グリーンと別れ、夜の森をギャロップを駆って進む。
時折野生のポケモンを見つけるとその都度止まり、その情報を図鑑へと打ち込んでいく。
トキワの森に生息するのは主に鳥ポケモンと虫ポケモン。稀にピカチュウが居るらしいけど、今回は出会うことは無かった。
野生のピカチュウは見たことが無いから、出会えなかったのは少し残念だ。
目の前でウニョウニョと地面を這うキャタピーを眺めながら、ふと溜息が漏れる。
「……さっきのは、ちょっとお節介過ぎたかな」
チャンピオンになる覚悟、なんて。
私情でチャンピオンを辞めた私が言えた義理では無いじゃないか。
それを、偉そうに。
「今度会ったら、謝らないとな」
グリーンだってもう旅が出来る年齢だ。自分のことは自分で考えられる。
あの子は頭も良く、要領が良い。同じ年齢だった頃の私より何倍も優秀だ。
ただただ馬鹿みたいに、前だけを向いて走り続けていた私とは違う。
順調に旅を進めていけば、チャンピオンになることがどういうことかなんて、自ずと理解出来るだろう。
……あーあ、どうしよう。グリーンに口煩いババアだなとか思われてたら……結構普通に傷付くな。
「──ぶるる…」
「ん?」
モニョモニョと木を登ろうとしていたキャタピーの背中を突いて遊んでいたギャロップが、鼻面をぐいと押し当ててくる。
もしかして。
「励ましてくれるの?」
顔を撫でながら問いかけると、ギャロップは小さく首を縦に振り肯定を示した。
優しすぎない?嬉しさで逆に涙出てきそうになるって……。
「ありがとねギャロップ」
心配させないように何とか涙を堪えながら、ギャロップの頬に自分の頬を擦り寄せる。
本当にありがとう。昔からアナタにはお世話してもらってばかりだね。
理不尽に弄ばれていたキャタピーがモニュ!モニュ!と物凄い勢いで木をよじ登っていくのを視界の端で眺めている間にも、夜はふけていく。
この日は、もう少しで深夜に突入するというところでニビシティに到着することが出来た。
さっき観察したポケモン達の昼の姿も見なきゃいけないので、また明日になれば森に戻るんだけど。
ニビシティの南口にあるポケモンセンターに行き、受付にいた夜番のラッキーに渡された宿泊予約名簿にチェックを入れて宿泊棟に入った。
いやあ、今日は良く動いたなぁ(ギャロップに頼り切りだったけど)。
よく眠れそうだ。
◆
ベッドに入って図鑑のチェックをしているうちに、いつの間にか寝ていたみたいだ。
カーテンの隙間から差した日光が顔に当たり、温かさと眩しさから意識が浮上していく。
枕元に置いていたポケギアを手に取り時間を確認すると、もう既に昼前だった。
ありゃりゃ、ちょっと寝過ぎたな。
時間を無駄に使ったようで少しばかり勿体無い気持ちになったが、体は良く休まったようで、乗馬による筋肉痛も無く気分も爽快だ。
荷物の準備と身嗜みを整え、チェックアウトして外に出る。
昨日と同じで快晴。穏やかに吹いている風が非常に心地よい。
絶好のフィールドワーク日和だ。
だけどその前に。
今日はニビ科学博物館にオーキド研究所の職員として一つ用事がある。
ニビ科学博物館は、このニビシティの北西に位置するカントーでも随一の博物館で、古代生物・携帯獣学において非常に重要な資料が多数保管されている施設だ。
そして今回施設を訪問する理由だが、最近発掘された古代ポケモンらしき生物の化石が含まれた琥珀、それをオーキド研究所に貸し出してくれるとの事で。
私はその受け取りに来たのだ。
だから昨日の内にニビシティに着いておかないといけなかったんですねー。
「……ん? ちょっとそこの君」
「はい?」
歩きながら昨日の内に出来なかった図鑑の確認をしていると、男性の声に呼び止められた。
聞き覚えのある声だなと思いながら振り返ると、やはりそこには知り合いの男性の姿があった。
身長は私の頭一つ分くらい高く、健康的な褐色の肌に男性らしいガッシリとした体型はジムリーダーとしての専門タイプと良く合っている。
随分久しぶりに見た糸目が柔らかい曲線を描いた。
「やっぱりショウビか!久しぶりだな!」
「あ、タケシか」
彼の名前はタケシ。ニビジムのジムリーダーだ。
岩タイプポケモンの使い手で、二つ名は『強くて堅い意志の男』。
それに違わず、彼の手持ちである屈強な岩タイプのポケモン達が展開する堅い守りは一筋縄では破れない。
私がジムチャレンジャーとして挑戦した時も、何度も辛酸を嘗めされられたものである。
「久しぶりだね。最後に会ったのは私がチャンピオンの時だったから……一年とちょっとぶりかな?」
「もうそんなになるか。……君が突然チャンピオンを辞めてしまった時は心配でたまらなかったんだが……どうやら元気そうみたいだな」
安心した顔で笑ったタケシに、少しばかり罪悪感を感じながらも微笑み返す。
「お陰様でね。随分前になるけど、送ってくれたニビあられ美味しかったよ。ありがとね」
「喜んでて貰えて良かった。ところで、今日はどうしてニビに?博物館の方へ向かってるように思えたが」
「うん。オーキド博士の代わりに最近発掘された琥珀の受け取りにね」
「なるほど。……そういうことなら俺も着いて行こうかな」
「え?」
そういうこととは?
