夜、長が帰って来る前に、プリムラの両親が執務室のホルズを訪れた。
「娘は静かにしておれない性分でして」
言い訳から始まったが、驚くべき事に、プリムラが『やらかした側』という認識でいるようだ。
こういった事の直後の女の子って、「私悪くないもん!」と意地を張るのが常なのに、一体何が彼女を殊勝にさせたのか。
しかし何せ執務室は、まだ窓枠も無い惨状で、最低限に整えた机周りで、ホルズが辛うじて本日の業務をこなしている。正直、被害者ムーブに対応している余裕はなかったので、助かった。
多分一番の被害者と言っていい見習いの少年が、お茶で滲んだ書類の修復をしながら、「ホルズさんでさえ大机周りでは絶対に飲み食いしないのに」と聞こえる声でボヤいて、ホルズに目でたしなめられた。
外のデッキでは、シルフィスが黙々と大工仕事をしている。先程まで手伝っていた白髪混じりの古参のメンバーは、「久し振りだな」と苦笑いしていた。
「リリは昔は結構暴発していたのか?」
「ああ、ユゥジーンがいなければもっと大変だったろう」
「そうか」
「しかし彼女が依頼の手紙を判別出来るようになって、我々は明るい内に帰れる日が増えた。居て貰わねば困る事は確かなんだ」
男性は肩をすくめて、竜使いの若者にウインクした。
「ところで何をやった? ちょっかいを出した側が非を認めて来るなど前代未聞だぞ。大した根回しだ、この色男」
「僕は、何も……」
男性は今度は執務室の建物に目をやる。
「この里でここだけが何で頑丈な石造りなのか知っているか? 代々暴発する奴がいるからだよ」
「そうなのか」
「でもな、代々必ずフォローの上手な者が現れるんだ。カワセミ殿の世代はノスリ殿が、っていう風に。上手い事生まれて来る物さ」
「生まれた時から決まっているのか?」
「あ、いや、言い方が変だったか」
年配のメンバーは、若いシルフィスに、考えながら丁寧に答えてくれた。
「生きて行く内に、自分で見付けるんだ。『持って生まれた役割』って奴を」
「見付ける……のか」
「今見付かった、って気付くのではなく、いつの間にか自然に収まっている物なんだと。ユゥジーンなどリリが生まれる前から執務室で働いていたが、当初は、何であんな術力の低い奴を入れた? なんて言われていた」
「まぁ大体はノスリ殿の受け売りだ」と言って、彼はそこそこで切り上げて、家族の待つ家へ帰って行った。
残ったシルフィスは、窓枠を取り付けながら、その事を考えていた。
今、ユゥジーンは長殿の自宅でリリの傍らに付いている。
それがあのヒトの役割だろう。もしかしたらずっと一生。
(僕もいつか、その役割を見出だせるヒトに、巡り逢えたりするのだろうか)
***
騒動の翌朝には、リリは目の下に隈を作りながらも丸机に復帰し、出勤して来る全員に頭を下げた。
「いやプリムラに絡まれたんだろ、お互い相手が悪かったんだって」
メンバーの大部分はそう言って軽く流してくれた。
見習いの少年だけは、「一歩も入れちゃいけなかったんだ」と、珍しく文句を言った。
リリが昨日掛かっていた手紙の判読は、夜中に出勤して明け方に仕上げた。
ユゥジーンとシルフィスは外でひたすら家財の修復に勤め、朝にはほぼいつも通りの執務室が復元されていた。
ほとんど寝ていない三人だったが、その日はきちんと出勤して仕事に飛んで行った。
長殿は夕べ帰還してすぐプリムラの両親を訪ね、逆に恐縮された。
執務室内に残った澱みの浄化を行った後、明けやらぬ内にまた別の所用へと発って行く。本当に忙しくてどうしようもないヒトだが、出掛ける前にユゥジーンの、そしてシルフィスの手をしっかりと握って行った。
***
そんな事があってから、シルフィスへの女性関係のひやかしが無くなった。
というか自粛された。
里人の平均的な噂は、シルフィスが煩わしがって適当な女の子の名前を口にした為、勘違いした女の子がリリに絡みに行き、仕事の邪魔をされたリリが暴発した……といった所だ。
若い娘達の間では、プリムラ可哀想シルフィスが悪い! という空気になっている。
何にしても、この男に女性関係は振っちゃダメだ変な風にこじれちまう、という認識が共有された。
「見ろよ、あの並んで歩くシルエット。あれで二人とも女の子NGなんだぜ」
ホルズが執務室の窓から、坂を登って来る若者二人を眺めてボヤいていると、見習いの少年が隣に来た。
「だったらあの足の長さを半分分けて欲しいです」
ユゥジーンは『リリ一直線ドン引き男』だが、今回新たにシルフィスに、『無自覚女難振り撒き男』の烙印が押された。もっとも本人達は気にしていないからノーダメージだ。
「もしかしたら結構名コンビになるかもな」
部屋の隅の丸机で、やっと元気の戻って来たリリがクスリと笑う。
若者二人が連れ立って御簾をくぐり、室内三人の「おかえり」という声が珍しく揃った。
~鳳仙花・了~