魔法科高校の用務員   作:河川敷マン

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第一話

 第一高校の入学式が始まった。

 式典用の講堂には、今年度の新入生がずらりと顔を並べている。

 また、自由であるはずの座席は、誰が決めたわけでもなく前半分と後半分で座る人間に確かな差異が見受けられた。

 それは、第一高校のエンブレムが制服の胸に有るか無いかの違い。

 八枚花弁の徽章は、身に付けている者とそうでない者を一科生と二科生に分類していた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 後半分を占める二科生たち。

 彼らには共通して花がない。

 ブレザーの胸の部分は、ぽっかり欠けているように見える。

 二科生が座る座席の、後ろ三分の一。

 その中央に座す少年は、壇上を鋭く見つめていた。

「そして、魔法以外にも──」

 この学校の是としては、結構際どいフレーズを混ぜながら少年の妹は答辞をこなしている。しかし、上手く建前で包めているおかげか、講堂を剣呑な雰囲気が覆うことはなかった。

 任せられた役割をきちんとこなした妹を、少年はすぐにでも労わってやりたかったが、これからIDを受領しに行く必要がある。

 来賓と生徒会の人間に囲まれた姿を横目に、少年はIDの交付場所に向かった。

 

「……E組か」

「あっ! 司波くん、私と一緒!」

「同じクラスです」

 式が始まる前、わざわざ隣に座って来た四人の内、二人が同じクラスとなった。

 他二人はFとG組に別れてしまい、自然と別行動になっている。

「ねぇねぇ司波くん。これからどうするの?」

 どうするも何もない。

 彼は妹と会う約束をしていた。

 そして、今朝の苦労を労う義務があった。

 この二人にはホームルームで友人作りに精を出してもらおう。

「すまん。妹と待ち合わせがあるんだ」

 達也は臆することなく先約があることを告げる。

「へえ、妹さんいるんだ?」

「あの……その人って、新入生総代の司波深雪さん?」

 ああ、と首肯する。

 おっとりしているように見えて、なかなか観察眼に優れている。

 彼女の眼はよく視えるようだ。

「俺が四月で、妹は三月生まれ。よく、双子か? って訊かれるけど、そうじゃないんだ」

 へえーっと二人は頷いた。

 ちなみに、活発そうな方が千葉エリカ。眼鏡を掛けた大人しそうな方は柴田美月という。

 この後も三人の会話は続いたが、少年──司波達也の頭に虫の知らせが届く。

 なんとなくだが、もう行かなければならないことを悟った。

 そう考えていた矢先のことである。

「お兄様、また懲りずに女性を口説こうとしているのですか?」

「深雪……!」

 約束の相手の声に、達也は振り返った。

 心なしか、彼の無表情に驚愕が滲んでいる。

 さっき感じたのは虫の知らせではなくデジャヴュ(既視感)。

「弁解するなら、今のうちですよ?」

 これまで幾度となく繰り広げられてきた、達也の平謝りタイムが開始された。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 深雪にことの顛末と二人の紹介を終え、達也はほっと一息つく。

