白い手綱 赤い手綱   作:西風 そら

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一度完結したのですが、もう一本追加したくなって、再開しました。
がんばれシルフィス編です。女子率多い目。





クレマチス
朝の厩舎


 

 

   

 

 風の妖精は皆馬好きだが、蒼の一族は殊更(ことさら)だ

 でも自分だって風波(かざな)の中では馬に愛着を持っている方だと、シルフィスは思う。

 現に、早く目覚めたこんな朝は、自馬の顔を見る為に、厩に足を運んでいる。

 そう、馬の顔を見たいだけなのだ、馬の顔を。

 

 修練所の前を通り過ぎて浅い小川を渡ると、里裏から回り込む形で、主厩舎のしんがり部分に到着する。

 こちら側の最端に入れられているシルフィスの馬は、主を見ると嬉しそうに首を伸ばして来た。

 

 海洋生物を彷彿させる鈍色(にびいろ)鱗に覆われた風波の馬は、蒼の妖精の草の馬と逆で、乾燥に弱い。

 馬事係にそう伝えると、川に一番近い馬房に入れてくれ、樋(とい)を通して新鮮な流水路まで作ってくれた。手厚い。

 シルフィス本人の宿舎に関しては雑だったのに、馬への処遇は素早い所は、何というかつくづく風の末裔の一族だなぁと思った。

 

 馬の首を掻いてやりながら通路の奥を見やると、中央の詰め所で馬事係達が整列して朝礼のようなものを行っている。

 執務室は困惑してしまう程ゆるいのに、こちらの雰囲気は風波に近い。

 ただ、馬の数は風波よりも格段に多い。七歳以上の一人に一頭、馬が宛がわれるからだ。

 

 主厩舎は、細長い建物が蒲公英(たんぽぽ)の葉のように放射状に広がっている。

 一辺に五十~百の馬房、それが八棟。一見土地の無駄遣いに見えるが、実はとても理に叶っている。

 中央の丸い敷地に馬事係の詰め所があり、昼も夜も当番が八方に目を光らせている。

 どの馬を誰が連れ出しているのか一目瞭然だし、何かの手違いで見落とされる馬も生じない。

 老練の親方クラスともなると、僅かな呼吸音や匂いで即座に異変を感じ取れるという。

 

 修練所の子供が掃除罰でよく寄越されて来るが、絶対にサボれない。ここで悪態をかますと、馬命(うまいのち)の大人達を本気で怒らせ、時として深刻な事態を招くからだ。

 シルフィスも最初ユゥジーンに、馬事係には絶対に逆らうなと、入念に言い含められた。

 

 馬事係と一口に言っても、生産に携わる『編み家』と呼ばれる家系を頂点に、調教、管理、教務等が、縦割りピラミッドになっている。

 長殿も全幅の信頼を置く技能集団だが、頑固で保守的、独自ルールが厄介だと、ホルズ殿は言っていた。

 その辺も風波に似ているな、と思う。

 

 基本世襲制だが、身内でガチガチに固めている訳でもない。

 馬が好きで大好きで、小さい頃からちょろちょろ出入りしているような子供は大人にも気に入られ、修練所の修了と同時に正式に採用されたり、養子に入ったりもする。

 

 まぁどちらにしても、馬第一主義のガチギチ集団である事は間違いない。

 馬の主が嫌われてもトバッチリが馬に行く事が絶対にないのは鉄壁の安心感だと、リリが言っていた。

 

 

「おはようございます」

 

 詰め所の方を眺めていて、背後からの女性の声に、シルフィスは飛び上がった。

 朝っぱらからこんな所に居る女性…… 

 喉まで上がる動機を頑張って隠し、涼しい顔を作って振り向く。

 

「おひゃよう」

 噛んだ。

 

 しかし立っていたのは、予想した人物とは違った。

 

「すみません、サザじゃなくて」

 うさぎ頭のピルカが、高く結った髪をピョンと揺らしてお辞儀をした。

 

「あ、いや、別に、何も」

 

