼まれました」

「ああ、確かにマサラじゃあんまり量が売ってないからね」

「はい。それで、ショウビさんこそなんでトキワに?追加のお使いとか頼まれたんですか?」

 

おっと、事情を知らないレッド君からしたら私がここに居る方が変だったか。

これは盲点。

 

「レッド君やグリーンと同じく、私もポケモン図鑑を作るの手伝えって言われてね」

「……ポケモン図鑑?」

「うん、ポケモン図鑑。……なんだいその反応は」

 

小首を傾げるレッド君だが、それはこっちの気持ちである。

まさかポケモン図鑑知らないの?一応図鑑完成の旅って体でしょ?

 

「オレ、ポケモン図鑑なんてもらってないですけど」

「──はぁ?」

 

そのまさかだった。

なんで?一体全体どういう理由でポケモン図鑑をもらってないんだ君は。

 

「ごめん、ちょっと待っててね」

「はあ」

 

レッド君に断りを入れて、腕のポケギアをピポパポピ、と。

 

数コールの後、祖父が電話口に出た。

 

 

『なんじゃショウビ。あんな清々しい顔をして旅立ったのにもうリタイアか?』

「んなわけないでしょう。今トキワに着いてレッド君と会ったんですけど、ポケモン図鑑あげてないってどういうことですか?」

『なんじゃと?そんなわけな……』

 

 

視線を変えたのか、少し声が遠くなったのを感じたところで博士の言葉が止まった。

 

『……可笑しいのう。何故か図鑑が二個、机の上に置いてあるままじゃわい』

「このボケ老人め」

『辛辣過ぎんか?』

「とにかく今からレッド君連れてそっち戻りますから、研究所に居てくださいね。もし居なかったら老年科医のとこに連れていきますから」

『分かった分かった。全く、ちょっと忘れただけで酷い扱いじゃな……』

 

ブツブツ言ってる博士を無視して通話を切ってから、困惑気味の表情をしているレッド君に向き直る。

 

「というわけだから、今からマサラまで送って行くよ」

「え、本当に今から行くんですか?オレそこのポケモンセンターで一晩泊まってから出発するつもりだったんですけど」

「大丈夫大丈夫。日が暮れるまでにはマサラに着くから」

 

私の言葉を聞いて首を傾げたレッド君を尻目に、ホルダーからモンスターボールを取る。

お馴染みの赤い閃光の後、そこに立っていたのは。

 

人間の身長からすれば見上げるほどの巨体、橙色の肌に、体躯と比べると少々小さく感じる翼、全体的に丸みを帯びたボディがドラゴンポケモン感を若干抑えているが、それがまた良い。

キュートで穏やかな眼差しで私たちを見下ろすそのポケモンは、カントー唯一のドラゴン種族の最終進化系。

 

「おはようカイリュー。まだ少しお眠かな?」

「くぉー……」

 

私の問いかけに眠気まなこであくびを噛み殺しながら頷くカイリュー。

彼は完全夜型ポケモンなので、昼間はボールの中で爆睡している。

様子から見るに、ついさっき起床したところなのだろう。

 

「ふふ、じゃあこの子に乗って一度マサラに戻っ──」

「うわぁ……カイリューだ……!本物だ……!」

 

実物のカイリューを見るのは初めてだというレッド君が年相応に興奮した様子で、橙色の肌をあちこち触りまくり始めたが、触られてる本人は嫌な顔一つせずされるがままだ。

 

しかし今から向かうと言った手前、あまり遅くなっても博士に悪い。

テンションあげあげのレッド君には申し訳ないが、お触りはその辺にしてマサラに戻ろう。

自分の体を触りまくるレッド君をカイリューがむんずと掴み、その背に放るように乗せる。

続いて私も姿勢を低くしてくれたカイリューに飛び乗って、ひと時の空の旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、すまんかったのレッド。つい失念しておった!」

「いえ、全然大丈夫です」

「ではこのポケモン図鑑を君に託す。これはポケモンの歴史に残る偉大な仕事じゃが、なに、後ろのショウビのように図鑑かどうかも怪しいものを完成品だと言い張って提出する者もおる。気負わず、自分のペースで協力してくれると嬉しい。頼んだぞ」

「はい。精一杯頑張ります」

 

朗らかに笑いながらポケモン図鑑を手渡す博士に、ジトリとした目線を向ける。

 

「ほんとに……ポケモン研究の権威がポケモン図鑑を渡すの忘れるって、どうなんですか」

「ねちっこい奴じゃな。儂も人間なんじゃから物忘れの一つや二つ仕方ないじゃろ」

「はぁ……いい加減なんだから」

「その血をお主も引いておるんじゃ。あんまりプリプリするんじゃない」

「プリプリて」

 

