片腕を失ったとあるポケモントレーナーの話   作:東方茄子

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第六話

 

場所は戻ってトキワシティの南口付近。

レッド君と会った所から近い場所にあるポケモンセンターまで彼を送り届け、カイリューをボールに戻す。

 

「ありがとうございますショウビさん。助かりました」

「良いよ良いよ、困った時はお互い様さ」

 

律儀に腰を曲げてお辞儀をしようとするレッド君を手で制し、それからああそうだと言葉を続ける。

 

「そういえば私の連絡先ってレッド君知らなかったよね。これ私のポケギアの番号、困った時はいつでも頼ってくれたら良いよ」

「え……良いんですか?」

 

ぽかんとした顔をするレッド君にこっちも首を傾げた。

そんなにおかしな事言ったかな?

 

「なんで?何も問題は無いと思うんだけど……もしかして迷惑だったかな」

「いえ、全然迷惑じゃありません!じゃあその、これ俺の番号です」

「ん、私も用事がある時は連絡するから、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

深々〜と礼をしたレッド君にワハハと笑いながら、軽く手を振って私はポケモンセンターから離れた。

なんとなく、ちらりと後ろを振り返ると、そこにはボーッとした顔で自身のポケギアを眺めるレッド君の姿があったが。

 

そこセンターの入口だからいつまでも居ると……ああ!ほら、出てきた人がぶつかりそうになった!

慌てて頭を下げてるレッド君を見てまた笑い、私は再び歩き始めた。

 

 

トキワの森に続く街の北口方面に向かう途中、グリーンの現在地を聞くために電話をかける。

数回のコール音の後、彼は少しうっとおしそうな声色で電話口に出た。

 

『んだよショウビ姉さん。こんな時間に』

「言うほど遅い時間じゃないでしょ。それとももう寝るとこだった?」

『そういうわけじゃねーけど。今トキワの森に居て野宿の準備してたんだよ。もう少しで焚き火に火が付きそうだったのに……』

 

ビンゴ、やっぱりトキワの森に居たか。

いやまあ妥当なところではあるんだけど、それなりに良いペースで旅を進めている様だ。

 

……ん?ちょっとまてよ。今この子、焚き火に火がつきそうとか言った?

 

「アンタもしかして、自分で着火しようとしてた?」

『わりーかよ』

「悪かないけど、相棒のヒトカゲにつけてもらったら直ぐじゃないの?」

『……わ、分かってるよ!これはその、自分の鍛錬も兼ねてだな』

 

これは失念してたな。声がわかり易く動揺してるわ。

まぁまだまだ旅を始めたばっかりだしね。

何事も経験というのは良い言葉だし、ポケモンに頼りすぎるのも良くないから。

 

「なるほどね。グリーンは偉いなぁ」

『ま、まぁな。俺は自分にストイックなんだよ』

「うんうん、良いことだねぇ。それで要件なんだけどさ、お祖父ちゃんがアンタにポケモン図鑑渡すの忘れてたのよ。今から届けに行くけど、良い?」

『あー図鑑か、俺も忘れてたわ。別に良いけど、あんまり遅くなんなよな。今日は疲れたから早めに寝たいんだよ』

「分かった分かった。じゃあまた後でね」

『おー』

 

満更でもなさそうな声で生返事をして、通話が切れる。

若干年の差がある従姉弟の私達だが、仲はそれなりに良いはずだと自負している。私がチャンピオンになった時なんか、それはもうはちゃめちゃに興奮した様子で褒めたたえてくれたものだ。

昨日はあまり会話をしないまま旅立って行ったが、グリーンの方からも私に旅のことやトレーナーとして歩んでいくことに関して意見を聞きたいだろうし、博士が図鑑の譲与を忘れたのは結果的に良かったのかもしれない。

 

まぁ本人も言っていたように旅の疲れもあるだろうし、話をするにしても早めに切り上げて、自分の仕事に取り掛からなくちゃけいないけど。

 

 

 

ギャロップを駆り、街からそれほど離れていないトキワの森にあっという間に到着する。

ギャロップの身体から溢れる炎が前照灯代わりになるので、夜の移動ではあったが割と快適なものだった。

 

いやしかし、自分が最初に旅に出た時はトキワの森に到着するのに一週間はかかった(ピカチュウの電撃でちょくちょくノックアウトされてたので)。

それに比べてグリーンの旅は中々順調そうだし、相棒とも上手くやれているんだろうな。

 