「あからさまにガッカリな顔をされましたよ。隠していたいんなら、気を付けられた方がいいと思います。馬事係に知られたら、それこそ警戒されますよ」

 

「…………」

 旅行から帰って以来、一言も口にしていないのに、何で分かるんだ。

 ホルズ殿や執務室のメンバーは、常々、ノスリ家女性陣の察知能力の驚異を語っていた。

 その中でもピルカは本当に油断ならない。さすがあの独身娘達をまとめあげているだけある。

 

 突っ立って無言のシルフィスに、うさぎ頭はもう一度ピョコンとお辞儀をした。

「遅くなってしまったけれど、旅行の護衛をありがとうございました。そして私の健康管理の不備で、余計な負担をお掛けしてしまいました。ごめんなさい」

 

 押しが強いだけじゃなく、こういう所もちゃんとしているから皆の頭に立っていられるんだなと、シルフィスは素直に感心した。

 

「いや、こちらも良い経験をさせて貰えた」

 これは本心。

 

「そう言って頂けると嬉しいわ。中々お礼を言える機会が無くて、ユゥジーンさんちに行ったら、こちらへ回ったって教えて貰えて」

 

「えっ、わざわざ礼を言いに来てくれたのか?」

 

 ここで娘は、罰悪い表情をした。

「はい、……いえ、正直に言うと、もうひとつ用事がありまして」

 

「うん?」

 

「あの、取引きしませんか?」

 

 

 

   ***

 

 

 

「シルフィスは厩舎の方を回ってから来るって言っていたよ」

 

「あらまぁ、健気なコト」

 

 朝の執務室。

 出勤直後のユゥジーンと、事務方のリリ。

 

「あまりつついてやるな」

 とは、大机向こうの執務室統括者ホルズ。

 

 見習いの少年は、聞いていないフリをしながら朝の掃除をやっている。

 

「いやいや、自分の馬の顔を見に行くだけと言っていたから」

 

「どうせ仕事に行く時に乗るから顔なんかすぐ見られるのに。エンジュ森から帰って急に、馬が馬がと言い出したわよね。一体誰が目当てなの? あちら方面に住んでいる娘(こ)?」

 

「だからつついてやるな」

 

 のどかな会話を背に、見習いの少年は外デッキに出てモップの埃を払った。

(何だかんだ言ってリリさんも、ヒトの色恋沙汰の噂話をしたい所なんて、普通に女子なんだよな)

 ついでにデッキの掃除もしてしまおうと、箒を取りに裏へ回ると、厩舎側の細道を海色の髪が上がって来るのが見えた。想い人に会えたかは分からないが、表情は呆けている。

(何だかんだ言ってあのヒトも、普通に男子なんだよな)

 

「シルフィスキスカ、参じました」

「ああ、おはよう」

「おはよう」

「馬は元気だったか」

 来た後は本当につつかない。皆大人。

 

 

 地元の風波(かざな)一族ではそれなりの地位であろう海竜使いの青年だが、蒼の里ではあくまで留学生。術の教えを求めに来た客員だ。

 執務室の手伝いはその合間の恩返しという名目で、メンバー扱いではない。ホルズも、竜を使うような大仕事より、女性中心の軽い依頼を振っている。

 

「呪われているかもしれない」「禁忌について周囲と見解が食い違う」などの、今までは取り上げなかったような、大概は思い過ごしの案件。

 依頼元からの評判は良い。

 シルフィスいわく、長々と話を聞いてやっているだけで、相手が勝手に満足して解決してしまったりするらしい。

 たまに本当に魔性がまろび出たりするので、そんな時もしっかり対処出来る彼は、実に適任だった。

 

 

 ユゥジーンと共に出動したその彼が、忘れ物でもあった風に、一人だけヒョイと戻って入り口から顔を出した。

「ホルズ殿、やや込み入った話があるのだが、本日の夕刻に時間を頂けるか」

 

「ん? ああ、構わないぞ。今日なら残業も無いだろうから」

 