琥珀の受け取りにタケシが着いてくる理由なんてあっただろうか。
……いや、そういえばタケシはジムリーダーの仕事以外にも化石や鉱石の発掘調査に協力してるんだっけ。
それらを寄贈する役割も担っているから博物館にも顔が効く。
確かに来てくれる方が色々スムーズだとは思うけど、わざわざその為に来てもらうというのも気が引ける。
「申し出は嬉しいけど、タケシも忙しいでしょう?」
「はは、問題無いよ。実はその琥珀を発掘したのは俺でな、それなりに愛着のあるものなんだ。調査の進捗も聞いておきたいから、遅かれ早かれ顔を出す予定だったんだよ」
「なるほど」
そういうことなら気を使う必要も無いか。
「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「ああ、そうしてくれ」
良い笑顔で頷いたタケシが早速向かうとしようと言って歩き始める。
その背中は何処か揚々としていて、自惚れでなければ私と再会できたのが嬉しいのかもしれない。
年も近いトレーナー同士それなりに仲の良かった彼だが、当時も今もついぞ、私がチャンピオンを辞めた理由を聞いてくる事は無かった。
「……相変わらず、優しいね」
「ん?何か言ったか」
「ううん、何も言ってないよ。さ、早く博物館へ向かおう、お昼前に尋ねる予定だからね」
「何?今もう十一時だぞ。珍しく寝坊でもしたのか」
「それが昨日ねえ……」
口を開けて驚いた顔をするタケシに大袈裟に肩を竦めてみせながら隣に追いつく。
まあ辞任の理由を話題に上げなくても、一年と少し会っていなかったんだ。
博物館に着くまでの会話のネタは大いにある。
思いがけない再会ではあったが、存分に旧交を温めることにしようかな。
◆
一年半前。
私がチャンピオンに就任した当時の記憶。
この日は新チャンピオンとして各ジムリーダーに挨拶をして回っていた。
トキワジムのサカキさんは例によって不在(あの人がジムにいるかどうかはトキワの森のピカチュウと同確率と言われている)とのことだった為、先にニビジムのタケシを尋ねていた。
ジムに入ると、受付のおじさんが元気な声で挨拶をしてくる。
「おーっす未来のチャンピオ……おっと、これはこれは現チャンピオンじゃないの!」
「お疲れ様です。チャンピオン就任の挨拶に来させてもらいました」
「意外と早かったねー。タケシならいつも通り奥でトレーニングしてるよ」
後ろを親指で指すおじさんにお礼を言ってトレーニングルームに入ると、そこではポケモンにブラッシングをするタケシの姿があった。
でも、ブラッシングしてるのは彼の手持ちとしては初めて見るポケモンだ。
あれは……キュウコンか。珍しいポケモンだな。
「おはようタケシ」
「おお、ショウビ!早かったじゃないか。やっぱりサカキさんは留守だったのか?」
「うん、ジムに電話入れたら今日は不在だって。どっちかというと今日も、だよね」
「ははは、あの人も副業の方が忙しいみたいだから仕方ないよ」
朗らかに笑うタケシだが、割と冗談抜きでやめて欲しい。
副業に勤しむのは結構だが何をしているのかはリーグ本部にも秘密にしているようだし、それで本業が疎かになってしまうというのは社会人として正直終わってる。
チャンピオンの引き継ぎの時に一通り目を通した勤務簿には年間出勤日数が100日ちょっととなっていたし、ジムチャレンジャーへ対応した回数はもっと少ない。
ジム制覇の一番の鬼門はサカキさんに会えるかどうかだというのは、ジムチャレンジャーの中では有名な話である。
「リーグ本部としてもチャレンジャーからしても迷惑極まりないんだよね……会えたらガツンと一言言ってやらないと……」
「まあまあ、それより就任の挨拶に来たんだろ?ジムの皆も集めてこようか」
「そうだね。じゃあバトルコートに集まってもらおうかな」
チャンピオン就任の挨拶と言っても、ただ単に挨拶周りだけをする訳じゃない。
新チャンピオンの最初の仕事として、各ジムリーダーの実力や振る舞いに問題が無いかを確認する必要があるのだ。