 その様子は、手のかかる妹をあやしつける兄そのものだった。

「はじめまして、柴田さん、千葉さん。司波深雪です」

「わ、私は柴田美月と言います」

「エリカよ。深雪って呼んでもいいかな?」

 美月が深雪相手にやや圧倒されているように見えたが(達也に対する冷ややかな眼差しが原因)、それなりにテンポよく打ち解けていく。

 嬉々として話す彼女たちに若干の疎外感を覚えた達也だったが、深雪の後ろに付く生徒会長の一行を放置したままでは芳しくないだろうと判断する。

「深雪。俺は適当に時間を潰しているから、先に生徒会の方々との用を済ませて来るといい」

「大丈夫ですよ」

 応えたのは深雪ではない。

 深雪の後方から少し離れた位置。妹よりも小さな姿は、今朝少し話をした生徒会長。名前は、たしか……七草真由美。

「今日は、ご挨拶させていただいただけですから」

 そう言って笑う様子に、達也は違和感を覚える。

 しかしあまりに一瞬過ぎたため、それは勘違いだと断じることにした。

 仮に事実だったとして、自分がどうこうする必要性を感じなかったことが判断要因だ。

「会長、予定はどうするつもりで……」

 生徒会役員であろう一人の男子生徒が難色を示したが、真由美はそれを目で制すると、深雪と達也に微笑を向けた。

「深雪さん、それに司波くん。本日はお時間を取らせてもらい、申し訳ありませんでした。話はまた今度ということで」

「ありがとうございます、会長」

 達也が謝辞を述べると、深雪もならって会釈を返す。

 男子生徒からの視線はまるで忌々しいものを見ているかのようだったが、達也は何処吹く風。深雪の方は、男子生徒に対し悪感情を抱いたものの、それを表に出すようなことはしなかった。

「あ、そう言えば」

 そう言って、くるりと振り返ったのは真由美。

 艶の良い黒髪を揺らし、先ほどとは違って笑顔は小悪魔のようである。

「『達也くん』には個人的に話があるから、よろしくね?」

 巨大な爆弾を投じ、真由美はその場を去って行く。

 どうも今晩の達也の夕食は胃薬と頭痛薬のスープらしい。

 妹にどう弁明してみたものか、頭を抱える達也であった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 話が拗れてしまったため、達也は美月とエリカの誘いに乗りケーキ屋に向かった。

 深雪のような慎ましやかな少女が甘い物で釣れるなどとは思わないが、まあ人それぞれ。無いよりはマシだろう。

 既に短くない時間を費やすことは覚悟している。

 身の潔白を証明するためなら、どんな要求も受ける用意(ポケットマネー)があった。

 到着した途端、何故か女性陣三人に追及される達也であったが、全員にお昼をご馳走してあっさり和解に至る。

 会長の様子から、なんとなく察していたらしい。

 達也は、自分の懊悩が無駄骨だったことに安堵した。

 そのくせランチをせびって来たエリカの食い気は凄まじく、テーブルの上には斜塔が建築されている。

 食後のティータイムに入ってからは、女性陣の会話がひたすら続いており、達也は一人コーヒー片手に黙考していた。

 美少女三人を侍らせている彼であったが、これでもれっきとした軍人である。

 国防陸軍第一〇一旅団独立魔装大隊特尉、大黒竜也。

 達也は司波達也以外の顔を三つ持っている。

 大黒竜也はその内の一つだ。

 彼の立場から知り得た情報に、ある人物の存在があった。

(D-七七。首都防衛を任される非公式の戦略級魔法師。国防上、作戦内容はトップシークレットに分類され、身元も所在も伏せられている。……あの気配と関わりがあると見て間違いないだろう)

 今日学校でチラチラ感じた気配。

 達也はそれを上手く形容出来ないでいた。

 一言で言えば、人間ではない……人間。

 人間にしては、実体として捕捉される情報が少なく、非常に希薄。

 単純に影が薄いとかではなく、この世の理から外れているように思えた。

 事象には情報が伴う。これは森羅万象に言えることだ。

 だが、達也は真理に反逆する存在を見てしまった。

 人であるという情報のみがイデアに記録され、見かけ上そこに存在している情報体。

 逸脱した、あるいは脱却した存在。

 宗教的に云うなら、至った人間だろうか。 

 一高への入学が決まった際、現在所属している部隊の隊長が何かしら含んだ笑みを浮かべていたのを思い出す。

(国策高校にあんなモノがいるとは驚きだが、……D-七七か。軍はアレの正体に気づいているのか?)

