魔法科高校の用務員   作:河川敷マン

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物語構成が納得いかなかったので原作スタート時から書いていこうと思います。
そもそも中学編は3万字強くらいだったので未完のまま保存しておきます。すみません。
更新は遅いですので気長に待っていただければ幸いです。


第一章・入学編
プロローグ


 ──西暦二〇九二年八月十一日。

 この日、一人の魔神が誕生した。

 魔神はその小さな身体で戦場に赴き、ひたすらに敵を屠り続けた。

 唯一、大切だと思える人を害され、魔神は怒りに満ちていた。

 銃声が四度。

 目を覆うほどの閃光が辺りを照らす。

 しかし、魔神の元へ飛来する筈だった砲弾も、爆発による津波さえも、何かによって防がれた。

 後に、沖縄海戦と呼ばれるこの戦闘は、図らずとも二年前の同じ日に生まれた魔神の介入により、生まれたばかりの魔神にとって少しだけ良い方向へと終結することになった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 生徒が登校して来るにはまだ早い時間。

 複数の声に対し、朗らかに応える青年の姿があった。

 聞こえてくる女子生徒たちの黄色い声を背に、彼は黙々と作業を続けている。

 青年は一面に広がる桜の花びらを竹箒で集め、幾つも小山を築いていく。

 地面に落ちた花びらは、人に踏みしめられると土に混ざり、見映えが悪くなる。

 こうして桜の山を作ってやれば、美しさを損なわないで済むし、片付けも容易だ。

「……もう入学式か。早いもんだ」

 職員用の端末を取り出し、ディスプレイに表示された時刻と今日の日程を照合させてみる。

 式が始まるまで、二時間と少し。

 疎らにいる生徒たちの中に、ちらほらと新入生の存在を感じ取ることができた。

 しかし、直接見て回ったわけでもなければ、全校生徒の顔を憶えている訳でもない。

 先天的に備わった特殊能力によって、それを『視て』いるのだ。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。

 青年は、この国立魔法大学付属第一高校の敷地内であれば、五感全てでどの場所をも認識できる。

 普段はプライバシーに配慮し、校舎外の視覚情報のみを集めるようにしていた。

 ただし視覚情報と言っても、彼の眼に映っているのは人の形をした光の集合体だ。

 『星の眼(アストラル・サイト)』と銘打たれたこの能力は、自身の幽体(アストラル体)を伝播させる異能である。

 主体から分離した幽体は、無意識領域下で活動し、イデア(情報体次元)を走査する。

 イデアには現実世界での事象が記録されるエイドス(個別情報体)が存在しているため、

 客体はエイドスに記録された人間のプシオン(霊子)を読み取ることが可能だ。

 それらの情報は魔法演算領域で取得するため、高速かつ正確に、遠距離から人間を知覚できる利点がある。

 この能力は昔、超能力やサイキック能力、または幽体離脱などと表現されていた。

 

 

 竹箒を倉庫へ戻し、次の仕事を探し求めてフラフラ歩いていると見知った姿が一つあった。

「おはようございます、七草会長。朝早くからご苦労様です」

「あ、夏彦……さん。おはようございます」

 テンキー付きのブレスレットを左手に装着した女子生徒の物言いはどうも辿々しい。

 彼女が着けているブレスレットは汎用型CADと呼称されている。

 通常、一般生徒には学内でのCAD携行は認められていないが、彼女はその例外に当たる生徒会役員だった。

 夏彦は年齢平均では小柄な部類に入るであろう少女を、観察するような目で見つめた。

「あの……なんでしょうか?」

 少女は、自分の身体がじっと見つめられているにも関わらず、不快な気持ちを抱いていない。むしろ、自分の身だしなみにおかしな所がないか確認することに励んでいた。

「いえ、特に何も。私は仕事が残っているので、もう行きます。新入生には入学を不安に感じている人もいると思うので、貴女が声を掛けてやれば少しは解消するかもしれませんよ」

 自分の科白が普段と掛け離れているのを自覚し、胸の内で苦笑する。

 当然、仕事が残っていると言ったのは嘘だ。

 もとより、夏彦には用務員としての仕事をする義務がない。

 本来の任務に支障を来さない程度の範囲であれば何をしていても良い。そう言われているだけであって、用務員室に籠城していようが、職務怠慢を訴える人間はいないだろう。

 平時であっても、首都圏から半径二〇〇キロを超えて活動することが許可されていない事情が、その圏内での彼の自由度を高めていることは間違いなかった。

 