暫くの間、ギャロップに跨ったまま常歩で森の中を進んでいくと、ユラユラと揺れる炎の光が見えてきた。

近付くと、そこには焚き火の傍でヒトカゲを撫でているグリーンの姿。

 

んー、昔の私と違って相棒と仲睦まじいようで結構結構。

 

「や、グリーン。昨日ぶりだね」

「ん、おー、もう来たの?やっぱライドできるポケモンが居ると楽なんだな」

「あげないよ?」

「ばーか、直ぐに自分でゲットするっつーの」

 

ボヤくように言いながら、グリーンは片手に持っていた数本の枯れ枝を焚き火へ放った。パチパチと音を鳴らしながら、火の勢いが僅かに強くなる。

 

彼の座っている枯れた倒木に、お隣失礼、と言って自分も腰を下ろす。

それからグリーンに撫でられながらウトウトと微睡むヒトカゲに視線をやり、ほわりと口元が弛む。可愛い。

 

……それでも、やっぱり少し怖いけど。

 

「旅は順調そうだね」

「まあな、コイツも言うことをよく聞いてくれるし、頼りになるよ」

「それは何より。……ああそうだ、はいこれ図鑑」

「お、サンキュー」

 

体を丸めて寝息を立て始めたヒトカゲから手を離し、グリーンが図鑑を受け取る。

受け取って直ぐに図鑑を開いた彼は、ポチポチとボタンを押しながら「へー」とか「なるほどな」とか一人でぶつぶつ言っている。

 

「使い方は大丈夫そうだね」

「ああ、シンプルだし、多分大丈夫だろ」

「頼もしいね。分からないことがあったらまたお祖父ちゃんか私に連絡してくれたら良いから」

「おー」

 

普段ぶっきらぼうな口調のグリーンだが、スクールでは成績トップの優等生だった。

図鑑の使い方も早々に理解した様だし、それなりに広い分野で優秀のようだ。

私は機械音痴だったから、最初は図鑑の使い方にも手間取ったもので、まごまごしてるうちに登録しようとしたポケモンに逃げられる、なんてこともしょっちゅうあった。

 

……はーあ、レッド君も事もなさげに図鑑を操作してたし、先輩面のしがいがない後輩達だよ、全く。

 

「そういえばさ」

「なに?」

「ショウビ姉さんって、一瞬チャンピオンだったじゃんか」

「一瞬言うほど短く無いわ。半年間はチャンピオンさせてもらってたよ」

「一瞬じゃん」

 

半年って一瞬なの?

価値観の違いに戸惑っていると、グリーンが言葉を続ける。

 

「大人達に止められてたから、今まで聞かなかったんだけどさ」

「うん」

「……なんで、チャンピオン辞めたんだ?チャレンジャーに負けたわけでも無いのに」

「──んー、そうだなぁ」

 

いつかされるだろうと思っていた質問。

なんでチャンピオンを辞めたか……か。

 

どう答えたものかな。

 

「チャンピオンってね、ただの称号じゃないんだ。その辺のポケモンバトルの大会で優勝しました、とは訳が違う」

「だろうな、なんたってカントー全部のトレーナーの頂点なんだから」

「そう。全てのトレーナーのトップ。それだけに、自覚と責任と、変わらない圧倒的な強さが伴ってなければならない」

 

私は──

 

「私は、その全てが足りてなかった」

「……は?」

「アンタは失望するかもしれないけど、私は弱い。チャンピオンになれたのは巡り合わせが良かったたけの偶然で、チャンピオンとして必要なものは何一つ持ち合わせていなかった。だから、私はチャンピオンを辞めた」

 

背負わなければならない責任に押し潰され、強くあろうとして片腕を失い、果たさなければならない手持ち達の『親』という義務も一度放棄した私は、どう足掻いてもチャンピオンには不適合の人間だった。

 

そう、手持ちの皆と和解したのも、責任を持つ立場になるという重大さも。

私は、いつもいつも気付くのが遅すぎた。

 

だからこれからも、同じ過ちを沢山犯すだろう。

 

「グリーン。もしアンタが、昔と同じようにチャンピオンになることを志しているんなら、チャンピオンになるということがどういうことなのかをこの旅の中でちゃんと見極めるんだ。私と同じ轍を、アンタには踏んで欲しくない」

「……なんだよ、それ。まるでチャンピオンになったことを後悔してるような言い方しやがって」

「ううん……してないと言ったら、嘘になるかな」

 

