ストライク・ザ・ブラッド~不死王の物語~ 作:ノスフェラトゥ
翌日。金曜の放課後、蓮夜は古城たちと一緒に行動していた。
昨日ヴァトラーとの邂逅があり、ガラにも無く取り乱したのを深く後悔していた。
そのおかげで那月には心配されたし、アスタルテには無言で頭を撫でられた。どうやら喧嘩したと思われたらしい。
「凪沙と後輩の愛の告白かと思って割り込んだら、猫の引取りの旨だった、と?」
「ええ、そうです。暁先輩が思った以上にシス―――妹思いでしたので……勘違いでの暴走です」
昨日、蓮夜が那月とキーストンゲートに赴いていた時にそんな事があったらしい。
男子が凪沙に手紙を渡すシーンを見た古城が勝手に勘違いして暴走し、屋上にいた二人に突撃した、と雪菜は呆れながら説明してくれた。
「古城……」
「うっ……そんな目で見るな!大体妹を大切にしない兄なんて居ないぞ!」
「なに開き直っているんですか、先輩。そのおかげで凪沙ちゃんにも迷惑をかけたんですから」
雪菜の正論に古城は呻くしかない。昔からシスコン気味だったが、今ではついに後輩公認のシスコンとなった古城。全くおめでたくない。
その後、引取りに来た同じクラスの内田遼が引き取りに来て、一緒に来た棚原夕歩と共に帰っていった。その後、校庭樹の陰で待っていた夏音と合流した。
「夏音、お前は相変わらずなのか……」
蓮夜は夏音の腕に居る猫を見てため息を吐く。
「どうもです、先輩。昨日はありがとうございました」
雪菜と古城は、蓮夜と夏音が知り合いとは知らなかったので、目を見開いて驚いている。
「縫月先輩は夏音ちゃんと知り合いだったのですね……」
「まーね。今でも教会の跡地に赴いて猫たちと戯れたりしているぞ」
夏音の腕に居る猫を撫でながら、雪菜の問いに答える。
こうしてかなりの頻度で猫を拾ってくる夏音に呆れながらも、蓮夜はその手伝いを偶にしている。そういっても食料や毛布などの提供や与えるくらいだから夏音の負担ほどではない。
蓮夜は夏音の強い意志に魅入られてこうして手伝っているのだ。ここまでの純粋な強い意志を持つ人間はそうそう居ない。
「―――ほう、美味そうな子猫だな」
日傘を差している那月が横から現れた。しかも不穏な一声とともに。
「那月ちゃん?」
「担任をちゃん付けで呼ぶな」
ドンッ!と何か凄い効果音とともに繰り出された肘打ちは古城の脇腹に吸い込まれるように直撃した。ゴハァ!という声をともに崩れ落ちる古城。
「知っていたか、暁古城。学校内への生き物の持ち込みは禁止だ。というわけで、その子猫は私が没収する。丁度、今夜は鍋の予定だしな」
「いや、確かに鍋の予定だが……猫はちょっと」
そう呟きながら夏音の抱いている子猫を見る。そんな蓮夜の呟きは誰にも聞こえる事無く虚空へと解けて行く。
那月から淡々と告げられる子猫の死刑宣告の言葉に、夏音はひぅっ、と息を呑んだ。
「―――すみませんでした、お兄さん、先輩。私は逃げます」
「お、おう」
「……懸命な判断だ」
駆け出して行く夏音を、古城は安堵のため息を吐きながら見送った。
「ふん、冗談の通じない奴だ。何も本気で逃げなくてもいいだろうに」
那月は心なしか傷付いたように口を尖らせながら言う。
「そんな簡単に落ち込まない。教師だろ?」
「それは―――って、ええい!気安く頭を撫でるな!蓮夜、お前は知っててやっているだろ!?」
「何のことだ?俺は落ち込んでいる那月を慰めているだけだか?」
「くっ……このっ!」
頭を撫でる蓮夜の手を振り払い、攻撃しようとうするがそれは叶わず、ずっと頭を撫でられることになった。
魔術を使えばなんて事はないが、ここら辺には生徒の目があるため行使できない。蓮夜は那月の考えていることを読んでいるのか悪戯の笑みを浮かべている。
最近では那月で遊んでいる蓮夜を見るのに慣れてきた古城と雪菜は、ああまたか、と言った表情をしている。
「ちっ、やはり無理だったか―――おい、暁古城。お前、今夜私の副業を手伝え」
「副業?……もしかして攻魔官の?」
「そうだ。二、三日前に、西地区の市街地で戦闘があったことは知っているな?」
「……ああ。なんか、未登録魔族が暴れたって話は、クラスの奴らに聞いたけど……」
古城は曖昧に頷いていた。蓮夜もその話は聞いていた。浅葱辺りが蓮夜と基樹を巻き込んで話に混ざったのを記憶している。