「家の方へ訪ねて行っても宜しいか」

「何だ、ここで出来ないような話なのか? 勿論構わんが、そんなに改まられると緊張するな」

 

「夕食を共にしても構わぬか」

「えっ、何だ急に、どうかしたのか?」

「駄目か?」

「いや、いい、いいぞ、断る理由などない。家内に言っておこう」

 

「良かった、では本日の夕刻に」

「ああ」

 

「ヘイムダルが参上するので宜しく」

 

「何だと、ちょっと待て!」

 

 素早くデッキを駆け去る足音を、ホルズが転がるように追い掛けて行った。

 

 

「……追い付けないだろな」

「……そうね」

 

 少年の独り言を珍しくリリが受けて、二人はそれぞれの仕事をしながら肩を竦めた。

 

 風波のヘイムダルは、シルフィスの幼馴染みで親友。

 シルフィスと同種族とは思えないほど常識人で、非の打ち所のない紳士。先日風波から来た使節団ではリーダーを勤めていた。

 その時ホルズの末娘ピルカに一目惚れし、遠距離にも関わらず、暇さえあれば竜を駆って飛んで来て、マメにデートしている。

 

「そろそろ家族に正式に紹介したいのに、父親が忙しい忙しいって聞く耳持ってくれないって、ピルカの奴、ボヤいていました」

 見習いの少年は、ピルカの学生時代の同期生で、それなりに親しい。

 

「それでシルフィスを頼るなんて策士ね、彼女。応じてあげるシルフィスもシルフィスだけれど」

 

「交換条件でも出したんじゃないですか?」

 

 

 程なく、ホルズが頭をかきむしりながら戻って来た。

「あの野郎、繋ぎ場に馬を馬装済みで、一瞬で飛んで行きやがった。帰って来たらギュウギュウに絞ってやる」

 

 少年がそっと声をかける。

「きっとピルカが切羽詰まって、無理に頼み込んだんだと思いますよ」

 

「そうか? ノリノリだったじゃないか。馬上で何処かに丸サインを送っていたし。……まさか、お前も知っていたのか!?」

 

「いや知りませんって。でも大体分かりますよ。ピルカが風波のイケメンと付き合ってる事は同期生の間では周知だし、特に女子連中からは注目の的だし。いい加減挨拶ぐらい受けてあげないと、女性陣を敵に回しちゃいますよ」

 

「ぐ、ぬぅ・・」

 

 

 その頃、ホルズ宅前で馬上からの丸サインを貰ったピルカが、母親達と喜び勇んで今晩のご馳走の仕込みに取り掛かっていた。

 

 

 ***

 

 

 少年も外仕事に出払った、事務方だけの執務室。

 仕事に一区切り付けたリリが、珍しく茶を淹れている。

 

「ホルズさん、聞いてもいいかしら」

 

「ああ? お前さんまでピルカの味方か?」

 

「そういうんじゃなくて。上の四人のお嫁入りの時は割とすんなり進んだのに、ピルカの時だけどうしてそう引っ掛かるのかなと思って。やっぱり風波が遠いから心配なの?」

 

「それもあるが…… ピルカ、あいつ優秀過ぎるんだ」

「そうですね」

「否定しないのかよ」

 

「彼女の、ヒトの先頭に立てる器は尊敬しているわ。誰にでも出来る事じゃないもの」

 

「ああ、親の贔屓目でなくても、あの難しい娘どもをよくまとめていると思う。だけれどそういう才能って、ピッタリハマれる場所と、マイナスにしか働かない場所がある。聞く話だけでは、風波は後者だ」

 

 リリはホルズをマジマジと見た。こういう所、客観的に冷静な父親なんだなあ。

 風波一族での女性の立ち位置が蒼の里と随分違う事は、シルフィスの言動からも伺い知れる。

 

「あたしが言うのも何だけれど…… ピルカなら、あたし達の想像の頭上を越えて行ってくれそうな気がします」 

 

「そうは言っても生まれて十五、六年の小娘だ。あっちは何千年の歴史がある」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 





挿し絵:シルフィス
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