ストライク・ザ・ブラッド~不死王の物語~ 作:ノスフェラトゥ
「何か弁明はあるか?蓮夜」
「落ち着け、那月。俺の話を聞いて欲しい」
翌日の朝。
那月はいつも通りにフリルの付いた黒いドレスを着ているが、仁王立ちで蓮夜の前に立っている。背後に黄金の騎士が見えるのは気のせいだろうか。あれ?なんか以前もこんな事があったような……?
「ほぉ……では何故―――Yシャツ一枚のアスタルテと一緒に寝ている?」
那月が怒っているのは、蓮夜が先日と同じようにYシャツ一枚のアスタルテと一緒に寝ていたからだ。
昨日の凪沙のせいで精神的疲労により、いつもよりか寝てしまっていた。那月は蓮夜を起こしに来たが、そこで二人は仲良く寝ていたのを目撃した那月が、嫉妬のあまり怒りをぶつけていた。
「これは……何でだ、アスタルテ?」
今思えば自分も詳しい理由を知らないことに気付いた蓮夜は、隣でベッドに座っているアスタルテに訊いてみる。
「先日、マスターと夜を共にしました。その時、表現し辛い感情が表に出てきましたが、不思議と安らぐことが出来たので今日もマスターと一緒に寝ました」
簡単に言えば、アスタルテは蓮夜と一緒に寝ると心が安らぎ、癖になってしまった、と考えていいだろう。
前半の言葉が少しアウトな気がした。なのでアスタルテを注意しようと、
「よ、夜を共にした!?ど、どういうことだ蓮夜っ、詳しく教えろ!アスタルテに何をやったのかッ!!」
顔を真っ赤にしながら那月はベッドにいる蓮夜の両肩を掴み、ブンブンを振りまくる。
「ちょ、ちょっと待て!目が、目が回るから!」
何とか落ち着かせた那月に説明をするが、その際に那月がアスタルテを睨み、アスタルテは蓮夜の腕にくっついてきた。その時の那月の殺気が尋常じゃなかったが、「那月も一緒に寝るか?」と訊くと殺気が霧散して慌て出した。
その反応が面白くて、ついからかい過ぎしまったようで羞恥心などが最高潮に達した時、「蓮夜のバカーーーー!!」と叫び、去っていった。
―――意外と純情で弄りやすい那月だった。
―○●―
「あれ?蓮夜くん?」
「うん?……凪沙か」
登校するためにいつものモノレールに乗ろうとした時、後ろから名前を呼ばれたので振り返ったら凪沙が一人でいた。ちなみに先日のラブレターの件はすでに解消されており、気まずい雰囲気は一切無い。
「古城と姫柊はどうした?」
「古城くんと雪菜ちゃんなら後で来るって。何でだろ?」
同じ部屋に住んでいる凪沙と古城は一緒に登校することが多い。兄弟仲が良く、凪沙の様子を見るからに別に喧嘩をしているワケじゃなさそうだ。
「そういう蓮夜くんこそ、今日は古城くんと一緒に登校しないんだね。古城くんとは喧嘩していなさそうだし……もしかして雪菜ちゃんと何かあったの?」
「安心しろ、古城とも姫柊とも問題は起こしていない。ただ気分だで今日は一人で登校しようとしていたんだよ」
とは言っても、この時間は普段よりか早い。蓮夜が那月をからかい過ぎ、そのままアスタルテと共に空間転移で学校に行ってしまった。何時もよりか早い時間に起きてしまったため、今回は早めの登校となっている。
「……後で謝った方がいいのか?」
「何が謝った方がいいの?」
「……今日の朝、ちょっと家である騒動が起きたんだ。その際に那月ちゃんをからかい過ぎてな……」
「南宮先生が可哀相だよ、それは。蓮夜くんは一番年上なんだから」
そして驚いた事に凪沙は蓮夜が吸血鬼だってことを知っている。
