白い手綱 赤い手綱   作:西風 そら

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お茶会ふたたび

   

 

 

 翌朝、見習いの少年がソワソワと掃除をしていると、出勤して来たホルズは、意外や憑き物が落ちたような聖人顔をしていた。

 

「お、おはようございます」

 

「おはよう、いやめっちゃ飲むな、あいつ」

 

「あいつってヘイムダルさんですか」

「他の誰だ」

「ヘイムダルさんと飲んだんですか」

「女房がしつこく勧めたんだ。しかも俺の取っておきの隠し酒を出して来やがった。土に埋めておいたのに」

「…………」

 

「あいつの持参したウォッカも強烈だったぞ。さすが北方の民だな」

「手土産がウォッカですか」

「女房と女性陣には甘い菓子と香油を渡していた。根回しが完璧過ぎて文句の付けようもないわ、くそ!」 

 

 悪態付きながらも顔は笑っている。

 

 隅の丸机のリリも、目を半月にしながら聞いている。

 シルフィスは、「ヘイムダルと差し向かいで言葉を交わした上で嫌うような生物など、地上に存在しない」と宣言していた。随分な信頼だと思ったが、まさにその通りだったようだ。

 昨日心配していたような事も、酒で勢いを着けてちゃんと伝えられたんだろう。それで何か安心出来る言葉を言って貰えたのかな。

 向かい合ってみなければ何も進展出来ない事もある、と思った。

 

「医療院で痛い治療を終わらせてスッキリした幼児みたい」

 少年がポソリと言った言葉がツボにハマって、リリはしばらく肩を震わせていた。

 

 

 

   *** 

 

 

 

 小さな紙片の地図を片手に、シルフィスは居住区の深部に足を踏み入れている。初めて来る地域だ。

 道行く里人が目立つ髪色の青年をもれなく振り向くが、彼はあまり気に止めない。

 

 パォの間の路地を辿ると、目的地の広場に出た。

(ここで合っているよな?)

 

 地図と見比べると、井戸印のある場所にちゃんと井戸がある。

 しかしシルフィスは眉を潜めた。

 井戸印の横にヒトの形が三つ描かれているのだが、その場所に実際に三人の女性が立っているからだ。

 水瓶を抱えてお喋りをする年配の女性達。シルフィスが広場に入った一瞬だけ黙ったが、すぐにお喋りを再開した。

 

(??)

 狐に化かされたような気持ちで、怖々と辺りを見回す。

 

「シルフィスキスカさん」

 

 また背後から呼ばれて心臓が喉まで上がった。

 この里の女性は、全員忍びの術でも極めているのか?

 

「ピルカ、ここで良かっ……」

「シッ、偶然会った風を装って下さい。こちらです」

 

 うさぎ頭に案内されながら、シルフィスは小声で素早く聞いた。

「あの三人の女性は、君が立たせているのか?」

 

「いいえ、毎日この時間に、決まってあそこで井戸端会議しているの。目印に丁度いいでしょ」

「…………」

 

「先日はありがとうございました。それと今日は謝らなければならなくて」

「んん?」

「肝心の『彼女』が、やっぱり家が厳しくて出て来られなかったんです」

「……そうか、いやそれは予め言われていたからいい」

 

「その代わり、親友だって情報の子を招けました。それで勘弁して下さい」

「本当か、感謝する」

「私達が上手く会話を持って行くわ」

「頼む」

 

 広場を横切ると、白と紫の花が咲き揃う灌木の中に、簡単な屋根の掛かった東屋があり、野外用の椅子とテーブルで、五、六人の娘が裁縫に勤しんでいる。花の蔓は東屋の柱や屋根にも伸び、いかにも女性の好みそうな場所だ。

 壁が無くて解放されているから、親族でない男性が加わっても抵抗感がない。ピルカのスマートな配慮に、シルフィスはまた感心した。

 

「そこでシルフィスキスカさんにお会いしたの。ちょっと休んでお茶にしましょうよ」

 

「あ、お久し振りです、その節はお世話になりました」

 鉤針を置いて挨拶するのは、気遣い娘ポラン。

 後、椅子を勧めながらニッコリ微笑むノスリ家の年長の娘が一人。

 両名いかにも口が固そうで、ピルカの人選は頼もしい。

 そしてこの二人には、()()()()()()()()

 

 向かいで竜使いの登場に目を見開くのは、旅行の時サザと一緒に居た、物造りコミューンの三人娘。

 シルフィスは胸が震えた。

 旅行から戻ってから、彼女達にもほとんど会えていなかったのだ。

 彼女達のコミューンは本当に閉ざされているらしい。

 

 一度、子供を竜に乗せてやる振りをして上空から工房街に近付いたら、ユゥジーンにどちゃくそ怒られた。

 サザの姿はその時チラと見たきりだ。

 

(この三人を余さず召喚出来るなんて、どんな魔法力を持ってしても敵わない。さすがピルカ、取引きして良かった)

 

「私、熱が出てエンジュ森に行き損ねたでしょう? 立体刺繍を教えて貰えたって聞いて、とても悔しかったのよ」

 ピルカが茶を配りながら、感情たっぷりに説明をする。

 

「それで私達が教えようとしたんだけれど上手く行かなくて。しっかり再現出来ていた此方のお三方にお願いして来て頂いたの」

 こちらも台詞を間違えないポラン。

 