ジッと小さく震える双眸を見つめて言うと、彼はギリと歯を食いしばり、私の胸ぐらを掴みあげた。

突然の行為に心臓が跳ねたが、しかし努めて冷静に振る舞う。

 

 

「ふざけんなっ!俺は!俺は、チャンピオンになった、姉さんに憧れて……ッ!!」

「私は、憧れを持たれるような人間じゃない」

「んなわけねぇだろ!あの日のセキエイリーグ、四天王を倒して、前チャンピオンを降したアンタとポケモン達は!この世界の誰よりも輝いてた!!俺にとって姉さんは──」

 

 

言葉の途中、グリーンはハッと目を見開く。

そして顔を俯かせ、呟くように続けた。

 

 

「最高の、チャンピオンだった(・・・)んだよ……」

 

 

──そうか、そんな風にこの子は思ってくれていたのか。

 

確かに、チャンピオンとしての私を見ていた時の彼の眼差しは、憧れと羨望の熱に溢れていたように思う。自惚れかもしれないけど。

 

だけど私は、本当に、どうしようもない人間で。

誰かに支えて貰わないと立っていられない、弱い人間なんだ。

 

ゆるりと力の抜けた手が胸元から離れる。

 

「ありがとね。でも、本当の私はこんなだから……失望させちゃったかな?」

「……別に」

「そっか。……なら、ちょっと安心した」

 

少しいじけたような表情をしたグリーンの言葉に胸を撫で下ろし、よいしょと腰をあげる。

 

「じゃあ、図鑑も渡せたし、様子も見れたし、私は行くよ」

「おー……気を付けてな」

「うん、グリーンもね」

 

焚き火を見つめるグリーンに軽く手を振り、眠っているヒトカゲを興味深そうに観察していたギャロップを呼び寄せる。

 

その背に飛び乗り、もう一度グリーンへ別れの挨拶を告げて私達はトキワの森の北に位置するニビシティを目指して進み始めた。

 

 

 

 

 

 

『勝者は……ショウビ!!オーキド博士を祖父に持つ天才の血を引いたチャレンジャーが、激戦の末見事にチャンピオンを降しました!!皆さん祝福しましょう、今ここに、若き新チャンピオンが誕生しました!!』

 

熱を隠さない実況の言葉に、セキエイリーグに集った観客達が更に沸き立つ。

怒号にすら似た声量の賞賛の嵐が、バトルフィールドに立つ一人の少女に絶え間なく送られる。

 

「……すげえ」

 

従姉である彼女の応援に来ていた俺は、関係者席に座りながら呆然と言葉を洩らす。

 

当時まだ幼かった俺でも従姉が成し遂げた偉業は理解出来た。

カントーポケモンリーグの四天王、そしてチャンピオン。圧倒的な強さを持った五人のトレーナー達を若干18歳の少女が打ち倒したのだ。

 

近所に住んでいる彼女が、この日、カントー最強のポケモントレーナーになった。

それはあまりにも実感を感じさせないものだったが、それでも目の前で繰り広げられたバトルを見て受けた衝撃と感動は本物で。

 

「本当に、なったんだ!ショウビ姉ちゃんが、チャンピオンに……!」

「なっちゃったねぇ……本当に、すごいなぁあの子は」

 

興奮する俺の隣で、一緒にリーグ戦を見に来ていたナナミ姉さんが感心したような、呆れたような口調で言った。

俺の実姉である彼女は、ショウビ姉さんと同い年の大学生だ。

 

同級生ということもあり特に仲の良い二人だが、その時のナナミ姉さんの表情は何処か遠くを見ているようで、やけに寂しげに見えた。

 

 

「……ショウビ、貴方はどこまでも駆け上っていくんだね」

 

 

──置いて、いかれちゃったな……。

 

とても小さな声で呟かれた言葉は、未だ止まない観客たちの声に直ぐにかき消される。誰の耳にも届かなかっただろう。

すぐ隣にいた俺を除いて。

 

その言葉の意味を聞こうとして口を開いた時。

 

「ナナミ、グリーン」

「あら、お祖父ちゃん。遅かったじゃない」

 

研究の整理があり駆けつけるのが遅れてしまった祖父が、肩で息をしながらやってきた。

祖父は空けてあった隣の席に腰を落とし、息を整える。

 