 続く会話もなく、二人は直ぐに別れた。

 

 重い足取りで校舎の奥に消えていく少女の後ろ姿に、夏彦は寂寥感を抱かずにはいられない。

 写真で見た彼女はもっと活発で、眩しいくらいの笑顔が印象的だった。

 人は変わっていく。

 だが夏彦は、彼女を変えてしまったのは自分でないかと常々悩んでいた。

「はぁ……」

 第一高校の現役生徒会長である七草真由美と、ただ一人の用務員である七夕夏彦は婚約関係にある。

 しかし、この学校の人間でそれを知る者はほとんどいない。

 間柄を想起させるような行動を取ったこともなく、周囲に口外もしていないのだから当然だろう。

 十文字家の跡取りなら聞き及んでいても不思議はないが。

 二人がこの関係になってから、もう長い。

 そして、夏彦が真由美に対して一方的に距離を置くようになってから五年が経とうとしていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 夏彦にとって中学最後の夏休み。

 軽井沢にある七夕家所有の敷地内で、二人は模擬戦を行っていた。

 他の人間は地下でモニターしており、フィールドには二人を除いて誰もいなかった。

 警備体制も万全で、外部からの侵入は不可能。

 だが、二人は何者かから襲撃を受けた。

 敵の正体は不明。

 魔法による攻撃は一切の効果がなく、肉眼では存在すら確認できない敵。

 彼が絶大な自信を持っていた防御の布陣は、いとも容易く崩された。

 そして夏彦は──真由美のことを愛していた七夕夏彦と、真由美の大好きだった七夕夏彦は──為す術もなく死んだ。

 

 ……全てが終わり、救援が到着した時には、七夕夏彦は七草真由美を憶えていなかった。

 彼の記憶から、真由美に関すること『のみ』が消えていたのだ。

 

 初めて会った時の記憶もなければ、好きになった頃の記憶もない。

 病室で見ず知らずの少女が、自分に縋って泣いていた。

 辛かったことと言えば、少女の記憶を捨てたのが自分自身だったことだろう。

 記憶を捨てた後に、少女を守って戦ったことは無論憶えている。

 どうもかつての自分は、大切なものを守るために、他の大切なものを犠牲にしたらしい。

 結果として、少女の好きだった少年、もとい当人はいなくなってしまった。

 だから夏彦は、記憶を放棄する決断を下した己を許容することができなかった。

 自分は少女を知らない。

 どんな人間か、何を好み何が嫌いなのかも、どれくらい一緒にいたのかすら、検討も付かないのだ。

 酷い仕打ちだと。呪詛の一つや二つ吐いたとして、誰が非難できようか。

 涙を流す少女に掛けてやれる言葉を、赤の他人である夏彦は持ち合わせていなかった。

 呪いと言えば、ふと思い浮かぶ言葉がある。

 

「真由美だけは守る……か」

 

 余りにも無責任ではないだろうか。

 少女との思い出は何も残っていないというのに。

 記憶を失う直前のことだけは、まるで残留思念のように、頭のふちにこべり着いていた。

 守ると宣言しておいて、当の本人が後任に丸投げとは如何なものか。

 夏彦は、その意思を疎ましく思っている。

 が、それは同時に、彼の救いでもあった。

 少女に対する容疑者不在の罪悪感は常に付き纏う。

 自分は兎も角、彼女もまた、元の七夕夏彦に言いたいことがあったはずだ。

 苦悩を微塵に感じさせない少女の笑顔は、昔のそれ(二人が映る写真)とは違うと感じる。

 もう五年が過ぎようとしているのに、今もなお、時計の針は一本欠けたまま、決して重なることなく空回りを続けている。

 前任者は指針だけ残して消えた。

 自分は一度捨てた人間だ。

 どうして彼女の側に居続けられようか。

 誠実さが仇となり、夏彦は自然と真由美を突き放すようになっていた。

 