凪沙は昔の事故で魔族が起こした事件で重傷を負った為、魔族に対しての恐怖は人一倍強く残っている。良くは分からないが、蓮夜は平気だということだ。
流石に真祖と肩を並べるほどの吸血鬼とは教えていないが、"古き世代"に相当する吸血鬼だって教えている。バレるのも時間の問題だと思うが。
一応蓮夜の中では何故、自分が平気なのかは推測している。アヴローラが関係している……と思う。
「俺の肉体年齢は十八歳で留めているから精神もそれに引っ張られるんだよ。だからあまり年長者だからっていうのは意味ないと、俺は思う」
「む~、だとしてもだよ!蓮夜くんが長生きしてたのは間違いないんだから」
一歩も引かない凪沙に蓮夜は内心ため息を吐きたくなるが、それが彼女の持ち味だから否定も出来ない。というか精神的にも成長し過ぎているよう気が……。
「わっ!?」
「―――っと」
少し早い時間に乗ってもやはり混み具合は凄いため、小柄な凪沙は後ろのサラリーマンに押されて蓮夜に密着するような体制になった。
「大丈夫か?ふむ……少し早い時間に乗ってみたが、やはり混み具合は変わらないか」
「う、うん。そうだね……」
凪沙は顔を赤くし、どもってしまう。今の蓮夜と凪沙の体勢は、抱き合っているようにしか見えない。
蓮夜は凪沙が人混みに流されないようにつり革を掴んでいる反対の手で凪沙の身体を引き寄せている。蓮夜は一応善意でやっているのだが、他者から見れば蓮夜が凪沙を抱いているようにしか見えない。
「あ、あの蓮夜くん。もう大丈夫だから……離しても大丈夫だよ?」
「ダメだ。また体勢を崩したら今度こそ転ぶぞ」
凪沙はもう大丈夫と言うが、蓮夜は目の前で何時転ぶのかと冷や冷やしながら話すのは嫌だ。
「蓮夜くん、ちょっと大胆……だね」
「……他意は無いぞ。これはお前が心配だからだ」
凪沙がどう思っているのか理解した蓮夜は、釘を刺しておく。決して邪な感情があったワケじゃない。
余談だが、この二人を見ていた彩海学園の生徒は学校で凪沙と蓮夜がつき合っているという噂が流れた。
電車の中で抱き合っていたという話も流れ、その噂を耳にした
―○●―
放課後。先ほどアスタルテがやってきて那月が自分を呼んでいる、と教えてくれたので、ただ今那月専用の執務室に向かっている時、馴染みのある顔を見つけた。
「うん……?」
「あ……先輩。お久し振りです」
教務棟で中等部の後輩の女子生徒を邂逅した。
雪原を思わせる白銀の髪の少女が、氷河の輝きにも似た淡い碧眼で見つめてくる。
「夏音か……今日も猫と戯れるのか?」
「はい。ですが、今日は猫を引き取る予定です」
彼女と会ったのは去年の初夏だ。
丁度森の奥に行くと、廃墟となった教会があり偶々足を運んだ時に多数のの猫と戯れている夏音を見た。
それをきっかけに時々あそこに行っては猫と戯れていたりしている。勿論猫缶を装備して。
「ほれ、今日は那月ちゃんから呼ばれていてな……そっちに行けそうに無い」
蓮夜は猫用のキャットフードなどの入ったトートバッグを渡す。その量は猫一匹や二匹じゃないほどの量だ。
「ありがとうございます、でした」
「気にするな。俺が勝手にやっている事だし」
「はい。もしよろしければ、また来て下さい」
夏音は流れる動作で蓮夜に頭を下げた。雰囲気的に聖職者の感じがして、その動作が合っている。
「お前もあまり無茶をするなよ。学内でも有名なんだからな」
蓮夜は夏音の頭を軽く撫でる。ただ、夏音は自分が学内でも有名だというのは知らないらしく、可愛らしく小首を傾げている。