 どうして彼がそうなったのか、勿論達也は知らない。

 知る必要もないと感じている。

 彼が気にするのは、深雪に害が有るか無いかの一点のみ。

 第一高校の不穏分子筆頭であるアレを警戒するのは、達也の本分にして最優先事項なのだ。

 深雪に危害を加えようならば、たとえ戦略級魔法師であろうとも容赦はしない。

 どんな相手も消すだけだ。

「あれ、今入って来たのって、さっきの生徒会長じゃない?」

 声のトーンを落としてエリカが囁いた。

 見れば頬にトマトソースが付着している。

 誰も指摘しない様子を見ると、このまま言わない方が良いらしい。

「本当だ。男の人と一緒みたいです」

 達也と深雪は横に並んで座っている。

 ちなみに、達也の正面には美月、深雪と向かい合っているのはエリカだ。

 時刻は十七時。

 生徒会の仕事の帰りだとして、相手はあの男子生徒だろうか。

 達也はなんとなく予想し、好奇心で後方に視線を動かす。

 人並みの好奇心は彼にも備わっているのだ。

 深雪も興味があったのか、達也よりも先に振り返っていた。

「七草、そこに一高の生徒がいるぞ」

「ええっ、ど、どこかしら?」

 覗き見は趣味ではなかったので、普通に眺めていると案の定気取られた。

 達也の予想は大いに外れ、相手の男は一高の生徒ですらない。

 身長は成人男性の平均より少し高い程度で、年齢はかなり若く見える。

「だから言っただろう。俺を無理に連れ出そうとするからこうなる」

「それとこれとは別でしょ? それに、見られて何か不都合があるわけでもないわ」

 互いの接し方から、それなりに気心の知れた仲だと分かる。

 しかし達也は、男の対応が粗雑なことから、二人が恋人同士ではないと断じた。

 男がこちらを向く。

「隣、邪魔してもいいか?」

 達也たちの座るテーブルの隣には、二人用の小さなテーブルがある。

 達也は他三人の意見を聞こうと視線で促すようにした。

 エリカと美月が小さく頷き、最後に深雪も了承する。

 断る理由もないので、達也は「どうぞ」とだけ告げた。

「ありがとう。助かる」

「ありがとね、達也くん」

 真由美の気の抜けたような声は、この頑固そうな男と似ても似つかない。

 一度接してみれば、誰もがこのペアに違和感を覚えるだろう。

 この瞬間まで、達也を含めた四人はそう思っていた。

 

 男は無言のまま手前の椅子を引く。

 さり気無いレディーファーストは紳士の務めである。。

 真由美は照れたように科を作ると、一微笑しながら一礼する。

 レディがスカートに皺がつかないようゆっくり腰を下ろしたのを見届けると、仏頂面のジェントルマンは自分の椅子に深く座り込んだ。

「ふふ……」

「…………」

 真由美からは自然と笑みが零れている。

 その容貌に、達也はつい魅入ってしまう。

 加えて自分の予想が外れたことを理解する。

 エリカはニヤニヤ笑っているし、美月にいたっては頬を赤く染め落ち着きなくキョロキョロしている。

 深雪はというと、達也の方をじっと見つめていた。

 さながら「待て」を命じられた子犬のようだ。

 達也は迷わず手を伸ばすと妹の頭を撫でてやった。

「こっちはこっちで……はぁ」

 目を閉じ、幸せそうに微笑む深雪を見て、エリカは疲れたように嘆く。

 彼女がこの兄妹に慣れるのは、もう少し先になりそうだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「千葉エリカでーす」

「柴田美月です」

「司波達也です」

「司波深雪です」

「千葉に美月ちゃん、達也に深雪ちゃんか」

「千葉さん、柴田さん、よろしくね」

 約一名から異議が上がるが、少数派だったため黙殺される。

 民主主義において声の大小は無関係だ。

 このお茶会では少数派は呑み込まれる運命にある。

「俺は七夕夏彦。一高のOBで、君たちより……四つ上の先輩だ。今は一高に用務員として勤務している。よろしくな」

 面と向かってみると、最初に抱いた頑固者という評も誤りであったと気づく。

 気さくで表情も豊かだ。

 親しみやすいタイプだろう。

 真由美から見ても、夏彦の性格は昔と何ら変わっていないと断定できる。

 変わったのは真由美に対する接し方だけである。

 公明正大で明朗快活な好青年が、そこにはいた。

(……七夕か。師補十八家に名を連ねる一族で、十師族である七草家と懇意にしていると聞く)

 家同士の付き合いがあるなら、両者の関係も得心がいく。

 年齢を考えると婚約者同士であっても不思議はない。

 達也の考えは的を射ており、夏彦と真由美は婚約している。

 しかし達也にはそれを訊く気がなく、夏彦たちもわざわざ言う必要がないと感じていた。

 ただ、この六人の中には一人だけ、空気が読めない人物がいることを忘れてはならなかった。

「もしかして、お二人は恋人とか婚約者だったりするんですかぁ?」

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