「本当はこちらから出向かなくてはならないんだけれど、ほら今、クレマチスが満開じゃない。ここだと気持ちが良いかなと思って」

 ソツなくサラサラ喋るノスリ家娘。

 

「ひょひゃほ」

 噛むシルフィス。

 ピルカに厳しく目配せをされ、口を閉じている事にした。

 

 

「本当に綺麗、工房街にはこんなに大きな花壇ないもの。こちらこそご招待頂いて嬉しいわ」

「あの旅行を主催してくれたピルカの頼みとあっては、何を置いても参じなきゃ。それにしても綺麗な紫、こんな染料が作れたらいいのに」

「この蔦の感じを次の織物のモチーフにしようかしら」

 三人娘は完全に気を緩めてリラックスしている。

 最初に喋った娘が、シルフィスにサザの事を弁護に来た娘だ。おそらく彼女がサザの親友……

 

 

   ***

 

 

「それで、お父様にどんな風に挨拶を切り出されたの? やっぱり風波の様式で?」

 

 娘が複数寄ると、恋バナが咲くのは何処も同じ。先日彼氏が親に挨拶に来たなんて娘が混じっていれば、話題がそちらへ行くのは仕方がない。

 

「きちんと蒼の里の習慣を勉強されて、私も知らなかったような完璧な形式で挨拶して下さったわ。やだもう、照れるから勘弁して。そういえば、物造りコミューンの方は、男女の付き合いに独特な決まりがあったりするの?」

「そうそう、そういうの聞きたいわ。これはやっちゃダメとか、後学の為に」

「何か厳しそう……ぐらいしか知らないんだもの。ね、この機会に教えて」

 

 ピルカは心得た感じで、話題をぐるんと回転させる。味方二人も加わると心強い。

 シルフィスは目を白黒させながら、女性の言葉の攻防を眺めている。複雑で相槌を打つ事も出来ない。

 

「私達の所だって普通よ、大して変わりはないわ。ね、それより、折角シルフィスキスカさんがいらっしゃるのだから、風波のお話を聞きたいわ」

 親友娘が話を振って来た。

 

 焦ったシルフィスだが、ピルカに頷かれて、竜の喉元に這い登るような気分で口を開いた。

 まったく、ホルズ殿を謀る時や プリムラの両親を言い包める時なんかは 軽々と言葉が出るのに、何だこの緊張感は。

 

「か、風波では」

 

 娘六人の瞳が集中する。

 

「婚姻を結ぶ当人が挨拶に参じたり、何かをする事は無い。だいたいが両家の親族で話が進む。仲人専門の占い師がいて血の遠い者から組み合わせを選ぶ。最近は外から女性を招く事も多いが、近隣部族も似たような習慣で、婚礼終盤に初めて顔を合わせるような事も珍しくない」

 

「まあ……」

 染料娘が困惑の声を出した。

 ピルカから、話を切り替えろのブロックサイン。

 

「だ、だから、風波の男は、頑張り方を知らない。教わる相手がいない。ヘイムダルは本当に努力していると思う。一所懸命、蒼の里の習慣に寄り添おうとしている。それだけピルカに対して真剣なのだろう」

 

 これは本心だ。ヘイムダルの人生を応援してやりたい。彼には意中の女性と幸せになって貰いたい。

 思わず熱の入るシルフィス。ノスリ家の娘達は特に止めないし、工房の娘達も聞き入っている。大丈夫だと思って加速が付いた。

 

「風波の女性の立場が今はどうでも、ヘイムダルは自分の大切な伴侶は何があっても守ると思う。ヘイムダルと共にある限り、ピルカは必ず幸せになれる」

 

「ひゃあ、もうやめてぇ!」

 

 ピルカが頬に両手を当てて、身を左右に振った。

 演技なのかどうか分からない。

 ノスリ家の娘達が両側から「ごちそうさま、ごちそうさま」と、彼女の背中を叩いている。

 いいのか、これで、良かったのか? 分からない。

 

「お友達思いなんですね、シルフィスキスカさん」

 親友娘がまっすぐ顔を向けて来た。

 この娘も可愛い……いや、それは今はどうでもよくてっ……

 

「いつかお嫁さんを貰っても、ヘイムダルさんの名前を呼ぶ回数の方が多そう」

 と染料娘。

「きゃっ、家庭争議が起きちゃうぅ」

 茶化す織物娘。

 全員がドッと笑った。

 

 場を和やかにする事は出来たようだ、良かった。

 

「ふふ、じゃあピルカはシルフィスキスカさんのライバルって事ね、ふふふ」

 

 ポランがおどけて、そこで笑って終わらせようとしたのに、竜使いはイラン事を口走った。

 

「そうだな、僕がもし女性だったら、ヘイムダル以外の男性など眼中にも置かず、一直線に獲りに行くだろう。油断はならないぞ、ピルカ」

 

 ・・・・ 

 もちろん冗談の延長だ、それは皆分かる、理解している。

 しかし絵から抜け出したような貴公子に真顔で訥々と言われると、年頃の少女達には、かなり刺激が強かった。

 

 クレマチスの東屋の空気はシンと冷えて行く。

 

 

 

 

 





挿し絵:ピルカの馬
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