夏音は雰囲気と容姿が相まって"中等部の聖女"と呼ばれている。今もここは教務棟の中で中等部の生徒もチラホラ居ており、男子からは嫉妬の視線を送られる。
「じゃあな。また今度」
「はい、また今度お願いします」
蓮夜の唯一(凪沙は古城の妹であるため古城繋がりで知り合い、雪菜は獅子王機関の人間であるため)まともな後輩を背に最上階へと向かう。
那月の執務室に足を踏み入れるが、相変わらず高価な部屋だ。一体何処の皇室の中だろうか。
「む、来たか。まあ時間通りといった所か……」
蓮夜が入ってきたのが分かった那月は顔を上げて書類整理を辞める(一応昼休みの間に謝り、仲を直りした)。アスタルテは那月の後ろで立って待機している。
「俺を呼んだのは構わないが、一体何の用?攻魔官の仕事?」
「まあ、一応攻魔官の仕事なんだが……お前なら何か分かると思って連れて行くのだ」
「俺が……?対して急ぎの用があるワケじゃないから別に構わない」
那月は普段からきっちり言いたい事は言ったりするからあまり言葉を濁らす事は無い。一体なんの仕事だろうか、と思案する。
「取り敢えずついて来い。安心しろ、戦闘はしないぞ」
蓮夜は任意承諾という名の強制連行により那月と一緒に絃神島の中枢、キーストンゲート内にある地下十六階までエレベーターで降りてきた。
「此処まで来るのは初めてかもしれないな……」
「お前はいつも理由を付けては来ないから当たり前だろう」
結構灯りが抑えられていて、薄暗い通路を歩きながら那月と蓮夜は話す。那月はいつもながらのフリルまみれのゴスロリ服を着ている。寝巻きもフリルまみれだから普通の服を着て欲しい、と願う。そう願ってはいるが、そんな日が来たら翌日は槍が降ってきそうだ。
「ヘーイ、那月ちゃん、蓮夜、こっちこっち!」
妙に馴れ馴れしい口調で話しかけてくる矢瀬。那月は舌打ちして担任教師をちゃん付けで呼ぶな、と愚痴る。
「矢瀬か……。年上の彼女に浮気されて破局になったのか?おいおい、いくら自暴自棄になったからといってもこんな奥まで関わるなよ」
「縁起でもねぇ事言ってんじゃねぇ!俺の彼女は浮気なんてしないし、俺も彼女も相思相愛だ!ったく浅葱といい、どうしてそんな事を言うんだ!?」
蓮夜の不穏な発言にツッコム矢瀬。蓮夜は冗談だ本気にするな、と笑いながら言う。
「はぁ、お前らは……まぁいい。それにしても公社直々の呼び出しだから来たが、お前だったとはな矢瀬」
「いや~、
その後、矢瀬は蓮夜と那月を部屋の中へと案内した。
病院の手術室に似ている部屋に案内され、中では高価な医療機器に囲まれたベッドの上に、まだ十代と思しき少女が包帯まみれて死んだように眠っている。どうやら重傷を負って此処に運ばれたようだ。
不思議な事に、そんな重傷の彼女の両手足には分厚い金属製の器具で、ベッドに固定されている。
「成る程……こいつが五人目か。昨夜は随分派手にやらかしてくれたみたいだな」
「ああ、こいつがそうなのか。この島にどんな被害を齎したんだ?それに……女なのか?」
「破壊したビルが二棟。延焼が七棟。停電や断水、ガラスの破損などの被害報告は集計中……今回はまだマシな方だよ。後、那月ちゃんが怖いからどうにかしてくれ、蓮夜」
蓮夜はベッドに拘束されている少女をずっと見て感心しているのは傷を負っている場所について何だが、那月が勘違いをしているらしく、かなり不機嫌になっている。那月視点では、包帯だけ巻かれている素肌に意外と容姿が整っている少女に、軽い欲情を覚えたと勘違いしているのだ。