「暴れていたのは未登録魔族じゃない」
「未登録魔族じゃない……じゃあ、いったい誰が?」
「知らん。容疑者の片割れは確保したが、ソイツの正体はまだ不明だ。
那月が乱暴な口調で言った。古城はひどく嫌な予感にを覚えたらしく、適当に話を終わらせて退散しようとするが―――
「逃がさん、古城」
後ろに居た蓮夜により肩を掴まれてしまう。しかも、かなり力が入っていてるのでミシミシと骨が軋んでいる。常人なら絶対に折れている。
「わ、分かったからその手を放せ!すげぇ痛てぇんだよ!」
「……仕方がない。今度逃げ出すような素振りを見せれば調きょ―――もといお仕置きしてやる」
「いや待て、蓮夜。今もの凄い聞いてはいけない単語が聞こえてきたのだが?」
「気のせいだ。きっと疲れてるんだろ」
完全にはぐらかす蓮夜。前門の那月に後門の蓮夜。第四真祖の力を以ってしても逃げ出す事が不可能になった古城は諦めて那月の言葉を聞くことにした。
「―――というわけだ。暁古城、お前には私の助手として犯人確保に協力してもらおう。いくら私でも複数人の犯人を捕らえるのは難儀だからな」
「いやいやいやいや……なんで俺が那月ちゃんの助手に?すでに蓮夜が居るからいいんじゃないのか?」
「私も、それが一番ベストだったのだかな」
那月は悔しげな表情をする。そんな表情をする理由が思いつかない古城は首を捻っていた。
「古城……忘れているとは思うが、俺は"
「そう言えば……そうだったな」
今まで不干渉などと言ってきた蓮夜だが、なんやかんやで古城たちを助けている。聖者の右腕の件もナラクヴェーラの件も戦っているので古城は完全に忘れていたようだ。それ以前に古城は、今の蓮夜しか知らないため何故危険人物と認定されているのかも分かっていない。
「というわけだ。アスタルテも先日の怪我で療養中だから、お前の白羽の矢が立ったのだ。それに、ディミトリエ・ヴァトラーにお前を今回の事件に巻き込むな、と忠告されているのだ」
「は?なんだよそれ!?あいつの忠告完全にスルーかよ!?」
「当たり前だ。あの男が嫌がるようなことを、私がしないはずないだろう」
那月は堂々と胸を張って言うが、子供の仕返しのようで情けない事この上ない。蓮夜も、しょうもない事に額に手を当てて呆れている。
「はぁ、那月は……まあいい。古城、もう諦めろ。俺は実質"
"
「……勘弁してくれ」
古城はまた厄介事に巻き込まれるせいで、意気消沈している声で呟く。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「遅いぞ、蓮夜。私を待たせるとはいい度胸だな」
「黙らっしゃい。急に呼びつけておいて何言ってるんだ、この幼女は」
午後七時頃、急に祭を開催しているテティスモールに来いと連絡があり急いできたのだが、指定された時間まであと十分しか残されていなかった。理不尽にもほどがあるが、三分オーバーで辿り着いた自分を褒めて欲しいものだ。此処までは、誰にも気付かれずに屋根を移動して来たのだが。
「で、何だその格好?もしかして祭でも堪能するのか?」
蓮夜の疑問も最もだ。目の前にいる那月とアスタルテの服装は、いつものゴスロリ服とエプロンドレスではなく、二人共浴衣なのだから。
「ふふん、どうだ似合うだろ?二時間も掛けて厳選した浴衣だ」
自慢気に胸を張る那月は、見た目相応で微笑ましいのだが、それを本人に言えば"
那月の浴衣はやはりというべきか黒を基調とした色合いなのだが、帯にまでフリルが付いているのは何故なのだろうか。
対してアスタルテは淡い水色のシンプルな浴衣だが、色合い的にも本人とマッチしていて中々良い。エプロンドレスやブーケなどしか着ていないアスタルテが他の服を着ているのは新鮮で悪くは無い。
「ふむ……二人共中々似合っているぞ。悪くない」
「そ、そうか……れ、礼を言う」
「ありがとうございます、マスター」
素直に褒められた那月は頬を染めてそっぽを向き、アスタルテは丁寧なお辞儀をしていた。
「まあいい。古城たちとの待ち合わせの時間まではまだ時間あるしな」
「そういう事だ。私たちで時間まで遊び倒すぞ。幸いなことにアスタルテがこの手のイベントに参加したことが無かったからな」