まあサカキさんとクチバジムのマチスさんを除けば全員素行や性格には問題が無いから、要はジムリーダー達のバトルの実力を確かめるのが最たる目的というわけである。
バトルコートにジムの職員が全員集まったのを確認して、まずは新チャンピオンとしての挨拶を述べる。
長過ぎず短過ぎず大体三分程度のスピーチの後、次はバトルのルールを説明する。
お互い六匹の手持ちから選出した三匹対三匹のシングルバトル。
ポケモンの持ち物は無しで、回復の薬の使用は一度のみ。
ごくシンプルなバトルルールだ。
職員達を見学席へ移動させ、コートに残ったのは私とタケシの二人だけ。
公式の試合でも無いので、今日はレフェリーにも見学しておいてもらおう。
バトルが始まる前に巨大なスクリーンにお互いの六匹の手持ちが表示される。ここでお互いが手持ちを把握出来るが、どの3匹を選出したかは自分にしか分からない。
タケシの手持ちは……イワーク、ゴルバット、ゴローニャ、キュウコン、ダグドリオ、ガラガラか。
チャレンジャーとしてバトルした時はイシツブテとイワークだけだったけど、フルメンバーになったら随分様変わりするんだな。
「キュウコン手持ちに入れてるんだ?意外だね」
「ああ、一番付き合いが長い、ジムリーダーになる前からの相棒だよ」
なるほどね。私にとってのピカチュウみたいな感じか。
それなら……私が選ぶのはこの三匹かな。
タケシも選び終わったようで、残る三つのボールをホルダーから外して横に備え付けられている台に収める。
私も同様にボールを収め、双方バトルの準備が完了した。
『それでは、3on3のシングルバトルを開始します。両者ボールを構えてください』
機械音声にしたがって、お互いがホルダーから一つボールを外して構える。
『バトル・スタート』
開始のブザーが鳴り響くと同時、二つのボールがコート中央付近まで飛んでいく。
軽快な音を立てて現れたのは相手のガラガラと。
こちらのプクリン。
「プクリンか……ガラガラ!『すなあらし』!」
初手は順当にすなあらしを起こすか。手持ちのタイプに合った良い作戦だ。
しかし、こちらの方が素早い。
「『挑発』しろ!」
「プクー」
プクリンは技の準備をするガラガラに対して真顔で肩を竦め、「まあ待てよ」と手のひらを向ける。ガラガラが「えっ何ですか?」と意識を向けたと同時、前に突き出されていたプクリンの手がグッと親指を立て、そのまま流れるような動きで首を掻くジェスチャーをした。
そこまでしろとは言ってないよ。
この子怖いんだよな。全然瞬きしないし目開けたまま寝るし。
この前だって夜中目が覚めて、ふと横を見たら枕元から無言で見つめられてた時なんかは絶叫物だった。
ああ、ほらガラガラがガチ切れして地団駄してるよ……ごめんね……。
しかしこれも作戦だ。『すなあらし』はどうにか発動せずに済んだ。
「なんてインモラルなポケモンなんだ……ガラガラ落ち着け、努めて冷静に『かわらわり』だ!」
「ガラァッ!!」
全然冷静になれてないよ。
「『まもる』で防いで『れいとうパンチ』!」
目の血走ったガラガラが振り落とした骨がプクリンの脳天目掛けて勢いよく振り落とされたが、それは彼の額にあるソフトクリームみたいな形の謎のもふもふによって阻まれ、ポヨヨンと弾き返される。
体勢を崩したガラガラが目を見開き驚愕の表情を浮かべたところに、腰の捻り(あの桃色まんまるボディのどの辺が腰なのかは定かではないが)が加わった渾身の『れいとうパンチ』が炸裂。
鼻っ柱を撃ち抜かれたガラガラはきりもみに回転しながら吹っ飛び、ズシャァと盛大な音を立てながらバトルコートに沈んだ。
痛そう。あれはモロに急所に当たっただろう。
『ガラガラ、ノックアウト』
ぐるぐると目を回すガラガラを赤い光が包み、その体がボールへ戻っていく。
これは『ちょうはつ』が上手く行き過ぎましたな。
シュッ!シュシュ!シュンッ!!
……あぁこらこら、真顔でシャドーボクシングするの怖いから止めなさい?