蓮夜の横では顔を青くしている矢瀬が那月をどうにかいしてくれ、と懇願している。
「安心しろ、那月。俺はこの女には興味ないから。だからそう拗ねるな」
「なっ!?だ、誰が拗ねているか!私はお前の事など、何とも!思ってないならな!」
「くはっ、照れるなよ。まぁ、意地を張っている那月も昔を思い出して可愛いねぇ……」
「う、うるさーーーーーいッッ!!」
意地の悪そうな表情で那月をからかうような発言をし、那月が顔を赤くしながらフリルの付いている黒い日傘で攻撃する。が、そんな攻撃が当たるはずも無く悉く避けられている。
「おーい、蓮夜に那月ちゃーん。此処は痴話喧嘩をする所じゃないぞー」
「誰が痴話喧嘩だ、矢瀬基樹!」
「うおおぉ!?こっちまで矛先が向いた!?」
ヘンな横槍を入れた矢瀬も蓮夜と共に追いかけられる羽目になってしまった。完全な真面目な空気が見事に破壊され、二対一の鬼ごっこ?が始まった。そんなに長くは続かず、五分くらいで鬼ごっこは終わった。矢瀬が肩で息をしており、蓮夜は笑っている。先ほどのやり取りが面白かったらしい。
「それにしても……軽い概要しか聞いていないが、魔族じゃないな。それに魔獣行使による肉体改造の痕跡もあるな」
矢瀬たちから視線を外して、蓮夜は再びベッドに拘束された少女を見る。
「何?魔術による肉体改造?魔族じゃないなら
「そ、そうっすよ。蓮夜の言う通り魔族でもなければ過適応能力者でもない。若干の魔術的肉体改造の痕跡があるだけで、ほぼ通常の人間と考えて問題ない、っているのが公社の見解なんすわ」
どうやら蓮夜の言う通りただの肉体改造が施された人間らしい。その事を聞いた那月の表情が険しくなる。
「ただの人間が魔族特区の上空を飛び回り、ビルを薙ぎ倒したというか、笑えるな」
「まあ、まともな相手じゃないのは間違いないっすよ。笑えねェけど」
「魔術による肉体改造だけで建物を破壊する力ね……この女に施された魔術はそんなに高度には見えないのだが、問題は……」
蓮夜はチラリ、と一番傷の損傷具合が酷い場所を見る。那月も釣られて蓮夜と同じ箇所―――脇腹辺りを見る。
「矢瀬、この小娘の負傷具合は?」
「取り敢えず命の別状はないって話っす。内臓の欠損は体細胞からクローン再生するんで」
「……内臓の欠損?」
「今蓮夜が見ている所―――横隔膜と腎臓の周辺……いわゆる
「……喰われたりでもしたのか?」
そんな時、蓮夜たちとは逆の通路から無邪気な声が聞こえてくる。美麗だが、皮肉っぽく響く男の声だ。
「―――フム、なるほど。奪われたのは内臓そのものではなく、彼女の霊的中枢……いや、霊体そのものというわけか……なかなか興味深いねェ」
「……何故お前が此処に居るんだ?ヴァトラー」
「全くだ。余所者の
蓮夜と那月は少し離れた所に立っている金髪碧眼の男性を睨む。
彼は戦王領域の貴族でり、ナラクヴェーラの際に現れた"旧き世代"の吸血鬼、ディミトリエ・ヴァトラー。
「つれないなァ、"
「それはまたご苦労なことだな、蛇遣い。何時から獅子王機関の雌狐に飼い馴らされた?」
挑発的な口調で那月は言う。そんな二人の険悪な雰囲気に、矢瀬は頭を抱えている。
「ノーコメントと言っておこうか何しろ外交機密だからね」
「戦王領域の貴族が外交機密だと?この事件、貴様らの真祖がらみか。それは面白いな」
「どうかな。あるいは、
「なに……?」