「いやあ、残念。孫がチャンピオンになる瞬間を見そびれてしまったのう」

「もう凄かったんだから彼女。特に最後、お祖父ちゃんがあげたピカチュウの出した技なんて──」

「うむうむ。後でじっくりと見返すとするよ」

「あ、そうよね。今は彼女の殿堂入りの登録をするのが先かぁ」

「そうじゃな、では行くとするか。折角だから二人も着いてきなさい」

 

ハンカチで汗を拭きつつ立ち上がった祖父に、姉さんが少し驚いた顔をする。

 

「え、私達も?」

「流石に殿堂入りの間に入るのは無理じゃが、外から見ている分には大丈夫じゃ。彼女の親御さん達も来ているよ」

 

その言葉になるほどと頷きながら、姉さんと俺も席を立った。

 

 

 

セキエイリーグを制覇したものだけが入ることを許される殿堂入りの間。

そこには、歴代の殿堂入りを果たした伝説のポケモントレーナー達と、その手持ちポケモン達を写した写真がずらりと並んでいる。

 

ガラス張りの壁から部屋の中の写真たちを見ていると、ふとある事に気付く。

 

「……もしかしてあの写真って、じーちゃん?」

「そうね。お祖父ちゃんの若い頃の写真」

「じーちゃんもチャンピオンになったことがあるの?」

「それが、研究で忙しくなるだろうからって辞退したんだって」

「へー……!」

 

知らなかった祖父の過去に衝撃を感動を受けていると、部屋の中に二人の人物が入っていく。

 

ショウビ姉さんと、祖父だ。

 

静寂が包む室内に、コツコツという二人の足音だけが響く。

 

外からその様子を見ている俺達も、会話を止めてその姿をジッと眺める。

 

二人が部屋の中央、殿堂入りの登録をする端末の前に辿り着く。

祖父がショウビ姉さんに向き直り、白衣の襟を正した。

 

 

「改めて、ポケモンリーグ制覇、心から祝福しよう」

「ありがとうございます」

「……初めて君にピカチュウを託し、ポケモン図鑑完成の旅に送り出した頃と比べると、逞しくなったな……いやはや、本当に……大人になりおって」

「博士を初めとした皆のお陰です。誰かの存在が欠けていたら、私はここには立てませんでした」

 

 

ショウビ姉さんの言葉に、祖父は言いかけた言葉を噤んで、片手で目を覆う。

どうやら、泣いているらしい。

 

「……全く、歳をとると涙腺が緩んでかなわん」

「はは、何を言ってるんですか。まだまだお若いのに」

「コイツめ、口達者になりおって……」

 

ハンカチで涙を拭い、祖父が顔を上げる。

 

「おほん!さて、ショウビよ。ここは歴代のポケモンリーグトレーナーと、そのもとで活躍したポケモン達を永遠に記録し、称えるフロアじゃ。知ってのとおり、トレーナー達はここに記録される喜びを『殿堂入り』と呼んでおる」

「はい」

「ショウビ。儂は実際に見ることが叶わなかったが、四天王とチャンピオンとの壮絶な戦いの末、君は見事にリーグチャンピオンと相成った。ここにその名前と、ポケモン達を記録しよう」

 

言葉の後、祖父が端末を操作すると、機械的な音を立てて六つの窪みがある装置が床から迫り出す。

ショウビ姉さんがホルダーからボールを取り外し、その台に置くと、装置の蓋が閉じる。

 

すると、部屋に壁に備え付けられている大画面のモニターに、姉さんの手持ち達の写真と情報が次々と表示されていく。

 

「チャンピオンとは、あらゆる面で強くあり続け、全てのトレーナーがその背中を追いかけるような存在でなくてはならない。ショウビよ、君にその覚悟はあるか?」

「……正直、少しだけ不安、かな。情けないかもしれないけど」

「うむ、それが普通じゃよ。なに、カントーポケモンリーグ本部の面々は皆頼りになる。儂も含めて、いつでも相談してくれれば良い」

「……うん」

 

ぎこちない笑みを浮かべる姉さんに、祖父は白い歯を見せて笑う。

 

「まあ、もし自分がチャンピオンに相応しい人間じゃないと思えてきたら、一度休息するのも手じゃ。その間は四天王がリーグを守ってくれる。彼らはどのチャンピオンよりもリーグ在歴が長いからの。最強のトレーナーであっても人の子、ベテラン達に頼りながら、ゆっくりと本当のチャンピオンになっていきなさい。決して焦ることなく、な」

 

祖父の言葉を受け、暫く考える仕草をした姉さんは、先程よりも自然な笑みを浮かべて深く頷いた。

 

 

 

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