俺たちは闇の中を漂っていた。
雨が降り続いて何日たっただろうか。
雨が止んで何日たっただろうか。

1 / 1
クリスタルVirgin乙女

 神が「光あれ」と言い、昼と夜を分けた。

 暗い闇のなかで俺たちはそっと船を降りた。

 そして光が来る前に手を振って別れを告げ、それぞれが闇の中に満ちて行った。

 俺は細長く白い手を握って、暗い夜道を仲良く歩いて行く。

 

***

 

「八乙女っ」

 手を伸ばして叫んだ俺の声は高かった。

「ごぽ、ごぽぽぽ」

 八乙女の細長い手足は必死に水を掻いているが、足に絡まった植物が彼女を放さない。手だけが水面から出て空を掴む様に動く。

 冷静になろうとする俺の気持ちとは裏腹に身体中の血液が頭に昇っていくのがわかる。

 八乙女の足に絡まっているものを切るのに刃物を探さなきゃいけない。

 でも目を逸らしたら八乙女が大変な事になる。

 もう二度と会えなくなる気がする。

「ごぽぽぽぽぽぽ」

 八乙女の口から出る泡が増えた。水を飲み始めている。

 その瞬間だった。

 俺は柵を越えて伸ばした手から墜落して、水の中に落ちていった。

 

***

 

 心地よい風が吹き抜けていく。日差しが眩しい。

 煙草の煙が風に溶けていく。うっすらとした眠気が瞼を引く。襖に寄りかかって見る景色が境界線を曖昧にしていく。このまま眠ってしまおうか。

 ガタリ

 廊下の反対側に小さなガキがいるのが見えた。

「なんだ、お前も学校サボってんのか」

 俺は重たい瞼を持ち上げて座り直す。ガキはこちらを黙って見ていた。

「俺もだよ。今日は良い天気だからな」

 煙草を投げ捨てて欠伸をしていると、ガキは放り棄てられた煙草を見ていた。

「ガキのいる前でポイ捨てはねぇよな」

 俺は立ちあがって棄てた煙草を拾い、火を揉み消してから学ランのポケットに押し込んだ。

 ガキは黙ってこちらを見ている。

「おう、学校終わってみんな出てくるまで暇だろ。一緒に遊ぼうぜ。そのボール貸しな」

 そう言って手を伸ばすと、ガキは抱えていたボールをこちらに投げた。

 ポンポンと何度か跳ねて足元に転がったボールを拾い上げる。ボールで遊ぶなんて久しぶりだなと思う。

「今どきはこんな遊びしねぇだろ。こうやってボールをつきながら歌うんだよ。あんたがたどこさ……」

 

***

 

 水を飲んだと思ったが、意外にも俺は水面から顔を出して息をしていた。

 両脇の下に八乙女の細く長い真っ白な手があった。

「ばかやろう、俺のことなんかいいから」

 俺はじたばたと暴れて回った。しかし八乙女はしっかりと掴んで離さない。

「ごぽぽぽぽぽ」

 水面の下で八乙女が悲しそうに笑う。口から出た泡がちょうど俺と八乙女の中間で弾けて消える。

 その泡にすら俺の手は届かない。

 ふと、八乙女の手にオリーブの葉が握られていることに気づいた。

「そんなもんいつまで持ってんだよっ」

「ごぽぽぽぽぽぽ」

 水の中で歪んだ八乙女の顔がまた笑った。

 

***

 

「お前、なんか大きくなったな」

 何度目かに会うガキは確実に大きくなっていた。

「お前の親は外国人バスケ選手とかか?」

 ガキは小首を傾げていた。ガキ、と言うには既に俺と同じくらいか少し大きい気もする。

「男子三日会わざれば刮目してみよ、っつーけど最近は女子も成長が早えもんだな」

 俺の言った事がわかったのか、ガキは微笑んでいた。

「まぁでも、これで最後かもな。こうやって遊ぶのも」

 俺はなるべくガキの方を見ないで言った。

「卒業すんだ、ガッコ。もうあんまりここには来られないわ」

 意識して煙草だけを見る。

「だからお前も、ちゃんと生きろよ」

 

***

 

 俺の絶叫を聞きつけたのか、ようやく箱舟の上から様々な気配がした。

「誰か、誰か八乙女を助けてくれ」

 

***

 

 甲板に横たわって全身で息をしている。

 頭が痛い。視界が不明瞭だ。周りの景色が溶けて俺を取り囲む奴らが全員バケモノに見える。

「いや、お前らはバケモノだったな」

 独りで笑う俺を誰も笑わなかった。

 八乙女の細長く白い手が俺の頭を優しく叩く。

「うっぽぽっぽうぽぽ……」

「それ、歌ってるつもりかよ」

 八乙女の手にあるオリーブの雫が光った。まだしばらく水はこのままだろう。

「もう二度とあんな無茶はするんじゃねぇぞ」

 俺が八乙女の手を握って言うと静かに頷いた。

 満月が高い。夜はまだ続く。

 もうしばらくは光りが無い。

 水は引かない。俺たちはここから出る事は無い。

 もしもその時が来たら俺たちは二人だけで最初のドアを開こう。

 俺たちは、闇に。

 

***

 

 神が「光あれ」と言い、昼と夜を分けた。

 暗い闇のなかで俺たちはそっと船を降りた。

 死せし死せるもの、この世ならざるすべてのものたちがいた。

 光が来る前に手を振って別れを告げ、それぞれが闇の中に満ちて行った。

 

 俺は細長く白い手を握って、暗い夜道を仲良く歩いて行く。

 

***

 

「お前の名前を聞いてなかったな。俺が決めろってか、そうだな。じゃあ……」

 




インターネット都市伝説杯用の作品です。
モチーフは座敷童と八尺様です。

なんか座敷童が成長したら八尺様になったりしねぇかな、と言う気持ちがあります。
もっとギャグっぽいの書く予定だったのにな~。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。