冗談めかしたヴァトラーの物言いに那月は絶句し、横に居る蓮夜は身体から蒼い魔力を迸らせながらヴァトラーを睨む。
「ヴァトラー……それは本当か?」
「さァ、どうだろうね」
「そうか……ならば無理矢理にでも聞き出そう」
蓮夜が手を掲げ、そこに膨大な魔力が集まって行く。そこで那月は蓮夜を手で制する。
「ここで暴れるな、蓮夜。お前がその気になればこの島を消し飛ばすことも出来るのだからな」
その言葉に蓮夜は一度瞑目し、魔力を霧散させ手を下ろす。
「……いいだろう。俺もそれは本意ではない」
「残念、ここで貴方と戦っても良かったんだけどねェ。まぁ、そうすると、
―――黄昏。
その言葉がヴァトラーの口から発せられた瞬間、凄まじい殺意の奔流がヴァトラー、那月、矢瀬に襲い掛かってきた。その殺気の出所は他の誰でもない―――蓮夜だ。
流石のヴァトラーも目を見開いて驚き、こんな殺気を今まで触れた事が無い矢瀬と那月は顔を蒼くし、息が断続的に切れている。
殺気を放っている蓮夜は、視線だけで相手を殺すように睨んでいる。
「お前……俺を挑発するか」
雰囲気が完全に変わった蓮夜を見て、ヴァトラーは益々笑みを深めるばかりである。
「フフフ……あァ、今の貴方と戦いたい……。けど、今のボクはそう簡単に戦えない立場であってね、ここでボクと戦えば"空隙の魔女"にも被害が出るよ?それにさっき止められたばっかだろう?」
「……本当に、憎たらしい」
蓮夜は忌々しげに舌打ちをして、通路の壁に背中を預け目を瞑る。
そこでバトラーは蓮夜から視線を外し、那月に向ける。
「"ランヴァルド と言う名前に聞き覚えはあるかい、空隙の魔女?」
「あ、ああ……北欧アルディギアの装甲飛行船か。聖環騎士団の旗艦だな」
殺気が霧散し、那月は先ほどの出来事に戸惑いながらも、ヴァトラーの言葉に応対した。
「まだ公式には発表されていないが、昨夜から消息を絶っているそうだよ。位置情報が途絶えたのは、絃神島の西、百六十キロの地点だそうだ」
一見すると無関係にも思えるヴァトラーの情報に、那月は表情を険しくした。
「アルディギア王家が、この事件に噛んでいるという事か」
「証拠は何もないけどね。タイミングが良過ぎると思わないか?まあ、いずれにせよ、ボクは暫く傍観させてもらうよ。今の所手を出す気はないから安心してくれ」
「戦闘狂の貴様が、どういう風の吹き回しだ?」
全く信用できない目つきで、那月がヴァトラーを睨みつける。
「彼女たちは、キミたちの敵じゃない、このまま放置しておいた方が、案外、面白いものが見れるかもしれないぜ」
「……この私に、貴様の言う事を信じろというのか?」
「一応は忠告はしたサ。信用するかどうかは、キミの勝手だ。情報の見返りと言う訳じゃないが、キミに一つ頼みがある」
「話を聞くだけは聞いてやる。なんだ?」
那月が素っ気無く訊きかえすと、ヴァトラーの碧眼が一瞬だけ、本物の殺意で紅く染まった。
「―――ヴァトラー」
先ほどまで目を瞑っていた蓮夜の眼が紅く染っており、ヴァトラーを見ていた。いつでも殺せるように、すぐに眷獣を顕現出来るように。
二人の魔力がぶつかり合い、堅牢なキーストーンゲートの建物だけに収まらず、絃神島全体を揺らす程だ。だが、ヴァトラーはすぐに魔力を顰め、傷付ける意思はない、といった感じで両手を上げる。そこで、蓮夜も魔力を霧散させる。
「ボクの頼みは、この事件に第四真祖を巻き込むな、ということサ」
「……暁古城を?なぜだ?」