「参加した事が無い……?それ、本当なのか、アスタルテ」
「肯定。私は今まで眷獣の制御に時間を費やしていました」
「ああ……なるほど」
忘れていたが、アスタルテは数ヶ月前までは敵対していた存在だ。眷獣を従える
那月が保護してから、こういうイベントが無かった。だから初めてなんだろう。
「それなら、今回は沢山遊んでいけ。那月もこういうの結構好きだしな」
「なっ!?だ、誰がこんな……祭が好きなものかっ!」
「合致しました。今日浴衣を着る際、気分が高揚していたのはそういう理由なのですか」
「アスタルテも蓮夜の言う事を真に受けるな!」
那月は顔を赤くして怒鳴り散らしている。だが、蓮夜とアスタルテは完全にスルーしている。那月が恥かしくて素直になれないのは、今に始まった事ではない。長年の付き合いとなる蓮夜は那月については熟知していると言っても過言ではない。ただし、ストーカーでもロリコンでもない。決して違う。断じて否。
(そう言えば、こうして那月と共に祭りに行くのは何年振りだっけか……)
那月があの結界の看守になってから一度もこういうイベントには来ていない。というよりか行く意味というのが見出せなくなった、という方が正しい。
(いや……今は祭を楽しむんだ。そんな事を考えるな)
蓮夜は半ば強制的に思考を放棄した。そうでもしなければ、ネガティブになり那月たちに心配させてしまう。
蓮夜はすぐに気持ちを切り替えて、那月とアスタルテの頭に手を乗せる。慎重的に丁度良い―――那月の方が。
「な、なにをしているんだ!?」
「……?」
慌てている那月に、落ち着いているアスタルテ。アスタルテに関しては首を傾げて、頭に手を乗せている意味が分からないといった感じだ。
「気にするな」
ああそうだ、気にするな。お前らはこの一時の安らぎを味わえばいいんだ。だから精一杯楽しめ。
蓮夜の久し振りに見る優しい笑みに、那月もアスタルテも最初は驚いていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「む……何故だ、何故一匹も捕れない!」
那月の右手にはポイが。左手には水が入ったプラスチック製の碗を持って呻いている。
「よっと……これで三匹目だな」
「私もマスターと同じ三匹目です」
蓮夜とアスタルテも那月と同じ装備をしている。この三人は今金魚掬いをやっているのだ。「こんなの子供がやるものだ」と那月が一蹴したのだが、アスタルテがやった事が無いため、渋々といった感じの那月を含め三人でやることになった。
途中結果としては無残なものだ。那月は未だ一匹も捕れず、蓮夜とアスタルテが三匹捕っているのだ。プライドが高い那月は、それが許せずに一生懸命捕ろうとするが、すぐに金魚が逃げてしまう。
「くっ……まだだ!」
悔しげに叫びながら、再びポイを水中に沈めている。
本人はそんな気はないと思うのだが、その容姿とムキになっている那月は子供にしか見えない。
「ったく、下らないと言っておきながらムキになってるし……」
蓮夜はそんな那月を見て呆れているが、何処か嬉しそうに頬を緩めている。
「うるさいっ!一匹も捕れないなど恥だ!」
那月は一生懸命隅に追いやり、掬おうとする。「やった!」と嬉しそうにした瞬間、なんと他の金魚が那月のポイに突進を繰り出してきたのだ。その所為でポイは半分ほど紙が破けてしまった。
「あ……」
那月はこの世の終わりとても言いだけな表情で硬直してしまった。
「うん?破けてしまったか……コレで終りかな」
那月のポイが破けたのに気付いた蓮夜は、金魚を掬う手を止めた。アスタルテも気付いたようで、その手を止めている。意外にもアスタルテは金魚を九匹も捕らえていた。どうやらかなり得意なようだ。
「……だ」
「どうした、那月?」
俯いた那月が何かを呟いている。そして、顔を上げた瞬間、その瞳には殺気を込めながら金魚を睨み付けている那月がいた。
「私にはまだ魔術が―――空間魔術がある!舐めるなよ、金魚風情がッ!」
「いや、ダメだろそれは―――って本当にやろうとするなよ!?」
魔術を行使しようとする那月を止めようと抑え付け
その間にアスタルテが金魚たちを水槽に戻した。別に家出飼っても良いのだが、飼育が大変なためキャッチ&リリースとした。