「チャンピオンの癖に汚いぞ……」
「や、ごめん……後で良く言っておくから……」
ジトリとした目線に深々と頭を下げる。
手持ちと言えど仲間入りしたのが一番遅かったのもあってか、プクリンのラフプレーは未だに目に余る。普段から言って聞かせているのだが、聞いてるのか聞いてないのかよく分からない真顔でコクコク頷くだけ。
暖簾に腕押しをしてる気分。
「まぁ良い。次はコイツだ!」
気を取り直した様子で投げられたボールから現れたのは、イワーク。
コートを占領する巨体はいつ見ても圧巻の一言に尽きる。
「『ステルスロック』!」
イワークの長大な尻尾がコートに叩き付けられる。
砂煙と共に鋭く砕けた岩が飛散し、こちら側のコートにまきびしの様に敷き詰められた。
この中でポケモンを交代すれば、交代先の子の体に鋭利な岩が食い込むだろう。
単純に移動が困難になるのもかなり痛い。
だがしかし、ステルスロックは直接攻撃する技ではないので、プクリンにはダメージが入らない。
よし。
「『アンコール』」
「おわー!!!!」
落ち着いた砂嵐の中から、パチ、パチとえらく間が長く重い拍手が鳴り響く。
もちろん拍手の主はプクリンだ。
彼は首をゆっくりと左右に振りながら、感極まったような雰囲気を出している。さしずめスタンディングオベーション。「なんて素晴らしい技なんだろう」と感動しているフリをしているのだろう。
なんかちょっと思ってる技と違うんだよな……。なんでこの子要所要所で人間顔負けの演技するの?
私が捕まえるまで普通の野生のプリンだったよね?
「イワーク乗るな!それはただの演技だ!」
「イワァ……?」
タケシの呼び掛けに「えー本当に……?」とでも言いたげな顔をするイワーク。どうやらタケシの手持ちは純粋な子が多い様だ。
もう一度尻尾を振り上げいつでも『ステルスロック』を打つ準備を完了させている。
うーん、油断してるところ悪いけど、こっちもそろそろ攻撃しなきゃな。
「プクリン、『マジカルリーフ』」
「させるか!『まもって』『ボディプレス』だ!」
飛来する木の葉の群れを見て、プクリンの『アンコール』が演技であったことにようやく気付いたイワークがとぐろを巻いて防御姿勢を取る。
弾かれ破れた木の葉が宙を舞ったかと思うと、激しく動き始めた巨体が生み出す空気の流れによってそれらは散り散りに吹き飛んだ。
とぐろを巻いた状態を利用しバネのように体を弾ませたイワークは、その巨体をものともさず宙に躍り出る。
照明の光を遮られたプクリンの体が影に覆われ、どう足掻いても回避するのは不可能だということが理解出来た。
だがしかし、回避出来ないのなら──
「プクリン『こらえろ』!」
「プク〜」
大きく口を開けたプクリンが息を吸い込むと、桃色の体がどんどんと膨張していく。
体が二倍ほどの大きさまで膨れ上がったその時、イワークの巨体がプクリンを押し潰した。
ボディプレスはそのポケモンの体重が重ければ重いほど威力の上がる技だ。超重量のイワークが繰り出したそれはカントーポケモン屈指の威力を誇るだろう。ノーマルタイプのプクリン*1には効果抜群の技でもある為、まともに食らってしまえば問答無用で一発KOだろう。
「よし!これでお互い一匹ずつ戦闘不能。さっきはガラガラの思わぬ弱点を突かれてしまったが、ここからが本番──」
「『くさむすび』」
自分側のコートに戻ろうと体を畝らせたイワークの体が、びぃんとつんのめる。
思わぬ張力に灰色の巨体は豪快に体勢崩し、かの尻尾の先からゴキリと鈍い音が響く。
「──なっ!?」
ようやくタケシは気が付く。イワークの尻尾の先に、地面から生えた草が絡みついていることに。
「イワーク!受け身を……」
咄嗟の指示を言い終える前に、イワークは脳天から激しく地面に激突。
轟音と共に物凄い勢いの砂ぼこりが発生し、それが私のところまで到達した。肩口で切り揃えた髪が音を立てて靡く。
流れる沈黙の中、砂ぼこりが徐々に落ち着いていく。
その向こうに見えたのは──。
『イワーク、ノックアウト』
地面にめり込み物凄い姿勢になっているイワークの姿と。
両手を天に高々と突き上げ、「プクーッ!!」と勝鬨を叫ぶボロボロのプクリンの姿だった。
目がキマッててやっぱり怖い。
ちょっと後付け臭い説明になりますが。
この物語はポケットモンスター赤・緑・青・ピカチュウの二次創作です。
ですので原作の設定の都合上、第二世代以降出てきたタイプ(はがね・あく・フェアリー)はまだ確認されていません。
よって、第六世代以降ではノーマル・フェアリータイプのプクリンですが、本作ではノーマル単タイプという扱いになります。
技は戦闘描写の幅を広げる都合上、世代間の垣根なく使います。
他にも細かいところで初代の二次創作としては矛盾が出てきていますが、ご容赦ください。
ホントに、ややこしくてすみません……。
これからもよろしくお願いします。