那月は意外そうに眉を寄せた。ヴァトラーは忌々しげに肩を竦める。
「古城では彼女には勝てないからさ。我が最愛の第四真祖には、まだ死なれては困るんだ」
―○●―
ヴァトラーと矢瀬の二人と別れた蓮夜と那月は、キーストンゲートを離れ、家に帰っている途中だ。
「…………」
「蓮夜……」
那月は不安そうな表情で蓮夜を見る。普段の蓮夜からじゃ想像がつかないほど不機嫌だ。
"黄昏"―――その言葉が出た瞬間、態度がおかしくなった。恐らく黄昏と言う言葉は那月が生まれる前の蓮夜に深く結びつける言葉なのは容易に想像出来る。
今思えば、那月は蓮夜に関する事はあまり知らない。
どのような眷獣を持っているのかは本人から教えて貰ったから一応知っている。本当の名前も知っている。だが、那月と出会う前は何をやっていたのか、真祖たちと何があったのか全く知らない。そして、何故本調子ではないのかも分からない。唯一知っているのは本当の名前と眷獣、そして他の真祖との関係。
ああ、本当に何も知らないのだな、と改めて実感された。それと同時に、自分よりかあの蛇遣いの方が蓮夜の事を知っていると分かると、どうしても悔しくなる。
こんな気持ちになるのは、蓮夜について以外では無い。自分に隠し事をしている時に気づいた時、悲しくなるのと同時に胸が締め付けられるように痛くなった。
まだ何も知らなかった前とは違い、色々な知識を得た今、この気持ちがどんなものかを知っている。
そのおかげで恥かしくなり、蓮夜には度々隠すように努力している(実際の所、バレてると分かって居ないのは本人だけ)。
でもやっぱり素直には成れず、今までのような関係になっている。
やっぱり先ほどの蛇遣いが言った"黄昏"と言う単語がどうしても気になってしまう。そしてその言葉を聞いたときの蓮夜の反応も。
蓮夜に聞こうとしても、はぐらかされるのがオチだ。それに、この事に関しては何か聞いてはいけなさそうに感じる。
「……スマンな、那月」
那月が色々考えている時、蓮夜が急に口を開き謝ってきた。一体何に謝っているのか那月には分からない。
「知りたいのだろ?俺の事を―――黄昏の事を」
「―――っ!!」
やはりバレていた。
蓮夜はいつも自分の悩みを言い当てる。昔もそうだ。何も言っていないのに、まるで心を読んでいるかのように的確に当てるのだ。それは今も昔も変わらない。
―――いつも私の側に居てくれる。
悲しい時も辛い時も、ずっと側に居てくれた。
この身体は偽りなのに、本物のように扱ってくれる。
監獄結界の番人になった時も、私を手伝うように眷獣の一部を永久展開してくれた。
色々な事を教えてくれるが、"聖殲"、"彼の者"などの事は一切教えてくれない。それを聞こうとすれば、怒り、憎しみ、悲しみなどが含まれた笑みを浮かべる。
そんな顔をすればこっちが聞けなくなるのを知っていて浮かべるのなら悪魔だ。だが、蓮夜にその意思が無いのは何となく分かる。
そして今回もそうなんだろう。昔のように―――
「済まないな、那月。それに関しては来るべき日まで待ってくれ」
怒りや悲しみが入り混じった笑みで私の頭を撫でてくる。そんな顔をされてはまた、訊けなくなるではないか。
蓮夜にそんな顔をして欲しくは無い、と願う那月はやはり昔と同じく口を閉じてしまう。
何故そんな顔をさせたくはないかって?当たり前だ、だって私は―――
「……ふん、いいだろう。なら、その日が来るまでずっと待ってやる」
―――私は、ずっと昔から蓮夜の事が好きなのだから。