 守ることは出来る。だが、自分には支えてやることが出来ない。

 自分以外の誰か。

 真由美が自分で相手を決めたのなら、それこそ思い残すことはないだろう。

 奴らはまた来る。

 あの日、脳内に侵入した奴らの一部を情報次元に閉じ込めてから、夏彦の情報干渉力と次元走査力は桁違いに向上している。

 そのお陰で、ある事に気づいた。

 魔法は、イデア(情報体次元)に存在する非物質的粒子のサイオン(想子)に働きかけることで事象として発生する。

 つまり、サイオンで構成されたエイドス(個別情報体)の改変は次元操作の一種ということになる。

 強力な魔法を使うためにエイドスを大幅改変すると、相応の負荷が次元に掛かる。

 小規模でも大勢が一斉に使ってしまえば大差ないだろう。

 負荷は徐々に蓄積されて行き、限界点に達すると次元と次元を隔てる壁は崩壊する。

 そして、あの日と同じ現象が起こるのだ。

 今現在も壁への負荷は増大し続けている。

 魔法を使うシステムが体系化された現代において、それを未然に防ぐことは不可能に近い。

 研究していた戦略級魔法に代わる新技術も受け入れられなかった。

 戦う以外の選択肢は既にない。

 

 次元崩壊の規模によっては世界の危機となるだろう。

 何とか収めたとして、この国が人類の生存戦争に巻き込まれては元も子もない。

 真由美を守ることは言うまでもないが、世界を現状のまま存続させることも条件の一つとなる。

 そんなことが果てして可能だろうか。

 自分一人で世界を救おうなど、無謀過ぎる考えではないのか?

 人類の神にでもなったつもりか?

 

「……ふっ」

 

 夏彦は自嘲混じりに笑う。

 生産性の無い考えは飽きて久しかった。

 もうやめよう。

 道理では決してなし得ないことをいくら考え抜いたとして、所詮は無駄な足掻き……徒労でしかない。

 そんな暇があるなら、最期まで壊れないように鍛えていたほうが良いに決まっている。

 気付けば敷地内の喧騒は大きくなっており、時間を見れば、式まで三十分もなかった。

 さて、部屋に戻るとしよう。

 用務員室とは名ばかりの、己の領域へ。

 彼の表情には一切合切の迷いはなく、進む足取りも軽やかだった。

 

 

 生徒会長殿は職務をきっちりやっているらしく、少しだけ注意を注いでみる。

 どうやら、一度だけ沖縄で視た少年に接触したようだ。

 あの少年と真由美が接触することは夏彦にとっても重畳である。

 話の内容は気にも留めていない。

 何せ地球上の全戦力に比肩し得る力を保持しておきながら、それを妹のためにしか使えない変人なのだ。

 間違いなく狂っている上に、大馬鹿者だということが容易に想像がつく。(前者の場合、狂わされたの方が正しく、後者は妹馬鹿が相応しいだろう)

 夏彦は、自分と少年が非常に似ていると感じていた。

 例えば『起承転』が違っても『結』っする場所は二人とも同じになるだろう。

 大切な人を守るため。

 それ以上でもそれ以下でもない、とても人間らしい考え。

 

 早いうちに挨拶をしておこう。

 入学祝いの菓子折りは何がいいだろう、という新たな疑問をぶら下げて、夏彦は鉄製の扉を空けた。

 薄暗い室内から発せられる冷たい空気が肌を撫で、青年の心から温もりを奪う。

 倉庫のような室内に一歩踏み出せば、そこには冷徹無比の機械(マシン)がいた。

 躰の芯まで凍りついたソレは、与えられた任務を忠実にこなす設備でしかない。

 ここを中心とした半径四〇〇キロをカバーする眼は、望まぬものすら捉えてしまう。

 

 一つ、理念なき政治。

 二つ、労働なき富。

 三つ、良心なき快楽。

 四つ、人格なき学識。

 五つ、道徳なき商業。

 六つ、人間性なき科学。

 七つ、献身なき信仰。

 

 必要としたのはエラーを正確に処理するプログラム。

 機械は感情を持たない。

 機械は悲鳴を上げない。

 機械は涙を流さない。

 青年の双眸は虚空をぼんやりと見つめていた。

 地下へと続く階段の先は見えない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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