表現がひと昔古いわ。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

研究所に取り残されてしまった図鑑はもう一つある。

グリーンに託す予定のものだ。

しかしあの子も既に旅に出ているから、誰かが送り届けてあげないといけない。

 

「博士、グリーンの図鑑は私があの子に届けます」

「おお、そうか!それはありがたい。なにぶん儂もジジイじゃからな、自分の足でグリーンのヤツを追いかけるのはかなり堪える。頼んだぞ」

 

まあ私もオーキド研究所の一員だからね。上司の後始末をするのは部下の勤めだ。

ライド出来るポケモンを持ってないグリーンなら移動出来て精々今頃トキワの森で虫取り少年達に絡まれてるくらいだろうから、追いつくのも容易い筈だし。

 

さて、これといった用事ももう無いだろうから、さっさとトキワシティにトンボ返りするとしますか。

グリーンの図鑑をカバンにしまって、さあ研究所から出ようと歩を進め始めると。

 

「おおそうじゃ。ショウビよ、ちょっとこっちに来なさい」

「はい?まだ他にも何か用事がありましたか?」

「いいから、来なさい」

 

ちょいちょいと手招きする博士に従って、玄関まで来ていた足を戻す。

一体なんだろう、仕事の引き継ぎなら昨日と今日の朝で粗方済ませたんだけどな。

 

「グリーンとレッドはそれぞれヒトカゲとフシギダネを選んだ。それで、ゼニガメだけ手元に残ってしまっていてな。どうじゃ、お前この子を育ててみる気はないか?」

「え」

 

差し出されたボールの中に居たのは、昨日二人に選ばれなかったゼニガメだった。

そうか、今回旅立つ予定のトレーナーは二人だけだったから、この子だけあぶれちゃったのか。

 

「研究所に置いておくことは出来ないんですか?」

「それでも良いんじゃけどな。この子はまだレベルも低いし、経験が足りていない。次に旅立つ者に託すにしても、研究所の庭に慣れた所で外に出すというのはストレスもかかるじゃろう」

「はあ、なら初めから旅に同行させた方が、経験も積めるし環境の変化に馴染みやすくなるだろうと、そういうことですか」

「うむ」

 

なるほど。

確かにゼニガメのことを考えれば、そっちの方が良いかもしれない。

こちらとしても吝かではないが、少しばかり問題がある。

 

「でも、私の手持ちは6匹で固まってますし、それ以上のポケモンの所持はトレーナー法で取り締まられていますよね」

「そうじゃな。そこで頼みがあるんじゃが、お前の手持ちのあの子をうちの研究所に預けておいてもらえんか?知っての通りあの子は普段から何かと研究の手伝いをしてくれてな、うちに置いておいてくれると儂としても助かるんじゃ」

「あー、なるほど」

 

確かに、今腰のホルダーに収めている内の一匹は、頭の回転も早く、人の言葉も粗無く理解出来るポケモンだ。

同種族の子は研究所には居ないはずだから、研究所で役に立つというのなら預けておいても良いかもしれない。

私が抜ける穴も易々と補填してくれる筈だし。

 

私はホルダーからボールを一つ取り、中に居るポケモンに話しかける。

 

「どうかな、フーディン。嫌なら断るけど」

 

ボールの中で胡座をかいていたフーディンは腕を組んで考える仕草をすると、少しの間を置いてうむと頷いた。

彼はケーシィの時に捕まえたポケモンだが、ユンゲラーに進化したくらいから人間の生活に興味が出てきたらしく、人とコミュニケーションをとるのが好きな子だ。

頭脳明晰であるため人間がするポケモンの研究にも結構興味があるらしく、私の手持ちの中でも博士とは一番仲が良い。

渋々といった様子でも無いし、彼が良いというのなら、博士に預けて研究を手伝ってもらうのも彼自身の経験に繋がるだろう。

 

「分かった。なら博士のお守り、頼んだよ。力が必要になったらまた呼ぶからね」

 

ボールの中で頷いたフーディンに笑顔を送り、彼の入ったボールを博士へと差し出す。

 

「じゃあ、引き続きうちの子をよろしくお願いします」

「うむ、こちらこそゼニガメのこと、頼んだぞ。良い経験を積ませてやってくれ」

 

ボールを交換し、中にいるゼニガメを覗き込む。

冒険に出られるのが嬉しいのか、可愛らしく尻尾を振ってこちらを見上げるゼニガメに、思わず深い笑みが零れた。

 

「よろしくね、ゼニガメ」

 

 

 

 




読んでくれてありがとうございます。
お気に入り、しおり、評価、感想も、諸々ありがとうございます。
大変励みになります。

これからもよろしくお願いします。

追筆、誤字修正ありがとうございます。対応させていただきました。
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